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謝肉祭の夜に

 華やかな晩餐が並べられた。壁にはハルピュイアの家紋を示す交差した手斧が飾り付けられ、金のリボンが鮮やかに垂れて燭台の光に反射する。

 テーブルの中央には詰め物をした七面鳥とイノシシのあぶり肉が豪華に盛りつけられている。


 着飾った王族達は、おのおのテーブルについた。シドも表向きは客人の身分なので、隅の方に席が設けられてある。

 皆が揃うと、王が厳かに食前の祈りを唱えた。皆、それに合わせて唱和する。長い感謝の祈りの後、王はなみなみと注がれた真っ赤な葡萄酒を掲げた。


「それでは、謝肉祭に!」


 一斉に杯が持ち上げられ、飲み交わされる。この日ばかりは、子どもでも酒に口を付けることが許された。グルジオがにやにや笑いながら、いつもは怒られるであろう酒をちびちび飲んでいる。

 王が直々にイノシシのあぶり肉を取り分けるのが、この祝宴の醍醐味だ。狩りの名手でもあるハルピュイア王は、見事にイノシシを取り分けて、王族達から称賛のまなざしを受けた。

 こうして、祝宴は和やかに続けられた。


 イノシシが半分以上消えたとき、遠くから地響きのような喧噪の声が聞こえてきた。


「街が騒がしいですな。祭りが始まったのでしょうかな」


 王の大叔父が白髭に肉汁を染みこませながら言った。

 王妃が笑い、新鮮なオレンジを大皿からつまむ。


「皆、祭りを楽しんでいるのです。私達もそうですわ。家族と一緒に食卓を囲めるなんて、なんて幸せなことでしょう」


 と、がたん、と大きな音がして、皆がそちらを振り向いた。王が机に突っ伏していた。肩は小刻みに震え、顔は見えないが苦しんでいるようだ。

 皆、驚愕して立ち上がろうとしたり、王に声をかけようとした。

 そのとき、全ての人々の頭ががくりと下がった。身体の力が抜け、姿勢を保っていられないのだ。

 王族の一人が、苦しそうに絞り出した。


「毒だ! 召使いを……誰か、医者を呼べ!」


 と、小さなシドがぱっと立ち上がり、扉に向かって走った。誰もが、彼は召使いを呼びに行ったと思った。

 しかし、がちゃりと重い音がして、王族達は自分たちの思惑が外れたことを知った。

 両開きの樫の扉を、シドが閉めたのだ。誰もが何が起きたのかわからず戸惑っている間に、彼は天井から垂れ下がっている金色のリボンを引っ張り下ろした。

 重厚な金属の取っ手に、金色のリボンが幾重にも巻き付けられる。

 王族達は食堂に閉じ込められたのだ。


 扉から離れると、シドは青い目をらんらんと輝かせながら、まるで芸術作品の出来映えを確認するように、ゆっくりとテーブルに座る人々を見回した。

 叫び声やうめき声が上がるが、王族の頭は全てテーブルの上に落ちている。

 事前に中和剤を飲んでいた彼以外は、一年かけて育て、煮込んだ植物の餌食となっていた。

 台所に侵入できさえすれば、葡萄酒に毒を混ぜることなどなんの造作もないことだ。


「失礼。本来ならば、魔術で殲滅したかったところだが、この身体ではまだ体内魔力が足りないのでね。杖を出すこともできやしない。

 なのでこのような回りくどい方法を取らせてもらった」


 ぞっとするほど冷たい口調で、シドは喋った。


「まさか、おまえが……」


 王が目を見開き、扉の前に立つ黒髪の少年を凝視した。少年はにこっと笑った。瞳の奥に深淵が宿った、今までに見たことがないほどの恐ろしい笑顔だった。


「安心してくれたまえ、諸君。その毒はあまり強くない。無味無臭で銀が変色しないところだけが長所だ。一時的に身体を麻痺させて、せいぜい昏倒させるくらいのものだよ」


 そう言われたところで、一同の不安はぬぐえなかった。しかし、本当の恐怖はそこからだった。誰一人制止できないのをいいことに、シドは悠々と椅子を壁際に移動させ、晩餐会の壁に掛かっている飾り斧を取った。金色のリボンが飾りに施された斧を引きずるようにして持ち、また椅子を使ってテーブルに上がる。斧がテーブルに刺さるように落ち、不協和音を立てて舶来のワイングラスが割れた。


「だから、今からとどめをさす」


 食卓のあちこちから悲鳴が上がった。

 苦しい息の下から、ハルピュイア王が叫ぶ。


「……そんな馬鹿な。こんなことをしても、我が兵に八つ裂きにされるだけだぞ!」

「八つ裂きになるのはハルピュイア兵の方だ。耳を澄ませてみたまえ。聞こえるだろう、ティルキア兵の進軍ラッパの音が」


 その言葉を待っていたかのように、街の方から喧噪の音に混じってラッパの音が微かに聞こえてきた。

 王族たちは蒼白になった。兵士は最低限しかおらず、街に遊びに出ている。それに、祭りに出ていない兵士達は、さきほど葡萄酒を飲んでいる。シドがなぜ葡萄酒を飲ませてあげてほしいと嘆願したのか、今になって全員がその理由に気付いた。王族達に盛られたものと同じ毒が、兵士の葡萄酒にも入っていたに違いない。

 王が掠れた声で呟いた。


「……なぜ、攻め込んでくる? この一年は平和そのものだったのに!」

「先日、私の鷹を使ってティルキアに宣戦布告を出したのでね。むろん貴方の名前で」

「ばかな、そんなことできるわけがない!」

「大事な王印と証書を書斎の絵の裏にある秘密の引き出しに入れておく。いい心がけだが、知ってしまった者にとっては秘密でもなんでもない。定期的に場所を変えるべきだった」


 カチーフで対戦をするときはいつも、書斎にシドを招き入れていた。それを思い出し、王は蒼白になった。いつだったか、シドを一人にして書斎を出たときがある。そのときを狙って証書に王印を押し、正式文書を書いたというのか。七歳になったばかりの少年に、そんな大それたことができるものなのか。


「……おまえは何者だ? 悪魔なのか?」

「そうだな、魔王と呼ばれてもいた。他人に付けられた呼び名など意味をなさないが」


 テーブルの上を、斧を引きずって歩く少年。皿は割れ、葡萄酒は飛び散った。他の王族達には目もくれず、上座の王を目指してシドはゆっくりとやってくる。

 王は威嚇するように睨み付けた。


「私は王だ。神の加護を持つ存在なのだ! たとえ魔王でも、私に傷を付けることはできない!」

「そうだ、確かに君は王だ。だが、僕は世界の支配者だ」


 ぐっと斧が持ち上げられた。シドの足が斧の重みでふらつく。

 王族達は、信じられない思いで彼を見ていた。

 こんな子どもが。こんな悪魔が。この世に存在するわけがない。


 ザシュッと、空気をなぐ音。なにかが潰れる音。


 王の思考はぷつりと途切れた。

 シドは、細い腕で刺さった斧を苦労して抜いた。

 白いテーブルクロスに、王の頭を中心にして赤いシミが広がっていく。

 王族達は泣き叫び、絶叫した。

 血しぶきの飛んだ顔を袖で拭ったシドは、次の獲物をさだめるような目で王妃の方へ向き直った。

 悲鳴を上げて、王妃は何とかテーブルから離れようとしている。しかし動くのは指と口だけだ。

 黒檀の椅子は重く、毒の回った身体ではテーブルから椅子を引き離すことすらできそうにない。


「あ、あなたは優しい子でしょう? そうでしょ? 何かの間違いよね」


 首を振って、シドはまた斧を振り上げた。

 王妃は悲鳴のような声をあげた。


「こんなことになるなら、敵国の子なんて飼うんじゃなかったわ!」

「その判断は正解だ」


 またもや、ずしゃっと斧が落ちた。今度は悲鳴の他に、嗚咽も混じった。

 王族達は、もはや逃れられない運命をようやく実感したようだ。

 王妃の隣にはグルジオが座っていた。例に漏れず、テーブルに突っ伏している。

 彼は既に泣きじゃくっていた。シドが近づくと、泣きに泣いて頼み込んだ。


「……悪かったよ! いじめてごめん! 謝るから助けてくれ! 頼むから!」

「君のことは尊敬している」


 シドは本心から言った。


「君は、王や王妃が何と言おうとも、この僕を信用しなかった。

 何度繰り返しても、君の態度は一貫している。

 きっといい国王になったはずだ。今回も残念だったね」


 振り上げられた斧が悲鳴とともに落ちる。他の王族達も、黙ってはいなかった。

 斧を持って時計回りに処刑を行うシドを恫喝し、懇願し、そして恐怖した。

 しかし全員身体が動かず、テーブルに突っ伏したまま、なすすべもなく斧の犠牲者となった。

 ザシュ。ザシュ。ザシュ。一下ろしごとに一人が黙り、二下ろしごとに二人が沈黙する。

 テーブルを回り終えるまで、もう少し。シドは機械的に斧を振り下ろす。

 ザシュッ。

 最後の頭を仕留めたシドは、斧を捨てるとテーブルの上で手を広げ、かぎ慣れた鉄の匂いのする空気を深々と吸った。


 僕は帰ってきた。

 僕の過去へ帰ってきた。

 今度こそ、フィービ、君を守り抜く。

 たとえまた失敗しても心配はいらない。

 何度だって時を超えて君の元へ帰る。

 それがこの僕、未来のヴィエタ帝国皇帝、大魔術師のシド・ヴィエタの力なのだから。






 その後、城内に突入したティルキアの兵士達は、一様に頭を割られた王族達が突っ伏している血に濡れた食堂を発見した。そして、静かに晩餐をとっているシドも。彼は入ってきた兵士へ一緒に晩餐をどうかと声をかけ、余りの光景に声を失って立ち尽くす兵士を前に超然と食べ続けたという。


 この少年が後に何を成すか、まだ誰も知らない時代の話だった。

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