Part1 「わざとこころえ」その1
「じゃあ、その身体、なおすには鍛冶屋さんを探さないといけないんだね」
絢音が首を傾げ、大貴はただ黙りこくっていた。耳元で支援AIが呆れていた。
『……なぜ、そんなに恥ずかしがっているのですか?』
「……聞くな」
嫌々しく呟いて、大貴は奥歯を軋ませた。
上手く手が握れないのは指先が震えているせいか。それとも片腕がもげているせいか。
――思いッ切り、泣いてしまった。
まさかまさか、ゲームで(体感として)泣くなんて思ってもみなかった。
比喩でなく、内心でもなく、生の感情を剥き出しにして。
なにより人前。しかも腕の中。女の子の。他の誰かでもなく、絢音の。
思い出すだけで死にたくなった。
石段に頭から突っ込んでドカバカと容赦なく身体を打ち付け記憶ごと死んでしまいたい。本気でそう考えた。
たぶん、異性と手を繋いでいるところを見られたらこんな気分なのだろう――なんて。
「……タイキさーん?」
「はひっ!?」
また情けなく大貴は飛び上がった。またですかと呆れ果てた調子でニルが呟く。絢音の頭の上には桜が舞っている。
「とりあえず、鍛冶屋さんをさがそうよ。ちょっと予定、変わっちゃったけど、ゲーム、教えてあげるから」
『アテンション。私にも【ある程度】ですが、ナビゲーションは可能です』
大貴しか聞こえないささやきで、ニルは宣言した。
渋い顔を作る大貴を怪訝に思ってか、絢音はずいと表情を覗き込んできた。
ぎゅうと小さくなってしまう大貴にニルがまた警笛を鳴らした。決断を急かす。
千切れた左腕に目を落として、大貴はひどく物悲しい気分になった。
* * * * *
『ここよりもっとも近隣にある「鍛冶」は北東に2キロほどです。最適ルートのナビゲーションを開始しますか?』
「いや、いい」
『……なぜですか?』
「あいつが案内してくれるそうだからだよ。船頭多くして……ってことかな」
『……ラジャー』
ははぁ、と大貴は首をひねる。どこかニルの声色が曇っている。
サポートAIだというが、感情はあるのだろうか。邪険に扱われれば不満で、褒められれば嬉しいのだろうか。
そうであるのかはわからない。だが、一応次は優しくしてやろう。大貴はそれだけ心に決めた。
「……タイキさん?」
首を傾げる絢音に、なんでもないと大貴は頭を左右に振った。訝しげな絢音の頭の上では、センシブシステムがもやもやと雲を浮かばせる。
どうやら、ニルの声は絢音には聞こえない仕様のようだった。
もちろん隠すような話ではない。先ほど今の体――マナン属の説明の際に、ニルの存在は知らせている。
だが、この今の身体のことさえ理解し切れていない大貴には、存在以上にニルのことを上手く説明できそうになかった。
絢音は肩をすくめ、まぁいいや、とまた歩き出す。
前に見たときよりいくらかスムーズな動きだった。節々が錆び付いたように動かしにくい大貴としては、ちょいどいいゆったりとしたペース。
――唯一気が気でないのは、絢音に残った右手を引かれているところか。感情が漏れ出ないよう取り繕うのでせいいっぱいだ。
ニルの説明も絢音との道中の会話もほとんど意識を傾けることができなかった。
弾む気持ちに靄がかかっていく。狐の嫁入りのような気分だった。
「着いた着いたっ。すぐそこだと思ってたのに……モンスターや瓦礫を避けたらずいぶん歩いちゃったね」
「そうだな。……やっぱり、あのでっかいのみたいなのが、まだそこらじゅうにいるのかな」
つぶやき、大貴は見にくい周囲をよくよく観察した。
低く広い敷地の一軒家。屋根には2つの大きな煙突。片方は灰色の煙を吐き出し、片方は沈黙している。
家の前には看板がかかっていた。サーフボードほどの大きさのそれには【ガレージ・シースルー】とある。どうやらここの名前のようだった。
「ここ、おにいちゃんに教えてもらったんだ。材料を持っていけば、いつもいいもの作ってくれるの」
絢音の説明を聞きつつ、看板の端に刻んである印に焦点を合わせた。
それは【ギルドレリーフ】だ。ギルドの種類を示すもので、これは支援を表す盃と武器を意味する炎が描かれていた。
武器支援。つまり鍛冶屋というわけだ。これだけ大きな建物で、まさか自作アイテムの販売だけというわけもあるまい。
ニルが不満げに耳元で鈍く重い低音を叩いた。
大貴は顔をしかめ、重い身体を引きずり、【ガレージ・シースルー】の中にのそのそとお邪魔した。
「ごめんくださーい。えーと、【シシガミ三等兵】さーん?」
「……なに、それ」
「俺のハンドルだ。ケチつけんなバラすぞ……って、おおっ?」
奥からのそりと出てきたのは、小さいアバターだった。
もふもふとした抱きごこちのよさそうな自分の体の半分ほどの大きさの黒いしっぽには、2本のシマが入っている。【カーリ族】と呼ばれるリスがモデルの亜人だ。
細い両腕をつなぎで隠し、腰にはじゃらじゃらといくつかの道具が下がっていた。大きな巻尺やソケットレンチと、部の倉庫で見たことがあるような代物だ。
絢音は部分部分を守る軽装の鎧を着ているが、それに比べると随分無防備な格好だった。
なるほど、と大貴は納得する。戦闘をメインに据えない【鍛冶屋】らしいいでたちと言えた。
「見ない顔だな。NPCか?」
シシガミはずいと大貴に近寄った。つま先から頭のブレードの先までまじまじと何往復も繰り返しみやり。
「……プレイヤーです」
「ったりめーだボケが。NPCがこの戦争中にこんなところでウロウロわきゃないだろ」
あんた馬鹿だな、と大貴をせせら笑った。
ムッと隣の絢音が頬を膨らませた傍ら、大貴は黙って頭を下げた。
「お願いです。俺の腕、直して下さい」
「客か。あいにく今立て込んでるんだよ、イベント中だからな。
俺たち鍛冶屋にしてみりゃ戦争なんだよ。いい武器が欲しいって素材持って駆け込んで来る奴あり、武器の修復頼むやつあり、使いやすいよう作り直せなんていってくる奴もいる。依頼が結構届いてんの。ギルド協定もあるしな。
……そもそも鍛冶で直せんのか、それ。やったことないぜ」
「それは……たぶん直せます。順番待ちしたらどれくらいです?」
「お前の『積み』に寄る」
「積み?」
「いくら積むんだ、て話だ。報酬。金に素材、情報。ネタによっては今すぐやってやってもいいぜ」
シシガミが右手を上げ、指でマルを作ってみせる。
いやにゲスな顔である。ゲームシステム箱のシシガミの感情が理解できないらしく、特に頭にアイコンは出ていないが――。
出すとしたら、死ぬほど真黒なひまわりでも出てくるのだろう。
嫌がる態度を見せながら、極めて楽しそうだ。
「わたし、積む」
殆ど間を置かず、絢音がずいと前に出た。
眉をひそめるシシガミ三等兵に、絢音は凛と声を張った。
「わたしが出すよ。ちょっとくらいなら、いろいろ持ってるし」
「待てよおい」
例えるならデートで勘定をしようとしたら、相手から割り勘でいいよと言われた時のような気分――そんな経験ないのだが――になって、大貴はしどろもどろに絢音を呼び止めた。
瞬間、絢音は大貴の鼻先にぴんと人差し指を突き付けた。
「いいでしょ? だって、助けてくれたんだよ?」
ぱちりと大貴に笑顔を送った。陰りさえ消し飛ばすような強さ。思わず大貴は身じろいだ。
「ふぅん……でだ。あんたはどんだけ出して、どうしたいんだ? 今はイベントセール中だ。飛び込みは特別料金取るぜ。三割増しと思え」
「わかった。ふじ……タイキさんを直して。できるだけ早く、どうせならもっと強くしてほしいかな。わたしの持ってるものを全部出してもいいよ」
「ほう、どれ」
シシガミは絢音の肩に慣れ慣れしくも手を乗せた。やがてにやにやと口端を下品に吊り上げる。
成人向け雑誌の表紙だけで中身を見た気になっている小学生のような、本当にゲスな笑いだ。大貴のこめかみはひくひくと痙攣した。
「……なるほど、いいネタだ。凄いじゃないか。この【リリーの精錬氷】なんて実力や課金だけじゃ手に入らないだろ? ほぼ運だ。そういうのも含めて渡すのか?」
「うん。ほしかったらまた取るしね」
「簡単に言ってくれるな。それ、プレイヤーによってはひと月潰しても手に入らないって話だぜ?」
「だいじょうぶ。わたし、けっこう勘がいいからね」
シシガミはぼりぼりと雑に頭をかきむしった。ため息をひとつこぼし、数秒黙りこくって。
「……わかった。すぐにやってやる。直してやるよテメーの腕。さっさと奥来い」
ごろりと寝転んだ場所は、かなり硬かった。ひんやりとした鉱石特有の冷たさを吸って、大貴は一度息を吐き出した。
「……神聖な作業台にケツのせたクズは、テメーが最初だぜ……」
忌々しくシシガミが大貴を見下ろした。眼光はいたく鋭い。乗って横になれと言われたから言うとおりにしたのだが。
内心での大貴の抗議をよそに、シシガミは空手でじっと大貴の肩口に目を向けた。
大貴の腕を直す。そう彼は言っていた。
しかし大貴は、言ってしまえば最新鋭である。それまではおそらく、『アバターの腕が千切れる』ことは考えられていないはずだった。
腕に対する絢音の根掘り葉掘りの質問。ニルが特徴として強調したところ。このシシガミが「経験がない」といったところ。それらが証拠といえた。
この機械の体は大貴しかいない。直した経験など、誰にもないのだろうが。
「……できるのか?」
「震えて待て」
安心できない台詞を吐いて、シシガミは大貴の肩口に手を掲げた。腕の水晶が青く輝いた。
すっ――吸われるような感覚に続いて空間が押しのけられた。
タッチパネルで画面を拡大するような指遣いで切断された肩口からお盆のような円形の物体が現れた。
澄んだ平たい水瓶のようなそれをシシガミはじっと見つめる。何度か水面を指先でつつき、かき混ぜ、やがて指を引き。
「ほう」
「……どうなんだ?」
「黙れ」
大貴の疑問をぴしゃりとはねのけ、シシガミは水瓶に真剣な目を向けた。
かちかちと何度も何度も水瓶に指を突っ込んでは、時には傍に置いた金属片を中に落とし、また水面をなぞっていく。
数秒か、あるいは数分、もしかしたら数時間。
大貴の時間が心臓の鼓動の度にかちりこちりとペースを下げる。
一秒の出来事は十秒に変わり、瞬きは十分に一度の頻度に移る。ごくりと生唾を飲み込むのにさえ数秒使ってしまったかのようだった。
水瓶から手を引き抜いて、シシガミは手のひらを閉じた。
水瓶が肩口に戻り――破断痕は消え、千切れていた腕とくっついていた。
ぽかんとする大貴にシシガミは一度、大きくため息をついた。
大貴と同じ時間軸を過ごしていたのだろう。腹の奥に溜まった張り詰めた淀みを吐き出して、半目になって大貴を見やる。
「……どうでした?」
「知らん」
どうしようもないことをぴしゃりと言い捨て、シシガミは大貴の左腕に無造作にしっぺを打ち込んだ。
思わず大貴はびくりとして、肩は問題なく持ち上がった。小指の先まで滞りなく動作する。
「動作確認。成功だ」
「……あ、ありがとうございます……」
「報酬は貰ってる。あんまり気にすると損するぞ。素材だって、あっちの女の提供だ」
「おう……」
さばさばとしたシシガミが背を向けるなか、大貴は左肩をぐるぐると回した。動かした感覚は以前と変わりない。
だが、指先や関節にところどころ紫色が混ざっているのは少々気になった。以前にはなかった色だ。
「あの、これ」
「肩の破断面は千切れたようになっていた。剛性より粘性が強かったんだろうな。修復に繋ぎが必要だった都合、勝手で悪いがメリクス銀を合成させて強度を上げたんだ。紫はフレーム金属とメリクスの化合色だ。一応比重は変わらないように調節した。使い勝手には変わりないだろ?」
「うん……」
シシガミの妙な圧力におされ、よくわからず大貴は首を縦に振った。大貴の内心を知らずにシシガミはにやりと自慢げに笑う。満足いく仕事だったようだ。
職人気質の気難しいタイプかと思いきや、自分の仕事については随分饒舌に話してくれる。単純に自分を表現するのが下手くそなだけなのかもしれない。
『確かに、見事な手際でした』
脳裏にニルの言葉が響いた。どこか声が跳ね上がっているように思えた。感動しているのかもしれない。
『そうできないことです。破損個所から素材セレクト、適正な組み込みまで、ほとんど迷いがありませんでした』
「そう、なのか……」
シシガミが近くにいる手前、声を潜めた。これ以上小馬鹿にされるのは避けておきたい。
「そうだ、【スレイプニル】は? 左腕にくっつく奴、一緒にぶっ壊れてたと思うんだけど」
『マナン属のボディ修復や属性付与の改造を施せるのは【纏う武装】を内包しているためです。損傷度の連動は基本としてありませんが、改造度は連動し適応されます』
「つまり?」
『つまり――身体の修復・改造は、対応する部位に内包された【スレイプニル】武装モードの修復・改造として扱われます』
「つまり……左腕が直ったから、【スレイプニル】の左腕にくっつくのも直ってるってことか?」
『その通りです』
「なるほど」
一応の納得をして、大貴は作業台から降りた。
緊張していたせいかよたよたと足がふらついた。しかし歩けないほどではない。
しっかりと足場を踏みしめ、大貴は歩く。
その先まで、胸を張って歩いていければいい――そう願った。




