エイプリルフール
べつに出世欲に魅入られているわけではないが、給料が下がるのは有り難いことではなかった。
ネイサン・ミラー中尉は、面会の目的を想像して、ため息をついた。
知らせを受けたのは、二時間前だった。
なんでも軍の然るべき地位にある人物が、直々にミラー中尉へ聴取を行いたい、という話だった。ミラー中尉が所属するアメリカ陸軍感染症医学研究所の上司でさえ、その人物が何者であるのかを知らされていなかった。
出迎えは不要、部屋からは出るなという厳命だった。正装は不要、飲み物も不要、会談については他言無用。
もしかして、秘密裡に処分されるのだろうか、とも思ったが、最近しでかしたヘマといえば、『ハルシオン』のチームに攻撃され、作戦遂行能力を奪われた例の件くらいしか思い当たることがなかった。死に値するほどの罪とも思えない。
先ほどから、輸送ヘリのローター音が、耳に届いていた。
問題の人物は、とっくに到着している。ミラー中尉は自室のドアを凝視していた。もし死の瞬間がやってくるとしても、その時くらいは自分の目ですべてを確認したかった。
最初、目にした瞬間は、軍服姿のカーネルサンダースだと思った。白い髪と髭、メガネに、血色のいい頬。混乱した。これはジョークか? とも思ったが、付き従う若い兵士の態度を見る限り、エイプリルフールではなさそうだった。
人のいい初老の紳士、といった感じだが、体つきや身のこなしは、そこまで年を喰った感じはない。
階級章は身に着けていなかった。
ミラー中尉には、本当に軍人かどうかもわからなかった。
「君がミラー中尉かね? 資料通りの色男だな。間違えてゲイバーに来たのかと思ったぞ。かけたまえ。わたしも座らせてもらおう」
「い、イエス……サー」
「楽にしたまえ。きみが軍属ではあるが、本来は研究者であることは聞いている。君が心配しているように不始末を叱責しに来たわけでもない。ただそれだけの事であれば、わたしも気が楽だったのだがね」
「と、いいますと?」
カーネルサンダースは、ミラー中尉の準備した椅子に座り、トレードマークの杖に、組んだ腕を置いた。
「話は順序良くいこう。わたしは感染症には門外漢でね。ここへ来る前にレポートは目を通したが、再確認だ。現状について少々の説明をしてくれると助かるのだが」
「説明と申されますと……」
カーネルサンダースは少し苛立ったようだった。杖の先で、かすかに床を叩く。
「きみは優秀な男だと聞いていたんだがね。わたしがチキンフライの作り方を君に尋ねると思うのかね?」
「……し、失礼ですが、サー、いま、なんと?」
「冗談だ。わたしが君に尋ねるとしたら、君が得意としている事柄だ。『ハタイ脳炎』だよ。説明してくれたまえ。ニュースでキャスターが説明するように」




