Part2 「星の屑」 その3
「シュート……!」
小さく鈍い衝撃が左腕を疾走した。紫電を撒き散らし、緑色の閃光が虚空を焼いた。流線形のラグビーボールのような形のそれは地表を揺らし、爆発と煙を巻き上げる。
ビリビリとした痛みがフレームを痛めつける。左右の体が引き裂かれそうな悪寒を覚える。不快感が左胸を鷲掴んでくる。――思わず、怯んだ。
「くっ……ぅっ!?」
「がああああああああああああ!! ってあんざあああああああああ!!」
隣でトーシャが咆哮する。(もはや意味がわからない)
トーシャの両手の五指の間には、とりどりの色・大きさの宝石を挟んである。
そして、両手を叩く。乾いた音が鳴る。宝石が各々触れ合い、火花が散って。
――ビームが出た。
極太の七色の閃光がトーシャの指先から撃ち出された。
地表に当たる。爆炎が噴き上がる。轟音が響き、断末魔が空を震わせる。
かなり、効果があったようだ。
「すげ……っ」
――マジでなんでもありだな、こいつ。
「俺様を爆破だけの男と思いやがってっ! ぶっぱだけだと!? 勝手にぃぃぃいいいいいいおおっ!」
カスタネットのように両手を打ち鳴らしてはビームをぶっ放し、トーシャは地上を焦し炎を振りまく。
半ば発狂しているようなその姿で呆気にとられていたが、やがて大貴も我に返った。
居直り、地上に振り向く。役目を思い出す。
「チャージ……!」
【左腕】の砲を上げ、ビームを放った。不快感――ダメージが反動として残っている。ラグビーボール・ショットもそう連射は効かないようだ。一応、一拍の間を置いて射出を繰り返す。
地上からエネルギーが突き上がる。対空迎撃だ。だが大貴の【砲】クラスの火力はない。狙いも定まっていない。そう怖いものではない。
地表が赤々と燃えている。怨嗟の声が耳を指す。空を熱が焼き付ける。
赤が近づく。地表から来る熱が頬を焦す。――狙いが絞られてきている。いずれミートし、更にフォーカスする。
このままでは、地上に届くまでに撃墜される――。
「シィイイイイイイイ、ルドッッ!!」
またトーシャは吼えた。かと思えば、何かをアイテムボックスから手のひらに収めた。
それは、一見、ただの板切れ――否。
盾である。トーシャの腕に収まるようなサイズではない。長広すぎる。そのくせ厚みもそこまでではない。集中砲火を浴びれば、それもそう保たないだろう。
どうするつもりだ、と困惑する大貴をよそに。
トーシャは、その盾を足蹴にした。
靴底で盾を掴み、長広い――楕円形の断面のそれの上で、両手を広げてバランスを取る。
大貴は目を見開いた。こいつ、まさかっ――!?
「タイキ! ――いっちょ、風になるぜェ!?」
トーシャは何度か靴底で板を踏み鳴らす。盾の正面の突起の装飾が――まるでヒレのような形状が、夜風を切り、方向を定める。
膝を曲げ、腰を落とし、重心を揺らし――夜空を、泳いだ。
ウソだろと目を点にする大貴をよそに、トーシャが手を差し伸べた。
繋がなくては。然らば、たった一人で夜空の上で撃ち落とされる夏のカトンボである。
「奔るぞ! タイキは下にぶっ飛ばせ! こっちは制御に専念する……ッ!」
そう言って、トーシャは両手に――なにやらデカい団扇みたいなものを握った。
大貴は絶句した。おいまさか制御ってそれおまえまて正気か。
「……いや。わかった」
大貴は荒れ狂う大気の中、声を平坦にしてこれに答えた。
トーシャに頼ると、信じると決めたのは大貴本人である。であるなら、騒がず背中を預けるのが道理だ。
この際、絵面で疑いを向ける感情など排除する。
もとより大貴に、上空ウン千メートルから自由落下している状態から生き残れる技術はないのだ。トーシャに頼る以上の方法はない。
反動を左腕一本で抑えられる程度のチャージを選択。ラグビーボールをより縮め、ソフトボール大のエネルギー弾を連射した。
緩やかに夜風を滑っていく。体が宙をスライドする。左腕の骨身がじりじりと燃えていく。関節が赤々と染まっていく。
地表が近づく。火炎の森が灼熱の手を伸ばしてくる。
板が熱を弾く。トーシャが重心を操る。両手の団扇で風を受け、モーメントを操る。スピンを決めて熱をいなす。
トーシャが熱から身を逃がす舵を取り、大貴が熱と地上を薙ぎ払う。
四足歩行の怪獣の――大貴はアレを知っている。見覚えがある。戦った記憶がある。『グランゲイター』だ――背中を滑り、地上に滑り下りた。
瓦礫の上を乗りこなし、凹凸の激しい地面にノーズを擦らせて瓦礫を避ける。モンスターを下敷きに滑空する。突起に点かれた衝撃を受け流す。なかなか見事に姿勢を制御した。
「……うまいな」
「だろ? ママンにハワイで習ったんでね」
「ま、まま……?」
「爆発だけの男じゃねーってことよ」
着弾点からかなり離れたところで板は停止した。後にはノビたモンスターの群れが寝転がっている。ちらちらとプレイヤーらしい人影も見える。
――だが、依然としてここは敵の只中だ。
瓦礫の合間から、あるいは頭を抜けて、モンスターが重苦しい足音と地響きを連れてくる。
近づいてくる。睨みつけ、戦意をこちらに向けてくる。
――それだけではない。
瓦礫を縫って、眼光がこちらに突き刺さる。攻撃の意思を隠さず、身を隠す。有機的な動きだ。モンスターのすることではない。
「……どうする?」
「一点突破だ。暴れりゃオーダー通りに敵寄ってくるだろ」
「でも、人っ……」
「へぇ、気付いてたのか。案外、周り見えてるのな、おまえ」
けらけらと一瞬だけトーシャは笑った。しかしすぐに表情を戻す。
両手の団扇を握り直して。
「同じだ、んなもん。暴れりゃ怖がって離れるし、逆なら一緒に蹴散らしてやるまでよ。
キバってついてこいよ。背中、任せた!」
トーシャは飛び出した。
なぜそれを装備したままなのだ、とツッコミを食らわそうと思っても、いかんせん、もう彼は遠い。どつくことさえできない。
【左腕】の感覚を確認する。違和感は――ある。痺れがある。不安がある。
「ニル、さっきみたいに続けていけるよな?」
たとえ違和感があっても、ステータス的に以上が出ていないなら、このままやっても問題はないはずだ。
『熱等による【左腕】の損傷はおよそ20%。個体としてのレベルも上がっていますし、なにより感覚が鋭敏になっています。今までよりも繊細な制御が可能です』
また小難しい理屈が返ってきた。視線に集中力を傾倒させる。右腕はない。先の盾――もとい、サーフボード上と同様に、【左腕】の大筒を支持できない。
であれば、同じように反動を抑えられることが重要だ。
射撃精度は極端に落ちる。だが、そこは今まで試した感覚でいくと、連射力で十分カバーできるだろう。10発に3発くらいは当てられる。
反動。連射。ふたつの要素から、チャージは自ずと抑えていかなくてはならない。
【左腕】の砲身を上げた。チャージする。狙いは――。
「……わるいな」
多分、トーシャの背中を狙えばいい感じに周囲に散ってモンスターの牽制になってくれるはずだ。
当たったらごめんなさいである。
「だぁらっしゃああああああああああッッ!!」
当の狙われているトーシャはといえば、上下の歯をギリギリと軋ませていた。
両腕を同時に振り回し、追い風を作る。風の板を足下に絡ませ、先ほどのように宙を舞ってみせ。
「せえええええええええええ!!」
周辺数十メートルの中型以下のモンスターやアバターを虚空に打ち上げ、大型種の体に余すことなく叩き込んだ。
グランゲイターに比類する巨体が、ゆっくりと崩れ落ちる。無数の突進を強かに打ち込まれたのだ。無理はない。
「俺を爆弾だけの男と思うなよ、クッソがああああああああッ!!」
団扇を振り、風が地面で反射する。返す刀で上昇気流を突き上げる。倒れた大型種の体こそ動かないが、小さな瓦礫は地表から引き抜かれる。風を器用に操って――。
「くらえっ!」
瓦礫の雨が倒れた大型種に突き刺さった。
そして。
――爆発した。
「………………」
いや結局爆発すんのかよ、とあきれ返る大貴を無視し、トーシャははしゃぐように団扇を振り回しては火をつけて回っている。
とりあえず、正面はどうにかなるようだ。
ならばと大貴は身を翻す。背後のモンスターが近づいてこないようエネルギー弾をばらまき、正面は完全にトーシャに任せることにする。
弾丸をばらまく。やはり、10発撃ったら3発は当たってくれる。
1発は重いらしく、当たった中型のモンスターは怯んで後ずさっている。中にはあの『グリーントータス』もいる。何人かのプレイヤーが蜂の巣をつついたようなリアクションを見せる。こちらを恫喝してくる。
しかし、大貴の弾幕が鬱陶しいらしく、大貴よりやや遠い位置で二の足を踏んでいる。
それは、とても不思議な眺めだった。
目の前のものたちは、大貴よりよほど強く厄介な存在だったはずだ。最初のダンジョンをクリアできなかった大貴よりも、ずっと。
もしかして、とモンスターをけん制しつつ手足に弾丸をぶち当てる。
今の俺って、結構強いんじゃないの――?




