56 この先に保育所がある
追われる者の常で、街道を堂々と歩くのは躊躇われた。
街道は主に街と街を結ぶ。それ以外に、あまり整備されていない道が無数にあり、そういう道は、地方の村につながっている。
馬車では移動できず、俺が乗せられた巨大なサイのような動物が牽く檻に、奴隷を入れて運ぶのが一般的で、乗り心地はとても悪い。
だが、徒歩の俺たちには関係ない。街道でも、獣道でも、歩き心地には変わらない。さすがに、森の中の獣道は歩きにくいが。
港町の方角はわかっているので、少々回り道をしても問題なく行き着けるとエルフとドディアが保証した。獣人やエルフは方向感覚に優れているのだろうか。
俺は、街道から外れるとこの国から出られずに野生化する自信がある。
道に従って歩いていると、やがて村が見えてきた。民家がまばらに立っているだけで村だと断定できるのは、カロン少年が暮らした村に似ているからだ。
村の空気は、俺の村よりも明るいということはない。
いつも生活するだけで精一杯で、子供は奴隷になって売られるのを目標にする。
宿屋はないだろう。空き家にでも泊まれないだろうかと思い、農作業に精を出していた村人に尋ねてみた。
村人は、この辺りには魔物が出るから、早く出て行ったほうがいいと忠告をくれる。
「……魔物か……俺の村には滅多に出ないと言われていたが、この辺りとは違うのかな」
「魔王の力が高まっている可能性があります。カロンさんの村も、魔物に脅かされているかもしれませんよ」
「……それは心配だが、どうにもならないな。魔物に襲われた村は、どうなる?」
村人はじっと俺を見て、一方を指で示した。
「あそこにある、ブナの木が見えるか?」
畑の向こうに、白い木が見える。俺が見えると言うと、村人は続けた。
「あの木からまっすぐ南に行ったところに、この辺りの魔物を統括しているボスがいる。狩人が監視しているが、とても人間に倒せる相手じゃない。冒険者を雇おうにも、腕のたつ冒険者を雇う金もないし、王の軍隊は貧乏人のためには動かない」
「……俺に、それを殺せと?」
「……ズンダから聞いた、カロンという若者に似ている。そう思ったから言ってみただけだ。他人だったら忘れてくれ」
村人は、まだ若い男だ。若いといっても、30歳は超えているだろう。俺は、自分の名前を言い当てられたことより、ズンダという名前に飛びついた。
「ズンダには世話になったんだ。どうしている?」
「話を聞いていたか? この辺りのボスを交代で見張っている」
ズンダは、俺がこの世界に来たばかりのころに世話になった狩人だ。狼の群れを一人で全滅できるほどの腕を持っていたが、本物の魔物には勝てなかった。俺は、ズンダから森での生き方を学んだ。それは、現在ではあまり有用な知識にはなっていないが、時々役に立っている。
「俺がカロンだ。わかった。行ってみる」
「カロンさん、言っておきますが、ただ働きですよ。村に報酬を期待しても、無駄ですからね」
「カロン、強い。もっと、強く、なる」
エルフのロマリーニとドディアが交互に口を開いたが、ドディアが正解だ。
ズンダと俺とは、強さの種類が違う。ズンダが敵わない相手でも、俺なら倒せるかもしれないし、俺はそれによって、強くなることができるのだ。
俺は正解を出したご褒美に、ドディアの頭を撫でた。
「わかりました。行って来てくだい。ところで村の方、この村に空き家はありませんか? 部屋さえ空いていれば、勝手に泊まるのでお気遣いは無用です」
ロマリーニは、自分が戦うという発想はないらしい。
「どうしても泊まりたいなら、この先に保育所がある。部屋があまっているから、泊めさせてもらえ」
「保育所、ですか?」
宿泊する、というイメージと違ったのだろう。ロマリーニが首をかしげる。エルフは森で生活するというのが俺の中では常識だったが、ロマリーニは長く街で生活し過ぎたのかもしれない。あるいは、この世界のエルフは俺のイメージとは違うのかもしれない。
「地方の村で保育所といえば、奴隷として売るための子供を飼育する場所だ。子供の数も減っているらしいから、部屋があまっているんだろう」
「カロンさんも、そこの出ですか?」
「ああ。父親は偉い人らしいが、そのために街を追われたらしい。俺も保育所で育てられ……売れ残ったから、剣奴になった」
「坊主も苦労したんだな」
村人は俺の肩を叩いてくれた。同情されるような、ことなのだろう。この鬱な世界においても、俺はさらに不幸であるらしい。
エルフのロマリーニは保育所を目指し、ドディアも連れて行こうとしたが、ドディアが俺から離れることを拒否した。ドディアであれば足手まといにはならないと思い、俺は連れて行くことにした。エルフはあくまでも反対したが、ひょっとして、ドディアを狙っているのだろうかと邪推してみる。
ドディアは、普段から猫背で、寝るときは特に丸まっているので小さくみられがちだが、それほど背は低くない。幼女という年齢ではなく、俺とそれほど変わらないと思っている。ただ、ずっと一緒にいて、間違いなく好かれているのに、それ以上の肉体関係を求めてこないことから、精神的には幼いのかもしれないと感じている。
エルフに聞くと、獣人は別にコボルトを同族と勘違いすることなどないとのことだった。ドディアが特例なのだろう。というより、コボルトが間違って、獣人の子供を自分たちの子供をだと思い込んで育てたため、ドディアは自分もコボルトだと思い込んでしまったのだ。しばらくコボルトの群れから離れた結果、一般に背の低いコボルトを見ると、弟だと勘違いするという現象が生まれたのだろうと、俺は想像した。
エルフの心配はしなくてもいいだろう。なぜか俺より世慣れている。
俺は保育所には行かず、ドディアを連れて山に向かった。久しぶりにズンダに会いたかったし、村人がズンダでも危ないと思うほどの魔物が山に棲み着いているというのなら、少しでも早く駆けつけた方がいいのに違いないのだ。
「カロン、脱いでいい?」
白樺の木を目印にまさに山の中に入ろうとした時、ドディアが、俺が強引に履かせた靴を突いた。
「怪我をするぞ」
「下、歩かない。滑る」
ドディアは、深い木々に覆われた山に対して、キラキラと瞳を輝かせた。イヌ科の動物もコボルトも、木登りはしない。ひょっとして、ドディアはネコ科だったのだろうか。ピンと突き立った耳からは、ネコ科かイヌ科か、判断がつきにくい。尻尾も生えているが、あまり揺らしている様子はない。ということは、コボルトたちが盛大に勘違いをしただけで、本来は木登りが好きなのだろうか。
「ドディア、確認だ。ちょっと見せてくれ」
「んっ」
俺は地面にドディアを座らせ、足から靴を外した。
靴を履かせる時は無理やりだったのでしっかりと観察しなかったが、足の指は人間と同じように短い。だが、先端が毛に覆われており、指を押すと、鋭い爪が突き出てきた。
爪を出し入れできるのは、ネコ科の特徴でもある。足の裏は、少し硬くなった肉球が、それでもぷにぷにとしている。手のひらには肉球がなかったので気がつかなかった。これなら、靴など要らなかったのかもしれない。
「ドディアは、両親の顔を覚えているか?」
「……死んだ」
ドディアの口調は悲しげでもない。両親の真似なのか、顔を細長くして、口を開閉させる。その様子はイヌ科だ。多分、コボルトだ。当初エスメルたちを仇と狙い、そのうちに仲間になったぐらいだから、あまり同族には関心がないのかもしれない。ただ、生き別れた弟だと思い込んだコボルトのことだけは、頭から離れなかったのだろう。
まあ、ドディアがネコ科でもイヌ科でも、どちらでもいい。俺は、余計なことを聞いてしまったお詫びに、ドディアをちょっと抱きしめておいた。
「カロン?」
「いや。なんでもない。こんな靴、ドディアには要らなかったな。すまない」
「あたしの。カロンがくれた」
俺が渡したものだから、とドディアは捨てようとはしない。俺が取り上げようとしたら、抵抗して俺の腕にかみついた。感情表現が少しおかしいのではないかと思うが、きっと好かれているのだと、腕には回復魔法メディをかけておく。
「わかった。でも、邪魔だから預かっておく」
「うん」
「これを持ったまま木に登れるか?」
俺が鉄の剣を見せると、ドディアは困ったように首を傾けた。そこで、ドディアがいつも使っている銅剣を渡すと、こっくりとうなずいた。
銅剣は鉄の剣より軽く、何より小さい。大きく作ると強度が不足し、すぐに壊れてしまうらしいが、そんなもので武器を作ること自体には疑問をもたないらしい。あるいは、精錬技術が未発達で、鉄を扱うのが難しいのだろうか。
ドディアに銅剣を渡すと、口にくわえて木を登りだす。どうやら、ドディアはネコ科だったらしい。
本人は犬のつもりのようだが、イヌは木に登らない。だが、俺はこの世界の獣人をドディアしか知らない。イヌもネコも関係ないのだと言われるかもしれない。恥ずかしいので黙っておこう。
ドディアが木の上から俺を見下ろしてくる。高いところから失礼な、とは俺は言わない。俺が動くのを待っているのだ。
俺の鋼鉄の剣は竜兵のジルバに闘技場で破壊されてしまったため、騎士から奪った鉄の剣を取り出して握り込み、山に分け入った。
狩人のズンダの仕込みが良かったのか、森の中を進むのに苦労はしなかった。代わりに、魔物の痕跡も見つからない。
しばらく進む。村人がのんびり畑仕事をしていたのだから、それほど近くに強力な魔物がいるというわけではないのだろう。
1時間ほど山の中を行くと、拓けた丘に出た。ドディアも木の上からおりてくる。
見晴らしのいい丘だった。眼下に村が見えるが、エルフが保育所に向かったさっきの村だろう。
はるか遠くに、大きな塊として見えるのは、王都だろう。その周囲にも村が点在している。上からだと、街と村の区別ができない。
「飯にしよう」
すぐに暗くなりそうだ。俺が山に入ったのは、夕方だった。
狩人たち、特にズンダが気がかりだ。野営するより、夜のうちに進んで、狩人を見つけたかった。近づけば、狩人たちから見つけてくれるはずだ。
ドディアが俺の隣に座る。
アイテムボックスはこういう時にとても便利だ。火を熾すまでもなく、暖かい飯が取り出せるのだから。
闘技場の地下牢ではきちんと食事は出ていたので、蓄えをそれほど減らしてはいない。さすがに当初にためたオオカミ肉のステーキは食べつくしてしまったが、王都の近くのアナグマモドキのステーキは、ダンジョンの帰りに狩ったこともあり、まだ余裕がある。
逆にいうと、それ以外の食料をほどんど持っていない。裁判所で出された腐った食い物を食べる気にはならない。それを捨てずに残してあるのは、いつかあの裁判官に食わせてやろうと思っているからだ。
アナグマモドキの肉を取り出すと、ドディアは目を輝かせた。
山の木々を見上げた時よりも綺麗な目をしていた。食べ物は偉大だ。
ドディアと並んで、アナグマモドキの肉を食べる。かなり空腹だったので、調味料がなかったわりにとても美味く感じた。
「ドディアは、この国から出ても大丈夫か? エスメルたちにも会えなくなるぞ」
「カロン、いる」
ドディアはそう言って、俺に体重を預けてきた。そう言わせるための振りだったので、満足だ。
ドディアの体重を楽しんでいると、山の木々が揺れた。辺りは、すでに暗くなりかけている。
「何かな?」
「動物」
「……そうか」
ドディアがゆらりと起き上がる。手に銅剣を握っていた。
俺も警戒して脚を折り曲げ、足の裏で地面を掴む。
木々を分け、姿を見せたのは、俺がかつていた世界では、森の生態系の頂点にいた動物の一画、クマだった。




