27 イレーニアは旦那様を殺したい
建国記念日の夜におきた青年貴族らの捕縛は、少なからず社会に影響を与えた。特に学院時代から目立っていたリオネラが国賊とされたことは、何かの間違いではないかと騒がれた。
ところが取り調べが進むにつれ、政治の発言力を高めるために、たびたび強硬手段に出ていたことが明らかになった。主に取り巻きの仕業だろうが、弱みを握った相手に協力を持ちかけたり、脅迫ととれる手紙を匿名で送りつけていたそうだ。ロベルトやイレーニアに届いた手紙も、証拠として提出している。
最初は盛んだったリオネラたちの擁護は、急速に消えていった。普段のリオネラたちの言動から察せられるものもあったのだろう。王子の暗殺すら計画する集団だ。自分たちも標的だったのではないかと疑い、関係者と思われないよう口を閉ざしていた。
あんなに多かったリオネラの信奉者は、一人も見なくなっていた。捕まった取り巻きの中にも、リオネラに騙されただけだと自己弁護を始めた者がいるという。
商人に偽装していたサムエレは、リオネラを褒め称えるときのみ口を開くそうだ。こちらは王国各地で詐欺を働き、辺境で魔獣を刺激して意図的に暴走させた容疑がある。辺境で捕まったデルネーリ元隊長との関わりも含めて、取り調べには時間がかかりそうだった。
イレーニアたちが辺境に帰ってきたのは、建国記念日から一ヶ月後だった。諸々の証言や捜査協力で帰る予定が大幅に遅れたせいだ。リオネラと血のつながりがある者は、ほぼ全員が捜査の対象だった。
特に暗殺計画を持ちかけられたイレーニアは、厳しく尋問されるのかと身構えていたが、拍子抜けするほど優しく質問されて終わった。怪我を負ったロベルトを治療したことと、囮となって捕縛に貢献したことが効いたらしい。暗殺対象だったロベルトが擁護してくれたのも大きいだろう。
不幸中の幸いと言うべきか、リオネラは家族に黙って活動していた。巻き込むことを恐れたのか、それとも家族から計画がもれて足を引っ張られることを避けたのかは本人にしか分からない。しばらくリオネラの実家やボルタ・ロゼ家には監視がつくこととなったが、爵位の剥奪には至っていない。リオネラの実父は責任を感じて役職を辞すと話していた。
辺境に帰ってきてからも不在間にあったことの報告受けで丸二日が潰れ、元通りの生活に戻るまでしばらくかかった。
屋敷にこもりきりになっていたせいだろう。ロベルトから馬で遠乗りに出かけないかと誘われた。イレーニアを理由にして一時的に仕事から逃げたかったのだと思うが、指摘すると可哀想なので笑顔で行きますと答えるだけにした。
料理長が気合を入れて作り、バスケットに詰めてくれた昼食を持って、それぞれ馬に乗って到着したのは広い草原だ。屋敷から近いところにある林を抜けると、のどかな風景が待っているとは知らなかった。連れてきてくれたロベルトに礼を言いたくて振り返ると、彼は周囲を見回して警戒している最中だった。
きっと、どこから魔獣が出てきても発見しやすいなとか考えているのだろう。真面目すぎる旦那様は、ときに考えていることが筒抜けで可愛らしい。
夫婦としてやり直すことを決めてから、二人で過ごす時間が増えてきた。
なんとなく、契約結婚だったことは夢だったのではないかと思うときがある。ロベルトから触れてくれることが増えて、他人には聞こえないように愛情を言葉にしてくれると、特に。
不思議と負けず嫌いな自分の心が反発して、私のほうが愛しているのよと返してしまうけれど。ロベルトはそんな生意気な妻に愛想を尽かすことなく、全て受け止めてくれる。だから余計に甘えてしまう。
二人で並んで座っていると、髪を引かれる感覚がした。ロベルトが幸せそうな顔で、イレーニアの髪を弄んでいる。不快ではないが、手を握られるよりも照れくさい。
「髪、触るのが好きなんですか?」
「ああ。君の髪は触り心地がいい。色も好きだ」
自分の髪の色が、ずっと嫌いだった。せめて従姉妹と違う色だったら良かったのにと何度も思ったけれど、髪の色をくれた父親が悲しむ気がして言えなかった。
「ロベルト様から見て、私の髪は何色ですか」
「……勝利の色?」
「抽象的な概念としての色ではなくて」
「そうだな……」
ロベルトは髪を指先に巻きつけ、考えこんだ。
「酷い冬の嵐に襲われて、ようやく家に帰ってきたときに暖炉で燃えている火」
「具体的ですね」
「詩的な表現は苦手なんだ」
「そういうことなら、今回は引き下がりましょう」
今なら、自分の髪色が好きになれそうだ。
思い起こせば、出会ったときからロベルトはイレーニアに否定的なことは言わなかった。誰かと比較せず、イレーニアだけを見て言ってくれる。穏便に離婚するための手段だったとしても、乾いていた心には嬉しかった。
イレーニアはロベルトの肩に手をかけて、無防備な首筋に口づけた。
「エーニャ!?」
真っ赤になって離れるロベルトの反応が新鮮だ。剣を持たせれば強いのに、イレーニアからの不意打ちには弱いから、ついイタズラを仕掛けたくなる。
「殺すなら首を狙えと言いましたよね?」
「殺すつもりだったのか」
「ええ。でも今じゃないですよ。もっと長生きしてもらって、二人とも杖がないと歩けないぐらい歳をとってから、ようやく綺麗に死ぬための準備に入るんです。あなたには大勢の人に囲まれて、惜しまれながらベッドの上で死んでもらわないと」
「気が長いことだ」
「執念深いと言わないロベルト様が大好きです」
相談したわけでもないのに、座る距離が近づいた。
寄り添っているだけで幸せな、贅沢な時間が過ぎていく。
名前を呼ばれて顔を上げたら、返事をする前に肌が触れた。
意外とせっかちな人だ。
知らなかった一面が増えて、また一つ好きな理由が積み上がっていく。
どんな出会いかたをしても、きっとロベルトが相手なら恋をしただろう。
もっと二人だけの秘密が欲しくなる。
「エーニャは酒を飲むことはあるのか?」
「嗜む程度ですが。晩酌のお誘いですか?」
「……王都へ行ったときに、君が生まれた年のものを見つけた。今夜あたりに、どうかと」
薄らとロベルトの頬が赤い。
「探してくださったのですね。ありがとうございます。グラスを用意して待っていますね」
イレーニアはロベルトの肩に身を寄せて、甘くなり始めた空気に浸っていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました
今回のお話は「結婚相手を殺そうとする悪女」と「もし幼少期からチートを発揮して逆ハーレムになった悪役令嬢が道を踏み外してしまったら」という二つの要素を取り入れました
さらに、君を愛することはない系ヒーローの要素もフレーバー程度に
もし読了後になにか感じるところがありましたら、下の星とか感想でお知らせください
最後に
またどこかの作品でお会いできますようにと念をこめて〆させていただきます
2023/10/07
佐倉 百





