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電脳コンプレックス  作者: みそおでん
第三章 「きみをしること」
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Part5 「ラスト・リゾート」その4

 視界が晴れた。花畑やらは目に入らない。広がっているのはゴミとクズ、瓦礫、塵。気がつけば顔を地面に押し付け、口の中を半分くらい砂で埋めていた。


 この廃墟には破壊の記憶が詰まっている。殺戮の記憶。戦意の残滓。闘争心。殺意。破壊衝動。明確な、極めて明確なスレイドの存在の爪痕。


 これは、ここは天国のような、そういう都合のいい逃げ場所ではない。


 大貴は立ち上がろうとして、途端にぐしゃりと倒れた。一瞬目が点になったが、すぐに理由は理解できた。


 右半身が残らず吹き飛んでいた。


 損傷度が大きすぎるためか。処理が追いついていないのかはわからないが、痺れが強すぎて痛みがないのは幸いだった。このダメージが直接痛みに反映されては、正気を保てる自信がない。


 だがそう遠くない未来、それはやってくる。一瞬先か、1秒先かに。


 しかし、と大貴は考える。


 片腕にはようやっと慣れてきたが、さすがに足まで吹き飛ばされては歩けない。今の「砂利を舐めるポーズ」を直すこともままならないほど。


 言うまでもなく「ゲーム続行不可」だ。そうなれば残機はひとつ減る。残機ゼロの大貴はゲームオーバーだ。


 そうなっては――どうなるのかはわからないが、とにかくここにはいられないのだろう。


 大貴は奥歯を噛み締めた。歯ががりがりと砂利をすり潰した。


「おい」


 頬を砂で削り、視線を這って進めて大貴は声の元を見つめた。


 スレイドがいる。両の足を立てて、そこにいる。


 ただ、その胸元には――大穴が空いていた。


「……や、じゃ、ねー……か」


 スレイドは言った。あの胸の穴は大貴が穿ったのだと。そう暗に示していた。


 大貴の武装効果に、そんなもの――。


『ありましたよ。エネルギーチャージ開放時に刺突攻撃を行った場合に限り、軸材と共にエネルギー弾を射出します』


 ニルが解説した。知らない機能だった。ものの見事に、それについては一度として説明はない。だが、元が【砲】なのだから、撃てる機能はあって然るべきなのかもしれない。


 クレームのひとつでも言ってやりたいところだが、ニルなら、ー『どうせ全部説明しても覚えきれないでしょう、あなた』とでも言いそうだ。実際そうだから仕方ない。


 とにかく、打ち込みの寸前、大貴は武器のスイングスピードでは完全に負けていた。


 だが撃ち出されたエネルギー弾はスレイドの剣で大貴が完全にバラバラになるよりも早くスレイドの胸を捉え、はるか後方に吹っ飛ばして、尚且つ体を貫いた――ということか。


 おかげで大貴は右半身のように粉々にならず、とりあえず意識と動力源が繋がった状態を保てている。最後まで、ただ幸運のみで切り抜けたということのようだ。


「るぐっ……な……」


 スレイドはなにかを言っていた。大貴の焼いた喉では十分声を表現できていない。――が、幾度となく刃を交えた大貴には、なんとなく言わんとすることが理解できたような気がした。


 スレイドに怨嗟は似合わない。だからこれも呪詛のそれではない。


 スレイドのヒビ割れた甲冑の隙間から漏れる風のように――満ち足りたのだ。器から零れ落ちるほど。


 だからこそあの戦意の雷霆も狂気の濁流も伝播して来ない。それは、嵐の後の快晴のように。


 大貴は笑った。スレイドも笑い返す。


 その顔は今迄のそれとは違っていた。剥き出しの野性も飢え果てた狂気もない。憑き物が落ちた笑顔だった。


 そして――。


 スレイドは、光になって消え失せた。








「……確かに、この結果は予想外でした。私の予測を超えています。あれで、先ほどの撃破以前よりだいぶ修復と強化行ったのですが――」


「それは……ない」


瞼を閉じて、大貴は断じた。どこかで【妖精】が怪訝にしているのを感じる。


 【妖精】は「先ほどの撃破」と言った。


 であるなら、スレイドは闘技場のチャンピオン・ジョージがゲームオーバーになった一戦で一度撃破されていたのだ。それ以外の戦いで、あのスレイドが敗北するなどあり得ない。


 ジョージは負けたのではなかった。引き分けたのだ。


 その傷を、結果を、あのスレイドが消してしまうはずがない。戦いと、その中での煌めきを重視していたスレイドが。その輝きの果てである決着を否定するはずがない。


 傷を修復するなど、認めるはずがない。


 コンティニューなど、断じてあり得ない。


 ――その意思を知らず、蔑む発言は、決して許容できるものではない。


「……とりけせ」


「――……あなたの勝ち、ですよ。その体ではゲームオーバーすれすれ、ですけれどね。

しゃべれますか? ボヤけた感覚も戻ってきましたか? 消し飛んだ半身の痛みを知覚できるようになってきましたか? よかったですねぇ、あなたの大好きな痛いのですよ?」


「うっ…………せ」


 鈍痛が脳味噌を高周波で叩き続ける。平衡感覚が狂い、視界は砂の砦のように崩れていき、併せて意識も塑性する。捻れ、撓み、歪み、破け、狂う。


 頭が割れる。真っ二つに割れてトランプをシャッフルするようにバラバラになっていく。


 意識が吹き飛んでいきそうな感覚の暴走だ。何か掴んでいなければ、一瞬でもう二度と帰ってこれなくなってしまう。


 ――ニルがいなければ。


『世話、やけますね』


「……わり」


『いえ。私はあなたのサポートAIです。ですから、あなたに望まれなければいる意味がない』


 以前にも似たことを言っていた。そうぼんやりと思い出す。


 【妖精】は見下ろしてくる。大貴の頭蓋を靴底でなじり、冷ややかな声を容赦なく突き刺した。


「まだ足りませんか? それとも、別のがお望み? たとえば、そう――この子を失う、とか、どう?」


「…………め、ろ」


「ふふん? やめてほしい? でもねぇ、あなたにはとっくり痛みを受けてもらわなきゃ――」


「……あきらめろ」


「――なんですって?」


「ねがい」


 【妖精】が大貴の頭を殴った。打点が熱を帯び、紫電が撒き散らされた。


 感覚が暴走する。頭痛と快楽と渋味と刺激臭が同時に脳味噌に叩き込まれ、配分を絶えず切り替え続けられていく。


 頭が回らない。クラクラする。ジェットコースターと電気椅子を掛け合わせたら、案外こんな感じかもしれない。


 砕かれた思考が断片になって足元に散らばった。瓦礫に潰される。踏みにじられる。


 交わす言葉が消えていく。発想が潰えていく。論理が砕かれていく。倫理が弾けていく。理性が捻れていく。野性はにげていく。


 もっていたものが、なくなっていく。


 得たものがすり抜け、あったものが透けていく。


 最後には、真っ黒な容れ物のなかに、とりのこされていた。


 色が抜けていく目の先に、彼女がいる。笑っている。怒っている。


 手が届く距離だった。


 だから、そうした。


 触れた彼女の唇が動く。それは拒絶の言葉だ。


 拒絶。藤林大貴は反芻する。


 ――ああ、だからかな。


 この自身の命題だけは、この黒の容れ物にさえ刻まれていた。


 『人間になりたい』。『認められたい』。


 答えなら、既に持っていたのだ。今の大貴でさえ、辛うじて手放していないもの。


 ロボットは想えない。人であるが故に、想い、願う。


 人間になりたいという願いは、ただ自己を拒絶していただけなのだ。


 こんな自分は嫌だ。これは本当じゃない。本当はもっと尊いものなのだと。


 そうでない自分は、人ではない。


 そうやって拒絶していたにすぎない。


 失敗に蓋をするように。苦手なものを避けるように。耳を塞ぎ、目を瞑っていたのだ。願うあまりに、より良く成し遂げようと想うあまり、答えを遠ざけてしまっていた。


 自分を許す。ただ、それだけでよかったのだ。


 自分を認める。卑下も虚勢もなく、等身大の姿を見据え、こうだと手を差し伸べるように肯定することが必要だったのだ。


 それは自分に甘くなるという意味でない。他者を敬うように、他者と同じく道を選び生きてきた自分を敬うということだ。


 それができずして、最も身近な人間を認められずして――何故、他の誰かに認められよう

か。


 ――夢から覚めるんだ。俺も、おまえも。


 彼女の頰に触れ、鉄の指先が曲面を伝い。唇をなぞり。


 ――起きて、洗面台に立って、鏡に映った顔を見て、なんだ案外いい男じゃないか、なんて考えるだけでもよかったんだ。


 ――遥か向こうのどこかじゃなく、今、ここにいることを肯定すればよかったんだ。


 そうやって言えたなら、彼女もどんなに楽だったろうか。


 既に藤林大貴の言語機能は破損している。エネルギーの残量もない。ダメージは胸のクリスタルまで届いている。


 感覚が暴走した結果だ。センシヴシステムを受けてクリスタルからエネルギーが半壊した体では受け切れない量だけ垂れ流されていっている。


 体が崩れる。ゲームオーバーだ。消えてしまう。


 この言葉さえあれば、大貴の答えが伝われば、きっと彼女は救われただろうに。


 唇も開かず、メッセージも打てず、虚ろな目に亀裂を走らせて。


 藤林大貴は、そこに砕け散った。


 ――コンプレックスなんて、わすれてしまって。


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