Part6 「ひとりぼっちxひとりぼっちxひとりぼっち」その4
覚悟しろ。トーシャはそれだけ吐き捨て、アイテムボックスに手を突っ込んだ。
表情の翳りは怒気の熱気が押し隠した。既にイベントが始まって相当な時間が経っている。備蓄の消費アイテムもいい加減に底が見えている。
鉄面皮を気取っているが、ジンの状況も芳しくないだろう。ゲームマスターである白兜のアバターも、NPCモンスターの攻撃対象だったのだろう。一説によれば「アバターのフラグ判定を面倒くさがった」とのことだが、真相は定かではない。
率先して戦いに参加することは規定上考えられないが、乱れに乱れた戦場に首を突っ込んではプレイヤーの監査をし、油断すれば積年の恨み辛みの溜まったプレイヤーに後ろからバッサリ討ち取られる可能性を危惧しながら行動していたのだろう。
安心できる環境はなかったに違いない――ジンの身がいかに危険であったのか、この場に彼以外の白騎士が現れないことがなによりの証左といえるかもしれない。他の騎士団は現状をしりつつ、ここまでたどり着くことができていないのだから。
「……ったく、とっとと終わらせやんぜ。――で、また嫁でも探すかな」
「その嫁探しというのがどういうものかは知ったことではないが、すぐに終わらせる事については同意しよう。せっかくのゴールデンウイークを休出で終わらせたとあっては、妻と子どもがまた文句を言う」
「ああ、田舎に帰って…………あんだって? あんた結婚してんの? しかも子持ちッ!?」
「それも三児だ。7歳と5歳と3歳。男イチだ」
「…………」
「そういう訳だ。終わらせたら、詳しい話をしてやろう」
「そりゃ……楽しみっす」
「そうだろう。それも長いぞ。私も親だからな。だから――ゆっくり休んでからはじめよう」
「賛成だ。待ってろよ、俺の嫁枕。壊れるくらいに抱きしめてやるからな」
「……そこで、そうやって現実に想いを馳せられる人間で助かった」
「は?」
「無闇に夢を見ないということだ――いくぞ!」
「言われんで、も――――な?」
クィーンは凡夫の集まりだ。ランカーと呼べるプレイヤーは組織規模に対して1割にも満たない。故に彼らに必要とされるのは協調であり、信頼、通信、伝心、連携だった。
彼らは天才を執拗に欲さず、同じく凡庸で安定した一般人を良しとした。(トーシャが入団テストの面接で突っぱねられた理由はここにある)
すなわち、天性による閃きや機転、あるいは幸運や偶然の要素を徹底的に排除した合理的な軍隊となることを望んだのだ。突出した個人の勝利ではなく、兵士として部隊と女王に栄冠を戴いていただくためだけの組織。それが基本理念だ。
ただし現実には凡夫は凡俗であり、ファンタジーのような崇高な三銃士として全への自己犠牲の精神を完全に持ち合わせてはいなかった。
当然、戦果が突出すれば有能の証となり、女王の側近――セブン・リンクスと呼ばれるトップセブンに名を連ねられる可能性が向上する。
凡夫でありながら、それを認めながら、協力を良しと知りながら、それでも徹しきれず利益を求める。それがクィーンの現状だった。
しかし、それはひどく人間らしい。拘束力が「女王」という偶像ただひとつである集団で、はたして「女王を目指すな」「欲望を捨てよ」などと、そんな修験者如き禁欲主義がまかり通るわけもない。
もとより、クィーンという組織は破綻していた。
しかしそれでも、この後に及んでも未だ骨子を残しているのは――その基盤としてあるものが、少なくとも嘘ではないからだ。
彼らは理念を忘れられる。しかし完全に消去することはできない。
彼らは裏切り合う。そして協力し合う。利益を求め、栄光を投げ捨てる。
矛盾している。食い違っている。エラーを起こしている。深刻なバグがある。
彼らの有り様は不純だ。仕方ない。彼らは凡俗なのだ。
彼らは確固たるなにかではない。揺らがない唯一ではない。煌めく宝石の塊などでは決してない。道端の石ころ。
そもそも「ネットゲーム」などという俗なコンテンツに群がる凡人が、なぜ高尚な理念に身を捧げられるというのだ。
彼らはどうしようもなく、凡俗なのだ。
故に、都合がいい。調子がいい。
言い訳をする。嘘をつく。裏切り、身を翻し、聞き流し、立ち回り、責任をなすりつけ、小汚く罵り合う。自己を無理やり正当化できる。
クィーンという組織ははじめから破綻している。
その矛盾を孕み続けているが故に、彼らは実にフレキシブルだ。常に利益と理念の天秤が揺れている。そしてその秤は正しい数値の裁定者などではなく、なんとなしの気分ですんなり傾く。
そして恐ろしいのは、彼らの通信・伝心の網の強固さである。
要するに、面白そうな話、おいしい話、得な話、気持ちいい話を発信したら最後、だいたいの凡夫は流れて協調するということだ。手のひらを返し、職務を放棄し、その場その場の特性から「慣れ知ったポジション」にハマり、クィーンという軍隊は機能する。
その様は崩れたブロックを積み直すのに似ている。次から次へと別の形にピースが移動し、布陣を変えていく。組み体操のようなもの。同じ機能を割り振られた歯車が沢山あるが故の態度ともいえる。
矛盾しながらも骨子を折らず、俗物ながらも堅実で安定性を失わない理由はここにあり、このあり方はクィーンを上位クランに押し上げる結果となった。
――つまり。
クィーンという組織の原子核になっているのは通信である。その周りを理念と欲望の電子が回っているのだ。
情報がなければさして脅威でない個人の塊だが、ひとたび「伝心」がなされれば一個のシステムとしての作動がはじまる。ほぼ全てが凡夫であるが故の普遍性。柔軟性。再生能力。それこそがクィーンの真骨頂なのだ。
数秒前まで逃げ惑う雑兵の群れであったとしても、伝令が稲妻のように機能に走れば、一気に性能を取り戻す――。
単一の能力では完全に圧倒している黒いアバターを4人で取り囲む。司令塔のひとりが離れて全体を見渡し指示を走らせる。
黒いアバターの攻撃。重い一撃を1人が受け止め、それを1人がサポートする。手の空いている1人が念入りに束縛魔法で手足の動きを鈍らせ、最後のひとりが溜めに溜めたエネルギーを一気に放出。身動きの取れない1人をきっちり叩き潰す。
場合によっては変則も絡むが、おおよそこのパターンだった。
セルレベルで見れば、なんてことは無い一機能の反復運動。しかしそれらが幾重にも組み合わされ、協調し――一個の巨人としての形を示した。
巨人の兵隊が、黒いアバターの群れを蹂躙する。
トーシャとジンが算段を話し合い目を離した隙に、組織力最高峰とされるメガクラン『クィーン』はその底意地を発揮し、見事に戦線を立て直し、押し返していた。
「まじで……まじか……」
「現実だ。…………なるほど、彼らに必要な情報は敵の正体などではなく行動基準とステータスということか。あの黒いアバター達は先のボスモンスターなどより遥かに戦いやすい。
――おい、予定変更だ。このまま、我々は泥を攻撃する」
「攻撃ぃ? んなのどうやってだよ? 相手は流体だぞ? 焼くのか?」
「主に精神攻撃だ。――聞く耳を持っていれば、効果もあるだろう」
「………………まて。効果なかったらどうなる。てかどうする。悪口でも言うのか?」
「それで構わん。効果がなければ死ぬ。具体的に話そうか?」
「…………最後にいっておく」
「なんだ?」
「相手の気持ちを考えてモノを言え」
「覚えておこう。ここを切り抜けたら、部屋に張り紙でも張るとしようか」
「おう。じゃあ早速勝ちに行……ってだからどうやってどうすんだっつーの!!」
ジンのある種奔放な言動とケツに火がついた現状。まさに火災現場の爆心地に立っているトーシャだが、いよいよその火に油が注がれた。グツグツと煮えたぎった腹の奥底からマグマでも吹き出してきそうな勢いだ。
そんなトーシャの気を知ってか知らずか(知らぬはずはないのだが)、ジンは軽く笑い飛ばした。
「何をされても折れるな。逆に折りにいけ。意地の張り合いは得意だろう?」
「……よう知ってらっしゃるよーで」
――算段は立った。
『折れるな』『意地を張れ』。この上なく、極めてシンプル。限りなく雑な戦闘方針。
だが、それでいい。
もとより先ほどまで顔も名前も知らない仲だったのだ。妙に互いを絡めた付け焼き刃の連携攻撃は逆に足を引っ張り合うだけである。そういうのが必要なら、潔く身を引いてクィーンに任せるべきだ。
踏んではならない地雷の位置を確認する。ゴールフラッグを明確に立てる。ただ、今はそれだけでいい。
さぁ――。足元の砂利を蹴り上げて、トーシャはギラリと牙を光らせた。
「――俺様を折れるもんなら折ってみろ! 絶対てめーなんかに負けたりしねーからなッ……あぁん!?」
アイテムボックスから投擲可能ギリギリのサイズの武器を取り出した。本来ならトーシャより筋力のステータスが1ランク上のアバターが装備して振り回すことを推奨される、ゴテゴテとした大きな刃が映えるスピアである。
助走のアクションの勢いを活かす。スピアを両手で支え、慣性の重みで肘と肩と腰が悲鳴を上げた。
そのまま抉り取られてしまいそうなほどの衝撃。踏み込んだ足のつま先がぐっと地面を掴み、それに堪えて――。
放つ。それは綺麗な放物線を描き、黒い泥の中に沈んでいった。
「………………」
「せめてリアクションしろ! 『あれだけ大口叩いといてなんだあのヘロヘロ投擲ぷっ』とか『うっわなんもなしかよ爆破どうした爆破』とかっ……お願いしますなんか言ってください」
「……もう折れそうになってどうする」
淡々と吐き捨て、ジンが自前の槍を横薙ぎに払った。
オレンジの光が弧を描き、黒い泥が破裂した。一片の靄が晴れる。だが焼け石に水だ。
それだけ、相手は広く――大きい。




