Part4 「プロ★ぼっち★プレイヤー」その1
暗い夜を裂いて、光が射し込む。次元の狭間から這い寄るように、遠い星に示された道を辿るように、黒い影が、歪な大地に靴音を立てる。
――此の期に及んで。未だ、なぜこの場所を目指す?
ジンは腰の剣を抜いた。異形の連なりに黒い人影が混じっている。あの影はプレイヤーキャラクターだろう。ログインして、『ネィクド』に――正しくは『ネィクド跡地』に――出現したというわけではないはずだ。ログインエフェクトはもっとこざっぱりとしていた。
『なにか』が、この場に呼び込んだのだ。であれば、あの空を割る演出は『演者』でなく『観客』に向けてのもの。すなわち、ジンや既に戦闘中のはずの『クィーン』へのものだ。
救援信号――な、はずはない。既に異形の中に混じって武器を構えている時点で間違いだとわかる。
これは警告だ。
このまま『私』に逆らい続けるのならば、これだけのプレイヤーがお前たちを襲いに来るのだ――という意味の。
「まったく、舐められたものだが」
吐き捨て、ジンは剣の切っ先を前方に向けた。重く片足を上げた異形の軍勢が一斉に静止する。武器を構えたまま、プレイヤーさえ固まった。
――硬直時間はおよそ5秒。
本来はルールを無視したアバターの行動権を剥奪し、現場の裁定を行う機能だ。戦闘用に設定されたものではない。あくまで、『騎士団』がゲームの管理を行うための便利機能に過ぎない。
なぜなら『騎士団』はプレイヤーではないのだ。全員腕利きという訳ではない。素人同然の人間――正社員とかだが――がその役を務めることも少なくない。かと言って多い訳でもないが。
つまり『騎士団』になれるか否かの差は、単純極まりない。たった一枚の壁を越えられるか否か、である。
その壁には『雇用』の二文字がでかでか彫刻されている。とはいえ「正規」が頭についていない分、いくらか高さは下がっている。
とにかく、裁定と執行にためにこの剣は用意されている。
要はゲームをグラフィカルな画面でなく、もっと内部的・裏側のプログラムコードでばかり見ている畑違いのおっさんたちでもランカーの首を狩れる便利機能だ。
ゲームの技量が十分高いジンには不要な代物である。なおかつ基礎能力を高ランクに設定されている管理者アバターを使っているのだ。剣などなくとも問題にはならない。余計な動作を挟む必要がある分、非効率でさえある。
今使用したのは、単純な『確認』だった。管理者権限が剥奪されていないかの確認だ。
正面に剣尖を突きつける。正面120度ほど、半径10メートル程度に広く扇型のビームが瞬いた。ビームに触れたジンに近づいていたモンスターとプレイヤーが一斉に跪き、動作を硬直させた。
ノーガード状態の彼らに向けて無造作に三日月の斬撃を飛ばす。強風に煽られた紙細工のように霧散した。
剣を下ろす。残りの240度にも敵はいる。
「まったく……多いな」
この殲滅戦において、剣の性能は有効だが十分ではない。ちょっとした安全地帯を数秒作り出せる程度のことだ。仲間がいても一般プレイヤーが近くにいれば問答無用で巻き込んでしまうから、協力プレイには明らかに不向きだ。
攻めてくる一体の突進をかわし、すれ違いざまに首をはねる。剣は雲を切るように一切の抵抗感なく両断した。
モンスターが来る。その後ろで大きな光が輝いている。ひとつではない。いくつもだ。四方から、魔法の砲弾がこちらを狙っている。
回避だけなら難しい話ではない。数十体近いモンスターとアバターが向ってきているが、同時にこちらに近接攻撃を打ち込めるのはその中の数体だ。その数体の首を刈り取るのは、ジンにとってそう難しい話ではない。
砲弾が撃ち込まれる。迫りくるモンスターとアバターの混成部隊が、背後からの光に飲み込まれていく。
槍を回転させる。風を巻き、刃が滾る。赤々と光を帯びて、モンスターとアバターを蹴散らしたそれらを払い、光の帯はそれらをブドウの房のように絡めとる。
キャッチしたボールをリリースし、周囲の砲台も破壊した。足元を一瞥する。装備品の残骸。モンスターの体の一部。肉塊ーーは、さすがにない。R指定を落とすためのエフェクト処理だ。ファンシーな亜人アバターがメインのゲームでそれをやるのは色々とマズイ。
ジンの周辺は荒れ果てた土地に戻っていた。荒涼とした風が建物の瓦礫と人の名残、生活の残骸を漂白している。
人影などは一切見えない。一通り、殲滅完了というところだ。――見た目には、だが。
「起きろ。うまく逃れたのは知っている」
そしてその「うまく逃れた」アバターを、ジンは『そこにいることを知っていたように』都合よく見つけた。頭蓋を踏みつけるち足元で小さなうめき声が上がる。意識は失っていない。
「質問に答えろ。なぜ私を攻撃した?」
「それは――」
答える前にジンは槍を構えた。再度敵襲。空がまた割れ、光が差している。モンスターの影の視界の端に見えている。
目を巡らせ、軸足を擦る。足元から悲鳴が上がった。どうやら意図せず強く踏みつけてしまっていたらしい。――まぁ、構うことはないのだが。
「しゃべる! しゃべるよ! だからやめっ――」
足元で何か喚いている。しかし当面の問題は目の前の敵襲だ。なにせ先ほどより少々数が多い。
ジンは明確に無視を決め込み、軸足に力を込め、刺突から鋭い弾丸のような一閃を放った。足元で瓦礫が飛び散り、閃光がモンスターの影を討つ。
痙攣しているアバターをまた乱暴に蹴り飛ばし、ジンは冷徹に言葉を放った。
「いいか。私には今、貴様のその正座の延長のような痛みなど比較にならないものを負わせてしまっているヤツがいる。私たちゲーム運営には一刻も早くその負債を返済する義務がある。ここに私が一人残っているのは、貴様らがゲーム感覚で考えるような理由ではない」
「くっ、ぁ……」
「たかが痺れる程度で大げさに呻くなゆとり。体罰には不慣れか? だが生憎と、貴様に延々構える時間はない。止めて欲しいならさっさと話せ。――貴様はなぜ、私に楯突いた?」
「か、勝てると思ったんだよ」
「見通しが甘すぎるぞバカめ。当てが外れたな。で、その根拠のない自信は誰から持たされた?」
視線を巡らせる。かなり警戒をしているのだ。第一波が瞬殺同然に蹴散らされたのだ。緊張も当然。離れているが、周囲からの張り詰めた空気が十分に伝わってくる。
「ち、蝶だよ」
「蝶?」
「力をくれるっていったんだ。それで、ここを完成させるのを邪魔する奴を倒してほしいってさ」
「なるほど。その蝶が貴様達をここまで転移させたのか?」
「俺はそうだよ。――なぁ」
「ついでだ。もうひとつ聞くぞ。『ここを完成』というのは、どういう意味だ?」
「はぁ?あんたんなことも知らないで……」
「答えないならいい。ご苦労」
ジンを取り囲む敵の群れは、剣の『時止め』の領域には踏み込んでこない。先ほどの実演が余程衝撃を与えたのだとわかる。呆れるほどに想定通りのリアクションだった。
槍を軽く横薙ぎに振るう。蜘蛛の巣を払う手軽さで、ナイフの束のような鋭い風の波が周囲を切り刻んだ。
「ど素人どもが……貴様らの目的がこの私にわからないと思っているのか?」
ジンは誰とも言わずに投げかけた。周囲に答えるものはいない。その余裕がないものが大多数。残りは答える義理がないと黙殺している。
そしておそらく、自分達の目的をこのプレイヤー達は正しく理解できていない。よもや、自分達がただの『壁』――時間稼ぎのエサなどと理解して、こんなことをしているはずもない。
クラン・リーダーに熱狂している『クィーン』ならまだしも、こんな徒党が身を粉にして人の為我が身を犠牲にするとは思えない。ネットゲームだ。そこまで殊勝になるわけがない。
同時に新たな疑問も浮上する。この時間稼ぎの理由である。
時間がないと悟っているこちらへの詰めの一手だろうか。だとしたら実に堅実だ。自らの圧倒的優位を感じさせない。およそ慢心もない。
実に間違っていることに、首謀者はゲーム感覚でゲームをしていない。さながら兵士か機械のような状況判断だ。なにが楽しいのかは知らないが、とにかくそういうことになる。
「……」
――そういえば。
回想する。ある時から――現行の学習型のAIの試験運用前からなので約3ヶ月前からだが、突如としてAIの完成度が跳ね上がっていたことがあった。およそIFの連続とは思えないような、言ってしまえば『ひらめき』を表現したかのような柔軟な対応を見せたのだ。
もしかしたら、とジンは思う。この【ガーデン・レイダース・ネットワーク】をはじめ、外部アクセスを前提としたシステムサービスがセキュリティを強固にするのは当然だ。例外なく、幾重にも張り巡らされた機械的なファイアウォールが存在する。
それを突破するために必要なのは、単純かつ致命的なヒューマンエラーの可能性を排除した場合、機械のような計算速度・計算精度。――だけでなく。ある手順をスキップできるような『ひらめき』。柔軟性。
神憑り的にそれらの要素が噛み合って、成功する。それを同時多発的に実現したこの首謀者は、さながら機械であって機械ではない。人であって人ではない。機械の堅牢さと人間のしなやかさの融合したもの。
それは――。
「……ふん」
舌打ちする。得体の知れない化け物が相手だとして、ジンができるのはさっさとこのイベントを区切りにすることだけだ。
それで事態が好転しなければ――もうジンがどうあがいてもどうしようもない事態だということになる。上層部は観念してサーバーの電源を切るか、この化け物じみた首謀者の奴隷として企業資本をじりじり削られていく未来を甘受するかの二択を迫られるのだろう。
どちらを上司が選択するのかはわからない。どっちに転んでもジンには残業代にプラスアルファが期待できることには変わりない。だが――。
人の首を絞めて遊ぶような奴にいいようにされ続けるのは、ひとりの人間としてあまり面白くない状況になる。個人的にはサーバーのシャットダウンを選んでほしいジンだった。




