そして私は化け物になった
テレビが壊れた。爆発して、高温の熱で融解したみたいに。
なんだこれ。意味がわからない。突然、何が――
「ぅあっ!」
いきなり突き飛ばされて、転んだ。
「こ、この、化け物――!」
混乱する頭で必死に辺りを見回した私に飛んできたのは、そんな侮蔑と恐怖がない交ぜになった言葉だった。
なに? 私? 化け物? 意味がわからない。
化け物って何? それは本当に私に向けていった言葉なの? 誰か教えてよ。ねえ。誰か!
混乱して、何もできない。何が起こったのかもよくわからない。いきなりテレビが壊れた。そして突き飛ばされて、化け物と呼ばれた。わけがわからない。
誰か助けて。
「どっかいけ、化け物!」
「お前もあいつらの仲間なのか!」
「俺たちに紛れ込んでたのかよっ!」
そう方々から叫ばれて、床に転がったままだった私は近くにいた男性に蹴り飛ばされた。どこにでもいるような、普通の男性だ。少し髪の毛が少なくなり始めて、顔にシワが目立ち始める、中年の、どこにでもいるような父親みたいな。
普段なら穏やかな顔で家族を守っているのだろうその男性の顔は、今は恐怖に歪んでいた。そして、その恐怖に歪んだ顔は私に向けられていた。
その男性が私を蹴り飛ばしたのを皮切りに、近くにいた人たちが次々に私に暴行を加え始めた。
「や、やめ、って! なんで、どう、して! わ、わた、しが! 何をし、たって、いうの!?」
殴られる。蹴られる。息がつまる。何かが投げつけられる。怒号が私に突き刺さる。
わけがわからない。
「ふざけんな! お前が、俺の家族を!」
「私の息子を返してよ!」
「お前みたいな、お前らみたいなやつは皆皆死んでしまえ!」
わけがわからない。
私が何をしたというの。
わけがわからない。
どうしてこんなに殴られて、蹴られて、痛めつけられなければならないの。
わけがわからない。
どうして私は、全く痛みを感じないの――!?
わからない。何もわからない。
わからない。何もわかりたくない。
わからない。わかりたくない。
わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。
わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。
わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。わからない。わかりたくない。
そして、私の意識は薄れて、透明になっていった。
私の中で、何かが無くなった。
「っ、ぅあ゛ぁああ゛ぁあ゛ぁあああ゛ぁァアア゛ァアア!!」
その瞬間、世界が真っ白に染まった。
目を覚ました時、私の周りには何もなかった。私を取り囲んでいた人も、その人たちを取り囲んでいた建物も、その建物を取り囲んでいた瓦礫も。
私の周りには、何も残ってはいなかった。
残っているのは、私だけ。
私が、全部消した。私だけが残るように。私が。
「ははっ」
笑いが漏れた。
私は化け物だった。テレビを壊したのも、私。それを見られていただけ。
周りの人たちの反応は正しかったのだ。私を突き飛ばして、殴ったり蹴ったり投げつけたりしたのは。
だって、私は化け物だったんだから。
「なんで」
ぽつりと声が漏れた。それは無意識だった。でも、漏れてしまったことで、歯止めが効かなくなった。
「なんで。どうして」
同じ言葉しか出てこない。壊れた機械みたいだ、と自分で思った。でも、壊れた機械は、少なくとも私よりは無害だった。私はただの化け物だったのだから。
「なんで! どうして! なんで、なんでよ! どうしてよ! 私が何したっていうのよ! なんでこんな目にあわなきゃいけないのよ! 人間だよ! 私は人間だよ! どうしてこんな化け物に! なんでよ!」
蹲って叫び続けた。
叫んで、何かが変わるわけでもない。でも、叫ばなければどうしようもなかった。このどうしようもなくどうしようもない気持ちをどうしようもできなかった。
「なんで! どうして! なんでなのよぉ……!」
私は、ひとりぼっちになってしまった。世界でひとりぼっちの、クソッタレみたいな化け物。
そして、私は地震が起きて、車に跳ねられてから、初めて泣いた。
あれから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。よくわからない。わかることは一つだけ。私は死なないということだ。
何度も死のうとした。彷徨い歩き、これでもかというくらい頭を打ち付け、手首を切ろうとして、高いところから転がり落ちたりして。
私は死ななかったのだ。痛みもなかった。
服がボロボロになるだけで、何もなかった。彷徨い歩いた先の家から服だけとって着替えた。
お腹も空かない。喉も乾かない。何も口にしなくても死なない。
動くのも嫌になって私は座り込んで、ずっとそのまま動かなかった。
どうして死なないのだろうか。何が起きたのだろうか。何が起こっているのだろうか。どうして私は化け物になってしまったのか。どうして、私だったのか。
辺り一帯に人はいない。私が消しとばした。それ以外の人は別の場所に移動したのだろう。全く見かけなかった。
何度も昼と夜が訪れて、その度に私は考えることをやめていった。
人がいる方に行こうとは思わなかった。私は化け物だから、また人を殺してしまうかもしれない。また人から拒絶されるかもしれない。そう考えると、行く気は起きなかった。
そんな状態がずっと続いて、もう考えるのもほとんどやめかけていた頃、その人は私の前に現れた。
「お前、俺と同類か?」
綺麗な顔立ちの男性だった。細い切れ長の目は少し気だるげで、黒い髪はちょっとだけ埃で汚れていた。
「だったら、俺と一緒に来い」
傍には角と悪魔の羽を持った女性が立っていた。男性から一歩引いた位置で、秘書みたいだと思った。
「大丈夫。俺はお前を見捨てたり、裏切ったりしない」
そう言って手を差し出してきた。
私は化け物だ。死なない化け物。誰かと一緒にいたら、殺して、罵倒されて、拒絶される。そんな化け物だ。
「私……化け物だよ?」
久々に発した声は掠れて震えていた。それは恐怖からだったのかもしれないし、不安からだったのかもしれない。でも、たぶん――
「なに、俺たちも一緒だ」
嬉しかったのだ。
男性の後ろには大勢の『化け物』がいた。
「一緒に行こうよ」
「大丈夫だって」
「この人について行けばいいんだよ」
「皆一緒だよ!」
「どうしますか?」
男性の側にいた角と翼の女性が笑いかけてきた。
「俺と一緒に来い」
そう言って男性はニッと口角を上げて笑った。
そして私は、その手をとった。




