Part4 「プロ★ぼっち★プレイヤー」その3
「――ッッッ、だぁあああらっしゃああああああああああああああ!!」
音を立てる。光が広がっていく。伝わっていく。
やがて、その空間は静止した。弾いた弦が止まるように。
遠く、砂利を踏む音がする。かつて営みを囲んでいた構造体の残滓を擦り、空間に背を向ける。
「K4より各位。火種を破壊。至急『トロフィー』の確保に専念されたし」
クランメンバーからの了解の返事が耳を突く。クランメンバーにのみに通じるプライベートチャンネルを閉じ、再び彼女はしゃがみこんだ。
地面に手をつき、振動波を読む。ゲージを利用するセンシング・スキルだ。周辺の構造と配置を理解できる。
羽を持つ彼女が地面に張り付いて足音だの戦闘音だのの探知を行っては、特性を殺してしまっているだけだ。それでもこの探知スキルを取得・レベルアップを繰り返したのは、ひとえにこのセンシングの本質が「振動波」だということだ。
振動は空にも走る。であるなら、極められれば飛行中でもこのスキルで地上の様子を克明に捉えることができるのではないか――と。
未だ極めるには達していない。飛行中に行うことはできない。理由はいくつかあるが、探査を十分できるほどの有効範囲を確保できそうにないことが最も大きい。結局、未だにこうして地べたを這い蹲らなければ、期待したほどの範囲をセンシングできない。
しかし地面に張り付きさえすれば、期待通り、目視以上の範囲を見通すことができる。それに想定できる振動に対してはフィルタリングで無視できる。自分の爆発でセンシングにアラが出ることはほぼないと言っていい。
加えて敵味方の判別はクランメンバーの位置情報から推察する他はなく、また相手の装備などの情報がないのもかなり問題ではあるが。
そのセンシングを信じるなら、敵性の行動を取っていたターゲット――おそらくプレイヤーアバターだろう――の撃破は完了したようだ。
――いや。
「どぅぅぅらぁあああああッ!!」
目を見開いたと同時に、頭上から雷のような怒声が降り注いだ。顔を上げる。間髪入らずに靴裏が額を擦った。体が後方を転がる。脳味噌がシェイクされる。天地が曖昧になる。
「へっ、そんなに地べた這いつくばるのが好きってなら、ちょっと頼みを聞いてくれるか」
頭を踏みつけ、空から来た男は言う。
認識はしていた。声も明瞭な形も知れない、蜃気楼のような男。それがようやく実像を持って、目の前に現れたということになる。
「ボスはどうなってる? 交戦中か?」
押し黙る。その答えをくれてやる理由はないのだから、口を利くのはおかしい。おかしいが――今後のために、敗因は知っておきたい。
「……なぜ」
「フィルタリングで自分の情報をカットしていることはわかったよ。肉眼は無理だし、空も無理だ。
後はお前らがバンバンやってる爆発の音に紛れる爆発音の爆弾をちゃちゃっと作って、爆風でお空にジャンプ。俺が思う一番きな臭いところに降りてみたら、三度目でビンゴだったって話だ」
「……」
常識はずれの論法を語られ、彼女は困惑した。
同じ振動の爆弾を作った? ――そんなにすぐに作れるか普通?
爆発に紛れて空を飛んだ? ――そんなに軽く羽を持たないアバターが飛べるか普通?
きな臭いところに着地した? 3回目でビンゴ? ――3度も飛んだのに気がつかなかった?
「うっそ……」
「本当なんだ。これがな」
空から来た常識はずれの男は不敵に笑った。彼女は歯噛みする。想定以上の特化型だ。閲覧できる限りのこのアバターのステータスがそれを伝えている。アイテム頼みの雑魚アバターだ。
しかしそれでも、彼女に反撃のチャンスはまったくない。
完全に不意を突かれて組み伏せられた状況。そもそも彼女もまた戦闘力は高くない。支援特化のアバターだ。いくら相手がアイテム頼みとはいえ、彼女にはその頼みのアイテムさえもない。
だが――と、彼女は通信を閉じた。同時に仲間との連絡も途切れる。不審に思うはずだ。この場が包囲されるのも、彼女が所持している情報を当てにした作戦が放棄されるのも、時間の問題だろう。
彼女の目の前に石ころがからからと転がった。普通の石とは色が異なる。ネズミ色の表面が透過している。その奥で、オレンジ色が瞬いている。
「お前のチームにもデカイ火をあげられる奴がいるんだろ? なら、これの意味はわかるな。――やるよ。答えたら俺を爆殺なり爆砕なりすりゃーいい。
自殺は考えない方がいいぞ。今のままの性能じゃ、結構な範囲が吹っ飛ぶ。お前だけじゃなく、チームのメンバーがそれなりに困るんじゃないか? 目になるお前がいなくなるしな」
「……なにが知りたい?」
「だからボスどうなったかって聞いてんだよ。倒せそうか?」
「あたりまえだ」
「にしちゃー、随分手こずってる。天下御免の女王陛下の大軍団様達のくせによ」
「邪魔しておいて……!」
もがく彼女を足蹴にでひれ伏させ、トーシャは冷ややかな視線で突き刺した。軽い言葉が彼女を挑発する。
「俺ぼっちの邪魔でがたがた喚くな大軍団。それともなにか? 俺ってもしや一騎当千?」
「…………なにを焦っている?」
「焦ってねーよ俺は。俺より強いのが目くじら立ててるんだよ。確か――理由は、確か――――……なんだっけ?」
トーシャは思考する。頭のストレージから記憶を検索し、参照する。
彼女の指摘。その理由の、より根底にあるもの。騎士団。ジン。関連する単語は次々ヒットする。
――ジン。あのいけ好かない野郎はいったい、なんだと言っていたっけ。はて。
思い出せない。というより、覚えていられない。
なにかが暗に思考を邪魔しているような感覚。静かにテストの問題を解いているのに横で下品でやかましいミュージックライヴでも始まったような気分。
『そのこと』を考えようとすればずっと耳元でなにかを囁かれているように、その思考だけがまとまらない。
状況だけから判断するならば、このトーシャのエレガントな思考を邪魔しているバカ野郎は、ジンの目的を達成させたくないのだ。つまりこのゲームを終わらせたくないということ。
理由はわからない。
――まぁ、現実に戻りたくない理由なんて相場が知れている。どうせフラれたとか明日テストがあるとかニートとかまぁ、そこらへんにゴロゴロ転がっている、他人からすればどうでもいい感じの奴だろう。
それでもジンがこうして行動を起こしている以上、簡単には止められないのだろう。だから、おそらく干渉しやすい、管理者などではない一般ユーザーのトーシャが妨害の標的になっている。
――おそらくジンがトーシャを露骨に駒扱いしている理由のひとつはコレだろう。『ゲームを続ける』以外の思考を邪魔される状況。ジンの話す『現実に戻る方法』など、一番フィルタに掛けられるべきものだ。
完全に理解は期待させられない。ならば力でねじ伏せアゴで使ってやる。
おそろしくイラつく思考だが、仕方ない。トーシャがジンと同じ立場でもそうしないとは思わない。
――それにしても。
この妨害はまわりくどい。ある一方向に対する思考のみを妨害するなんて、高度すぎるプログラムに反して対処としてはかなり不完全だ。
現にトーシャやユイ、タイキはジンの指示で『ゲームを続け』、『現実に戻ろう』としている。
現実に戻したくないなら自分以外のゲームマスターを排除し、『ゲームを続ける』ことを止めなければ完全ではない。
それで満足するのか? ――まさか。ある特定の内容に対して人の思考を遮るプログラムを作れる人間が、こんな不完全さで満足しようはずがない。
だが万に一つ。こんな不完全さに満足している可能性があるとすれば、それは――この不完全さが『目的達成のための障害にならない』と判断されているパターンだ。
さながら道路に落ちる小石のように。『こんなもの、歩くのに邪魔にならない』。『車が走るのに邪魔にならない』。だからこうして捨て置かれているとしたら?
ジンの反逆は、結果として意味がなくなる。そうなるようになっているのではないか?
こうして妨害しながら時間を潰せればいいのだ。
――現に、トーシャよりも早くボス討伐に乗り出している『クィーン』が手こずっている。
最大規模のクラン『クィーン』は堅実だ。物量にものを言わせ、確実にボスを詰みに追い込むのが基本戦術。
その『クィーン』が、これだけ時間を掛けても未だ詰め切れていない。
異常事態だった。




