25 華やかな一夜の裏で2
「姉様」
リオネラは仲間の男たちと一緒にいた。今日も真っ白な制服を着ている。ただそこに座っているだけなのに、無視できないほど華があった。自分とは生きている世界が違うのだと見せつけられているのに、嫉妬すら出てこないほど強烈だ。
「イレーニア。君はどうしてしまったんだ」
入ってきたばかりのイレーニアに、リオネラは唐突に話しかけてきた。
悲しそうなのは彼女だけで、周囲の男たちはイレーニアが原因だと言いたそうに睨んでくる。リオネラの信奉者の中でも有能な男たちで、それぞれ政治の要職についている、有力貴族の子息ばかりだ。
「どう、とは?」
「結婚する前に教えたじゃないか。辺境伯は危険だと。それなのに君は何も行動をおこそうとしない。彼が不正をしている証拠は見つけた?」
「そんなもの無かったわ。彼自身は潔白よ」
「無かった? だが辺境から武器が流れてきている」
「ロベルト様の元部下でしょうね。良からぬことを企んでいたみたいだけど、捕まったわ」
取り巻きの一人から、イレーニアへ向けられる威圧が増した。デルネーリ隊長の支援者だろうか。イレーニアが計画を潰したわけでもないのに、ずいぶんと物騒な感情を向けてくるものだ。
「辺境伯が主導していないという証拠は?」
「ロベルト様が関わっているという証拠を出すほうが先よ、姉様」
「出せないんだろう? 辺境伯をかばっても勝ち目はないぞ」
外野がうるさい。イレーニアは口を挟んできた男を見た。
「やっていないことを証明するよりも、あなたたちが捏造した証拠を潰すほうが早いのよ。でも私が何を言い返しても、そうやって威圧して聞こうとしないのでしょうね」
「貴様、俺たちを愚弄するのかっ」
「やめろ」
激昂した取り巻きを、リオネラは一言で静めた。
「イレーニア。あまり、からかわないでやってくれ」
「からかうだなんて、本当は仲がいいみたいに言わないで」
「今日はやけに機嫌が悪いね」
「当然でしょう? 結婚式の前に夫になる人を殺せとそそのかしてくる人たちと、楽しくおしゃべりできるわけないじゃない」
「イレーニア」
リオネラは座っていたソファから立ち上がった。取り巻きたちがイレーニアを囲み、逃げ道を塞ぐ。
「本当に、どうしたんだ。辺境伯に洗脳でもされているのか?」
「いいえ、いたって健康よ」
イレーニアは左手で首飾りをなでた。ほのかに温かく、一度だけ脈打つような振動がする。
「あなたたちの一人だけでも、オルドーニ領へ来たことがある? 田舎の寂れた領地のままだと思っていない? 逆よ。あそこは過去の荒廃を乗り越えて、変わっている最中なの。街道は綺麗に整備されて、途中の町には活気があったわ」
「どうせ街道沿いだけだ。鉱山町は? 銀の産出量が減って、閉山するしかないと聞いたぞ」
背後から取り巻きが喋ってくる。わざわざ誰の発言か顔を確認するのも面倒だった。
「新しく産業を根付かせる予定よ。まだ準備期間だから、部外者には知らせていないだけ。王都で夢を見ている人には、教えないようにしているの。だって潰されたくないから」
じわじわと包囲網が狭くなった。彼らが腰に飾っている剣を抜くのも近いだろう。
「ねえ、あなたたちは私財を全て領民のために使ったことがある? 自分が住む屋敷の修繕を後回しにして、領民の食糧を買い付けたことは? 領地に魔獣が出たら、率先して戦った経験は?」
リオネラたちの反応は鈍い。なぜそんなことを言われるのか、理解していない反応だ。
「ロベルト様は全てやっていたわよ。領民と一緒になって工事をしたりね。あの人は、自分がどう動けば領地が良くなるのかを知っている。いま自分が持っているものを惜しみなく使って、現状を変えようとしている」
「税金への不満は、どう説明する気だ」
「不満は出るでしょうね。今まで取り立てていなかったものを、今年から取るようになったんですから。ロベルト様が辺境伯となった最初の年は、税金を取れるほどの余裕が無かったのよ。だから一時的に免除していた。国の資料を調べれば、すぐに判明するわ」
イレーニアは立ちすくむリオネラを見ていた。
「姉様。これがオルドーニ領へ行って、見て、調べた結果よ。もし姉様たちが数日かけて各地を見ていたなら、暗殺なんて愚かな発想は出てこなかったでしょうね」
「だが……ロベルト殿下は」
「旅芸人の女性と恋仲になって、破局したって事実? そのことで、国に何か損害を与えたの?」
「辺境伯の選定は、どう説明する」
「隣国の思惑が絡んでいるって証言のこと? その買収された役人は実在するの? もし私が隣国のために辺境伯を選ぶなら、ロベルト様なんて真っ先に除外するわ。だって騎士団の運用が上手くて、自身も前線で戦えるほど強い人なんて、敵にしたくないから」
ロベルトが強いという言葉には、なぜか全員が困惑していた。予想と違う反応に混乱しそうだ。まさかリオネラたちは見た目だけでロベルトを判断していたのだろうか。
微妙な空気になる前に、イレーニアは続けた。
「姉様たちは理想の未来を実現するために、何をしているの?」
「第一段階は障害となる者の隔離だよ」
リオネラが綺麗な声で答えた。
「人はすぐ楽な道へ行こうとする。それでは秩序が保てない。正しく導くことが私たちの役目だ。この国をさらに繁栄させるために」
「姉様たちが勝手に設けた基準から、あぶれてしまった人は?」
「勝手? 違うよ。私たちはね、皆が住みやすい社会を作ろうとしているんだ。国のあり方を大きく変えようとすれば、そのぶん反発も大きい。反発の内訳は知っているかな?」
「よく姉様が言っていた、無理解と阻害でしょ」
イレーニアの答えに満足したリオネラは、優しく笑う。取り巻きの男たちが、リオネラに見惚れている。イレーニアへの敵意は、リオネラの行動で消えたり現れたりと忙しい。
「理解が足りないなら、私たちが教える。何度でもね。だが私たちの方針が気に入らないという理由で阻害してくる者は、考えを改めようとしない。だから隔離するしかないんだよ」
「排除の間違いじゃないの? 私にナイフを渡したのは、そういう意味だと思っていたわ」
「王家は最も大きく反発してくると予想している。前へ進むために必要な淘汰と思ってくれ」
「難癖をつけて一人ずつ消そうとしているだけでしょう? 姉様たちが思い通りに国を動せるように。最終的に王族の血は一滴も残らないようにするつもり?」
「彼らが私たちに理解を示さないなら、結果としてそうなるだろうね。王族だけじゃない。全ての人が対象だ。この国のためを思って行動する者が少なすぎる。平民は特に目の前の生活しか見ていない。生活を変えようとする向上心に欠けていると思わないか?」
可哀想になってきた。
やはり彼らの理想は綺麗なだけで、生きている人々を見ていない。リオネラたちは個々の能力が高くて実力があるせいか、少し努力をすれば目標に到達してしまう。挫折を知らない。だから夢が叶わないのは、本人が怠けているせいだと思いがちだ。
農民に種籾を渡せば、それを全て畑に蒔いてくれると思っている。その農民が飢えているか知ろうともしない。
貧民にお金を渡したら、生活を立て直せると思っている。そのお金が病気の薬代だけで消えてしまうと想像したこともない。
自分たちの常識で世間を見てしまうから、視野が狭くなってしまう。だから自分たちが理想の未来を語れば、皆は賛同してついて来てくれると信じて疑わない。
「イレーニア、君は辺境へ行って変わってしまったな。あんなに私たちに賛同してくれていたじゃないか」
「賛同? 私がいつ姉様の理想に同意したの?」
リオネラは驚いた顔のまま止まった。初めて見る、完璧な従姉妹の呆けた顔だ。少し溜飲が下がったと思うなんて、性格が悪いわねとイレーニアは内心で苦笑した。





