35 闘技場でのことをもちだすのは、ルール違反でしょ
エルフが出ていくとすぐに、興行主のゴラッソが入って来た。
「残念だったな、カロン。まだ、機会はある。今回は、お前は悪役みたいになったが、剣闘士としての戦い方については、人気があるんだ。次は大丈夫だ」
ゴラッソは、しわだらけの顔を歪めながら言った。本気にしていないのではないかと、不安に思える。俺は、思っていたことを口にした。
「王は、ゴブリン使いに恩赦は必要ないと言った。俺の顔を見て驚いたような顔もしていた。俺のことをただ見たかっただけなら、あの場に呼ばれることもなかったんだろう?」
「まあ、そうだな。あの場に名指しでよばれて、なにも得ることがなかった奴なんて、わしも初めて見た」
「なら……このまま続けていても、結果は同じだろう。ゴラッソ、次は、俺はゴブリン王としてではなく、ただの剣闘士として試合に出たい。他の剣闘士も、俺はゴブリンを操っているから生き残っていると思っている。確かにその通りだ。だから……俺はもっと鍛えたい」
「お前の言うことはもっともだが、どうする? ゴブリン抜きで力を見せると言っても、観客が盛り上がらない試合では意味がない。これから当たる相手は、より強くなる。単体で強い相手が用意できなければ、魔物の群れが相手になる場合もある。それを倒せるほど、無敵なわけじゃないだろう」
「……強くなるよ。ゴラッソ、また、冒険者に雇われて、ダンジョンに潜ろうと思う。次の闘技会は欠席にしてくれ。気がすむまで鍛えて、それから、戻ってくる」
「……わかった。カロンが逃げるとは思わねぇ。今回の王の決定には、わしも不満がある。このままお前を死刑にさせるよりは、そのほうが良さそうだ。冒険者組合には、わしから雇用希望を出しておく。いつでもいいな」
「ああ。頼む」
ゴラッソは出ていった。
俺は再び、天井を眺める。だが、先ほどまでの無為な状態ではない。
エルフのロマリーニとゴラッソの二人と話し、自分がするべきことが明確になったと思う。
同じ天井が、なぜか、少しだけ違って見えた。
俺は、勇者レベル9のままあがらなかった。冒険者パーティーを倒したのは、それほどの経験値ではなかったのだろうか。もうすぐ10に上がると思う。次は、できるだけ深くダンジョンに潜ろう。時間ギリギリまで、ダンジョンで強くなるのだ。
俺は、そう思いながら2日を過ごし、3日目に、冒険者組合に呼び出された。俺の雇用が決まったのだ。
ドギーが、稼いだばかりなので、あまり乗り気ではなかったのだろうか。俺は相変わらず目隠しと手枷をはめられたまま、街中に連れ出された。
自由に動けるのは、闘技場の中だけなのである。
「こいつかい?」
女の声に聞こえる。
「うん。間違いない」
「そんなに強そうには見えないけどね」
「まだ、若造じゃない」
「でも、キトンは殺された」
「闘技場の中でのことだろ。根に持ちなさんなよ。お互い、殺すつもりで戦ったんだ」
「わかっているよ」
「そう、簡単に割り切れないことはわかるけどね」
俺の意向など無視して、周りで話している。3人、ないしは4人だろうか。全員が女のようだ。
俺はちょっと興奮したが、まだ見えていないので、決して期待は持つまいと堪えた。
一人、おそらく俺が相手をした冒険者パーティーの者がいる。あのパーティーで女は魔法使いだけだったから、たぶんその女だろう。
俺を名指しで指名したのだ。ひょっとして、殺すつもりかもしれない。使い潰されるのなら、むしろ望むところだ。一人でダンジョンの奥に潜ってやればいい。俺は、それを望んでいるのだ。
街の外に連れ出され、俺は、予想とは違ったことを知らされた。
目隠しをされているが、歩いた距離と物音で、城壁の外に連れ出されたことはわかった。何度も通った道である。
目隠しが外されると、俺を取り囲んでいたのは、四人の女だった。
その中の一人だけ、見覚えがある。体が小さく、痩せている。じっくりと見たのは、治療場のベッドの上だった。魔法使いで、メルと呼ばれていたはずだ。
「俺を雇ったのは、あんたたちか?」
「そうだ。ダンジョンに潜るのに、前衛で戦える奴が足りなかった。剣闘士で雇用希望を出している奴を探していたら、あんたの名前があった。メルが勧めたのでね」
言ったのは、黄色い髪を大きく三つ編みにして、背に垂らしている女だった。背は俺とあまり変わらない。カロン少年はあまり背が高くないので、女も中背というところだろう。脇に、弦を張った楽器を抱えている。
「……それは?」
「リュートだ。珍しいかい?」
「ああ。初めて見た」
「私は、バードのエスメル。メルの姉だ。この子が、随分あんたのことを褒めていたよ」
「違うわよ。ゴブリン王とか怪しげな呼ばれ方をしているけど、まともに戦っても強いって言っただけ。あんたのことは許さないわ。だって……キトンを殺した」
メルは、涙を浮かべてそっぽを向いた。キトンというのは、俺が殺した僧侶だろう。俺にとっても、思い出したくないことだ。反論もできずに、俺は黙ってしまった。
「闘技場でのことをもちだすのは、ルール違反でしょ。そんなこと言っていたら、冒険者なんてやっていられないわ。私はムーレ、シーフをやっているわ」
小柄だが、肉付きのいい丸顔の女が手を差し出した。俺は握り返す。太っているわけではない。全体の造形が丸く、印象として丸く感じるのだ。
「私はシルビス、僧侶だ。言っておくけど、女ばかりだからって、変な期待はしないほうがいい。特に、私は聖職者だから、変なものを出したら切り落とすよ」
「……そんな気はない。俺は、強くなりたいだけだ」
シルビスを押しのけ、最初に名乗ったエスメルというバードが先に俺の手を握った。
「前衛が欲しかったのは本当だよ。それに、あんたが冒険者組合に出していたのは、ダンジョンの探索だ。ハーレムじゃない。あんたが強くなりたいってのは、本心だろう。ダンジョンに潜ったから強くなるってほど、単純だとは思わないが……もう一人、仲間がいる。そのうちに合流する。人間の街には入れない子でね。ダンジョンに取り憑かれたような子だから、すぐに来るよ」
エスメルは、出発を宣言した。傍に荷馬車がある。たぶん、借り物だ。俺は、女たちの持っていた道具を荷馬車に載せる。俺の立場が奴隷であるかぎり、一番下なのは違いない。雑用の全ては、俺の仕事なのだ。
馬が動き出す。俺が黙って見ていると、シーフのムーレが驚いた顔をした。
「どうして乗らないの? ダンジョンに行きたいんでしょ?」
「乗っていいのか?」
「当たり前だろ。歩いていくつもりなのかい?」
「いままでの雇い主は、俺にそうさせていた」
「……本当に?」
俺のことを嫌っているはずの、魔法使いのメルまでもが顔を歪めた。
「手を鎖で縛られていたから、歩かなくてもいいときはあったな。代わりに引きずられたが」
「あんたを雇った冒険者ってのは、ドギーだろ。あいつに雇われた剣奴は、使い物にならなくなるって評判だったんだ。そんなことをしていたのか。よく教えてくれたね。冒険者なんかできないようにしてやる」
エスメルが息巻いた。馬車に乗っている3人も同調する。だが、俺はそれでは困る。
「いや、最初はそうだったけど、最近は違う。だから、初めて俺を雇う冒険者は、そうするものだと思ったんだ。最近は、俺にもよくしてくれる。ドギーとは……こんなことを言うと、奴隷のくせにと怒られるかもしれないけど、友達なんだ。責めないでやってくれ」
「ふん。直接被害に遇ったあんたが言うなら、いいけどね。ところで、いつまで走っているんだい?」
馬車は動いていた。俺は、乗らずに歩いていた。馬車の速度が上がり、俺は走って追い駆けていた。さすがに、ドギーたちよりいい馬を借りているのだろう。なかなかの速度だ。
「体を鍛えておかないといけないから、しばらくはこうしているよ」
俺は、レベルアップで強くなる。だが、カロンの体がついてこられないのは確認済みだ。体の方を鍛えておかなければ、上昇したステータスを追いつけず、体がばらばらになってしまうこともあり得るのではないかとさえ思えるのだ。
「好きにしな。まあ、道中は長いからね。倒れる前に、言いなよ。引き上げてやる」
止まってはくれないらしい。
エスメルは楽しそうに言いながら、リュートの調弦を始めていた。
馬車に揺られ騒音に打ち消されながら、エスメルのリュートはよく響いた。手元を見ずに弾いているので、かなり訓練された弾き手であることがわかる。
曲が乗り、エスメルが歌い出す。
やや掠れた錆色の声が、リュートの響きによく調和した。
俺は、馬車に飛び乗った。走りながらではなく、じっくりと聞きたい気分になったのだ。
目を閉ざしていたエスメルと、御者台にいた僧侶のシルビス以外の二人が驚いた顔をした。俺の両足には鉄球がついており、普通なら走ることさえできないような重さなのだ。鉄球がついたまま、飛び乗るとは思わなかったのだろう。
俺はまだ荷台からぶら下がっていた鉄球を荷台に引き上げ、エスメルの歌に聞き入った。バードと言っていた。吟遊詩人だろうか。
歌の内容はよくわからなかったが、とにかく聞き入った。わからなかったというのは、意味が理解できなかったのではない。歌詞に込められた思いが、俺の理解を超えていた。恋の歌を聴いて実感できるほど、俺は経験を積んでいない。
「そろそろ、くるかな?」
「何が?」
メルの言葉に、俺は警戒して腰を上げた。いつでも、動けるように、だ。だが、エスメルは歌い続け、他の仲間たちも、警戒した様子はない。
突然、荷台が揺れた。
「ちょっと。もう……乱暴なんだから」
メルが抗議の声をあげる。
誰のことかと思ったが、すぐにわかった。
馬が曳く荷車の上に、影が1つ増えていた。
身長は高くないがたくましい体をした、動物の皮を服がわりに巻きつけた、勇ましい戦士だった。
特に俺の目を引いたのは、頭部に突き出たふさふさの耳と、長く伸びた尻尾だ。
「……犬?」
「おい、殺されるぞ。獣人族のドディア、もう一人の前衛だ」
歌をやめたエスメルが言うと、ドディアと紹介されたふさふさの耳をした女は、俺を睨みつけた。
獣人というのは、初めて見たが、いるとは思っていた。定番だからだ。RPGにつきもの、とは言えない。それなら、エルフの方がずっと出現頻度は高い。だが、最近俺が目にする異世界冒険小説には、必ずといっていいほど登場する。
たぶん、街に入れないというのは、人間とは種族が違うからだ。街に入るのには、奴隷か家畜でなければならないからだ。
普通の人間種族カロンが、奴隷にならなければ入れてもらえないのに、別の理由だったら、とても凹むところだ。
ドディアは、日に焼けた健康的な肌をした、たくましい女性だった。女性の形容詞として適切かどうかはわからないが、たくましい、というのがまさにぴったりなのだ。
背は低いががっしりとした幅広の体に、服を突き破らんばかりに出っ張った乳房が、むしろ違和感を覚えるほどだ。瞳が赤く、獣そのものだ。ぼさぼさの長い髪を無造作に背に垂らしているので、突き出した耳と相まって、鬼に見えなくもない。
ドディアは俺を睨むと、顔を近づけて鼻を動かした。匂いを嗅いでいる。やはり、嗅覚は鋭いのだろうか。
水浴びはしているが、女ばかりのパーティーに雇われるとは思っていなかった。臭いと嫌われるだろうか。
「男だ」
「うん。あんたが嫌いなのは知っている。だけど、使える前衛だ。あんたが欲しがっていただろう」
エスメルの言葉に、ドディアは唇を尖らせた。
「男、要らない」
どうやら、片言でしか話せないらしい。種族的にそうなのか、ドディアだけなのかはわからない。
「でも、あんたが言ったんだよ。もう一人前衛がいれば、もっと深くまで潜れるって。深くまで潜りたがったのは、あんたなんだよ」
「……他に、いなかった?」
「女で前衛が務まる奴なんて、そういるもんじゃないんだよ。探せばいないこともないけど、ダンジョンの深くに潜るには力不足だ。ダンジョンに潜るって聞けば、大抵はびびる。その点、こいつは心配ない。雇用条件に、ダンジョンに潜らせてくれることって書いてあったのを見たときは、天の助けかと思ったぐらいだ。メルも、太鼓判を押したしね」
「……見かけほど弱くないって、言っただけだよ」
「そうか。よし、降りろ」
「ちょっと、ドディア、聞いていたのかい? こいつは、必要だ。私たちが女ばかりだからって、変な気は起こさせないよ」
「いや、違うだろう。わかった」
俺は、エスメルを止め、荷車から降りるために鉄球を持ち上げた。
「武器を貸してくれ」
「はいよ」
この世界の武器は、あまり品が良くない。俺も、鋼鉄の剣を一本持っているが、まともに武器を鍛える技術はあっても、かなり高額なのだろう。武器は簡単に壊れる。だから、予備の武器もたくさん用意しているのだ。
シーフのムーレが俺に向かって短剣を投げてよこした。剣奴だったころに使っていた、鋳物の銅剣とそれほど違いがない。安物だが、十分だ。アイテムボックスから取り出したりしては、また妖術師だと言われて、面倒臭いことになる。
俺は、短剣を受け取って荷車から飛び降りた。馬一頭が曳く荷車である。さほどの速度は出ておらず、恐怖感もない。
地面に降りる。思った通り、ドディアが続いた。少し先に行って、馬が止まった。
力を試される。なぜか、懐かしく感じた。




