Part3 「巧と絢音とxxx」その4
絢音はそう切り出した。男は目を細め、巧は押し黙った。
彼女は語る。
――私の夢は、人の夢を守ること。
『AI』として加工された彼女は、医療システムに組み込まれるはずだった。しかしその『医療統合システム』の開発頓挫によってその意味を見失ったのだ。
単純な話だった。未だ、人間はヒトの体同然の汎用的で多様に精密動作を行えるハードウェアを実現できていないのだ。そのためには動力や処理装置よりも、小さく、力強く、精確で、それでいて壊れないアクチュエータが必要になる。
現状、彼女の性能をフルに発揮できるハードウェアの開発には、更に多くの出資が必要だった。それで実現できるシステムは非常に巨大になり――それは、彼女自身が望んだ形とはかけ離れた『重機』となってしまう。
「……なるほど。それを、あなたは認められなかった」
巧は男に目を向けた。男は絢音をじっと見つめている。執着していた。
彼はそもそも、彼女に健やかに生きてほしかったからこそ、既存の技術を覆す革命を行ったのだ。
その彼が、彼女を無機質な鉄の塊の中に押し込めることや使われもせずに電脳の中に閉じ込めておくことなど、できるはずがない。
なるほど――巧は納得した――だから、ゲームなのだ。
基礎の技術を同じなら、彼女とVRゲームのアバターは、非常に似た構造のはずだ。彼女に人の形を与え、人として、人と接する場を与えられる。それは、この男の夢をかなえる唯一とも呼ぶべき希望だったのではないか。
彼女をそこへ辿り着けるようにする。その場所のことをあまりよく知らないにしても、この男にとってそれは、最後の希望同然だったのだろう。
「……なぜ、あなたは……だからといって……どうして……」
「……まだ確たる証拠が出てきていないな。この彼女に聞くとしようか? 私を知っているかどうか。私が何者か。――君にとって、私はなんだったのか……?」
「……ちがう。それは、あなたの知りたかった事だ」
「証拠になる。同じ事だ。……幻滅するか? もし君のその推測が正しければ、私は間違いなく、彼女のために多くの人間の危険の可能性を考えずに行動した。そして最後には、彼女の満足ではなく自己満足のために彼女を止めることもせず、ここでこうして呆けていることになる」
「……そうだ。あなたなら彼女を止められるはずだ」
「いいや無理だ。――考えてもみろ。彼女が大事なら、複製した彼女が芋づる式に操作し、排除できるスイッチなど用意するか……?」
「この……!!」
巧は男の胸倉に掴みかかった。丸椅子が倒れる。カーテンが揺れる。
男の目には、もはや何も語るものはなかった。「既に答えは得た」。そう言わんばかりの――落胆の表情。
自棄になっている。人生を賭けた大勝負。革命の果て。積み重ねた財産が一気に焼却されたような。
――全て、巧がここに彼女を連れてきたため。彼女が彼に、言葉を掛けないため。人間としての愛の言葉を囁かないためだ。
彼の知る彼女は死んだ。そう確信してしまっている。
背負い続けた罪の意識、執着、愛情――それらが複雑に絡み合ったコンプレックスに押し潰されて、殺された。
「ふざけるな……おい! あんたが彼女達を止めてもらわなきゃ困るんだよ! 俺の友達も、関係ない人達もな……このままじゃ衰弱死するんだ。飲まず食わず休まずにもう三日続けている奴だっている。死ぬんだよ」
「……知ったことか」
「なんだと……!?」
「リーク情報だ。各社はサーバーダウンを敢行する。そうでなくとも、増え続けるゲームサーバーへのアクセスで管理側のキャパシティは既にオーバーギリギリの状態だ。たかがゲームだ。軽い気持ちでテロリスト扱いの彼女の甘い言葉に乗る現実に疲れた人間が絶えないのさ。
今に機器がやられる。その前にサーバーを落としてメンテナンスを行うんだ。……ライブアクセス中の人間がどうなるかは、わかるな?」
「神経の異常が出て、身体に麻痺が起こる場合がある……最悪、身体機能の喪失……」
「呼吸器が麻痺すれば窒息。足の神経に異常が出て歩けなくなる可能性もある。その他にも目や耳、感覚器にも可能性はある……まぁ、機能停止して問題ない身体機能などないとは思うがね」
「それを……止めろ。できるだろ、あんたなら」
「無理だ。私に彼女は止められない」
「止めろ……なぁ、おい。止めろよ」
「……」
「止めろ……止めろッ!!」
男は人生をかけて革命を起こし、彼女を変えた。助けるつもりの革命が、別の形に変容させてしまった。
男はそれを受け入れた。彼女の変容と己の失敗を受け入れた。
だからこそのこの顛末。
それで、この話は終わりなのだ。
――もし。
人間同然のハードウェアを与えることができれば。
この男の望みを正しく理解し同調して、彼女を助ける技術の開発に尽力してくれる人間がいたのなら。
彼女がもっと早く、人に触れ、人らしさを取り戻し、システムとして定義された『目的』の実現を求めなければ。
誰かが、ゲームの中の誰かが、人間としての彼女の名前を呼ぶことができたのなら。
――こんなことには、ならなかったのかもしれない。
そんな仮定の思考が止まらない。
「なぜそうならなかった」。
そう投げかけようとする欲求が走り出す。止まらない。そんなことをしても、無駄だと理解できているのに。
ああ、くそ。もう駄目だ。遅すぎた――。




