63 その子は俺のだ。汚い手を放せ
俺とドディアは、海の魔将ホライ・ゾンの支配する海賊船に乗ることになった。
海賊のほぼ全てが俺のことを恨んでいるので、内心不安だった。
陸に降りた海賊たちが船に戻ってくる前に、俺はホライ・ゾンの部屋に招かれた。
それは船の一室とは思えないほど豪華に飾られていた。
地上の美術品が、貴金属に限定して並べられていた。まるで宝物庫だ。
その中にあってもひときわ豪華に見える椅子は、本来王のみが座ることをゆるされる玉座に見えた。その椅子に腰掛け、ホライ・ゾンは猫ララを膝に抱いていた。
見た目は猫だが、ララの中に入っているのは転生者だ。猫に転生してしまったため、レベル上げができずに現在でもシーフレベル2でしかないという。
「我輩は、陸に降りることができない。魔王陛下から海の支配を任された。まだ、支配には遠いが、魔王陛下が実行支配に乗り出すまでに下地ができていればいい。この世界の全ては、いずれ魔王陛下が治めることになる。お前は、人間にしては強いのだろう。地上での働きは見ていた。あいつらが弱すぎることもあるだろうが、強い者は歓迎する。それが、人間でも魔物でもな。我輩に協力するなら、取り立ててやろう」
ホライ・ゾンは手の甲を見せた。俺は、その意図を理解した。魔将の手を取り、口を近づけた。
本当に、これでいいのだろうか。俺は、魔王を倒すことを託された。
だが、それを託したエルフは、俺に失望して去った。それ以外に、俺に魔王のことを言ったのは、竜兵だけだ。俺が全く敵わず、手も足も出なかった竜兵すら、魔王には敵わないはずだ。
「どうした? 船に乗りたいのだろう?」
「……魔王は……世界を支配できるのでしょうか?」
「何を疑う? 何を知っている?」
「俺は……地上の闘技場で竜兵のジルバと戦い、何もできずに敗れました。その俺が、魔王……様……の、お役に立てるでしょうか」
「ああ……あいつらに会ったのか。確かに敵対勢力はある。ドラゴンの一族はなびくまい。だが、時間の問題だ。いずれ、世界は陛下に跪く」
俺の望みは、自由になって金を稼ぎ、幼馴染のファニーを探し出すことだ。魔王に恨みはない。敵対する理由は、現在はない。
「俺は奴隷です。人間の世界で最も地位が低く、しかも死刑囚です。そんな俺が……」
「人間では得られなかったものを得たいのであれば、陛下に忠誠を使うのだ」
俺は、俺の手を握っていたドディアを振り返る。ドディアは、俺の手をぎゅっと握った。
俺は、海の魔将ホライ・ゾンの手に口づけをした。
「それでいい。カロンと言ったな。今日から、お前を戦闘部隊の副官に任命する。隊長は、お前も会っている獣人だ」
「……ドディアは、渡しません」
「わかっている。その獣人もお前に惚れているのだろう。我輩から告げておく。力を示せ。魔王陛下の支配する世界なら、示した力に見合ったものが与えられる。魔王陛下以上の力を示したなら、この世界はお前のものだ。そんなことは、あり得ないだろうがな」
ホライ・ゾンがにやりと笑った。本人が、いずれは魔王となることを考えているのではないだろうか。俺は表情を変えないように注意しながら、ゆっくりと頭を下げた。
真っ黒い肌をした、見た目は優男の海の魔将は、黄金のグラスに自分の血を注いだ。色が黒い。血が、黒いのだ。
悪魔、俺の頭に、その言葉が浮かんだ。
「飲め」
ホライ・ゾンが短く命じた。
「……毒ですか?」
「まさか。見た目で油断させられる人間の強者は貴重だ。カロンには期待している。力を高めるものだ。我輩から力を授かる。全員の全てが望んでいることだ」
おそらく、それだけではないだろう。俺を支配したいのだ。
俺は再び、ドディアを見つめた。ドディアは頷く。ドディアが止めたとしても、俺が拒むことはできない。ならば、このドディアの反応には、期待できない。
俺は覚悟を決め、グラスに注がれた黒い血を飲み干した。
俺は意識を失った。真っ暗い意識の底で、何かが俺の名を呼んでいた。
誰かが、呼び戻そうとしていた。
心地よい声だ。
ファニーだろうか。だが、俺はファニーの声を知らない。ファニーのことは、カロンの記録でしかしらない。
ならば、妹のフラウだろうか。
こんなところに、フラウがいるはずがない。
「カロン!」
ああ、この呼び方には覚えがある。
確か……誰だ?
確かめようと、俺は顔を挙げた。目が霞む。
薄暗い闇の中で、黄色い髪をした女が俺の名を呼んでいる。引きずられていく。
足の間から、柔らかそうな尻尾が見える。
ああ……尻尾が生えていたのか。いままで、気づかなかった。
誰だ? 決まっている。ドディアだ。
部屋から引きずり出された。
ドディアが助けを求めている。
俺は飛び起きた。
床を蹴り、部屋を飛び出した。
「待て! ドディアをどこに連れて行く」
「ああっ?」
全く好意がこもらない声を上げ、ドディアを引きずっていたたくましい獣人が振り向いた。
たくましい体だ。人間では、いくら鍛えても、ああはならないと思われる体だ。人間と獣人は、似ているが全く別の存在らしい。俺には、ドディアを満足させられないのかもしれない。だが、関係ない。ドディアが泣いているのだ。
「その子は俺のだ。汚い手を放せ」
「人間風情が、偉そうに。獣人の相手は獣人にしか務まらねぇ。意識を失ってひっくり返るような軟弱な男が、こんな上玉を連れて歩くなんてのはお門違いだ」
ドディアは、獣人目線ではかなりの上玉に分類されるらしい。人間目線では、あまりの姿勢の悪さに、容姿について言及されないことの方が多い。躾もなっていない。男の上で平気で寝るのは、そのうちに直さないといけない。
「ドディア、言ってやれ」
「カロン、好き」
「どうだ」
俺は自慢した。俺のことを好きだと言ってくれるのは、今のところドディアだけだ。人数の問題ではない。誇ってもいいだろう。
「すぐに後悔するぞ」
「少なくとも、今じゃない。俺から奪いたければ、力ずくで奪え。そういう世界だと、七魔将から教えられたぞ」
「へっ。いいだろう。お前は俺の副官だってことも、聞いているんだろうな」
「わかっている。それもすぐに変わる」
「変わらねぇよ」
「変わるさ。お前が死ねばな」
「いい度胸だ。お前を殺して、この女を俺のものにする」
自分で上玉だと言っておきながら、筋肉の塊のような獣人は、ドディアを床に放った。床の上をゴロゴロと転がるドディアの体を抱きとめる。
俺は、ここがまだ船の上で、足元が揺れているのに気づいた。
船が出航しているのだ。
「ドディア、大丈夫か? 何かされなかったか?」
「カロン、カロン、カロン……」
ただ俺の名呼んで泣くドディアを抱きしめ、俺は立ち上がった。
「どこでやる?」
「船の上での決闘は、甲板の上だと決まっている。ホライ・ゾン閣下、決闘の見届けを!」
「承知した。目覚めたと思ったら、途端に殺し合いか。嫌いではないがな」
階段の上に、海賊船の支配者である真っ黒い肌をした、恐らくは悪魔だと思われる男がいた。猫のララを抱き、俺のことを興味深そうに見つめている。
「俺が勝てば、ドディアには手を出すな」
「当然だ」
答えたのはホライ・ゾンだった。獣人は逆らうことができないらしく、自分で船長を呼んでおきながら、青い顔で頷いた。
甲板では、人間と魚人達が忙しく働いていた。乗っているのが海賊船だというだけで、立派な船乗りたちなのだと気づく。
俺を見る目が厳しいのは、新入りだからという以上に、ここにいる全員を痛い目に合わせたからだろう。
俺は、決闘の景品であるドディアをこの船の主人である黒い男に預けた。
「頼みます」
俺が声をかけたのは、海賊船の支配者ではなくその飼い猫だ。
「わかったニャ」
ララの頭を撫でると、調子に乗るなと噛み付かれた。
最後にドディアに頭を撫で、ホライ・ゾンの顔は見ずに背を向けた。
獣人は、ホライ・ゾンに忠誠を誓っている。
俺は、船員たちが手を止めて、いつの間にか設えていた、決闘場に進んだ。
ホライ・ゾンのことが、俺は恐ろしかった。何より、血を飲まされ、意識を失った。短い時間ではなかったはずだ。その間に上陸していた海賊たちが戻ってきて、周囲には陸地が全く見えないのだから。
負ければ死ぬ。
俺はそう思い、覚悟を決めた。
いつまでもホライ・ゾンに媚を売っている獣人を尻目に、俺はアイテムボックスから銅剣を取り出した。俺を現在取り巻いている海賊たちの全てが、将来は俺の敵に回るかもしれないのだ。手の内はできるだけ見せたくない。銅剣は、現在では弱い部類に入る武器だ。最初に手に入れた尖った石を取り出すのは、さすがに相手を舐めすぎている。
俺が何もないところから銅剣を取り出しただけで、海賊たちがどよめいた。
獣人が決闘場に入ってくる。
「名前を聞いておいてもいいか?」
「ああ。俺はガボザ。お前はカロンだろ? 街で噂は聞いた。ミノタウロスを倒したそうだな。ゴブリン王。面白い名前だ。どんな手品を使った?」
「これから見せてやる。冥土の土産にするといい」
「ほざけ」
獣人ガボザは叫ぶと、一気に距離を詰めた。俺は反応しきれず、腕で顔を庇ったが、その腕の上からはじきとばされた。
甲板に転がる。周囲から笑い声が起きた。俺が一方的に殴られるのを期待しているのだと、すぐに悟った。これでも、プロの剣闘士だ。客が望むことはわかる。
だが、ここは闘技場ではない。期待に応える必要はない。
ガボザは高く跳躍していた。大した身体能力だ。人間ではできない。ただし、俺は別だ。俺を踏みつぶそうというのだろう。
「ボヤ」
俺は自分のいた床に火炎魔法を使用し、転がった。
俺がいた場所に、ガボザが落ちてくる。甲板を踏み、踏み抜いた。
両足が板で覆われた甲板を突き破り、下半身が埋まった。
「くそっ!」
俺は、銅剣をガボザの喉に突きつけた。
「汚いぞ!」
「あんたが勝手にはまったんだろう。俺の責任じゃない。それとも、続けるか?」
俺は手首に力を込めた。獣人ガボザの喉に、銅製の刃がめり込む。
「待て。こんな程度で終わっては面白くない。三本勝負にしろ」
俺たちを高い場所から見下ろしていた黒い男、魔将軍ホライ・ゾンが口を挟んだ。逆らえるはずもない。
いや、逆らうこともできるはずだ。
俺は海賊船に乗っている。海賊は実力の社会だ。その社会を、陸地にまで作ろうとしているのが魔王であり、その配下のホライ・ゾンだ。
だが、俺はなぜか、逆らおうという気にならなかった。
素直に従い、銅剣を引いた。
ガボザを助け、突き刺さった甲板から引き上げる。
「何度やっても同じことだ」
「次はない」
お互いに常套句のようなののしりあいをして、俺は先ほどと同じ位置についた。
銅剣を握る。
「始め」
今度は、ホライ・ゾンが静かに宣言した。
先ほどは後手に回った。今度は俺が攻めた。
スキルを使わなくても、勇者レベル17である。先ほどの獣人の身体能力を見て、十分に対応可能だと感じた。
俺が懐に入ると、ガボザは拳を振り下ろした。俺はその拳を殴り返した。
海賊たちから歓声があがる。
ガボザが足を振り上げる。俺が軸足を踏み砕いて転倒させる。
馬乗りになり、銅剣を突きつけた。
「待て。勝負有りだ」
終わった途端、ドディアが飛びついて来た。俺に抱きつき、海賊たちに対して舌を出し、ガボザに唾を吐く。
「ま、待てっ! も、もう一回」
「見苦しいぞ。ガボザ」
ホライ・ゾンの命令は絶対だ。何を逆らうのだろう。俺が不思議におもっていると、ガボザは土下座のような格好で訴えた。
「こ、今度は、本気でやる。奥の手を出す。だから、もう一度やらせてくれ」
「……カロン、どうする?」
「俺の勝ちのはずです。もう一度というなら、代償を求めます」
「当然だな。ガボザ、次に負けたら、上陸、制圧部隊の隊長をカロンにする。お前は副官だ。その娘に手出しすることも禁ずる」
「……わかった」
俺はドディアの頭を撫でて柔らかい耳を堪能し、三度ガボザに対峙した。




