作業補助機器
シモーヌ医師に呼び出されて、ネイサン・ミラー中尉が向かったのは、スタッフ棟の片隅にあるミーティングルームだった。
ミラー中尉の他には、各病棟の責任者が五名と、ちょうど奉仕活動中だった『ハルシオン』の戦闘員、アリーとヌエがやってきていた。
他のスタッフはテーブルにつきコーヒーを飲んでいたが、アリーとヌエは強化外骨格の姿で、椅子には座れないので壁際に立っている。
アリーは、スタッフのコーヒーを頭部のカメラで追っていたので、もしかしたら熱いコーヒーが欲しかったのかもしれない。だが義体の姿でコーヒーを愉しむのは無理だ。
何度かコーヒーの行方を目で追った後、アリーはコーヒーから顔を背けて、壁を眺めていた。
壁際には、問題のロボット、コディもいた。コディは長い脚を爪先立ちするようにして狭めて、なるべく面積を取らないように待機していた。占有床面積を小さくすると全高が高くなるので、頭部のカメラは部屋を見下ろしている。
脚やマニュピレータ―は、つるっとした金属で覆われていて、甲殻類の外骨格のようにも見える。くすんだ白の塗装は間に合わせの物で、所々、黒ずんだ金属の肌が露出していた。
うまくカバーして隠してあるので、そんなに強力な武装を装備しているとはとても見えなかった。少し前腕が太いかな、という印象はあるがその程度だ。中に機銃があるようには見えない。腹部も同じだった。知らなければ、装甲の下にはバッテリーパックがあると思う。
恐ろし気な外観だが、コディはとても大人しいロボットで、武器で樹に脅威を与えない限り安全であることを、スタッフのみんなが知っていた。
それどころか、コディはとても人懐っこく、いつも誰かのそばで子犬のように寄り添っている。その愛嬌のある仕草は、ともすれば荒みがちになるスタッフの心を慰めていた。
まるで裁判のように、シモーヌ医師の向かい側には、イツキが座らされていた。すでに会議は紛糾している模様だった。
「なんてこと!」
シモーヌ医師は、女性としては非常に頑強そうな腕を組んだまま、もう一度言った。
「ほんとうになんてことなの!」
イツキに全ての責任があるわけじゃないのは、シモーヌ医師にもわかっている。イツキにとっては、レヴィーンを見殺しにするか、それとも世論が荒れる火種を作るか、の二択問題だった。
むしろレヴィーンを助けた事で、スタッフの間でのイツキの評価は株を上げた、と言ってもいい。
だからシモーヌ医師は、イツキを責めるというより、どこへ怒りを向けたらいいのか解らない、といった感じだった。
ミラー中尉が、その場の雰囲気を和ませるべきなのかも知れないが、ミラー中尉自身もとても気さくに会話をする気分ではなかった。自分に降り注いできた問題だけで、すでに持て余している。
わたしの人生は、もっと安っぽかった筈なんだがなぁ……。
「キャンプに武装した非当事者が存在することにはなっていないの。イツキ、あなたの装備は公式には『作業補助機器』ということになっている」
それについては現状についての説明をしただけで、シモーヌ医師は非難をしなかった。
武装した樹を受け入れたのは、いざという時の守りになりうる、と自衛上の判断をしたからだ。それは『MSF』側の目論見で、今回の事態は目論見道理の結果が生じたというだけのことにすぎない。
イツキは黙って、机の上を見ていた。もともと必要がなければあまり喋らない青年だし、表情も豊かというわけではないので、なにを考えているのかはミラー中尉にはわからなかった。
細身の肉付きが悪い体で、ぼんやりと机を眺めている樹は、異国で道に迷い、途方にくれている旅人のようだった。
「他に方法はなかったの? 手や足を狙うとか……なにも殺すことはなかったのでは?」
「『コディ』は自立制御型のロボットです。攻撃の指示はできますが。どこを狙うかは指示できない」
あまり敏感とは言えないミラー中尉にも、イツキが嘘をついているのは解った。ここにいる全員が殺害現場を確認したのだから、隠しようがない。あれは懲罰で、正義の鉄槌で、紛れもない怒りだった。
もちろん、誰もそれを非難はしなかった。
殺されても仕方のない連中だと、ミラー中尉も思った。自分には出来ないが、誰かがそうするのを止めはしない。連中は何度でも繰り返してきたし、これからも繰り返すつもりだった。
むしろ、レヴィーンを傷つける前に、誰かが、そうするべきだったのだ。
なにも分からないコディは、壁際で、小首を傾げていた。
 




