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7.アリュートと城下町デート 後編

 翌日。晴れた昼下がりに、私は待ち合わせ場所の城の中庭にいた。

 城のアーチ型の柱の陰に、腕を組んだレオンの姿を見つける。一瞬目が合うけれど、レオンは顔を反らせてその場を立ち去ってしまった。


「いつもとイメージが違うね。淡い色のドレスを着ていることが多かったから」


 アリュートは私に会った瞬間に気づいて、声をかけてくれた。

 クリーム色のワンピースにココア色のエプロンを合わせて、町娘をイメージした服装。目立ちすぎると商人に警戒されてしまうらしい。


「ありがとう……。アリュートも休日モードなのね」


 従者のときの詰め襟のかっちりした服装ではなく濃い赤紫色のシャツで、ボタンを外して着崩しているのが似合っている。


「せっかくの休暇だ。楽しもう」


 城の石橋を越えると、露店を出している商人の掛け声や馬車の蹄の音が耳に飛び込んでくる。灰色の石畳は、町の端から端まで埋め尽くされていた。


「活気があるのね」


 感心して口に出すと、アリュートは「そうだな」と目を細めた。


「元気な人を見ると、元気をもらえる。城下町は俺の息抜き場所なんだ」


 従者ならば自由に城と城下町を行き来できる。皇太子のレオンとは外を出歩くことは数少ない。護衛が何人も必要になり、視察等の理由でもつけなければ城下町散策は現実的ではない。また、お忍びで行くにも皇太子の姿が広く知られているのですぐにバレてしまう。


「ヴィオラにはこんな髪飾りが似合うのではないか?」


 アリュートは花をモチーフにした髪飾りの露店で立ち止まると、樹脂でできた白い花が数個並んだ髪飾りを指差した。

 白い花の中心は桃色に染まっていて、日本の桜を連想させる。昨日の花瓶に生けられた桃色の薔薇といい、白っぽい花に縁があるらしい。


「そうかな……」

「お嬢ちゃん、髪に合わせてみてもいいんだよ。鏡もあるから。ゆっくり見ていって」


 露店のおばさんが、モジモジする私を見かねて優しく声をかけてくれた。

 鏡を見ながら合わせると、白い花は茶髪に映えている。


「どうかな?」


 ちらとアリュートを見ると、「似合っている!」と手放しに誉めてくれる。

 お墨付きを得られたことで、購買意欲がそそられる。肩から斜めにかけたポシェットから小銭入れを出す。


「一つください」

「えっ……」


 私の動作を制するように、アリュートはさっさと支払いを済ませてしまった。


「俺がヴィオラを連れ出してきたんだから、それはプレゼントとして受け取って」


 アリュートは私の手の上に髪飾りを載せる。反応に困って小さく首を振った。


「これは……申し訳ないので受け取れません」

「ヴィオラのために買ったから、後はヴィオラの好きにすればいい。捨てるならそれで構わない」


 アリュートはツンとして上を向く。一度こうだと決めたら途端に大人の表情が崩れてしまう。強引なところには逆らえない。


「……ありがとう」


 せっかくだからと、もらった髪飾りで横髪をとめる。


「似合っているよ」


 嬉しそうなアリュート。アリュートと横に並ぶと昔のことを思い出す。


「そういえば、私が小さいときに城下町に行きたいとせがんで連れて行ってもらったことがあったよね」

「そうだね。ヴィオラは先に先にと歩いていくものだから、保護者役は大変だったなぁ」


 クスッとアリュートは思い出して笑う。


「……すっかり忘れているわ。きっと、アリュートがいると安心して、はしゃいでしまったのかもしれない。お兄さんみたいな存在だったから」


 アリュートの表情から、突然笑顔が消えて黙ってしまった。

 ひょっとして、一言余計なことを言ってしまったのだろうか。


「ヴィオラは俺のことをお兄さんのように思っているかもしれないけど、俺は妹のようだとは思ったことはないよ?」


 茶髪の前髪を掻き上げて、私を試すような強い瞳。

 レオンの好感度が低くなった今、私はアリュートとどうなりたいのだろう。


「え、ええと……」

「冗談だよ。さてと、そろそろ帰りますか」


 反応に困る私にさらりと言って、城の方へと歩き出す。

 アリュートは大人で、ときどき目が離せなくなる。レオンのような涼やかなイケメンというタイプではなく、頼りになるお兄さんという存在だ。

 城の城壁をくぐっていくと、城の中庭に出る。


「今日は付き合ってくれてありがとう」

「こちらこそ楽しかったわ」


 夕日がさして、噴水がきらきらと輝く。噴水が一度高く吹き上げると静まった。


「ヴィオラ。俺と婚約してくれませんか」


 私の手を取り、膝をついて頭を垂れるのは誓いの礼だ。流れる動作に見惚れてしまい、プロポーズを受けているのだと気づくのにワンテンポ遅れた。


(どうしよう……)


 アリュートと一緒にいるという選択をした場合でも、きっと大切にしてくれるだろう。乙女ゲームのプレイ場面ならば「プロポーズを受ける」の一択だろう。


(あっ……)


 レオンが中庭まで歩いてきて、アリュートの姿を察知して、驚愕したように立ち止まっているのが見えた。

 こっそりと好感度のパラメーターを出現させる。


 レオンの好感度……30%

 アリュートの好感度……120%


(レオンの好感度が10%増えている?)


「アリュート、ごめんなさい!」


 私は選択肢以外の行動をすることにした。立ち止まっているレオンの元に走っていく。レオンは驚きの表情を隠さずに、さらに目を見開いている。


「なっ……」


 レオンを肩を捕まえて、何かを言おうとした口を塞ぐように自分の唇を重ねる。


「んっ」


 呼吸をするのを忘れて、息が上がる。

 レオンは私の肩を押さえて、抵抗して距離を離そうとしている。


 レオンの不器用な優しさを知ってしまった。今、レオンが中庭にいるのは私の姿を見つけて声をかけようとしていたから。

 何か裏があると勘ぐってしまう微笑みには、私のことをよく考えていてくれていることが見え隠れしている。

 レオンからの好感度が下がっていたって、私はレオンを選ぶ。レオンがいい。レオンしかいない。


 だからどうか、何度もしたキスを思い出して。

 さらに、深く口付けるとレオンは拒絶しなくなった。

 唇を離すと、レオンの碧い瞳に光が戻ってきた。まるで、長い眠りから覚めたように。


「ヴィオラ、今までどこに行っていた。俺の目の節穴でなければ、俺の婚約者にアリュートがプロポーズしているように見えるのだが」


 静かに言うレオンは怒りの表情を隠さなかった。

 アリュートは即座に立ち上がって、自分が何をしようとしていたのかということに気がついて、みるみるうちに顔面が蒼白になった。


「レオン様の婚約者に俺は何てことを……! も、申し訳ありません!」

「さては、ヴィオラを振り回して困らせただろう。ヴィオラに謝罪してもらおうか」


 ぎくり、とアリュートは肩を震え上がらせる。

 レオンが目を三角にして怒っている。怒りが止まる気配はない。


「ヴィオラ、俺が悪かった。許してほしい」


 腰から体を折り曲げて頭を下げたアリュートは、そのまま私の返事を待っている。


「そうね。城下町に行くことを誘われたときは、ちょっと強引で困惑してしまったわ。……でも、皇太子の婚約者はプロポーズされるくらい魅力的の方が良いとは思いませんか、レオン」


 レオンは難しい顔をして、アリュートは予想外な言葉を聞いたように驚いた顔をしている。


「ま、まぁそうだな」

「……それに、アリュートと二人で外出する時に引き留めてくれなくて、私は悲しかったわ」


 アリュートの好意には応えられないけれど、悪役にはしたくなかった。本人には悪気はないのだもの。好感度が入れ替わってしまうなんて、偶然のイタズラとしか考えられない。レオンには申し訳ないけど、後で本心を伝えるわ。


「そうか……俺はどうかしていたようだ……」


 レオンには私の言葉が響いたようで、それ以上のアリュートへの追及はなかった。


「ヴィオラ様……」


 アリュートは心なしか瞳を潤ませている。

 アリュートの私への忠誠心が増していったと知ったのは後の話。




 二人きりになるとレオンは甘い表情になる。


「ヴィーが遠くに行ってしまうような気がした。もう、君のことを離さない」


 後ろから優しく抱き締められて、手をギュッと握ってくる。


「そうでないと困るわ。大好きなレオン」

「そうか……そうだな」


 後ろめたさがあるのか、レオンからは鬼畜さは消えている。


「もし、私がレオンのことを忘れたとしても、思い出させてくれる?」

「もちろんだ。約束する。ヴィーが俺を思い出させてくれたように」

「約束よ?」

「約束する」


 整った顔が自然と近づいてきて、ゆっくりと優しいキスを落とされた。

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