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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
獣人の娘と深き闇

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53/195

53 我に傷を負わせる者が、人間の中にいたか

 闘技場に続く通路は、一本道だった。

 脇道もなければ扉もない。牢から出れば、闘技場しか出口はない。そのような作りになっている。

 闘技場の地下牢に入れられたら、出るには闘技場しかない。そう作られているのだろう。


 牢まで連れてこられた時は、そのような印象はなかった。一方通行の扉になっているのだろうか。

 階段を登れば、その先は闘技場だというところまで来て、通路に人影がいるのがわかった。

 エルフのロマリーニだった。


「結局、逃げなかったのですね」


 俺が近づくと、闘技場の従業員が真剣な顔で見つめてきた。


「この戦いが最後だ。終わったら、逃げるつもりだ。手引き、してもらえるかな?  駄目なら、何人か殺すことになるかもしれない」


 エルフが俺を逃したがっているのは知っていた。俺を逃して、エルフたちが恐れている魔王という存在を討伐させたいらしい。できれば関わりたくはないが、ファニーを助けた後であれば、手伝ってもいいとは思っていた。


「過信は禁物ですよ。今日の相手には、カロンさんでは勝てない、と誰もが思っています。せめて、殺されないことを祈ります」

「……そうか」


「生き延びられたら、死体を装って街から出します。しばらく窮屈な思いをしていただきますけど、構いませんね。王都には、未練もないでしょう」

「ファニーの居場所は?」


 ファニーの名前を出した途端、ドディアが俺の足に噛み付いた。痛くはないが、くすぐったい。ドディアは、寝ている時に聞いたことを、全て覚えているのだろうか。


「王都にはいないことは突き止めています」

「ならば、未練はない。自由民になって金を稼ぐって方法は、諦めた」

「それがいいでしょう。死なないでください。カロンさんは、まだ強くなるのでしょうから」

「ああ。そのつもりだ。それから……この子を頼む」


 俺の足を舐めていたドディアの頭を撫で、持ち上げて、エルフに渡そうとする。ドディアが体をくねらせ、俺の手から逃れた。


「ドディア、この先は駄目だ。多分、俺でも生きて帰れるかどうかわからない。そういう相手だ」

「カロン、死なない」


「ああ。死なない。だから、待っていてくれ」

「死なない」

「わかっている」


 ドディアが俺に組みついた。何をしたいのだろうか。


「死なないでほしいと、そう言っているのでしょう」

「ああ、そうか。なら……言い方が違ったな。ドディア、必ず生きて帰る。だから、待っていてくれ」


 ドディアの頭をごりごりと撫で、エルフに預けた。


「相手が何者か、わかっていますか?」

「さあな。大方、隣の牢に入っていたやつだろう」

「ええ。その通り、最強の兵士、竜兵です。人間種というより、魔物に近い。ドラゴンの血を引くと言われる化け物です。気をつけて」


 気のつけようもない。だが、恐らく力を隠して戦える相手ではない。

 俺はエルフに礼を言い、ドディアの頭を撫でてから、闘技場に踏み出した。






 いつになく、闘技場は観客で一杯だった。

 俺の名を呼ぶ声が響く。大勢だ。大勢の人間が、俺の名を連呼している。

 初めてのことだった。

 周囲を取り巻く10000人以上の人間が、俺の名を呼んでいる。


 これは、気持ちがいい。

 だが、この逆は今までもあった。俺を呪い、対戦相手を褒め称える声は、聞いたことがあった。

 つまり、俺は死ぬと思われている。あるいは、相手を殺せれば、奇跡だと思われている。

 俺は、アイテムボックスから新品の鋼鉄の剣を取り出した。


 防具は、剣奴時代と変わらぬ丸い木の盾だけだ。他の剣闘士はそうでもない。きちんと防具を着ている。俺も、着ようと思えば持っていなくもない。騎士を殺して装備を剥がしていた。だが、それを着ることはなかった。着方もわからない。

 対戦相手の姿はない。


 俺が出て来た反対側の扉が開いた。その瞬間、観客席が静まり返った。期待か、恐怖か、いずれにしても、それほどの相手だということだ。

 普段使用している、通常の扉ではない。地面に穴を開けるように、階段がむき出しになり、その奥から、重い足音が聞こえた。

 どっしりとした重い体を思わせる足音と共に、頭部が見えた。


 鋼鉄の兜を被っているが、陽の光を受けても反射はしない。兜は、黒く錆びていた。

 観客席が、悲鳴で包まれる。人間が血まみれで倒れても、ただ興奮して雄叫びをあげる観客が、悲鳴をあげて静まり返る。

 その者は、大きかった。体躯は2メートルを優に越え、肥大した筋肉は防具からはち切れんばかりだ。

 兜と同じく錆びた防具で胴体と腰回りを覆っている。手甲とすね当てもつけているが、露出も多い。露出もした肌は、強固な鱗で覆われていた。


「リザードマンか?」

「うわははははっっ!」


 俺が尋ねると、その者は大声で笑いだした。


「おかしなことを言ったか?」


 二人の声は互いにはっきりと聞こえた。観客が黙り込んでいたからである。いつもは声を張り上げて選手を紹介するアナウンス役の男も、この時は黙っていた。はじめから、煽る必要もないということだろう。


「そのような侮辱を受けたのは初めてだ。我は竜兵、ドラゴンの申し子よ。トカゲ人間と一緒にするとはな。それより貴様……獣人ではないのか?」

「どうして、獣人だと思った? ああ……あれか」


 俺とこの男が話している間、起きている時はドディアがうなり続けていたのだ。俺のことを獣人だと勘違いしたのも無理はない。

 なるほど、ドディアが唸っていたのは、本能みたいなもので、ドラゴンを感じ取っていたというわけか。


「俺が殺されると思っている奴が多い。どうだ? 人間たちの期待を裏切ってみないか?」

「面白い。だが、我にも誇りがあるのでな。わざと負けろと言うのなら、それは飲めん」

「なら、仕方がない。実力でねじふせる」


 俺は、鋼鉄の剣を構えた。


「カロン、やっちまえ!」


 観客席から、大きな女の声が響く。声だけで、エスメルだとわかった。バード、つまり吟遊詩人だ。声で飯を稼ぐ職業だけに、声量は凄まじい。竜兵が視線を向ける。口を開けた。


「やめろ! 観客に手を出すな」

「なら、お前が受けろ」


 言いながら、首を俺にむける。口から、まっすぐに炎が伸びた。

 俺は木の盾で受けたが、腕が焦げた。肌がひりつく。ただのこけおどしではない。十分な攻撃手段だ。


「戦闘開始!」


 すでに俺は攻撃を受けていたが、ようやく試合開始が叫ばれた。

 こちらが攻撃の手を一瞬だけ迷う隙に、竜兵が目の前に迫っていた。

 後退する。俺も勇者レベル16だ。肉体能力で引けをとる相手はそうはいないと思う。だが、さすがに怖い。

 俺は盾を構えたまま、真っすぐに下がった。俺がいた場所を、竜兵の腕が行き過ぎる。

 空気が悲鳴をあげたような音がした。


 さらに竜兵は距離を詰める。

「ザン」

 俺の、防御したままの姿勢から、斬撃が飛ぶ。突然、竜兵の肌が裂ける。だが、それだけだ。ミノタウロスの体に深い傷を刻んだ魔法が、ただ一筋、皮膚を傷つけただけで終わった。

 竜兵の腕がかすめた。俺の肌が裂け、血が舞った。

 俺は追撃を恐れてさらにさがった。だが、竜兵は立ち止まっていた。俺が「ザン」の魔法で傷つけた一筋の線に指を当てていた。


「……ほう。我に傷を負わせる者が、人間の中にいたか。ますます面白い」

「大怪我をしないうちに、降伏したらどうだ?」

「がはははぁぁっっっっ! 我は死んでも、負けは認めない。それが、ドラゴンの血を引く者の定めよ」

「戦闘狂め」

「褒め言葉だと受け取っておこう」


 逃げていても駄目だ。勝負するしかない。俺は、静かにスキルを発動させる。まだ、竜兵は元気だ。だが、竜兵が疲れてくるとは思えない。俺の体がついていけなくなるほうが早いに違いない。

 出し惜しみは命取りだ。俺はスキル、コンシンとブキイリョクバイを発動させた。


「今度はこちらから行く」

「おう。来てみろ」


 俺は鋼鉄の剣を構え、闘技場の地面を蹴った。

 自分の力が上がっているのがわかる。瞬く間に距離を詰め、体の加速と体重をそのまま剣に載せる。

竜兵は、想像通り逃げなかった。

 俺の振り下ろした剣を拳で受ける。

 剣が食い込む感触がはっきりと伝わる。


 剣がめり込み、血が噴き出る。だが、そこまでだ。拳で止められた。竜兵が拳を突き上げる。俺は剣で防いだ。

 体が浮いた。

 跳ね上げられ、地面に落ちる。

 スキル、ガマンを発動させる。竜兵が距離を詰めていた。俺が身構えると、消えた。


 視界にいない。ならば、上か後ろだ。俺はとっさに前に出た。

 俺がいた場所に、竜兵の足がつき降ろされる。地響きがあがる。

 振り向きざま、剣を振る。

 竜兵の足を薙いだ。ふくらはぎすら、硬い。俺は剣を引き、突き刺した。


 だが、竜兵もじっとはしていない。足を上げ、振り下す。俺の鋼鉄の剣を踏みつける。

「ビリ」

「ぬっ?」

 竜兵が警戒して下がった。放電で青白い光が走り、竜兵の足を焦がした。だが、その反応が、俺にあることを思い出させる。

「ボヤ」

「くっ……」


 相手の防御力に関係なく、ただ対象を燃やすのが、もっとも早い段階で習得した「ボヤ」だ。直接燃やすので、表面がどれだけ硬くても、火や熱に強くても関係ない。関係があるのは、ただ耐久力と生命力だ。この世界にきて同時に手に入れたこの魔法で、俺は敵うはずのない強敵バッキラを倒すに至った。

「ボヤ」

「このっ!」

 効果的だが、威力は弱い。俺のボヤに関わらず、竜兵は突進してきた。


 拳を振り上げ、打ちおろす。

 すでに木の盾は、最初に火であぶられたせいもあり、粉砕されていた。俺は腕で受けた。ガマンがまだ利いていると思う。堪えることはできた。

 だが、骨が折れる音がした。


 吹き飛ばされ、地面に転がる。

「オウキュウテアテ」

 俺は多少でも傷を癒し、咄嗟に距離をとった。視界にさえ収めて入れば、ボヤは届くのだ。接近する理由がない。

「ボヤ」「ボヤ」「ボヤ」……。

 オオカミなら三回で死んだボヤも、竜兵にはまるで効いていないように見える。

 俺は逃げながら魔法を放ったが、たちまち追いつかれた。


「カウンター」

 竜兵が拳を突き出す寸前、俺はスキルを使用した。

 拳をもらいながら、懐に入り込み、鋼鉄の剣を突き立てる。竜兵は、硬い鱗の上から胴当てを着ている。剣が刺さるイメージはない。だが、スキルの力か、カウンターの名称通りに相手の力をも利用したからか、鋼鉄の剣が竜兵の体に突き刺さる。

 血が吹き出た。

 胸が割れた。


 剣が折れた。

 俺は、折れた剣を持ったまま、飛び退った。これで終わりではないだろう。だが、傷は負わせた。

 アイテムボックスから鉄の剣を取り出し、竜兵の反応を待った。

 竜兵は、俺に向かってゆっくりと振り向いた。


「我の皮膚を破り、痛みを与え、剣を突き刺す。いずれも、人間たちには成し得なかったことだ。かつて……我は、ただ騙された。腹が減っていたから、うまいものがあるという甘言にのり、人間たちを信じた。その結果、罠に落ちて身動きがとれなくなった。牢に閉じ込められた。いつでも逃げることはできたが、あのような間抜けな自分を戒めるために、この場で人間たちを相手に退屈していようと決めた。これほど楽しめたのは初めてだ。では、そろそろ本気を出すことにしよう」


 はったりだ。俺は、そう思いたかった。ただでさえ、全てにおいて上回られているのだ。これ以上の本気など、ないと信じたい。

 竜兵が地面を蹴った。そう思った瞬間、俺は跳ね飛ばされていた。高速道路でトラックに跳ね飛ばされたらこんな感じだろうか。何が起きたのか、全くわからない。俺はただ宙を飛び、地面に落ちた。

 空が暗くなる。上に竜兵がいる。

「ビリ」

 魔法を使いながら、地面を転がる。


 肩を踏まれた。肩の骨が砕けたのがわかった。足をつかんだ。

「ザン」「ザン」「ザン」

「うっとうしい」

 足首から血を吹き出しながら、竜兵は俺を蹴り上げた。


 地面に落ちる。全身が痛む。

 怪我をしただけではない。筋肉が悲鳴をあげているのは、スキルに体が追いついていないのだ。

「メディカ」

 体が癒される。全ての傷が同時に塞がるが、完治はしない。


「がはははっ! さすがは噂の妖術師。しぶといわ」

「なぜ……それを知っている。ずっと……地下牢じゃなかったのか?」


 まともに、俺は言葉も発せない。


「兵士たちが教えてくれたのだ。妖術師だから、なるべく惨たらしく殺せとな」

「……そうか」


 もはや、強がる気力もなかった。

 MPがあるだけ使い切り、それでも勝機が見えなければ、俺は死ぬ。

 仕方がない。俺は、ここまでだ。


「行くぞ」

「ボヤ」

 さらに連続で使う。さすがに、もうMPの底が見えてきた。竜兵は揺るがない。俺は再び跳ね飛ばされた。

 地面に転がる。

「カロン!」

 その言葉が、俺の名前だと理解するまでに時間がかかった。それほどまでに、俺は意識がもうろうとしていた。


 竜兵が追い打ちをかける。そう思って身構えた。だが、追撃は来なかった。

俺の前に、小さな背中があった。


「……ドディア?」

「カロン、死なない」

「ああ……我に向かって吠えていたのは、こっちの娘か」


 竜兵に立ち向かおうとしてたドディアは、明らかに震えていた。



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