Part2 「どろどろとじめじめ」 その4
――そして。
ようやく、耳に突き刺さる破壊の音が収まるのを感じた。
大貴はその場に崩れ落ちて、ようやく一息ついた。
(体力ゲージに変動はないが)どっと疲労感が両肩にのしかかる。
(ステータス上の異常はないが)体温が少し高くなったように感じる。ないはずの心臓が高く胸を叩き続ける。
ゲーム慣れ、特に『入り込み』慣れしていないせいか。体はともかくとして、大貴の精神が生身に引きずられているのだろう。言うなれば【ゲーム酔い】か。
――とはいえ、話に聞くより症状が酷過ぎるような気がしなくもないが。
「……に、ニル。通信は?」
『可能です。【現実感】に則ればこうした閉鎖空間は通信不可もやむなしな環境だといえますが、まぁゲームなので』
「そうかい」
「なにやってんの?」
目の前で急に光がともった。ローソクの燈火のような形の――誕生日ケーキにさすよりかは幾分以上に大きいが――それは、大貴の視界をいくらか照らした。
目がくらむ。脳味噌に直接針を刺されたような光の衝撃に怯み、目を細めて。
――その奥に。
大貴を覗き込む人の顔が。
「ぅあっ――」
「はい。大きい声はストップ」
飛び跳ねかけた大貴の口に、寸分狂わず拳をたたき込んだ。もごもごする大貴に顔をしかめ、指先の燈火を口元に近づけ『黙って』とジェスチャーを見せる。
やがて大貴の口から手を抜いて、煩わしそうに手首を振った。
こちらを見る目が、まるでけだものを見るそれである。
「キミさぁ。随分レベル低いけど、どうやってここまで来たわけ?」
開口一番、失礼な台詞がかっ飛んできた。反論しようと口を開きかけ――贖いようもない事実に口を閉じた。
指先に明かりをともしているのは、パッと見るに普通の人間だった。ただ、ニャル族のような尻尾を生やしている。サルの亜人アバターだ。
身体の輪郭と声質から判断するに、女性なのだろう。腰に差した二振りの剣が目立ち、続いて胸元と肩、脛、腕を守る金属のプロテクターに目が行った。
トリッキーなトーシャのように極端な軽装でも、真っ向からのパワープレイでねじ伏せるジョージのような重装備でもない。強いて言うならば、絢音の装備に似た傾向だろう。
ひょっとすると、彼女は絡め手も正統派な戦法も取れるようなオールラウンダーのポジションにいるのかもしれない。
「迷い込んできたの? そこらへんに空いた【落とし穴】にでも落ちちゃったとか。だったら緊急脱出のアイテムでも恵んであげるようか。それでさっさと消えな、ベイビー?」
「……申し訳ありませんが、ご遠慮致します」
高圧的な相手の態度に充てられてしまったのだろうか。なんとなく切り出しで敬語が入ってしまった大貴だった。
いかんいかんと頭を左右に振った。こういうのに舐められてはいけない。思い出す。出会うプレイヤー、というか鍛冶屋達のペースに飲まれて良い様にもてあそばれた記憶を反芻する。
彼女は正統派に戦士の風貌だが――つけ上がらせ、舐められるわけにはいかない。
「なんで?」
「いや、それは俺にもここに目的が――」
「そのレベルで? なにができるの」
「が、がんばる」
「……まぁいいや。キミ、ここのことをどれだけ知ってる?」
「掘り進める現場を見た。……のと、その影響を」
「影響?」
「上の町が沈んできてるんだ。早くどうにかしないと落っこちてくる」
「……なるほどねぇ」
ふむ、と何度か頷いて見せ、ゆっくりと立ち上がった。指先の明かりをゆらゆらと動かし、にやりと笑った。
「情報ご苦労さん。じゃあ、がんばれ」
「いや待て。俺にも何か教えていけ」
立ち去ろうとする明かりを慌てて追いかけた。嫌悪感をあらわにした横顔が目に入る。
「いいよ。なんでも教えてあげよう。言ってみろよ。ほら」
――言えるもんなら言ってみろ。言えるほど空気読めねーんならな。
そんな感じの言葉を発したそうな雰囲気だった。間違いなく目はそう言っている。
ぐ、と大貴は口つぐむ。その脳裏にまた機械音が響いた。
『……ああいってますが、お聞きにならないのですか?』
どうやら、この頭の中の妖精さんは大貴のこと以外、まるでわからないらしい。
――とはいえまぁ、大貴はなりふり構っていられないのだ。
弱いのなら状況を利用して生き残るほかはないのだから。
聞いて情報を得て武器にする。それ以外の選択肢はない。
「ここのこと、どれくらい知ってるん……ですか?」
気に押されたのか、語尾だけなんとなく丁寧になってしまう大貴だった。
不機嫌な表情は変わらずだが、心なしか雰囲気は柔らかくなった――ような気がした。
「まぁ……こっちが知っているのもそう多くない。この地下は随分入り組んでいて、街の郊外まで広がっている。補給はできない。出ることはできるが、アイテムがなければかなり重労働を強いられる。そして――」
じゃらり。
明かりをともした指先が首のものを絡め取った。金属が擦れ、指先の光の暖色を吸い込む。
「忌々しくも、オレを呪ったヤツがいる」
「ふじばやさん、ごめんね。ちょっとこっちがもたついちゃって」
「いや、あれだけ間髪いれなかったんだ。しょうがないよ」
片耳に手を添え、受信した絢音の声に言葉を返す。さすがゲーム上で発された声同士のボイスチャットにはそうデータ的な劣化が見られないせいか、直に顔を合わせて会話しているのとそう感覚に相異なかった。
というか、耳元で絢音が囁いているような錯覚は、大貴の顔面をいささか以上に緩ませていた。
なんでも通信を聞く限りでは、大貴が穴に落ちたすぐ後にモンスターに襲われていたらしい。
穴に入られでもしたら大貴の逃げ場がなくなってしまう。囲まれるように陣取られたトーシャと絢音は一旦防衛に徹したらしい。
そして、戦いはじめからほどなく、穴から突き上げた閃光と弱い地震にびっくりしたモンスターが攻撃を暴発させたり間違って穴に落ちたりしたそうだ。
ふたりは一連の【災害】から逃げおおせられたものの、件の穴やその周りは結構崩れてしまったようだった。
ある程度周囲に蔓延るモンスターを撃墜したところでそれに気がついたらしいが、穴に瓦礫やなんやが結構落ちたりなんやりしてしまったらしい。――まぁ、穴が塞がったのは大貴の方のあいつが起こした衝撃で崩れた分もいささか関わっているだろうが。
最初から全員まとめて入るか、さもなくばモンスターがでてきた時点で諦めて穴に飛び込めば、もう少しマシだったかもしれない。
「……トーシャさん、飛び降りるのはイヤだって」
灯台を登った時は平気そうだったのにね、と絢音は呟いていた。
そうした高低差より、閉所(というよりはバカデカい地下道、いや、巨大な地下迷宮と言った方が適切かもしれない)か暗所への恐怖が強かったのではないかと大貴は思う。
もちろん、トーシャが不埒な想像を持たずしてそうした行為に走ったのだ、という前提のもとである。
大貴としてはその点が最も強い関心だが、生憎トーシャは通信を拒絶していた。おかげで。
『……センシヴシステムのゲインが極めて高い状態です。一度落ち着かれてはいかがでしょうか。このままではシステムの動作を不安定にしてしまいます。あなたはただでさえ不安定気味なのですから』
などと、ニルに注意される始末である。人を情緒不安定のように言わないで欲しい。
苛立つ大貴に気を遣ってか、視界を照らす光がやや柔らかくなっている。光に照らされる大貴の横顔は、未だビターだ。
「……オレのことはペッパーでいい。ここのどこかにいる、この呪いをオレにやった【異形】を探して、ここに来た。……奇しくも、キミと同じ理由になる」
聞くに、ペッパーは――あの闘技場にいたプレイヤーだそうだ。
なんでもイベントがはじまる少し前から闘技場では対人対戦ギルド主催の定期イベントを開いていたらしく、参加者も見物人もそこそこいたのだという。イベントが始まっているのに気づき、しかし参加を迷っていた。
イベントでは最終ターゲット――ボスキャラであったり撃破したモンスターの数であったりイベントによってまちまちだが――のクリアだけが報酬を貰える条件というわけではない。そこそこのスコアを叩き出せばそこそこの報酬を貰えるシステムなのだ。
「自分で言うのもなんだが、そこそこ稼ぎはあるんでね。あんまり食指が動かないんだよねー」
大イベントで尽力してもらえるアイテム類より、その時のペッパーには【主】――ジョージとの戦える権利の方に惹かれたのだ。
ジョージは正規のトーナメントには毎回出場しているし、基本的にマッチメイクは断らない主義だそうだ。
だが、ジョージほど絶対で無いペッパーにはトーナメントでジョージと当たるまで勝ち抜けるのは難しい話であだ。
またマッチメイクを試みるにはジョージの出す品――現行数個のみしか出回っていないトップランカーの証ともいえる【エンブレム】に比類するアイテムを提示しなければならない。
ただ、こちらのアイテムがいかにゴミクズでも戦いを求めるジョージは受けて立ってくれるだろうが――「ゴミしか出せないプレイヤー」などと観客に蔑視されるわけにはいかない。
無論どちらも不可能な条件ではないが、極めて敷居は高いものだ。
そして今回、どうにか運良い巡り合わせに恵まれたおかげであと2戦勝ち抜けばその権利が得られるというところまで来たそうだが――。
「……あいつか」
言うまでもない。ペッパーが語っているのは、大貴があの闘技場に足を踏み入れる少し前の話なのだから。
「ふざけんなっ! ……って本気で叫んだのは久々だった」
天井を突き破って登場したそれは、圧倒的であった。
数々の腕に覚えのあるプレイヤーをその舞台ごと蹴散らし、蹂躙し、果ては観客にさえ牙を向いた。
――おそらくジョージは動くまで、そうあったのだ。
「………そうか、あいつはキングと戦ってたのか。――どうだった?」
――「どう」とは。
それは『あのまま戦っていたらどちらが勝っていたと思うのか?』という問いかけだ。
あの場で必死だった大貴は、真に彼らと向き合わず戦いの場を直視せず絢音だけを追っていた大貴は、彼らを語れるほどに彼らを知らない。
わからない。正しいことは。
今にして、思い返して、知ることができるのは――あの時の戦意と恐怖。高い密度と濃度。溶け込んでいた大気を圧縮し、場を液体で、それ以上の個体で、重く深く落とし込んでいた事だけは間違いない。
では、あれは、いったい何を――どちらの勝利を知らせていたのだ。
「……ま、キミに聞くのも変な話か」
思い出したようにペッパーは視線を外した。
その目は、なんというのか――白けていた。
大貴の力量を思い出したのだろう。自分たちのステージを理解できるわけがない、と。
いくらか辛辣で、しかし正直なリアクションだ。
残念ながらこれは大貴も自覚のある要素であるため、返す言葉も見つからない。
せいぜい浮かんだのは、たったひとつだ。
――それだけの、その場の大勢の「自分たち」を打ち破れるだけの力量を持ったあの【異形】。
――彼女はなぜ、また、すぐに、それと戦おうとして、ここに来たのだろう。
大貴への露骨な態度の通り、ペッパーは力量を絶対としている。
それがなぜ。自分の敗北を認めず、なおまたすぐに【異形】に剣を向けるのは何故だ。
そんなに迅速に力量など上がるはずは――。
そんなに都合のいい奇跡など――。
そんな――。
「……」
暗がりのなか、自分の手、鉄骨の腕に目を落とす。
まさか――。
「……なぁ、ペッパー?」
「さんを付けろ、この野郎」――どうやら本当に格下にはとことん冷たいようだ。
「ペッパー……さん。お前さ」
「あなた様といえバカ野郎」
――なんだか、本当に面倒くさくなってきた大貴だった。
じわじわと距離を置き、ほのかな光で周囲に目を凝らす。光を弱く反射する岩肌と反響する足音を頼りに、付かず離れず、コツコツと歩いていき。
――やがて。
靴底の反響が弱くなる。光の反射が見えないほどに弱くなる。残る光は、少し前を歩くペッパーのもの。
生唾をのみ、大貴は実感した。
長い長い通路は終わった。
今ここは通路の端ではない。
多くの「それ」が集う――ターミナルだ。




