45 本当に倒しちまったね
ダンジョンの地下31階は、少し構造が違った。
いくつかの部屋があり、通路がある。それだけなら、29階までの構造と一緒だが、俺の目には、どうやら控え室と会議室のように見えた。手前の小さな部屋が控え室で、通路を進んだ奥の部屋が会議室だ。
32階より下の構造はわからないが、どうも全体として、セレモニーホールと一体型のマンションなのではないかと思えて来る。もちろん、そういう印象を抱いていたのは俺だけだったようなので、口には出さなかった。
30階より下は、一フロアを1匹の魔物が占領しているようで、途中の控え室のような部屋には、食べ残しが散乱していた。
やはり、餌を用意する係の魔物がいるのだろう。あるいは、上階の魔物達を食べているのかもしれない。
通路の奥には、やはり扉がある。
このような石造りの建物で、しっかりとした扉を維持する自体、おそらくは魔法的な手法なのだろう。エスメルが指摘したとおり、このダンジョンには管理していた者がいるのだ。現在でも管理しているのか、その目的は何なのか、サッパリわからないが。
「開けるか?」
「カロンの体調次第だ。任せる。ドディアも、飛び出しなさんなよ。何かいるだろう。たぶん、ミノタウロスより強い奴だ。そうでなくちゃ困る。連れて帰っても、カロンにあっさり負けるようだと、稼げない」
エスメルは儲けのことを口にしたが、緊張をほぐすためだと感じられる。
俺は扉を押し開けた。
「フラッシュ」
閉じる。
扉の向こうで爆発的な閃光が走ったことが、扉から漏れ出てくる光でわかった。再び開ける。
やはり、部屋は全体として会議室のようだった。フラッシュの余韻で、かなり部屋の様子が見て取れた。簡易なテーブルやイスが散乱し、再奥に玉座らしき大きな椅子がある。
その上で、巨大なトカゲがのたうったていた。目を抑えている。ずっと暗闇にいたのだろう。フラッシュはかなり効いたはずだ。
「ドラゴン」
「なに?」
「卵」
「えっ?」
メルの緊張した声と、エスメルの上ずった声が重なり、俺は左右に首をふるような羽目になった。
まず種族名をつぶやいたメルは強敵に緊張したのだ。エスメルが声を上ずらせたのは、ドラゴンの卵がきっと金になるからだ。
俺は、ドラゴンに遭遇したのは初めてだが、名前だけは知っている。たぶん、最強の魔獣とか、そういうのだ。
俺が玉座の上で苦しんでいるでかいトカゲに視線を送ると、名称が表示される。
ヤモリドラゴンだった。どうやら、トカゲではなくヤモリのようだ。
「カロン、行け。仕留めな!」
「捕獲じゃないのか?」
「あんなでかいの、捕まえられるかい。卵がある。親を殺して持って帰れば、1つでも数年は遊んで暮らせる」
「……そりゃ、すごい。でも、ヤモリドラゴンだぞ。そんなに高く売れるのか?」
「珍種じゃないか」
そういうものだろうか。戦うことには異存はない。俺は、鋼鉄の剣をもって床を蹴った。ドディアが並ぶ。俺だけに戦わせるつもりは、ドディアにはないらしい。
玉座の上で苦しんでいたのは演技だったのか、ヤモリドラゴンは俺たちが近づくと途端に、柔らかそうな体を起こして首を持ち上げ、喉を膨らませた。
「ブレスだ」
背後でエスメルが叫ぶ。
ヤモリドラゴンの口から、人間の頭大の炎が伸びる。
「ヒエ」
効果があるどうかはわからない。だが、他に対抗できる術を知らない。
俺は、ヤモリにではなく、吐き出された炎そのものに魔法を使った。空中で炎が消滅する。どうやら、効果はあったらしい。
先ほどのブレスがあるから、どうやらこの巨大なヤモリはドラゴンに分類されているような気がする。そうでなければ、ただのでかいヤモリだ。
キョトンとした感じの顔をしたヤモリとの距離を、俺は床を蹴って詰めた。
ミノタウロス以上、といえば、中ボスぐらいの強さだろう。初めからスキル全開で行って、打ち止めになっても困る。
俺はヤモリにぶつかる手前で踏みとどまり、鋼鉄の剣を振り下ろす。
ヤモリ自体の大きさは水牛ぐらいだ。尾もあるので体長は十メートルを超えるだろうが、口を一杯に開いても立ったままの人間を丸ごとは飲み込めない。
だが、剣を振り下ろしても、皮膚で弾かれた。
ヤモリが口を開ける。舌が伸びた。俺の足に巻き付いたので、その舌に剣を突き立てる。切り落とせるほどの切れ味はない。
ヤモリが慌てて舌を引っ込め、その頭上にドディアが登っていた。
銅剣を二本持ち、両目に突き立てる。
ヤモリドラゴンが吠えた。首を振り、もがく。
ドディアが投げ出された。ちょうど俺がいた場所に飛んできたので、受け取める。
「よくやった」
俺はすぐにアイテムボックスから銅剣を二本取り出してドディアに渡した。
「うん」
出会った当初だったら、生意気だと噛み付かれたかもしれないと、感慨深かった。
ヤモリドラゴンが体を起こした。目は閉ざされたままだが、声か匂いで判断しているのだろう。あるいは、体温かもしれない。
ばたばたと足を動かしながら、俺とドディアのいる方に向かって走ってくる。
俺はドディアに指示して走らせ、俺自身は反対側に飛んだ。
ヤモリドラゴンが狙ったのはドディアの方だ。
俺に、茶色い背中が見えた。
その背に、こぶし大の石と、炎の塊が飛ぶ。ムーレとメルの援護だ。エスメルの歌が聞こえる。普段は乱戦になるのでエスメルも歌ってはいないが、相手がボス1匹なら、それが本来の立ち回りなのだろう。きっと、歌に魔法的な意味があるのだ。そうでなければ、ちょっと腹が立つところだ。
石も炎もヤモリの背に弾かれた。
「ボヤ」
だが、標的を直接燃やす魔法は別だったようだ。俺の魔法で、ヤモリの巨大な体の一部が燃え上がったのだ。
後ろ足で立ち上がり、そのまま、ゆっくりと振り向いた。
俺のいる場所に、顔を向けている。
どうやら、標的を変えるようだ。
望むところだ。
「コンシン、ブキイリョクバイ」
スキル二つを同時に発動し、俺は鋼鉄の剣に力を込める。俺に対して襲いかかる体勢が整わないうちに、距離を詰め、突き上げる。
俺の剣はヤモリドラゴンの皮膚を貫き、根元から、折れた。
「ザン、ザン、ザン」
剣が貫いた場所を狙い、魔法を立て続けに放つ。MPがある限り連射が効くのが魔法の特徴だ。
ヤモリドラゴンが咆吼する。その頭に、再びドディアが登る。銅剣をつきたてようとするが、なかなか刺さらない。
ドラゴンが頭を振り、ドディアが振り落とされる。
俺はアイテムボックスから銅剣をもう一本取り出し、ヤモリドラゴンの頭にドディアと入れ替わるように登った。
スキル、コンシンの効果はまだ続いている。ブキイリョクバイもたぶんそうだと信じたい。俺はドラゴンの頭にまたがり、全身の力を総動員してドラゴンの頭に突き立てた。
ここで、新しい呪文を試そうとおもった。勇者レベル15になったことで、新しい魔法『ビリ』を覚えていた。雷系の魔法かと思い期待したが、勇者は下級魔法と極大魔法を習得する、という設定通り、しょぼい魔法だった。指先から放電するだけで、威力は低い。
たぶん、使うことはないだろうと思っていた魔法だったが、この場面でなら、使えるかもしれない。
「ビリ」
銅剣を導線代わりに、ヤモリドラゴンの脳天に電撃を放つ。
目に見えるほどの放電現象を生じさせるなら、かなりの電圧で放たれるはずだ。一撃で相手を倒せるほどの威力はなくても、使用箇所によっては有効なはずだ。
ヤモリドラゴンの苦しげな悲鳴に、俺はさらに放電を行なった。力をさらにこめ、銅剣をズブズブと沈める。柄に滑り止めもない雑な闘技場仕様の銅剣が、こんなに役に立つとは思わなかった。
さらに電気を流す。
どのぐらいそうしていたかわからないほど、続けて魔法を使い、そろそろMPが尽きるのではないかと思い出した時、突如ドラゴンの体が崩れた。
俺は投げ出され、とっさに床で体を回転させる。起き上がると、巨大なヤモリが、ぐったりと倒れていた。
俺の頭の中にファンファーレが鳴り響き、俺は勇者レベル16になると同時に、仲間たちに囲まれた。
ヤモリドラゴンがドラゴンの亜種であることは間違いないようだ。俺は疲労して崩れ落ちた。より正確に言うと、精神的な緊張から来た脱力感だ。
ダメージはあまり受けていないので、体は疲れていない。ただし、MPはほぼ空になった。スキルを連続して使用していたので、身体中が痛い。実は下級悪魔の群を切り抜けた辺りから痛かったのだが、もはや身動きができないほど痛い。
俺は祈るように倒れたドラゴンを見つめ、祈りが通じたわけではないだろうが、ドラゴンが再び目を開けることはなかった。
「本当に倒しちまったね、ご苦労さん」
エスメルは笑いながらヤモリドラゴンの死体を見下ろして、ナイフを取り出す。多分解体するのだろう。俺のアイテムボックスに入れれば、使える部位だけに解体されるが、それはシステム上使えると判断された部分だけだ。思わぬ部位が使えるかもしれない。口を挟むのはやめた方がいいだろう。
俺が立ち上がろうとして、筋肉の悲鳴を押さえつけるために顔を歪めると、僧侶のシルビスに気づかれた。
「カロン、怪我をしたのかい?」
「いや……無理をしたから、体が痛くて……」
「そんなことをいうと、まるで人間みたいだよ」
「人間だよ」
「嘘つきなよ」
シルビスが笑って俺の肩を叩き、その衝撃で俺の膝を砕いた。
「あんたの役目は戦うことだ。後は、任せなよ」
シーフのムーレが俺を置いてヤモリドラゴンに向かう。最後に魔法使いのメルが、俺の体を無作法に跨いで通った。絶対にわざとだ。
「化け物」
メルはぼそりと言うと、エスメルたちに合流した。エスメルが、ヤモリドラゴンに背を向けて、俺に向き直った。
脇に、ドディアを抱えていた。
「目を回しているが、怪我はなさそうだ。これだけの大物だと解体に時間がかかる。この子を見ていておくれ」
「ああ。わかった」
俺の上にドディアを残し、エスメルたちがヤモリドラゴンの解体を始めた。
筋肉痛は回復魔法のメディでも治らないのはわかっていた。だが、痛みは慣れることもできる。せっかく狩人のズンダに解体術を習ったので、途中から俺も参加した。ドディアは寝かせておくことにした。
エスメルの話では、ドラゴンには捨てる部位がないのだそうだ。皮も骨も武具に使えるし、肉は食用に、内臓は薬になるのだそうだ。ある程度解体してから、エスメルが持ち帰る部位について悩み始めた。
「上のスケルトンも回収したいし……全部は持てないね。帰る途中で下級悪魔のフロアがあるのも問題だ。途中で落としたくない。どうしたものか……メル、あんたの時はどうした?」
「下級悪魔は、ミノタウロスを敵だと認識しなかったんだ。だから、ロープを結んで、私たちだけ先に上の階に行って、引っ張った。敵とも認識しないし、邪魔もしないから」
「じゃあ、同じ方法でどうだい?」
シルビスがいうと、ムーレが首を振った。
「眠っているだけの魔物と内臓だけの死体とじゃ、違うだろう。途中で食われるのが落ちだよ」
「アイテムボックスに入れたらいい」
頭を抱えるエスメルを見ていられず、俺が口を出すと、エスメルは形がいい眉を寄せた。
「度々そう言うけどさ、それは何だい?」
「アイテムをしまっておける、よくわからない空間だ。なんだかわからないけど、俺は持っていた。沢山入るし、その中だと腐らないよ」
「……じゃあ、やって見せなよ」
貴重な部位だというヤモリドラゴンの肝が俺に投げられた。俺はねちゃりとしたその肝をアイテムボックスに入れる。以前に何度か実験したことがある。生物はダメだが、それ以外はたいていのものが入る。
俺のアイテムボックスに収納され、ヤモリドラゴンの生肝と表示された。
「……消えたね。出してみな」
「はい」
俺が取り出すと、エスメルだけでなく全員が顔を寄せた。
「じゃあ、この方法で、全部……持ち帰るよ。全部だ。いいね? 言っておくけど、あんたの物じゃない。持ったまま逃げたら、酷いよ」
「わかっている。ただし、アイテムボックスのことは秘密にしておいてもらいたい。これ以上、余計な疑いはかけられたくない」
「あんたのはもう、疑いでもなんでもないだろうけどね」
エスメルは解体作業を再開し、ヤモリドラゴンは瞬く間に消えた。すべて、俺のアイテムボックスの中である。




