⑯前のめりに進もう!
つい先程の出来事がきっかけになったのか、三人が乗る車内は若干重苦しい空気になっていた。
「……エアコン回そうか?」
「……平気です!」
大伝青年がマキナに気を遣うが、素っ気無い態度であしらわれてしまう。流石に夏世もフォローしようと何か言いかけるが、バックミラー越しに大伝青年から首を横に振られ、口を噤む。
しかし、ついさっきまで仲良くやって来た三人である。このまま話も出来ない状況が続くのは望ましくない。そんな思いが次第に膨らんできたその時、大伝青年のスマホが震えながら着信音を奏でる。無論、レンタカーのカーナビにはスマホ連動モードも有るが、まさか使うとは思っていなかった為、番号登録していなかった彼は路肩に停車させた。
「……あれ? 課長からだ。休みだから用事なんて無いと思ってたけど……はい、大伝です」
通話相手を確認した大伝青年は訝しげに呟きながら画面を操作し、電話に出たのだが……
【 おっ、大伝君。休みの最中に悪いな…… 】
直属の上司、諸山課長が電話の向こうから申し訳なさげに話し始めたのだが、その内容を聞いていた大伝青年の表情は次第に曇り始める。
「……部長から呼び出し……ですか?」
【 そうなんだよ! ほら、君が絡んだ例のプロジェクト。あれの詳細を知った安蘇部長がね、自分だけ蚊帳の外だった事が気に入らないらしく、ひどくご立腹らしいんだ…… 】
諸山課長曰く、安蘇社長の娘、安蘇 真梨恵部長は満場一致で決まったアップルパイ社との共同プロジェクトが、海外赴任経験もある自分の意見抜きで勝手に進められた事が納得出来なかったらしい。
「でも、部長は確か国内の新規事業視察で席を外してましたし……今は海外事業とは関係無い筈では?」
【 それはそうなんだが、部長も語学留学後から帰国して入社した後、ずーっと自分の得意分野は海外事業だって主張しては社長と衝突してきたからね……今回の件は特に気に入らなかったみたいだよ 】
そう説明された大伝青年だが、部長の扱い難さは課長から常々聞かされていた。総合商社アソマンの未来は自分が担う、と鼻息を荒くしながら海外支社と本社を飛び交い続け、時には大きなプロジェクトを成功させもしたが……その強引さと男勝りの性格から【アソマンの女傑】と陰で揶揄されている上、まだ三十路手前にも関わらず色恋沙汰を一切突っ跳ねて仕事に邁進する姿に、社の内外から一生婚期を逃し続けるだろうと噂されているのだ。
【 そんな訳でウチの部署に今朝現れて、担当者は何処だって探し回ってたぞ…… 】
「……休みで居なくて、良かったんでしょうかね?」
【 それはどちらとも言えんなぁ。何せ一度こうだと言い出したら社長の意見でも素直に聞かんし、果たして何を考えて君を追っかけ回してるのか、さっぱり判らないんだ 】
ここに来て大伝青年は自分が、とんでもない地雷を踏みかけている事に気付き、我が身の不運を呪うしかない……と思ったのだが、
(いや……今までの俺なら諦めただろうけど、そうじゃない!)
大伝青年はそう思い直すと課長に礼を言い、通話を終える。そして経緯を見守っていたマキナと夏世に向かって、こう告げたのだ。
「ちょっとだけ仕事のやり残しがあるから、会社に戻りたいんだ。マキナ、それに夏世ちゃん、悪いけど少しだけ付き合ってもらえないかな?」
以前マキナが召喚した、何とも名状し難い最速の生き物から降りた大伝青年は、
「や、やっぱり慣れないなぁ……まだ足元がフラフラするよ……」
そう弱々しく呟くと、ついさっきまでの高揚感とは真逆の気分になっていた。そんな彼の傍らで、
「マキナちゃんスゴいねぇ~、あんな生き物も呼べるんだから!」
「うん! 他にも……んにゃ、何でもないよぅ……」
細かい事に拘らない夏世とは違い、まださっきまでの雰囲気を引きずったままのマキナの遣り取りに、
(……でも、ここでちゃんとしないと……せっかく勝ち取った休みが台無しになるんだよな、頑張らないと!!)
そう気分を切り替え、彼は一旦家に戻って着替えてきた、ワイシャツの襟元のネクタイを締め直しながら屋内へと進んでいった。
【 ……ホントに私達の姿は見えなくなっちゃってるんだね…… 】
【 ……。 】
以前と同じように認識阻害で姿を隠したマキナと夏世だが、やはり会話に至らない。そんな二人の様子に気を回しそうになりつつ、大伝青年はぐっと堪えながら社内を進んでいく。
「おはようございます!」
「……あれっ!? どうしたの大伝君!」
「おっ! 大伝君、休みなのにいいのかい?」
自分の部署にやって来た彼が元気に挨拶すると、諸山課長と課の同僚達が集まって来る。そのまま大伝青年が居続ければ質問責めになっていくだろうが、今は一刻も早く部長の元に行かなければならない。
「課長、安蘇部長はまだここにいらっしゃいますか?」
「ああ、まだ午前中の会議まで時間はあるから、社内の何処かに居る筈だが……」
早速、大伝青年は課長に尋ねてみるが、既にこの部署には居なかった。会議の前なら資料の整理をする為に自分の部署に戻っているかもしれない。そう考えた彼は、姿を隠した二人と共に部長のオフィスへ向かった。
「……失礼します、大伝です」
「……? あ、例の発案者ね」
【国内新規事業推進部】のプレートが付いたドアをノックして大伝青年が中に入ると、安蘇部長はキーボードを打つ手を停めて彼の方を向いた。社長令嬢、と聞けば確かにそんな印象を抱く容姿なのだが、様々な伝聞のせいで異性として見る余裕なぞ彼には無かった。
「色々と聞き及んでいますが、出来れば発案者から直接事業内容を聞きたかったの。要約で構わないから説明してもらえる?」
しかし、部長からそう言われた大伝青年は、小さな違和感に戸惑ってしまう。部長はプロジェクトの全容を知った上でわざわざ自分を探していた筈なのに、現れた彼に説明しろと言うのだ。
「はい、判りました……プロジェクトについてですが……」
しかし、今更ここまで来て後には引けない。そう思い直し大伝青年は説明し始めた。既に一度、熱弁を振るった内容である。スラスラと流れるように話し続けると、部長は時折頷きながら彼の説明を聞いた。
「判りました、概ね資料と相違は無いようですね」
彼の説明を聞き終えた安蘇部長はそう言うと、座っていた椅子から立ち上がり、机を避けて彼の元に近付くと、口紅で赤く彩られた唇を開いた。
「……このプロジェクト、私に任せて貰いたいの」




