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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
獣人の娘と深き闇

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57 こんなところで肉を焼く奴があるか

 狩人たちが山に棲む魔物のボスを警戒して山で番をしていると聞いた俺は、山に入った。俺にそのことを教えた村人は、俺の名前を知っていた。その村人は、ズンダから俺の噂を聞いたという。ズンダは、俺がこの世界に来たばかりの時に世話になった狩人だ。


 狩人たちでは、魔物のボスを倒すことはできないかもしれない。だが、俺になら倒せるかもしれない。そう思って、村人は俺に話をしてくれた。俺もズンダを助けたかったので、ドディアと山に入り、狩人たちと合流できずに休憩していたところ、クマに遭遇した。






 クマは、オオカミとはちがって目が6個あるということはなかった。だが、前足が4本あった。


「クマ?」

「うん」

「動物?」

「うん」


 ドディアの答えに迷いはない。ならば、俺の目の前にいるのは、クマなのだろう。後ろ足は二本だ。ならば、ちょっとした奇形だと納得できる。

 クマは大きかった。多分、俺の知っているクマより大きい。以前の世界でクマと対決したことはなかったが、立ち上がったクマが3メートルある、という話は聞いたことがない。

 明らかに腹を空かせている。俺をみた瞬間に、口から涎を垂らした。


「俺たち、餌に見えていると思うか?」

「うん」

「なら、どっちが食われる側か、教えてやろう」

「うん。楽しみ」


 ドディアが口元を拭う。戦うのはおおよそ俺だろうが、ドディアは好戦的だ。俺がいなくても、と思ったが、俺がいなければ、とっくに逃げているかもしれない。勝てないとわかっている相手に理由なく突っ込むほど、愚かではないはずだ。

 クマが叫んだ。威嚇か、歓喜かもしれない。食事にありつけることに。


 距離は20メートルぐらいか。クマの脚力と体格なら、一瞬で詰められるだろう。

 クマが二本足から、六足での歩行体型に移行する。突っ込んでくる。いかにも野生動物らしい、格下の相手を確実に仕留めるための動きだ。いわば、力押しである。


「ドディア、横に」

「うん」


 ドディアを横に移動させる。クマはドディアを追わなかった。俺の方が美味しそうに見えるのだろう。あるいは、大きい分肉が多いと思ったのだろう。

「ザン」

 クマの顔に幅3センチほどの傷ができ、血が飛び散るが、クマの突撃は止まらない。

 予想通りだ。


 それから俺は、「ボヤ」を連発した。威力は低いが、確実にダメージを与えて生命力を削るには、やはりボヤが一番なのだと、竜兵との戦いで気づいたのだ。

 ボヤを二発撃ち込んだところで、クマの攻撃範囲に俺が入った。

 クマは止まらず、一気に食いかかって来た。よほど腹ペコだったのだろう。

 俺は上に飛び上がった。足元で、がちりと鋭い音が響いた。クマの巨大な顎が組み合わされ、歯と歯が鳴ったのだ。


 上に飛び上がった俺は、当然重力に従って落ちる。クマの顎が開いた。

「ビリ」

 放電すると、クマが驚いて震えた。その体に、鉄の剣を振り下ろす。

 皮膚を割り、血が噴き出したが、頭蓋骨の固い感触が手に残っただけだ。クマが怒り狂って吠えた。

 驚かせば逃げる、俺の知っているクマが懐かしい。

 俺はさらに魔法で体力を削ろうと、横に飛んでクマの視界から避けた。


 「ボヤ」と「ザン」を交互に使用して、少しずつ体力を削る。簡単に倒せる相手ではなかったことを、早くも認めていた。

 クマが立ち上がった。俺に対する攻撃がやんだ。

 振り仰ぐと、顔にドディアが張り付いていた。

 クマの巨大な顔に張り付き、抱え込み、銅剣を突き立てている。


 クマの顔は俺が魔法と鉄の剣で傷つけてあったこともあり、ドディアの銅剣が深く食い込んでいた。ドディアの服は真っ赤に染まっている。

 クマがたまらず顔を掻いた。ドディアごとである。クマの爪は、人間の指より太い。

 ドディアが背中を削られて、地面に落ちる。俺は慌てて落下地点に入った。

 ドディアを受け止め、片腕で抱きとめると、クマの腹が目の前にある。


「ドディア、良くやった」


 治療を後にして、無防備なクマの腹に、鉄の剣を突き立てる。

 クマの体が落ちてきた。

 後ろ足で立ち上がっていたのが、6本足の姿勢に戻ろうとしているのだ。

 俺はドディアを抱いたまま、地面を転がった。鉄の剣が、クマの腹に刺さったままだ。このままでは、体重で圧迫死すると思ったのだ。

 腕の中のドディアに「メディア」をかける。

 よく見ていなかったが、ドディアが俺にしがみついたのがわかったので、回復したのだろう。


「ドディア、怪我は?」

「痛く、ない。カロン、直した」

「よし。じゃあ、もう一度行けるか?」

「やる」


 クマが6本足の状態で、敵を探して俺を睨んだ。俺は、すでにドディアを走らせ、自分ではもう一本の鉄の剣を取り出していた。

 クマが吠える。俺は構えた。

 太い足が地面を蹴る瞬間、ドディアがクマの首に飛びつき、銅剣を突き立てた。

 俺は「ビリ」で怯ませ、自ら距離を詰めながら、「ザン」と「ボヤ」を連発する。


 クマの肩にできた肉の裂け目に鉄の剣を突き刺すと、思ったより傷が深かったのか、柄元まで食い込んだ。

 クマの心臓近くまで、たぶん切っ先は達している。

「ビリ」

 俺が祈るような思いで電撃の魔法を使用すると、クマはびくりと震え、動きを止めた。

 ゆっくりと、横倒しに倒れる。


 ドディアが飛び降りて、俺の隣に着地した。

 クマは死んだ。

 俺は大きく息を吐き、ドディアの頭を撫でた。






 クマの死体をアイテムボックスに入れれば、使える部位を自動で仕分けしてくれるが、俺はドディアと手作業で解体することにした。やり方はズンダから習っていたし、ドディアも手馴れていた。ただ、二人ともクマを捌いたことはなかった。

 手作業にしたのは理由がある。


 オオカミの時に気づいたが、アイテムボックスに入れると、使える部位を自動で選り分けてくれるが、アイテムボックスが使えないと判断した部位は欠損されてしまうのだ。それがどこに消えるのかわからないが、オオカミだと肉と皮は残るが、骨や内臓はどこかに消えてしまう。手作業で解体した場合、オオカミの内臓、というありがたくない表記がつくものの、きちんと残る。クマは各部位が漢方薬の原料となる場合もあるし、珍味として珍重された部位もある。この世界に漢方薬があるとは思わないが、アイテムボックスに安易に入れるのは、そうしなければならない事情がないかぎり、やめたほうがいいだろう。


 アナグマモドキは数が多かったし、クマというより魔物だったし、最初のオオカミについては、まだ俺が解体技術を学んでいなかったのだ。


「クマって、強いんだな」

「カロン、強い」

「ドディアがいなければ、もっと大変だった」


 解体作業を淡々とこなしながらそんなことを言っていると、ドディアはちょっと嬉しそうに笑った。出会ったばかりの頃より、感情表現が豊かになったような気がする。笑うと顔がくしゃっとなるが、それも可愛いものだ。


「いままで、倒したことは?」

「会わない、気をつける。会う、逃げる」

「……戦ったのは、俺がいたから?」

「カロン、勝てる。勝った」


 信頼してくれたようだ。クマと戦おうとは、普通はしないようだ。


「なら、狩人たちが見張っている山のボスは、こいつかな?」


 思えば、オオカミたちを束ねるボス、バッキラよりも強いのではないかとすら思う。いや、強い。この世界にきて数日の頃、クマに遭遇していたら、間違いなく死んでいた。現在でも、MPを半分以上つぎ込んで、ようやく倒したのだ。


「狩人、いない」


 ドディアは正論を教えてくれた。狩人たちが見張っているという魔物がクマだとしたら、この場に狩人たちがいないのはおかしいのだ。

 ならば、このクマはただの野生のクマだとして、それ以上の魔物がいるということなのだろう。

 自信がなくなってきた。

 とりあえず、解体は終わった。


 MPも回復したので、俺とドディアは少し休んだ後、出発することにした。

 少し休んだのは、ドディアが働きづめだったからである。俺は肉体的にはほとんど疲労しないが、ドディアはそうはいかないのだ。






 クマの生肝やクマの手など高級食材を見ると、金に汚かったエスメルたちを思い出す。汚いというのは言い過ぎかもしれない。この世界では、当たり前の考え方なのだ。

 ただ殺しただけでお金をおとしてくれる、親切な魔物はいないらしい。

 休憩を終えると、あたりはすっかり暗くなっていた。

 野営をしたいところだが、狩人との合流を優先することにした。


「ドディア、暗いと逸れるかもしれない。離れるな」

「逸れ、ない」

「ドディアは暗くても見えるだろうが、俺は暗いとわからない。ドディアが魔物にさらわれたら、助けに行けない」

「うん」


 ドディアは俺におぶさってきた。システム上疲労しない体であることを、ひょっとしてドディアは見抜いているのだろうか。いや、単に俺の体力を評価しているのだろう。

 ドディアを背負って暗い山道を進むと、この状態でも俺に利があることがわかった。

 ドディアがほぼ俺と同じ目線で物を見ているので、食べられる木ノ実を見つけては、手を伸ばして取ろうとする。俺がとって、ドディアに渡し、残りをもらう。

 穴があれば事前に発見し、魔物の巣は避ける。


 実に優秀なナビゲーターなのだ。

 おかげで、明るい間よりスムーズに山道を進むことができた。

 ほぼ一山越えた辺りで、ドディアが俺の首を絞めた。

 腕に力を入れたので、勝手に絞まったのだ。


「どうした?」

「臭う。人間」


 俺は、ズンダのことを思い出した。


「それは、狩人じゃないな。狩人たちは、動物の匂いをつけるために獲物の血を顔に塗っているのを見たことがある。いくらドディアの鼻が良くても、匂いで気づかれるような狩人はいないだろう」

「……狩人か、分からない。でも、人間」

「樵かな? でも、この森は狩人が見張っていることは知っているはずだ。こんな奥まで木を切りには来ないだろうし……エルフかな?」

「エルフ、匂い、違う」


 人間とエルフは匂いが違うのだそうだ。俺は、森の中にいるというと、エルフしか思いつかなかった。ロマリーニが聞けばどんな感想になるのか、聞いてみたいものだ。


「わかった。とにかく、行ってみよう。狩人でなければ、どうしてこんなところにいるのか、逆に不思議だしな」

「うん」


 ドディアの了解を得たところで、俺は再び森の中を歩き出した。それから1時間もしないうちに、不自然なざわめきが聞こえた。

 人間だろうか。ズンダの教えを守り、じっと止まる。何が起きているのか、見定めるのが先だ。

 しばらくすると、草をかき分けて、小さな男が顔を出した。小さな男ではなかった。低く屈みながら歩いているのだ。


「……怪我人か? 獣人の集落は、この先にはないぞ」


 男が囁くように言った。魔物のボスを警戒しているのだろう。俺がドディアを背負っているので、怪我をした獣人を集落に届けようとしているのだと思ったらしい。


「そうじゃない。狩人たちに会いたい」

「……俺がそうだ」

「ズンダの知り合いだ。カロンという」

「頭の、か。ここで待て」

「わかった」


 俺はドディアを下ろした。やはり、狩人だった。


「すごいなドディア、本当に狩人だった」

「血、塗ってない」

「そうだな。色々なケースがあるんだろう。今度の魔物は、匂いにはあまり敏感じゃないやつなのかもな」

「うん」


 俺が褒めたため、ドディアは得意そうに胸を逸らした。

 匂いに敏感ではないなら、食事にしてもいいだろう。暗くまで動いていた分、眠くなってきた。

 俺がさっき倒したばかりのクマ肉を取り出すと、ドディアが目を輝かせた。

 ナイフで刻み、「ボヤ」で炙る。


 硬くて臭いが、とにかく肉だ。ドディアはくちゃくちゃとご満悦で口を動かし、俺も噛み付いた。突然、頭上から降ってきた男がいた。


「カロン、何をやっている!」

「ズンダ! 懐かしいな」

「懐かしい、じゃねぇ。こんなところで肉を焼く奴があるか。奴が起きるじゃねぇか」


 ズンダは俺の口から出ていたクマ肉を、俺の口に押し込んだ。吐き出しても匂いは残るので、食べてしまえということだろう。ドディアの分は、すでにドディアの口の中である。






 久しぶりに会ったズンダの厳しい叱責を受けたが、肉を処理すると、すぐにズンダは嬉しそうに俺の肩を叩いた。


「カロンはてっきり死んだと思っていたぜ。剣闘士になるなんて大それた夢は諦めて、逃げ出したんだな。それが懸命だ。見世物になって、命を取り合うなんて、正気の人間のやることじゃねぇ。それに、良い感じのかみさんまで連れているじゃねぇか。若い奴は、成長が早いねぇ」

「ズンダ、ここで、ずっと話していていいのか?」


 色々と訂正しなければいけないことがあったが、まずは落ち着きたかった。


「ああ。構わねぇさ。どこにいたって、安全な場所はねぇ。カロンみたいな素人に、俺たちの仕事場を荒らされると厄介だしな。会いにきてくれたのは嬉しいよ。近くに、俺の村もあったろ。今日は帰って、母ちゃんのとこに戻りな。また、会いにきたらいい」


「……ズンダ、困っているんだろ? 手伝いに来たんだ」

「そんなこと、誰が言った?」

「ズンダの村の、農業をやっていた兄さんだよ。ズンダが、俺の話をよくするって。狩人さんたちじゃ、敵わないかもって言っていたんだ。だから……」


「カロンなら、勝てるってのか? 冗談言うなよ。あれは、バッキラとは全然違う。本物の化け物だ。俺たちでも、監視しかできねぇ。村に近づいたら、村に連絡して、できるだけ早く逃げられるようにするだけだ」

「……ズンダ、俺、剣闘士になったんだ。あの頃より、ずっと強くなった」


「剣闘士に? 嘘をつけ。こんなに短時間でなれるはずがないだろ。それに、剣闘士になったからって、奴隷のままなのは変わらねぇはずだ。どうして、ここにいる?」

「俺は、妖術師の疑いをかけられて、死刑になりそうになった。王は、俺には恩赦を与えないって言ったから……どうしようもなくて、逃げてきた」


「カロン、強い。穴、潜った」

「穴……ダンジョンか? そうまで言うなら仕方ねぇ。現物を見せてやる。それを見て、なんとかできそうな奴かどうか、判断するがいいぜ」


 ズンダはそう言って、ついて来いと手で合図した。その仕草だけで、俺はズンダとあったばかりの頃を思い出した。

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