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11 森の中で

「……酷い目に遭ったわ」


 ベランジェールは吐きそうになり、胃のあたりをさすった。


 あの見た目だけは素敵な騎士は、ベランジェールの言葉など聞かずに馬車を走らせた。常に激しく揺れる馬車では、御者台にいる騎士に声をかけても騒音でかき消され、悲鳴をあげても止まってくれなかった。


 馬車が止まるのは、主に馬を休ませるときだけだ。ロナルドの屋敷から国境まで、全て馬の体調に合わせて移動してきた。


 騎士もおかしいが、あの馬も大概おかしい。人が走るよりも早い速度で、長い距離を駆けていた。普通の馬なら疲労で倒れている。実は馬ではなく魔獣だと言われても、違和感がないほど異常な馬体だ。


 ――あの騎士も馬のことばっかり気にして! この私が声をかけてあげてるのに!


 ベランジェールが相手をしてあげようとしても、そっけない返事しか寄越さなかった。華のある顔立ちと男に好かれやすい体型に絶大な自信を持っていたベランジェールにとって、見向きもされないというのは屈辱だった。


 ベランジェールは乱れた髪を整えつつ、背後の門を見上げた。街道を塞いでいる城門の上には、こちらを見下ろしている兵士の姿が見える。彼らの手に握られた弓矢が自分に向いている気がしたベランジェールは、足早に街道を進んだ。


 頑丈さを優先して建てられた建物はどこまでも無骨で、華やかさなど皆無だ。オルドーニ辺境伯領の中で最も隣国に近いところに建てられた城は、国境を通過する者を監視すると同時に、国を外敵から守る要所でもある。


 聞いた話によると、辺境にいる貴族は外敵や魔獣と戦うために、領地を治めているのだという。高価なドレスや宝石よりも武器を優先し、防壁を強化するために金を使う。王都に呼ばれたときは豪奢なドレスを着ることもあるが、そう何度もあるものではない。


 思い描いていた貴族の生活とはかけ離れている。自分が嫌っている泥臭さそのものだ。


「ロベルトも薄情だわ」


 ちょっと距離を置いただけで、別の女と結婚してしまった。それもベランジェールでは届かないほど高い身分の相手と。


 ロベルトに失望すると同時に、安心もしていた。


 もしロベルトと結婚していたら、贅沢をするどころか地味な服を着なければいけなかった。あの妻のように。屋敷は清掃こそされていたが、全体的に古臭い。使用人の態度も悪く、ベランジェールを排除しようとしていたのが気に食わない。


「……ま、今回は様子見だし。宝石だって手に入ったわ」


 いくらか機嫌を取り戻したベランジェールは、街道から外れて森の中へ入っていった。木につけた目印をたどっていくと、幌布を再利用したテントが見えてきた。


 魔獣よけに焚いた香の香りが鼻につく。数種類の薬草や香木を混ぜた匂いは、お世辞にもいいとは言えない。煙たいだけで嫌いだった。


 入り口付近にうろついていた大男がベランジェールを見つけ、軽く片手を上げる。


「意外と早かったな」

「ええ。せっかちな騎士様のおかげでね」


 馬車の揺れを思い出し、ベランジェールは顔をしかめた。また吐き気が蘇ってきた気がする。

 意味が分からなかったのだろう。大男は首を傾げるだけにとどめ、テント内に呼びかけた。


「団長、ベラが帰ってきた」

「お前が一番乗りか。貴族の坊ちゃんのところで豪遊する予定じゃなかったのかよ」


 だらしなく髭を伸ばした男が、テントからのっそりと出てきた。先程まで寝ていたのか、髪に寝癖がついている。どこから見ても浮浪の民にしか見えないが、旅芸人として客の前に出るときは、小綺麗で愛想のいい楽士に変身するから不思議だ。


 ベランジェールは団長と呼ばれた男や大男たちと一座を組んでいる。踊りや大道芸を見せながら各地を巡っているが、人を騙して金を巻きあげることもあった。


「その予定だったけど、王子と結婚した女に追い出されたのよ」

「じゃあ財産を奪う計画も失敗か」

「ロベルトが不在だから許可を出せないとか、難癖をつけられたわ。でもあの女が持ってる宝石をもらってきたんだから、いいでしょ」


 ベランジェールは大切に持っていた石を、一つだけ団長に渡した。団長は光にかざしたあと、ポケットに入れていたルーペで石を観察し始めた。


「お前、騙されたな」


 団長は石をベランジェールに投げ返した。


「騙された、ですって?」

「ガラスだよ。光をよく反射するように削って、それっぽく見せてる」

「待ってよ……じゃあこれも?」


 他の石を鑑定した団長は、答える代わりにため息をついた。


「全部、ガラスだ。まあ、これも売ればそれなりの値段になるんだけどよ、宝石には届かねえな」

「そんな……箱の中から選べって、あの女が」

「本物も入っていたかもしれん。でもお前は石のデカさしか見てなかった。そうだろ? お前を一人で行かせたのが間違いだったよ。なんで金蔓になりそうな王子を手放したんだ。お前が結婚して、搾り取ってから捨てればよかったのに」


 恨みがましく言われたベランジェールは、返されたガラス玉を強く握った。


「ど田舎に飛ばされた貴族なんて、遊ぶ金どころか生活にも困ってるって言ったのは団長でしょ? 身分欲しさに結婚しても、いい生活なんてできないじゃない。それにね、貴族ってやたらと決まりごととかうるさくて、息が詰まるのよ。私がどんな窮屈な思いで王子の相手をしていたと思うの?」

「はいはい悪かったよ、噛みつくなって」


 面倒になったのか、団長は嫌そうにため息をついた。


「その貴族の女は、ただの世間知らずの馬鹿じゃないってことだ。また屋敷に行っても、適当にあしらわれて追い出されるだろうな」


 騙された。ベランジェールの頭の中で、イレーニアが嫌らしく笑っている。ガラスを選ぶベランジェールのことを、内心で馬鹿にしていたのだろう。さらに騎士に命じて、わざと荒っぽい運転で国境まで運ばせたのだ。


 きっとイレーニアは華麗な自分に嫉妬して、八つ当たりしてきたに違いない。


 ――私の計画を邪魔するんじゃないわよ。


 ロベルトを資金源にして、王都で女優になる計画だった。効率的に金を引き出すために結婚することも考えたが、貴族になるための教育が嫌になって逃げた。二人の境遇のせいで別れたと思わせるように、ロベルトの自尊心を適度に傷つけて。そうすれば再会したときに、ロベルトはベランジェールを離さないように何でも差し出してくるはずだった。


 他の男では何度も成功しているから、ロベルトでも効果があると思っていたのに。結婚しているどころか、使用人にベランジェールのことを教えていなかった。


 それとも、イレーニアが妨害していたのだろうか。


 ――きっと、そうよ。


 夫を取られると思って、ベランジェールを敵視してくる。いかにも地味な女のやり口だと、ベランジェールは自分で出した結論に納得した。真っ向から勝負をすれば、負けると自覚しているのだ。だから他人を引きずりおろすことで、自分の地位を守ろうとしている。


「もうすぐサムが戻るはずだな」


 ベランジェールから興味を失った団長は、街道がある方向を見てつぶやいた。


 もう一人の仲間は一座の会計をしている。途中まで一緒に行動していたが、ロベルトのところへ向かう前に別れた。金の匂いに敏感な男で、ロベルトの国――クロフェレシアでいい話を見つけたと言っていた。


「ねえ団長。またサムが持ってくる儲け話に乗るの?」


 サムが持ちかけてくる話は、違法行為ばかりだ。成功すれば実入がいいが、失敗するとただ働きどころか借金ができることもある。


 一座がクロフェレシアではなく隣国に拠点を移したのも、サムが違法賭博で下手を打ったせいだ。


「あいつが加わってから、一度の興行よりもでかい金を稼げるようになっただろうが。王族に芸を見せられるほど有名になったのも、サムが方々に話をつけてきたからだろ? お前、まさか王子と知り合ったのは、自分の実力だとか思ってないだろうな?」

「思ってないわよっ」


 ベランジェールは、不貞腐れながら言った。


 悔しいが、ただの旅芸人が王族の前で芸を披露したのは、サムの手引きがあったからだ。ネズミのような顔をした男が、どんな汚い手を使ったのか貴族と知り合い、王族が夜会の余興を探している情報を掴んできた。


 普通なら、ただの珍しい見せ物で終わるはずだった。だがサムが言う通りに言葉遣いを変え、可憐な踊り子を演じると、ロベルトの関心をひくことができた。


 出会いさえあれば、男を落とす自信があった。けれど出会いに至るまでの道筋は、サムにしか用意できなかった。そのことが悔しい。


 がさりと下草が音をたて、サムが戻ってきた。ベランジェールがいるのを見ると、困ったように眉を下げる。


「ベラ、あんたぁ、王子様に嫌われたみたいだなぁ」

「はあ?」

「オルドーニ辺境伯領に立ち入り禁止だとよ。クロフェレシアに入国するときは、他の領から入らないと捕まるぞぉ」

「待ってよ。私、ロベルトには会ってない――」


 イレーニアだ。ベランジェールは確信した。手荒いもてなしだけでは満足できず、徹底的に締め出す手段にでたらしい。


「あの女のせいだわ……」

「どうせ暴言でも吐いて怒らせたんだろぉ? あんたは感情で動くからなぁ。もっと頭を使わないと、失敗するって言っただろぉ」


 サムはのんびりとした声で、ケラケラと笑った。


「団長は借金取りに追われて、ベラは貴族に嫌われたなぁ。でかいのは暴力沙汰で入国禁止になっちまったし、無傷なのは俺だけかぁ」


 会話に加わろうとしなかった大男は、嫌そうにサムを睨んだ。大男は違法賭博が差し向けた借金取りから逃げる時に、何人か痛めつけている。原因を作ったサムが他人事のように喋っているのが腹立たしいのだ。


「おいサムよ。お前は俺たちを馬鹿にしに戻ってきたのか?」


 人の神経を逆撫でにして一人で笑っていたサムは、ニヤついた顔のまま団長を見上げた。


「いいや? ちゃんと仕事してきたさぁ。荷運びだ。地味だって言うなよぉ? 顔は見せなくてもいいし、貴族様からの依頼だからさぁ、報酬はいいんだよぉ」

「どこの貴族だ? 禁止薬物の密輸じゃないだろうな?」

「魔獣の核さ。加工してないクズ石だからさぁ、取り締まりの対象じゃない。王都の魔術師が実験に使うんだよぉ。ほぉら、これが運搬の許可証ね。偽造した身分証まで用意してくれたんだ。まあ、誰かさんのせいで遠回りしないといけないけどぉ」


 調子に乗ったサムが鬱陶しい。

 ベランジェールは爪先で地面をえぐった。


「あの女だけは許さない」


 自分はもっと人々から称賛される立場になっているはずだった。それなのに現実は、街道から外れた森の中で、むさ苦しい男たちと金を稼ぐ方法を探している。


 人生が上手くいかないのは、ベランジェールの才能を妬んだ誰かに邪魔をされているからだ。今回はイレーニアが妨害をしてきた。貴族階級に生まれたというだけの、運が良かっただけの女に。


「絶対に借りを返してやる」


 十分な名声と富を手に入れたら、真っ先にあの女を貴族階級から蹴落とす。辺境に嫁ぐ女の家なんて、どうせ大した家柄ではないだろう。王都の華やかな場所にいる貴族から相手にされなくて、残っていたロベルトとくっつけられたのだ。


 ――有力貴族の愛人になるのが近道かもしれないわね。


 面倒な政治やら家同士の付き合いとは無縁だし、主人の機嫌さえとっていれば生活は保証されている。


 貴族と出会うにはサムの手引きが必要なのは気に食わない。だが、いちど繋がりを作ってしまえば、ベランジェールの実力でのし上がっていける。サムなんて自分が輝くための舞台装置でしかない。


 今だけは大人しく、計画に手を貸す。

 機会が回ってくるまでの辛抱だ。


 ベランジェールは加工されたガラスを強く握った。

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他にも異世界ファンタジーとか書いてます。暇つぶしにどうぞ。



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