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⑮次の宿泊先を目指そう!



 昼時前に駆け込んだ店内は、三人が入った直後まで彼等だけだったが、食事中に一人、また一人とちらほら客の数が増えていき、そろそろ席を立つかと大伝青年が伝票を掴んだ頃には、ほぼ満席の状態。しかし、良く見れば客の大半は高齢者ばかりで、この店が一般的な観光客よりも、地元の馴染み客に愛され続けてきた良店なのだと彼は納得した。



 「……えっ!? 2890円っ!? あれ……そんな安い値段でしたっけ?」


 すっかり満腹になったマキナ達だったが、さて会計となった大伝青年が伝票を手にレジに向かうと、予想より遥かに安い値段だったので驚いたが、


 「そうねぇ、ウチは全部の値段を内税で書いてるし、大盛りは百円増しでやってるから、他店より安く感じるんじゃないかしら?」


 女性の店員(きっと女将(おかみ)さんなんだろう)はあっさりと言い、壁に貼られたメニューの短冊を指差しながら、そう説明する。しかし、そうは言っても大伝青年のチャーシューメンが780円で、マキナと夏世の大盛りが各々百円増しとしても、セットで付けた餃子の350円と無料のライスである。確かに三千円でお釣りが来る値段だが、東京で同じメニューを注文すれば、その値段では収まらないだろう。


 「でもさでもさ! とーっても美味しかったよ! ごちそーさまでした!!」

 「ホントにそうよね! ご馳走さまでした!」

 「はーい、いつでもまた来てね~!」


 しかし、マキナと夏世が元気良く挨拶し、おかみさんも嬉しそうに手を振り返す様子を眺める大伝青年は、細かい事を気にするよりも、素直に感謝する気持ちの方が大事なんだと思い直し、


 「……それじゃ、ご馳走さま! 美味しかったです!」


 そう元気良く言った瞬間、レジに立つおかみさんの代わりに注文品を持って出た、(いか)つい顔の男性とバッチリ目線が合ってしまい、


 「……お、おぅ! ……お粗末様でぃ!」

 「い、いえ……ありがとうございました!」


 と、双方共に気恥ずかしい思いを味わった。




 「……さて、それじゃ水上温泉まで行きますか!」

 「お~っ!!」

 「……あ、ちょっと待って……出来ればその……コンビニか何処かに寄って欲しいかも……」

 「はあっ? まあ、別に構わないけど……」


 車に乗り込み、更なる目的地へと走り出そうと大伝青年とマキナが意気込んだ瞬間、夏世が手を挙げて制したので、二人は少しだけ気が抜けてしまった。しかし、年頃の娘の夏世である。トイレや別の用事で行きたい理由が有っても、言いたくないだろう。そう察し、大伝青年は深く尋ねようとはしなかった。


 車を走らせて少しだけ街中まで戻り、一番最初に到着したコンビニで「ちょっとだけ待ってて、直ぐ戻るから!」と言い残し、夏世は車を降りた。


 「ねえ、おにーさん。夏世さん、何かあったのかな?」

 「……ん? まあ、言いたくない事もあるさ、きっとね……」

 「え~? 仲良しになったのに~?」


 若干不満げなマキナだが、大伝青年は敢えてしつこく言い聞かせるつもりは無いようで、


 「そうだなぁ……確かにマキナとは仲良くなったけど、俺は男だから言い難い事もあるんじゃない?」

 「ふーん、そうかなぁ……私は無いけどなー」

 「そりゃあ、君は俺の事なんて意識してないからだろ?」

 「……んん? イシキ……? うーん……」


 彼にそう言われたマキナは暫く考えていたが、不意に思い付いた何かに気を取られて黙り込んでしまう。


 「どうした、マキナ……頭でも痛いのか?」

 「……んーと、そうじゃないんだけど……でも、何か忘れていたような……っ!?」


 大伝青年に尋ねられ、マキナが頭を振ったその時、突然現れたイメージが心の内に溢れ返り、彼女は言葉を失った。




 ……両親との死別。先の見えない不安定な暮らし。先細りの環境に、頼るべき身寄りの居ない孤独。マキナの心象風景は寒々とした灰色の空と、常に付き纏う死への恐怖が渦巻く荒れ果てた大地に、ポツンと独り取り残されて無言で(うずくま)る自分の小さな背中だった。


 しかし、彼女は立ち上がると一歩踏み出し、大きな角を持った金色のヘラジカに向かって歩いて行く。やがてヘラジカの元に辿り着いた彼女は、掌を天に掲げたように広がる立派な角に手を伸ばし、恐れる事無く背中へとよじ登った。


 自分の背中に座ったマキナを振り落しもせず、ヘラジカは首を捻って顔を向けた。


 【 ……イホウゥンディ? 】


 意識の奥底から沸き上がったその名こそ、彼女が元居た世界にやって来た、異界の豊穣と繁殖を(つかさど)る女神の名だった。


 その時から、マキナはイホウゥンディの神官として、失墜した地位と力を取り戻す使命を授かったのである。そして引き換えに彼女の中に育まれてきた人間性を封印し、人の身では(あずか)り知らぬ筈の多種多様な眷属や種族と交わり、使役する方法を獲得したのだ。




 ……そこまでの記憶が逆再生されるようにマキナの中で甦ったものの、それは非常に断片的で他人に説明しようもなく、彼女はただ漠然と、


 「……そう、だった……私は……ただ、良くなればいいって……思ってた、だけ……」


 そう言いながら、プツリと糸の切れた人形のようにシートの上に横たわると、大きく息を吐いた。


 「……はあああぁ、……うん、もう平気だよ……」

 「おい、マキナ! 急にどうしたんだよ?」


 突然意味の通じぬ事を呟いたマキナに向かって、大伝青年は前の席から手を伸ばして肩に手を載せると、


 「うん、おにーさん……ちょっとだけ、思い出したみたい。私、ホントは色んな感情が無くなってたけど、こっちに来てから、元に戻ったりして……」

 「……それ、本当か?」

 「うん……今、その事を思い出したんだけど、どうしてそーだったのか、まだ頭の中がぐちゃぐちゃで良く判らないんだぁ……」


 そんな言葉がマキナの口から漏れ出て来たので、大伝青年は少しだけホッとした表情になり、


 「まあ、何だか判らないけど……君は君なんだから、難しく考えなくてもいいんじゃないか?」


 そう言って、マキナの柔らかな頬に優しく触れる。


 「……んむぁ!? もー、そんな風に触らないでくれないかな!! ……は、恥ずかしいんだから……」


 と、マキナは赤くなりながら、顔を伏せて俯いてしまった。


 「お待たせ! って、二人とも何してんの?」


 と、その時、車に戻って来た夏世がドアを開けてマキナの隣に座ると、


 「うあぁい!? べ、別になにもしてないぃ!!」


 慌てたマキナが大伝青年の手を押し戻し、二人に背を向けて顔を赤らめたまま、口をへの字に曲げて黙り込んだ。





 



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