41 スケルトンは、良い値で売れる
ゾンビに限らず、アンデッド系の魔物は、痛みを感じず疲れもしない。部位の欠損があっても構わず、たとえ頭部が破壊されても動きを止めない。
それだけ気をつければ、決して苦戦するような連中ではない。
と、エスメルに教えられた。
だが、痛みを全く感じない、ということは、対人戦の常識が全く通じないということでもある。
何度か忠告は受けたが、結局俺は苦戦した。どうしても、狙いやすい頭部を叩いてしまう。普通は、魔物にとっても弱点なのだ。ところが、ゾンビたちは頭部が一番硬い。一刀のもとに真っぷたつにできるだけの技量が俺にあれば、話は別なのだろう。だが、俺にはそんな技量がないため、最初の一撃が無意味に終わることが多かった。
銅剣をただ振り回すコボルトの方が、効果的に戦っているように見える。
何度かゾンビと戦ったが、どうしても腐乱した人間の顔には慣れなかった。
地下6階以降はほとんど同じ造りだったので、またマンションのような一室を確保して、休憩をとる。
「苦戦したね」
俺がいつものように入り口で見張っていると、リーダーのエスメルが隣に腰を下ろした。魔法使いメルの姉であり、たぶん30歳ぐらいだろう。
厳しい顔つきをしているが、美人といっていい整った顔をしている。だが、女らしさをあえて消そうとするかのような出で立ちをし、茶色の長い髪を乱暴に三つ編みにしている。バードなので、街に戻れば酒場とかで歌うこともあるのだろう。その時は、化粧したりもするのだろうか。
「闘技場での相手は、魔物ばかりだと聞いていた。人間の姿をしている相手は、戦いにくい」
「へぇ。そんな甘いやつが、よく剣闘士になれたね。メルとも戦ったんだろう。その時は、メルが負けた。メルが参加していたメンバーは、ミノタウロスを捕まえた、この辺りじゃ敵なしだった冒険者だよ。ゴブリンたちを引き連れていたといっても、偶然で勝てる相手じゃないはずだけどね」
「あの時は……ゴブリンたちに対して責任を感じていた。できるだけ、死なせたくないって思っていたし、メルたちも俺を殺そうとして必死だった。だから、俺も戦えたし、必死だった。でも、ゾンビは違う。俺に対して敵意を向けてくるわけじゃない。ただ、ふらふら動いて、何も考えていないような顔で、俺に襲いかかってくる」
「ふん。私にあんたほどの力があったら、何も考えずに壊して回るけどね」
「……悪かったな。気持ち悪いものは、気持ち悪いんだ」
「心が弱いんだろうよ」
エスメルに言われるまでもない。俺は、このファンタジー世界で生きてきたわけではない。ごく平和な国で、平和に生きてきたのだ。死体なんか、葬式でしか見たことがない。たぶん、俺の心は弱いのだ。
「見損なった、かい?」
俺は、自虐的に呟いた。少しばかり、自分の無能さに落ち込んでいた。
「でも……あんたには、どこか余裕がある。まだ、力を隠しているんじゃないか?」
「……少しは」
エスメルは図星を突いた。このパーティーを、俺は気に入っていた。嫌われたくない。そう思っていた。だから、力はほとんど隠している。
「何を気にしている? あんたが妖術使いだとしても、あんたが私たちを襲ってくるとは疑っていない。私たちには関係ないよ。もう、そう思っていいと思っていたけどね」
俺は、少し悩んだ上で、エスメルの視線を受け止めた。現在は勇者レベル10であり、MPはほとんど減っていない。
「ボヤ」
俺が呟くと、手を向けた壁が炎に包まれ、しばらくして、消えた。
「……驚いた……」
「ゾンビには有効だと思う。でも、メルの前でこんな力を使えば、自信をなくすだろう?」
「もっと、強いのもあるのかい?」
「ああ」
俺は、言葉を噤んだ。前を向いたまま、エスメルを見なかった。どんな表情をされているのか、恐ろしくて見られなかったのだ。
突然、視界がふさがれた。俺の口に、柔らかいものが押し付けられた。それが、エスメルの唇だと理解して、逃げようとした。頭を抑えられ、口の中に舌をねじ込まれた。
俺は抗えず、ただされるままにしていた。
エスメルが離れる。
「剣闘士だ。この程度は、もっと上玉の女と経験済みだろ」
「……いや」
さすがに、ゴブリンとキスをする気にはなれなかった。一度行った娼館でも、口は駄目だと断られた。
「そうかい。それは、悪いことをしたね。でも、わかって欲しかったんだ。あんたのことは信用している。どんな力を持っていても、恐れない。全力でやっておくれよ。あんたが手を抜いて、誰かが死んだら、それこそ許さない」
「……メルにも言われた」
「そうだろう。それから……これも言われたかい?」
「……何を?」
「あんたのことは、割とみんな狙っている。リーダーとして言っておくけど、あんまりドロドロした関係にならないように、気をつけておくれ」
「……初耳だ」
「そうか。ドディア、悪かったね。交代だ」
エスメルが笑いながら遠ざかる。少し離れて、ドディアが二人の様子をじっと見ていた。
ドディアは、抱き枕のようにコボルトを抱えて、俺の隣に座った。コボルトは明らかに嫌がっていたが、逆らえないと諦めたらしい。
「二人とも、済まないな。どうも、ゾンビは苦手だ」
「まあ、誰にでも苦手はあるさ。俺も、同族のゾンビだったら、ちょっと気持ち悪いしな」
コボルトに慰められること自身、ちょっと情けないとは思う。
「カロン、強い」
ドディアは、俺の名前を覚えたようだ。奴隷に名前は必要ない、というのはかなり一般的な考え方らしく、俺の名前を呼ばれることは他のメンバーからはなかった。その中で、俺の名前を努力して覚えたのだと思うと、嬉しくもなる。
「ありがとう、頑張るよ」
これからは、より魔法を多用しながら、のほうがいいだろうか。そう思っていると、ドディアの顔が目の前にあった。
「ドディア、どうした?」
「たまには、いい」
「あ、ああ」
普段は強いから、たまには弱くてもいい、という意味だろうと察した俺は、曖昧に返事をした。だが、ひょっとして、違ったのかもしれない。
ドディアの顔がさらに近づき、俺の唇を吸ったのだ。
驚いている俺の顔から、ドディアの野生的ではあるが可愛らしい顔が離れ、俺の顔をじっと見る。俺があたふたしていると、ドディアは笑いながら、いつもの場所、つまり俺の膝の上に寝そべった。
この時のドディアが、ちゃんと目覚めていたのかどうか、俺にはわからない。
休憩から、再び探索に戻る。俺がゾンビに手間取っているということは、それだけ戦闘時間が長引いているということも意味する。魔法の援護を頼る場面も多くなってきたし、負傷も増える。僧侶はアンデッドに有効な魔法を使えるが、このダンジョンの11階より下では、ほぼアンデッドしか出ない場所もあり、魔法による撃退は控えたほうがいいというのが、メルの意見だった。
従って、必然的に細かな怪我も増え、メルとシルビスは、休憩後も疲れた顔をしていた。
「ドディア、今度から魔物が出たら、俺が先に魔法で一撃を入れる。攻撃はそれまで待て」
「わかった」
「魔法で? あんた、そんなことまでできたのかい?」
シルビスの声にただ手を上げて答え、俺たちは通路を進んだ。囲まれないように、ある程度は1つ1つの部屋を見て行く必要もある。
11階の最後に部屋を覗き込んで、俺は床の上に蹲る大量のゾンビと目があった。
ゾンビたちが一斉に顔を上げたのだ。目が、生前同様目として機能しているとはとても思えないが、俺を見た、と感じた。俺の視線を、ゾンビの目が受け止めたのだ。
俺に言われた通り、ドディアもコボルトも動かない。俺は、魔法を選択した。
「タイカ」
ゾンビの群れが、一瞬で炎に包まれる。あまりの熱に、ドディアも二の足を踏んだ。俺はドディアとコボルトを下がらせ、部屋の入り口で、出てくるのを待った。
炎に巻きつかれながら、ゾンビがゆるゆると這い出てくる。皮膚がやけ、ほとんど人の顔には見えなくなっていた。
俺は鋼鉄の剣で切りつけた。ザンの魔法を使うことも考えたが、さすがにMPがもったいないと思ったのだ。
火が収まってから、俺たちは部屋に踏み込んだ。一度こんがり焼かれ、燃えかすしか残らない状態で踏み込まれたゾンビたちは、脆くもなぶりころされるだけだった。
「カロン、強い」
ドディアが褒めてくれた。ドディアは褒める時、俺に抱きつく癖がある。
だが、メルとシルビスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……私、いらないじゃない」
「これだけの妖術ってのは、初めてみるよ。王の判断は、正しかったみたいだね」
二人の、異なる見解からの否定が痛い。エスメルには、既に言ってある。エスメルは大丈夫だろう。そう思ったが、やや顔を引きつらせていた。
「メルがあんたと戦って、殺されなかったのは、ただの偶然かもね」
「なるほどねぇ、一人でダンジョンに潜りたかったわけだ」
シーフのムーレが、俺が雇われたばかりの頃の話を蒸し返した。
「ダンジョンの中では、力を隠すなって、言ったじゃないか」
「ああ。あんたを責めてはいないよ。頼もしい限りじゃないか。だけど、教えておくれよ。あんたは、本当に人間なのかい?」
エスメルが言いながら、ゾンビの持ち物を物色し始めた。
さらに下の階に進み、1つの部屋の探索を終えて、通路に出ようとしたところで、通路から響いてくる足音に気がついた。
硬質な、高い音が通路に響く。今までは、聞いたことがない足音だ。
「ドディア……」
耳のいい獣娘に尋ねようとしが、ドディアとコボルトが揃って自分の口に指を立てた。話すな、ということだ。
俺が黙っていると、目の前を、骨が通り過ぎようとしていた。
「……骨」
俺のつぶやきが聞こえたか、エスメルが身を乗り出した。
「スケルトン、かい?」
「……たぶん。俺は初めて見るけど、骨だけで動いているから……たぶん……」
俺の目に、骨が歩み過ぎようとした直前に、やはりスケルトンの文字が表示された。
「間違いない」
俺は、突然強気になって答える。
「よし、捕まえよう」
「えっ?」
俺が尋ねても答えは返されず、普段は後衛の位置から動こうとしてないエスメルが、通路に顔を突き出した。すばやく見回す。
「骨さん、こっちだよ」
スケルトンが反応した。ただの骨ではない。盾と剣を持っている。
エスメルが引っ込む。
「捕獲する。傷はつけないで」
「無理言うな」
「修復できる程度に」
「了解」
引っ込んだエスメルを追って、スケルトンが突っ込んできた。俺が正面から受け止める。
その後に、二体が続いている。
俺は鋼鉄の剣で、スケルトンの錆びたつるぎを受けた。
「3体いるぞ」
「できれば、全部捕まえる。スケルトンは、良い値で売れる」
「よくわからないが、わかった」
俺は勇者レベル10である。武器を持ったスケルトンぐらい、相手にするのは簡単、だと思っていた。
だが、実際にやってみると、捕まえるのは難しい。スケルトンは骨だけなので、衝撃を与えるとばらばらになって倒れ、再構成される。
やりすぎると再び立ち上がってこなくなり、捕まえても動かない骨でしかない。
「どうすればいい」
「あんたはそのままでいい」
シーフのムーレが、スケルトンの背後に回り込んで、骨盤の骨を引き抜いた。
骨がばらばらと崩れ、再構成しようと蠢くところを、エスメルが麻の袋を被せて中に詰める。最後に封をすると、スケルトンの袋詰めができあがるという寸法である。
その後からも五体が参戦してきた。二体ほどばらけたまま立ち上がらないが、スケルトンの袋詰めが六個出来上がった。
「大丈夫なのか?」
袋の中で、もごもごと動いている。あまり頑丈な袋とも思えない。
「ああ。スケルトンは、戦えば強敵だけど、立ち上がるための力はあまり強くない。袋に詰めれば、意外と身動きができないもんなのさ」
エスメルが満足そうに袋を叩いた。
「高く売れるって、闘技場のやられ役としてか?」
俺には、よくわからなかった。スケルトンなど、強いとは思えない。
「やられ役っていうほど、弱くはないよ。武器も持っていたから、スケルトン戦士だろう。こんなのを何体も同時に相手ができるあんたがおかしいんだよ。だいたい、あんた、攻撃受けていただろう」
「皮膚が強いからな」
俺は、ゲーム的な強さを持っている。ゲーム内では、敵の攻撃をかわして無傷ですますより、圧倒的なHPで軽傷に済ませる戦い方がほとんどだ。実体を伴ってそれをやるのは、どうやらかなりおかしいように見えるらしい。
ムーレとシルビスが、スケルトンの詰まった袋を部屋の奥に運ぶ。
「持って行かないのか?」
「こんなのを持って、ダンジョンを潜れないだろう。帰りに持って帰るのさ。他の魔物に見つからない場所に隠したかい? うっかり発見されて、解放されたら意味がないよ」
「わかっている。そっちのコボルトが入っていたっていう壺みたいのが、ここにもある。その中に入れてきた。アンデッドは食料をため込んだりしないから、覗くこともないだろう」
「了解。じゃ、行こうか」
結局、エスメルは持ってきた麻袋を使い切るまでスケルトンを捕獲し、その数は20に及んだ。




