賀茂 清之助 外伝 最終章:鉄を遺して、火を継ぐ者たちへ
【最終章:鉄を遺して、火を継ぐ者たちへ】
付記:「賀茂清之助とは何者か?」
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越前の春は、いつも遅れてやってくる。
梅が咲くころになっても、山の上にはまだ雪が残り、風は冷たかった。
黒川城下の外れ。
そこに、かつて――鍛冶の煙が立ち昇っていた場所がある。
今は立派な瓦葺きの屋根と、学び舎のような回廊を備えた建物。
「黒川技術庵」。そこに、彼の名が冠された一室がある。
その扉には、古い一枚の板が掲げられていた。
“夢は火にくべて、叩いてこそ形になる”――賀茂 清之助
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◇ 火床の記憶
彼の人生を知る者は、語る。
鉄を叩き、火を操るだけの男ではなかった。
**“未来を造る男”**だったのだと。
黒川真秀が「未来の構想」を描いたとき、
その設計図に“命”を与えたのは、清之助だった。
誰よりも疑い深く、誰よりも手が早く、
誰よりも火傷をし、誰よりも笑った。
「考えるのはお前の役目、叩くのは俺の役目」
そう言って、彼は何十枚という図面を、何百回と叩き直した。
そして彼は、ついに――
“蒸気機関”を、日本の土と鉄で完成させた。
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◇ 技術とは、人の命を伸ばす道
清之助は、単なる「鉄の機械屋」では終わらなかった。
・鉄で農具を改良し、貧しい村に食料を。
・火力炉を導入し、寒村に暖房を。
・義肢の製作により、傷ついた者の“生活”を。
・鉄管による上水道の実験は、疫病の抑止に貢献した。
すべては、「誰かの明日を守る」ためだった。
「鉄ってのは、人の命を“伸ばす”ためにあるんだ。
兵器は最後の最後でいい。最初に作るべきは、笑って暮らせる道具だろ」
そう語った清之助の瞳には、ただの職人を超えた哲学が宿っていた。
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◇ 最期の火
晩年の賀茂清之助は、もう火床には立たなかった。
弟子たちが育ち、鳳雛庵の技術科は彼の志を継ぐ者で溢れていた。
それでも、ある春の日。
雪解けの川音を聞きながら、彼は一人、古い鉄床に向かった。
ひと振り、槌を打ったあと、ぽつりと漏らしたという。
「この音は……よォ、ようやく“未来の音”になってきたな……」
その夜。
彼は安らかに息を引き取った。
傍には、真秀の描いた古い設計図と、千早が筆写した技術書が置かれていたという。
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付記:「賀茂 清之助とは何者か?」
一人の職人であり、一人の思想家であり、
一人の“未来の証人”だった。
彼の名が歴史の大書に残ることはない。
だが、黒川式技術体系を支えたすべての部品と機構の根底には、
賀茂 清之助の“火の精神”が生きている。
そしてその精神は、弟子たちの中に、工房の鉄音の中に、
鳳雛庵の炉の奥に――
今も脈々と、生き続けている。
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おわりに
彼の遺した設計図には、こう記されている。
「火は人を焼く。だが、使い方次第で人を照らす」
その言葉は、後世の職人たちにとってもなお、
**“始まりの火”**として灯され続けるのである。
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黒川家の技術開発の屋台骨を支えた賀茂 清之助を主人公とした物語でした。