46 あんたに、報酬をやることにした
まだ、残ったものがある。ヤモリドラゴンが産んだと思われる、大量の卵があった。
「この卵、孵るのかな?」
玉座の裏に山積みになっていた卵は、こぶし程度のサイズで、20個ほどある。
「ドラゴンは、孵らない卵なんか産まないと聞いたことがある。父親がどこにいるのかは知らないが、間違いなく孵るだろう」
「なら……持って帰るのか?」
「もちろん。卵のままでもかなりの値がつくだろうけど、孵化してちょっと育てて、後は闘技場の興行主に売るのがいいかもね」
エスメルがにこにこと笑っているのは、たぶんそれで儲けられると考えているのだとわかる。
俺たちが話している間に、卵から小さなドラゴンが孵った。
あまりにも小さく、ただのヤモリかと思ったほどだ。
「へぇ……この大きさだと、可愛いもんだね」
シルビスが指先でつつくと、怒ったように小さなブレスを吐いた。慌てて指を引っ込める。
「やっばり……ドラゴンだねぇ」
俺たちが見ていると、生まれたばかりのドラゴンは自分が入っていた卵のからを食べはじめ、次いで、隣にあった孵化前の卵に噛み付いた。
「ちょっと、どうして?」
「共食い?」
「違うよ。兄弟を起こしてやろうってことじゃ……なかったみたいだ」
卵の殻を噛み砕き、中から顔を出したより小さなドラゴンの首筋に噛みつき、殺してしまった。そのまま死体を食べ出した。
「……どうやら、一番に生まれた奴が、強くなるために他のを食っちまうってのが伝統みたいだね。カロン、途中で孵化されると面倒だ。あんたのアイテムボックスに入れれば、時間が止まるって言っていたね。こいつら、入れられるかい?」
「生物は無理だ。卵でも、生きているだろ」
「やってみな。このままじゃ、1匹か2匹を連れ帰るのがせいぜいだ」
「あんまり、欲をかかない方が……入ったな」
俺が卵を拾ってアイテムボックスに入れると、すんなり治った。取り出してみるが、異常はなさそうだ。
「じゃあ、任せた」
エスメルが、どんどん俺に卵を渡す。計18個のヤモリドラゴンの卵がアイテムボックスに治った。
メルが小さなドラゴンを持ち上げる。生まれたばかりで小さいとはいえ、メルの手のひらぐらいのサイズはある。
「これも、連れて帰る?」
「ああ。その方がいいだろう。ここにおいておいても……たぶん成長するんだろうね。なにしろ、ドラゴンだ」
「あの椅子に座らせれば、また鎧が出て守ろうとするかも」
「ああ。だからって、試したりするんじゃないよ。さっきのコボルトみたいに手がつけられなくなったら、その分儲けが減るんだから。餌さえあれば、ドラゴンはおとなしいだろう。この部屋に落ちている食べかけの肉やら骨を集めな」
「腐りかけた飯なら、沢山あるけどな。裁判所で繋がれていたときは、そんな飯しか出なかった。食う気にならなかったから、全部アイテムボックスの中だ」
「ああ。ちょうどいい。この部屋の残パンも、全部持って行きなよ。ドラゴンの餌だ」
どうやら、俺のアイテムボックスはゴミでいっぱいになる運命なのかもしれない。
玉座には魔法がかかっている。エスメルはそう判断し、近づくことを禁じた。それさえ守っていれば、他の魔物が近づかないこの場所は、ダンジョン内での安全地帯とも言える。
ドディアが起きると、エスメルは全員を集めた。といっても、もともとかなり近いところでそれぞれに休憩をとっていただけなので、数歩移動するだけだった。
「これからのことを確認しておきたい」
エスメルが口を開き、俺とドディアを除く3人が頷いた。探索に区切りをつける慣例なのだと気づき、俺に、まだこのパーティーに馴染んでいないのだと感じさせた。エスメルが続ける。
「当初の目的は果たした。予定とはちょっと違ったけど、ドラゴンの幼生を育てて売るだけでも、かなりの値がつくだろう。ドラゴンは成長が早い。一月もあれば、私たちの手には余る程度には大きくなるはずだ。ここらで、今回は切り上げようと思っている」
「当然だね。これ以上の危険を犯す意味がないよ。もっと下まで行こうって言い出していたら、とめるつもりだった」
常に慎重な態度を崩さなかった僧侶のメルビスが大きく同意を示す。メルもムーレも依存はないようだった。
「ドディアも、構わないね?」
エスメルは最後にドディアに尋ねた。当然だ。奴隷の俺に聞くはずがない。
何故かドディアは答えず、ただ隣に座る俺を見つめている。
「カロン次第だってさ」
「あーぁっ、すっかり、恋する乙女みたいになっちまって。あのドディアがねぇ」
エスメルとメルビスに交互に言われ、俺にも流石に意味がわかった。
あからさまに好意を向けられて悪い気はしないが、やはり照れる。年甲斐もなく、というところだが、カロン少年の年齢を考えれば、慌てふためいてもおかしくはあるまい。
「俺の意見を言ってもいいなら……」
「構わない。あんたが主力だ」
エスメルから許可をもらい、俺は頷いた。年甲斐もなく慌てふためくというのは、別の機会にしておこう。
「雇い主の指示に従うよ。できるだけ強くなりたいってのは変わらないけど、剣も折れた。これから下に進むには、できればいい剣が欲しい」
俺がしばらく愛用していた鋼鉄の剣は、ヤモリドラゴンの腹のなかで柄からへし折れた。ヤモリドラゴンはすっかり解体されたので、折れた剣も取りだされて、俺の手元にある。
もともと拾ったものなので愛着はないが、やはり銅剣とは違う。
「剣は……ピンキリか……いいだろう。今度の稼ぎで、十分儲かったら買ってやる」
「本当か?」
「ああ。十分に儲かったらだよ。あんまり、期待はしなさんな」
エスメルがニヤリと笑っていた。十分に儲ける自信があるのだろう。
「じゃあ、帰るか」
メルビスが立ち上がる。ほぼ同時に、新しい玉座の主が誕生した。
甲高い声と共に、玉座の上にでかいムカデが出現していたのだ。その周囲に、鋼鉄の鎧が現れている。
「どうやら、たまたまあの椅子に落ちた奴が、ここの主人になるみたいだね」
ムカデのような小さな虫の侵入を防ぐことは難しく、たまたま入り込んでいたムカデが椅子に登ったのだろう。
「よし、逃げよう」
俺が言うと、冒険者たちは笑いながら駆け出した。
帰りも当然、魔物との戦いが待っていた。鋼鉄の剣を失ったために苦戦をするかと思ったが、散々使ってきた銅剣は意外と手に馴染んだ。
レベルも勇者16であり、俺自身はあまり苦労することなく、地上に到達できたと思っていた。
途中でスケルトン入りの麻袋を回収し、多くの荷物を変えながら、地上に到達する。
荷物のほとんどはスケルトンである。俺のアイテムボックスには、生物は入らない。魔物もどうやら入らないらしい。
ダンジョンには随分長い間もぐっていたと思うが、正確には何日かわからなかった。エスメルは、10日は経っていないはずだと明言した。エスメルは用意してあった食事の減り方で見当をつけていたらしい。
馬車を預けた宿場町まで、俺は荷物を持たされたが、もちろん不満などはない。奴隷である俺が持つのが当たり前だ。
地上に出たら戦うことも少なくなるため、俺が主戦力として特別扱いをうけることもなくなるのだ。
5日ほどかけて宿場町にたどり着く。
城壁のない小さな集落で、奴隷でも関係なく宿に入れてくれるらしい。
俺たちはひどい匂いをさせていたらしく、早く水を浴びて衣服を洗濯するように勧められた。
水を浴びに行くはずの中に、何故か俺も一緒だった。
理由はすぐにわかった。
水をお湯に変えさせるためだ。
俺は水浴び場の水をボヤの連打でお湯に変え、入り口で番をした。
そのあと残り湯をもらったが、大量に垢が浮いており、全くうれしくなかった。
宿場町では戦利品を売り払えず、結局俺が雇われた王都に戻ることになった。帰りまでの日数を計算すると、どうしても次の闘技会には間に合わない。
戻るのは、次回の闘技会が終了した直後ぐらいになるだろう。もともと、次回の闘技会には出ない予定で興行主に頼んでおいたので、それ自体は問題はない。ただ、俺が出場できる闘技会まで時間が空いてしまうことは問題だ。時間がもったいない。
その時間もダンジョンにもぐって、アンデッドあたりを狩っていればさらにレベルアップも測れると思うのだが、奴隷である俺が、雇い主を無視して引き返すわけにはいかない。うまくいかないものだ。
ヤモリドラゴンは、この数日でかなり大きくなった。好き嫌いはないようで、なんでも食べた。食が満足しているうちは大人しいが、かなりの量を食べるので、早く王都に連れて行って、闘技場の興行主に売り渡そうということになった。ますます、俺がもっとレベルアップしたいとは言えない状況になった。
数日で、手のひらサイズのヤモリが、抱きかかえないと持ち上がらないほどに育ったのだ。焦るのもわからなくはない。
宿場町を早々に出発し、ようやく俺の体が筋肉痛を訴えてこなくなった頃、野営をしていた俺の隣に、エスメルが座った。
「それ、どうする? 諦めさせるって言ったけど、うまく行くとは限らない」
エスメルが指したのは、俺の上で眠るドディアだ。獣人の娘で、何より気性が激しい。
「俺は、あの街に戻らないといけない。自由になるんだ」
「逃げれば、自由だろ。この国から出たっていい。剣闘士で自由になって、冒険者でもやるのかい?」
「……普通、剣闘士で奴隷なら、強くなって認められて、自由を目指すものだろう?」
「普通はね。でも、あんたは普通じゃない。妖術師の疑いをかけられて、どれだけ成績を上げても、数ヶ月後には火あぶりになる。その運命を回避できる方法があるのかい?」
「王の恩赦のためには……闘技場で活躍する必要がある。でも……ゴブリンを率いていちゃダメだということはわかった。次からは、一人で戦う。それで……強い奴を倒せば……今度こそ……まずは、処刑を免れて……」
「私が見たところだと、王はあんたを生かしておく気がないんだと思うね。理由はわからないけど、そうでなくちゃ、辻褄があわないのさ。死にに戻るのかい?」
「……絶対にそうだと判断できるまで、諦めないよ」
「そうか……まあ、あんたほどの戦士……というか、人間の側にいる化け物といったほうがいいかわからないけど……これだけ強い奴を死なせるのは反対だ。何かできれば、協力はしてやる」
「ありがとう」
俺は、素直に礼を言った。膝の上のデドィアは寝ている。ごわごわしていた髪も、お湯で洗ってから艶が良くなっていた。ほぼ無意識で頭を撫でる。
「ここからは、別の話なんだけどね、あんたがいないうちに、皆で話し合ったのさ。ドディアも含めてね。あんたに、報酬をやることにした」
「……へぇ」
あまり期待はしていない。奴隷なのだ。無報酬で働くからこそ、冒険者が雇ってくれ、その機会に強くなろうとしているだけなのだ。
「金はやらない。あんたのアイテムボックスにいれた卵も解体したドラゴンも、私のものだ。鋼鉄の剣は、同じ水準のものを買うなり、直すなりしてやるよ。必要経費だ。しかたない」
「じゃあ、報酬ってなんだい?」
尋ねた俺の口が、エスメルの口で塞がれた。
エスメルがドディアを抱きかかえて横に寝かせ、俺の上にまたがった。
「……今日から、王都に着くまで、順番だ。順番も決めてある。断るなんて言ったら、二度と冒険者に雇われないように、冒険者組合にあんたの悪評を流す」
「それ……報酬かい?」
「もちろん。私たちもね、金ができると、男の性奴隷を買ったりするのさ。その手間も省ける。あんたは娼館で女を買う金が節約できる。いい提案だろう?」
「……うん」
俺はエスメルに股がられた。いつのまにか俺の手に頬を乗せたドディアの目が、濡れていたような気がしていた。
翌日、俺は野営の見張り当番ではなかったため、朝になって目を覚ました。エスメルは俺の体で満足すると、すぐに一人で寝てしまい、俺が見張りを続けたため、俺との関係を誰かが知っているかどうかはわからない。たぶん、全員が合意のことなのだ。
ただ、ドディアがいなかった。
いつもは、俺が見張り番ではないときは、目覚めるとドディアが俺の上で寝ているのだ。
抱きつかれるように寝ているので、他の仲間たちは、俺とドディアがすっかり深い仲になっているのだと思い込んでいたらしいが、俺はエスメルと関係するまで、誰ともそのような関係には至っていなかった。ドディアとの関係も同様だ。
「ドディア? 今回はもう、帰るだけだからね。念願のダンジョンにもぐって、目的を達成したんだ。ひょっとして……もう、私たちとは一緒に行動しないつもりなのかもしれない。でも……ドディアは集落に住んでいないはずだ。一人でどうするのか……迷惑をかけたくなかったのかもね。王都には、奴隷としてしか、ドディアは中には入れない。獣人っていうのは、この国ではそういう扱いなんだ。カロンが気にすることじゃない。あんたは、自分の心配をしていなよ」
エスメルが妙に落ち着いている。俺が剣闘士に戻り、ドディアが抜ければ、パーティーに前衛がいなくなる。
エスメルたちは冒険者をやめるつもりではないかと思えた。今回の探索で得られたものは、それだけ大きかったのだ。
俺は、獣人の娘ドディアのことを心配しながら、王都にたどり着いた。女たちは順番に一晩ごとに俺にまたがり、俺は何故か、より強くドディアを思い出すようになっていた。




