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13 辺境の騎士たち

 ダリオは簡易的な地図を見せると言ったが、そちらも鍵付きの書架に収められていた。腰のベルトと鎖で繋がった鍵で開け、頑丈そうな小箱を取り出す。二つの鍵穴にそれぞれ別の鍵を差し、ようやく地図が出てきた。


「ロベルト様は地図を一度見ただけで覚えてしまったそうで、滅多に出すことがなかったんです」

「そう。私も一度で覚えられるわよ。時間はかかるけれど」

「イレーニア様って、けっこう負けず嫌いですよね。ロベルト様の紋章が描いてあるところが、この屋敷の位置です」


 ダリオの説明で領内の人事情報が手に入った。まだ領地に関する知識は空白ばかりが目立つが、あまり焦ると不審に思われてしまう。王都で行われる社交の季節は終わったばかりなので、急いで知識を詰め込む理由に乏しい。


 仕事を終えたロベルトが屋敷に帰ってきたのは、ベランジェールの訪問から三日後だった。


「帰ってくる途中で、伝令から概要を聞いた。君には申し訳ないことをしたな」


 出迎えたイレーニアと顔を合わせるなり、ロベルトはそう言った。あまり表情が動いていないが、落ち込んでいるように見える。


 犬で例えると、耳と尻尾が力なく地面へ向かって垂れている状態だわと考えたところで、イレーニアは不敬な想像をやめた。元気付けるために、頭を撫でまわしたくなってくる。非常に危険だ。


「オルドーニ領への立ち入り禁止は、このまま続行させる」

「よろしいの?」

「ああ。俺が面会していたら、下手に情けをかけていたかもしれない」


 ふとロベルトの表情に影がさした。

 悲しみ、痛み、苛立ちと不快感。


 目の前で溺れているのが極悪人だったとしても、手を差し伸べてしまうのがロベルトなのだろう。そんな甘さと、実現してしまえる強さが、絶妙な均衡を保っている。ただし甘いだけでなく合理的な判断で切り捨てられるところもあって、非常に好ましい。


 一目惚れで興味を持った相手が、内面まで自分の好みだ。これで期間限定の妻でなければ最高だったのに、現実は厳しい。


「知り合いに対して感情を排した処置をするのは、難しいことです。そう悩まないでください」

「……そうだろうか」

「そういうことにしておきましょう。帰ってきたばかりなのですから、まずは休憩なさってはいかがです?」


 ロベルトは自分が剣を下げたままだということに、今さら気がついたようだ。


「疲れてはいないんだ。むしろ気力は充実している気がする」


 屋敷の外で思いきり体を動かしたことで、日頃のストレスが発散されたのだろうか。出立前は色濃く顔に出ていた疲労が、すっかり消えている。


 ――時々は馬に乗って散歩してはいかがと促すべきかしら?


 視察が順調に終わったと楽しそうに話すロベルトを見ていると、森で昆虫採集をしていた幼いころの弟と姿が重なる。微笑ましい光景に、自然と頬が緩んだ。


「河川の工事はいかがでした?」

「資材の運搬が遅れていただけだった。予定していた工期が少し遅れた程度だな。伝達の不備で資材を乗せた馬車が、街道で立ち往生していたのだが……」


 魔獣にでも襲われたのかと急いで合流してみたものの、資材を分けて運搬するから待機するよう言われたそうだ。


 誰もそのような命令は出していない。勘違いだろうということになり、ひとまず工事の再開を見届けてから戻ってきたそうだ。


「ついでに魔獣対策用の砦を巡回してきた」

「街道の安全には欠かせませんね。ボルタ・ロゼ領を通る商人たちから、国境付近が平和になったと好評だそうですよ」

「光栄なことだ。彼らが通ってくれなければ、街道沿いは寂れてしまうからな」


 ホールで話すイレーニアたちのところに、ダリオが現れた。旅装のままのロベルトに、続きは執務室でどうぞと促す。


「まもなくデルネーリ隊長が定期報告にきます」

「予定通りか」


 デルネーリは辺境の騎士たちをまとめている隊長だ。イレーニアが街道を通ったときは国境近くにいたため、まだ会ったことがない。


「私も同席してもいいですか?」

「ああ。増援した騎士の件もある。君を紹介すべきだと思っていた。彼が到着したら、迎えを寄越す」


 ホールで別れてから、あまり時間をおかずに執務室へ通された。


 イレーニアが室内に入ると、ロベルトとダリオの他に、見覚えのない中年の騎士がいた。


「来たか。彼がオルドーニ領の騎士団を束ねているデルネーリだ」

「初めまして。パオロ・オルドーニと申します」


 彼は礼儀正しくイレーニアに自己紹介をした。自信にあふれた堂々とした態度だ。自分の能力を正しく理解しており、十分に発揮できることを望んでいる。隊長の地位まで上り詰めたことは、彼にとって自尊心を満たす要素であるに違いない。


 イレーニアには一定の敬意を払ってくれているが、それはロベルトの妻という立場に対しての態度だ。誰かの付属物でしかない。学生時代に散々味わった扱いに、自然と心が臨戦体制になった。


「各地に分散しているボルタ・ロゼ家の騎士たちはどう? 慣れない土地で迷惑をかけていないといいけれど」


 早々に挨拶を終わらせて探りを入れてみると、デルネーリは穏やかに首を振った。


「迷惑だなんて、そんなことはありません。彼らはみな勤勉で助かってますよ。魔獣の討伐では早々に戦果をあげていましたし、人手が増えて交代勤務に余裕ができたのが大きい」

「ボルタ・ロゼ領もそれなりに魔獣が出没する地方ですから。戦うことは慣れているのよ。ここの騎士たちと連携は取れている?」

「ええ。積極的にこちらの流儀を受け入れてくれるおかげか、目立った衝突はありません。ところで……彼らは我々に分からない符牒で連絡を取り合っているようですが、何か気になることでもあるのでしょうか」


 デルネーリは言外に、あまり歓迎していない感情をにじませた。辺境伯夫人の実家から派遣されてきた騎士が、自分たちの土地で勝手なことをしているように感じるようだ。


「あれは我が領の伝統のようなものよ。中身はたわいのないお喋りね。今日の訓練はきつかったとか、夕食が美味しかったとか」

「……なぜ、遠くにいる仲間と雑談を?」

「情報伝達訓練の一種よ。つまらない文字の羅列よりも、自分に関係あることを使ったほうが習得が早いでしょう? ほぼ毎日やっていたから、日課になってしまっているのね。不快なら止めさせるわ」

「不快とまでは申しません。必要ならば続けてもらっても結構です。ただし、あらぬ疑いをかけられることがあると申しておきましょう」

「軽率だったわね。ここが国境に近い領だということを再認識させておくわ」


 イレーニアは警告と受け取ることにした。実家から連れてきた騎士たちが、暗号で連絡を取りあって謀反を企てていると騒がれるのは困る。


「話はまとまったようだな」


 沈黙したまま待っていたロベルトが、よく通る声で割りこんだ。


「ボルタ・ロゼ家の騎士たちに他意はない。まだ赴任して一ヶ月ほどしか経っていないのだから、衝突する部分もあるだろう。むしろ慣れてきた今が、最も分断しやすい時だ。双方の行動に疑問が生じたなら、疑うよりも先に報告するように。現場で全てを解決させる必要はない」

「そのように致しましょう」


 デルネーリは素直に従った。遠回しにロベルトがボルタ・ロゼ家側に立つと言ったので、反発してくると思っていた。イレーニアの読みが甘かったようだ。


「報告を始めてくれ」

「奥様もお聞きになりますか?」

「ええ。聞いているだけだから、私のことは置物だと思って」


 そう答えると、デルネーリは先ほどまでの尖った態度を和らげた。


「かしこまりました。ご婦人向けの話ではありませんが、始めさせていただきます」


 イレーニアがデルネーリの得意分野に首を突っ込んでこないと察し、機嫌を良くしたらしい。他人が自分の領域に入ってくるのを嫌っているのだろう。彼から見たイレーニアは、騎士団のことなど何も知らない素人だ。どうせ聞いても理解できないだろうと思って、一度もこちらを見ないまま報告をあげていく。


 ――各地の魔獣被害に討伐数、それから武器や物資の消耗具合。騎士たちの健康状態も報告もしているし、かなり組織として統制が取れているのね。


 辺境の騎士団が烏合の衆ではなく、継続して戦闘を行える集団だということはよく分かった。デルネーリはロベルトの軍事面での補佐として、騎士団を動かす裁量を与えられているらしい。国境が近いので、侵略してくる敵を想定してのことだ。


 予算の配分へ話が移ると、イレーニアはダリオが持っている資料を横からのぞいた。拠点ごとにまとめられて、非常にわかりやすい。ダリオはイレーニアが見ていることに気づくと、そっと机の上に置いて見えやすくしてくれた。

誤字報告ありがとうございます

いつも助かってます

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他にも異世界ファンタジーとか書いてます。暇つぶしにどうぞ。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 河川工事の妨害とか、何かの悪意を感じます。出されてもいない命令を勘違いで済ませるのは早計かと思うのですが、イレーニアには話してないだけで実はロベルトさん手は打ってるのでしょうか。 [一…
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