惨めな感じ
キャンプは、トルコ・シリア国境付近の山あいにあった。
レヴィーンが見下ろした感じでは、山というよりなだらかな丘と言った感じだ。高さがある木がないのでそんな感じに見える。ゴロゴロした山や、枯れた色の茂みが荒れ果てた感じを強くしている。
丘には、硬質発砲スチロールのドームみたいなテントが密集していた。スタッフのテントは与圧されているけれど、患者のテントには負圧がかかっている。
与圧はウィルスの侵入を防ぐため、負圧はウィルスの漏出を防ぐためだった。『ハタイ脳炎』の感染ルートはまだ、はっきりと解明されていなかった。
丘の上にあるのは周囲がよく見渡せるようにだった。患者は難民キャンプの自警団に狙われているから、見通しがいい方がUNの兵士も守りやすい。
駐車場は、テントが集まる丘から少し下った場所にあった。
見下ろすと駐車場の手前には、平板状の石がたくさん立っている。膝くらいまでの高さの簡素なその石は、亡くなった患者たちのお墓だ。今のキャンプの状況では、これがしてあげられる精一杯だった。
ほんとのことを言うと、防疫キャンプは治療設備じゃなくて、隔離設備だ。どうしてかというと、発病して回復した人は、まだ一人もいないから。
だから、シモーヌ医師は苛立っている。イツキを殴ったのは八つ当たりだけど。心を痛めているのは本当だ。
医者は、病気の人を看取るためではなく、病気を治療するために存在するのだ。
遺体は、汚染ごみを処理するのと同じ炉で、ガス焼却される。目的は容積の縮小と、ウィルスの不活性化だ。
火力が強いので大きな骨しか残っていなくて、サラサラの灰は、援助物資の小麦粉みたいだった。
それをプラスチックの廃容器につめて、小さな墓の下に納める。
全部、レヴィーンが自分自身の目で見た光景だ。
最初、難民キャンプの大人たちは、レヴィーンが防疫キャンプで働くのを止めた。
病気の母親をおいて、いったいどういうつもりだ、とも言われたし、そんな危険な場所でキャンプにウィルスを持ち帰ったらどうする、とも言われた。
でも、レヴィーンが母親の為に持ち帰る給料の額を知ると、もう誰も、なにも言わなくなった。
いまは、母の親せきや友人は、母からいろいろな名目でお金をせびっていることを知っているけれど、べつになんとも思いはしなかった。
母が孤独にならないように働いたのだから、べつにそれでいのだ。
お金を稼ぐ方法は他にもあったけれど、レヴィーンは防疫キャンプで働くのが好きだった。人の役に立っている実感があるし、支給される食べ物はおいしい。それに他の仕事とは違って、働いていて惨めな感じがなかった。
それに、イツキと出会うこともできた。
レヴィーンは転ばないように石をよけながら、慎重に丘を下っていった。山道は尖った岩だらけなので、転んで防護服が破れたら隔離と徹底洗浄だ。そんな面倒は避けたい。




