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電脳コンプレックス  作者: みそおでん
第2章 「弓引く先に」
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Part5 「ヒトであること」その3







 ――まずは謝罪致します。


 土嚢に囲まれた死後の世界で、どこからともなく声が響いた。ぼんやりとした意識に溶け込むような、骨身の震えと共振するような。そんな声だ。


 ――私には、あなたを救えませんでした。


 『あれ』に仕掛けられた【針】の解除はできませんでした。センシヴシステムのセーフティフィルタは再定義され、現行の操作筐体「マナン属」の感覚制御には一切のバイアスが掛からない状態になっています。


 ……わかりやすく言うと、ダメージを痛いと感じます。


 熱に晒されれば火傷を負います。手足を失えば我が身を断たれるように、ゲームオーバーになるような致命傷を負えば……。


 とてもではありませんが、戦えません。今までのような体当たりな戦い方などは論外です。


「…………そうか」


 弱々しく、大貴は唇を動かした。


 体が重い。土に圧迫されているせいだ。肺などないはずだが、呼吸など必要ないはずなのに、息苦しさが体を蝕む。


 苦しい。


 ただ、苦しい。


「道理で、こんなに苦しいはず……だな」


 なんてことはない。


 【妖精】は、ただ忠実に大貴の願いを叶えたということだ。


 ――申し訳ありません。私が、もっと上手くできていれば。


「……あいつは、いったい……なんなんだ?」


 …………わかりません。


 ――短く、淀んだ答え。薄い虚飾が見え隠れする。そういう答え方をした。


 頭に響くこの声は、嘘を、ついた。


 この声と自分の意識が折り重なっていないことを強く実感した。闇に溶けていた意識が、たったひとりに乖離し、回帰する。


 土の中の無力感と孤独感。このふたつが、暗闇から『藤林大貴』の輪郭を切り出したのだ。


『ただ……この場では、私を信じてください』


 声は――ニルは、大貴の頭の中にそう響かせた。


 無感情なはずの言葉。にもかかわらず、その中には、確かにそれがこもっているように感じた。


 懇願しているようだった。すがっているようだった。


「ま……この際、どうしようもないけれど、ね」


 なにせ大貴は今、身じろぎひとつも満足に出来ない。


 遥か遠くに種火のような光が見える。弱く、弱く、本当に儚げな光だ。手を伸ばしただけで消えてしまいそうな光。


「……どうすればいいんだ、これ?」


『【砲】を使って生き埋めだけは回避しました。ご覧の通り、左腕周辺くらいは地上まで柱状に掘れています』


 左腕の骨格の輪郭が熱と痺れでより強調されているのは、どうやらそういう意味らしい。


 件の『周辺』など、知らぬ間に突き出されていた左腕が邪魔で邪魔で見にくくてしょうがないが、とにかく納得した。


 試しに左腕を動かしてみるが、ひとまず動作自体には問題がないことを確認する。肩から指先までスムースに動いた。穴の壁に当たって!可動域はそう広くない。


 本当に、左腕からビームでもぶっぱなす以外にやれることはなさそうだった。


『地上がどうなっているのかは感知できませんでした。ですが、このまま誰かしらの救助を待ったところで望み薄でしょう』


「そうはいうけどね、自力、てもね」


 仮に動けたとして、這い上がれる深さなのかもイマイチわからない。


 自分でどうにかできるレベルから、既に脱している。


「……もう」


 この闇色の土に押し潰されて、消えていくしか――。


 随分、諦めがよくなったものだ。どこか現実味なく、大貴は思考を闇に溶かしていく。


 ここに来た無鉄砲ぶりも、はじめて【妖精】にすがった必死さも、遠い昔のようだ。


 フレームを軋ませる痛みに感覚が麻痺してきたのだろうか。体の前に心が砕かれたのか。


 ――そうではない。


 少しだけ、どうすればいいのかわからなくなっただけなのだ。


 「進め」――その意思は消えていない。


 これこそが、痛みに、障害に、挫けず保ち続けるこれこそが、藤林大貴を人間たらしめている。


 だが今、どこに進めばいい? / 今、すべきことは明確だろう?


 突き動かす原動力のはけ口はどこだ? / この力の矛先など、とうにおまえは知っているはずだろう?


 俺は、いったいどうすれば。 / 違う。どうしたいか、だ。


 手段が見つからない。 / 目的ならばとうにある。


 あの【妖精】を見つけ、はっきりさせなければ。 / 絢音に会って、伝えなければ。


 暗闇の中で、思考が渦巻いた。


 理性が自問する。欲望が牙を剥く。


 ふたつの思考を乗せ、天秤が揺れている。


 答えの断片が衝動に突き刺さる。


 「ここにいてはいけない」。


 「行かなければ」。


 「行って」。


 「やらなければならない」。


 「やるべきことが残っている」――。


 奥歯を食いしばる。胸のクリスタルに意識を集中。


 ジンと熱を胸奥に灯らせ、鼻につく焦げ付いた匂いを立ち上らせた。関節からは白煙もでているだろう。視界は暗い。よくわからないが。


 全霊全力で、脚を高く突き上げた。


 脚は上がらない。土の量が多すぎるのだ。地下何メートルかなど知ったことではないが、重すぎる。身の回りの土を押し固めるのみだ。立ち上がることはおろか、這い回るだけのスペースも稼げない。


 左腕の周りの土に爪を立てる。土の塊が情けなく崩れていく。今度はもろ過ぎるのだ。押し固めてから指を差し込んだところで、土の壁はボロボロと崩れ、大貴の顔を黒く塗りつぶしていく。


 左腕でいくらもがいても結果は変わらない。土塊が空間を埋めていく。鼻口も埋め、光を遮る。


 もがくほど、圧迫感が増していく。呼吸など必要ないはずだ。このゲームでは。なにより「機械」のこの体は。


 しかしどうしようもなく現実の生き物の藤林大貴の精神は、本能で呼吸を欲しがっている。


 このまま埋まっていてもゲームオーバーにはならないかもしれない。だが藤林大貴という個人の意識は空気と隔絶されて生き埋めになる。


 呼吸できない恐怖。圧迫感。暗闇。パニックにならない自信はない。いや、もう既に余裕などなくなっている。


 諦めているのだ。やることを、やるべきことを、やりたいことを、やらなければならないことを残しているのにもかかわらず。


 苦しい。痛い。怖い。


 かといって、それらが消えてくれるわけでもないのに、無様に、無意味に、こうしてあがき続けている。


 ――センチメンタルだ。こんなもの。


 最後の瞬間まで諦めなかった自分でいたいと思い続けたいだけだ。


 こんなもの、感情に任せて暴れているだけだ。こんなもの、人間のやることではない。


 考えろ。諦める訳にはいかないのだ。


 感情に正直になることは悪いことじゃない。感性を鈍らせてはいけない。だが、クールになる必要はある。


 このゲームでは、否、現実と同じく、このゲームでも、冷静さを欠くことは間違いだ。


 巧のように、ジョージのように、冷静になるのだ。捨て鉢になるな。状況を分析しろ。見つけるのだ。願いを叶える最適解を。


 考えろ。思いつけ。思いつけよ――頼むからっ――。










 そして。


 気がついたら、仰向けに倒れて、圧迫感の外にいた。


「……」


 ぽかんと、見上げた彼方には、星々が広がっていた。


 いやに綺麗な星光だ。プラネタリウムよりもハッキリとしている。


 大昔の、本当に文明から隔離された場所で見る星空とは、こういうものなのだろうか。そう詳しくない大貴でさえ、空に星座を幻視した。


「おーい、生きてるー?」


 誰かが星を遮って、大貴の顔を覗き込んできた。胴ほどの太さの黒い尻尾を振って、そのカーリ族はにひひと元気を振りまいている。


「おたく、残機1なんだろ? じゃなきゃ、ゲームオーバー選択してリスタートする状況だもんなぁ。生き埋めなんて。地中なんかに埋れてたら、イベント終わったって見つからないぜ。よかったなぁ。命拾いして」


「……そうか、そうだよな……」永遠に蟻地獄のような土の中でもがく自分を想像した。背筋が凍る。「ありがとう。本当に助かった。感謝してる」


「なぁに、いいってことよブラザー」


 大の字になって寝転がっている大貴にカーリ族は手を差し伸べた。


「オレはユイの名前で通ってる。どうもみんな、オレの【ユースホステル・イッセー】ってハンドルが長ったらしくてイヤだっていうんだ。オレは気に入ってるんだけれどな。昔旅先で泊まったホテルの名前でね――」


 ――とにかく、結果、元の名前のイニシャルの「U,I」をそれらしく呼ぶことにし、今の通りで落ち着いたのだという。


 要はそういうことを言いたいがための長々とした台詞が数分間、後に続いていた。


「……そろそろ、いい加減にしてくれないか。マナンの少年も遮ってくれて構わない」


 どこからともなく聞こえてくる声に、ああ悪い、とユイは指を鳴らして答えた。


 すると、寝転がっていた地面はすっと透けていき――光になって四散した。


 召喚が砕けるエフェクトだ。


 そう気付いた瞬間、大貴は地面に落下した。尻餅をつき、衝撃がじんとフレームに響く。


「別にオレだって土掘るのが得意ってわけじゃあないんだぜ。おたくを地上に戻すのにちょうどいい、下からどーんと出てくる演出で出現する召喚獣が手持ちに居たってだけのハナシ」


「ててっ…………でも、召喚獣、って、結構維持が大変だって聞くけれど」


「その通りだ、マナンの少年。ただ、少々、そこのが特殊というだけだ」


 地面に座る大貴を見下ろし、ひとりのアバターが口を開いた。先ほどユイに釘を指した声と同じものだ。


 彼は白い兜と白い鎧に身を窶しており、その肩当てや胸当てには赤い十字が刻まれていた。


 この格好の人種がなんであるのか、大貴でさえ知っていた。


 管理者。裁定者。ジャッジマン。この世界で絶対の、ゲームの正義を定める執行者。【騎士団】。『白兜』。


「我々を指して、俗称でも正式名称でも、何と呼んでもらって一向に構わない。

 だが、それを私個人に当てはめてもらっては、コミュニケーションに弊害が出るとは思わないか?」


「ええ、まぁ……」


 大貴の思考を見透かしたように『白兜』は言った。戸惑う大貴の反応を一応確かめ、腕を組み、少しだけ唇を緩める。


「私はジンだ。以後、『我々の名前』などではなく、そう呼ぶといい」


「は、はぁ……」


「……私は、君を『マナンの少年』と呼んでいるこの状況をまずどうにかしたいのだといっているのがわからないか?」


「ジンさんー、そのちょっと上からの高圧的な感じ、やめといた方がいいと思うけどなー。仮にもこれから、手を借りるってんならさぁ」


「……え?」


「そういうことだ。そこの彼共々、君達を現場戦力として徴収する」


 依然戸惑う大貴を冷ややかに見下し、ジンは九時の方向を指差した。そこには。


 ……トーシャが情けなく白目を向いていた。

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