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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
獣人の娘と深き闇

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64 我輩に屈服するか、皆殺しか、いずれかを選ばせろ

 ホライ・ゾンの合図ともに、ガボザは口の中から大量の粘液を吐き出した。

 俺は嫌悪感から踏み込まず、ガボザの動きを警戒した。

 ガボザは自らの吐いた粘液を飛び越え、喉を震わせた。

 周囲の海賊たちがバタバタと倒れる。


 喉を利用した、超音波なのだろう。

 俺はとっさにスキルを使用した。スキル、ガマンだ。

 どんな攻撃を受けても、死なない限りいつも通りに反撃できるというすぐれたスキルだ。

 俺は耳から血を流しながら、飛びかかってくるガボザの顔面を蹴り上げた。

 自らが吐いた粘液にはりついたまま、ガボザは敗北を認めた。






 俺は戦闘部隊の隊長となり、海賊船の中で自分の部屋を与えられるという高待遇を受けた。

 俺はただ戦っていればいいということで、全員につきものの雑事すら、免除された。

 こんなことでいいのだろうかと思いながら船に揺られ、一週間が経過しようとした頃、俺はホライ・ゾンに呼び出された。


「お呼びですか?」


 船長室は、甲板を見下ろす最も高い位置にある部屋だ。いつでも船員たちを怒鳴りつけられる位置でもあるが、俺はホライ・ゾンが声を荒げたのを見た記憶はない。いつも物静かで、ただ身震いするような凄みがある。


「出番だ」


 ホライ・ゾンは海の一点を指した。船長以外の誰も気づかない。俺も、その方向に目をやったが何も見えない。この世界のカロン少年の視力は、両目とも2.0をはるかに上回っているはずだが、それでも、何も見えない。


「何があります?」

「獲物だよ」

「クジラでも?」


 黒い男はニヤリと笑う。俺は、鳥肌が立つのがわかった。

 しばらくして、その答えがやってきた。






 軍艦だ。軍艦といっても、大砲を積んでいるのではない。この世界に火薬があるかどうかわからなかったが、少なくとも、今のところは見ていない。

 ガレー船の船団だ。

 一艘ではない。およそ10艘にも及ぶ。


「どこの国です?」

「関係ないな。我輩に屈服するか、皆殺しか、いずれかを選ばせろ」

「俺が?」

「カロンが、だ」


 普段、ホライ・ゾンは俺を名前でなど呼ばない。誤解の余地がないように、あえて名前で指名したのだ。逃れることはできないようだ。


「……一人で?」

「必要な人選をするがいい。選ばせてやる。お前が隊長だ」

「……わかりました」


 逆らう気にはなれなかった。

 どうにも、ホライ・ゾンには逆らえない。

 俺は、支度をすると言って、あたえられた部屋に戻った。

 俺の部屋では、いつものようにドディアがくつろいでいた。俺が呼ばれて部屋を出る時にもいたし、現在もいる。現在、少し違うのは、船長の飼い猫であるララが一緒だということだ。


 俺が海賊船の戦闘部隊隊長になったことは、ドディアにも理解できたようだ。そのことを、喜んでくれているかのように見える。群れの中で立場が上がることは、獣人にとっても重要なことなのだろうか。

 獣人、といっても、獣の耳と尾があるだけで、その生態は獣とは似ても似つかないものだと理解させられた俺には、ドディアを獣に当てはめて考えることが難しくなっていた。


「ちょっと、行ってくる。戦争みたいな感じだな。危険だが、ドディアはどうする?」

「待っている」

「そうか」


 以前のドディアなら、必ず付いてくると言ったはずだ。何が違うのだろう。何が変わってしまったのだろう。

 わからない。だが、俺を呼び止めたのは、別の存在だった。


「お前は、ホライ・ゾンにはさからえないニャ。だからといって、なんでも鵜呑みにして行動すると危険だニャ。早死にするニャー。利用できるものは利用するニャ。手下を使っていいと言われたなら、全員死ぬまで、自分では出ないってのは、海賊なら当たり前だニャ」

「……そうか。気を付ける」


 俺に対して、あきらかに見下した物言いをしたのはララだった。ホライ・ゾンの飼い猫であり、俺と同じ、いや、俺よりはるかに前からこの世界にいる転生者である。


「おいらの忠告を聞かないで、早死にしてもしらないニャー」

「カロン、死なない」


 ドディアのこの言葉は何度も聞いた。だが、今は悲壮感も何もない。うたた寝している猫が呟いたようにきこえる。


「俺が、ホライ・ゾンに逆らえないというのは、確かなのか?」

「そうだニャ。現に、今は逆らおうとも思わないはずだニャ」


 俺は、少し考えてみた。確かに、逆らうという発想が思い浮かばない。ホライ・ゾンの言葉に反逆する理由も意味もないような気がする。


「……じゃあ、もし、死ねと言われれば……」

「どうするか、自分で考えてみればわかるはずだニャ」


 俺は、ホライ・ゾンに『死ね』と命令されたことを想像してみた。

 問題ない。俺は、死ぬだろう。それを当然のこととして受け入れるだろう。何しろ、ホライ・ゾンがそう言ったのなら、それ以上に理由など要るはずがない。


「俺は……死ぬな」

「それが、七魔将の一人、海原の魔将ホライ・ゾンだニャ。いまはただ、波間を漂う海賊船の船長でも、いずれ強い仲間を集めて、自分の血が入った酒を飲ませ、逆らうという意識をもぎとるニャ。強い部下に恵まれれば、この海を支配することも不可能ではないニャ」


「ホライ・ゾン自身も強いと思うが……」

「それは間違いないニャ。仮にも、この世界を力で制しようとしている魔王直属の配下だニャー。弱いはずがないニャ」


 言いながら、ララは顔を洗い出した。緊張感がない。落ち着きもない。猫だから、仕方がない。


「なら、力で配下を増やせばいいんじゃないか?」

「そこが、あの悪魔の旦那の狡猾なところだニャ。力でねじ伏せれば、より強い力でひっくり返されるニャ。どんな強い奴が現れても、支配を盤石にするのが狙いだニャ。そのために、少しづつ洗脳して、配下を増やしているニャ」


「……そうか……ララは、飲まされなかったんだな」

「配下の全てに洗脳をするわけじゃないニャ。それでは、自分が判断を間違えたとき、責任をなすりつける相手がいないニャ。そこまで考えて、ホライ・ゾンは洗脳を行なっているニャ。大部分は力で支配し、ごく一部、洗脳するニャ。そうして、全体の統率をとっているのニャー。もっとも……おいらが洗脳されなかったのは、別の理由だニャー」


「弱いからか?」

「愛らしいからだニャ」

「自分で言うのか」

「当然だニャ。自覚があるニャ」


 ララはごろりと横になり、腹を見せて体をうねらせた。もふもふとした体は、確かに愛らしい。


「俺にそれを教えてくれるのは……ホライ・ゾンをいつか殺そうとしているからか?」

「そんなことは考えていないニャ。おいらにとっては、この世界が人間のものだろうと魔王のものだろうと変わりはないニャ。おいらにもっとも多くの餌をくれたのが、ホライ・ゾンだニャ。人間じゃないニャー。だけど、同郷の者が……せっかく人間の器に入った恵まれた奴が、つまらないことで早死にするのは、おいらにもつまらないニャ。だから、忠告しようと思ったニャ。ホライ・ゾンの言うことには逆らえないニャ。だけど、一人で背負い込むことはないニャ。逆らえないのなら、できるだけ他人も巻き込むようにするべきだニャ。それだけで、あんたは簡単には死なないはずだニャ」


「ああ。わかった。ララ……できればだが、ドディアを守ってやって欲しい。まだ、俺の副官が狙っているようだ」

「おいらは弱いニャー」

「知恵は回る。俺より、この世界に詳しい。だろう?」

「まあ、できる範囲でだニャ」

「それでいい」


 俺は、猫の腹を撫で、最後にドディアの頭を撫でて、自室を後にした。






 甲板に出た。

 海賊たちが武器を持ち、命令を待っていた。

 獣人の副官もいる。皆、血気盛んだ。戦いたくてうずうずしているのだろう。

 ガレー船の船団が、たいぶ近くに見える。船の横から規則正しく突き出て、同じ動作を繰り返している無数のオールが、船を巨大なフナムシであるかのよいに見せている。


「ホライ・ゾンから、俺を手伝うように命じられた者は?」


 俺は、あえて聞いてみた。海賊たちのうち、半数は人間で、半数は魚人だ。魚そのものに手足が生えているわけではなく、鱗のような肌に、魚そのものの顔、背びれを持っている。半魚人といってもいいだろう。正式な言い方はわからない。


「そんな奴はいない。いつも、そうだ。俺たちは、したいようにやる」

「……そうか。なら、俺もそうする」


 海賊たちが笑った。俺が冗談を言ったとでも思ったのだろうか。


「では、これから指示を出す。全員、今いる場所から動くな」

「なに? そりゃ、どういう意味だ?」

「そのままの意味だ。それ以外は好きにしていい」


 ガレー船は、オールで波を捉える必要から、決して大きくはない。海賊船の半分ぐらいしかない。それでも、10艘いれば間違いなく脅威になるし、一艘でも乗っている人数次第では脅威になる。

 海賊船は、左右をガレー船である軍艦に挟まれた。

 甲板に向かって、鉤爪のついたロープが投げ込まれる。

 丸い瓶が投げ込まれ、メインマストにぶつかって割れ、炎が燃え上がる。


「なにをしている」


 ホライ・ゾンが俺を見下ろした。

 俺は逆らえない。相手が魔将だと知っても、従うしかない。

 俺は軍艦の群れに、降伏か全滅かを選ばせるように指示された。

 俺はなにもしていなかったわけではない。船団の中に、高く旗を掲げた船があることを見て取った。

 俺は甲板から、海に向かって飛んだ。


 海には落ちず、隣のガレー船に落ちた。船員たちが驚いている。いずれも人間だ。驚いて武器を抜き、俺に切りかかってくる。

「タイカ」

 周囲の船員たちを焼き、再び跳躍する。

 近くにあった旗艦に飛び移った。


「だ、誰だ?」

「海の魔将ホライ・ゾンの使いだ。この船団を率いる将に会いたい」

「ふざけるな! 海賊風情が提督様に会いたいなど、10年早いわ!」

「そうか。では、伝えて欲しい。降伏するか、全滅するか、選ばせてやる。好きな方を選べ」

「なに? 血迷っているのか?」

「構わん。殺せ」


 俺の背後の声の主は、提督だったのだろう。俺を取り囲む男たちが、その声に一斉に剣を抜き、俺に斬りかかった。

 俺は床板を踏みつけて跳躍した。スキルを使わない跳躍だったが、床板のクッションが良かったのか、船員たちの頭上を越えた。


 甲板に降りると同時にふらつく。さすがに、船は揺れる。

 俺を殺そうとした男たちが俺にむかって剣を振り上げ、飛びかかってきた。

「タイカ」

 密集していればしているほど、範囲魔法をつかいやすい。

 俺の魔法一撃で、船員たちがくずおれた。ガレー船の甲板に、ばたばたと倒れる。

 死んではいないようだ。だが、目を剥いている。


 魔法の威力が上がっただろうか。レベルアップは最近していない。

 思い当たる節が、一つあった。

 俺は、悪魔であり世界を牛耳ろうとする魔将の一人、ホライ・ゾンの黒い血を飲んだ。

 おかげでホライ・ゾンには逆らえなくなったが、魔法の威力が上がることは、あっても不思議ではない。魔法だけでなく、身体能力も向上しているような気がする。


 さすがは、この世界を支配しようとしているだけのことはある。

 なるほど、魔王は狡猾なのだろう。こんな力を持った配下を、たいして仕事も与えずに海を放浪させ、少しずつ準備を進めているのだ。魔王の存在に世界が気づいたときには、とっくに手も足も出なくなっているという寸法だろう。

 俺は銅剣を抜いた。目の前に迫る船乗りたちは手練れに見えたが、銅剣で捌けないようには見えなかった。


 甲板の異常を感知したのか、船底から続々と男たちが出てきた。

 闘技場を思い出した。格下の相手は、動作がとてもゆっくりと見えたものだ。

 現在は、船員たちの全員がそのように見える。

 負けるはずがない。


 俺は船員たちの武器をかわしながら、銅剣を体に突き立てる。

 タイカの影響で転がった男たちの上に、さらに傷つき倒れた男たちが重なる。

 俺は人間の山を築き、もっとも豪華な衣装を着た男の首筋に銅剣を突き立てた。


「さあ、選択をしてくれ。全滅するか? それとも、配下になるか? 提督?」

「……わかった。お前に従おう」

「俺に従ってもダメだ。魔将ホライ・ゾン様に従うか?」

「……従おう」

「承知した」


 俺は海賊船に手を振ると、俺にむかってロープが投げ下ろされた。そのロープを伝って海賊船に戻る。

 俺は、海賊たちに囲まれた。


「おい、通してくれ。ホライ・ゾン様に報告しなければならないんだ」

「てめぇ、手柄を独り占めしやがって」

「ホライ・ゾン様が俺に命じた。だから、俺は命令通りにしたんだ。そんなこと言っても、知らないよ」


 海賊たちは、戦うことができなくて腹を立てていたのだろうか。

 本気で怒っているようには見えない。

 本音では、俺の勝利を喜んでいるのだろう。

 俺は海賊たちにもみくちゃにされながら、退屈そうに海を眺めていたホライ・ゾンの足元で膝をついた。


「ご命令どおり、屈服させました」

「ああ。見ていた。よくやった。お前の働きは見事である」


 ホライ・ゾンはそれだけ言うと、あとのことを海賊たちに任せると言って、自室に戻っていった。

 俺は、何か間違えただろか。

 不安になり、船長室に戻ったホライ・ゾンを追った。

 海図を前に、ホライ・ゾンはつまらなそうに寛いでいた。そのかたわらに、猫のララが主人より寛いでいた。俺の顔を見ると、ごろりと転がってから起き上がった。


「お手柄だった用ニャ」

「俺は、命令通りしました。どうして、ホライ・ゾン様は不機嫌なのです?」

「不機嫌? そんなことはない」


 ホライ・ゾンは椅子の上で膝をかかえていた。立派な紳士にみえる真っ黒い男である。拗ねているのだろうか。そんなはずはない、と思いたい。


「そうは見えませんが……」

「もし、そうだとしたら、我輩が期待していた流血と死体を見られなかったからだろう。誰も死なない戦いなど、見ていても何も面白くない」


 俺は悟った。ホライ・ゾンは悪魔で、凄まじい能力を持っていても、頭の中は子供なのだと。

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