彼女に浮気されたんですよ
彼女に浮気された。
言葉にすればたったこれだけのことなのだが、そこには如何ともしがたい想いが込められている。いや、込められていた。何が原因だったのかはよくわからない。もしかしたら俺に落ち度があったのかもしれない。でもそれは俺が気付かない程度のものだったのだろう。
その日は、別に普通の日だったと思う。特別何かあったわけじゃない。朝起きて、普通に大学に行って。なんなら午前中にちょっとしたデートを彼女としていたと言ってもいい。
その後バイトに行って。なんだか先日の台風の影響で荷物が入らなくなったとかで早目に上がったのだ。時間ができたからなんとなく彼女の家に行こうと思い立ったのが駄目だったのかもしれない。
先に電話して、出ないから取り敢えずメールをしておいて、それから彼女の家に向かった。インターホンを鳴らしても出ないから、貰っていた合鍵を使って中に入った。
別に絶対に会いたいだとか、そんなことを思っていたわけじゃない。中にいなかったらそのまま帰るつもりだった。ただ、彼女は一旦眠るとなかなか起きないから、今日もそのパターンなのかなと思っただけで。
けれども中にいたのは裸の男女だった。一方はよく見知った彼女だ。もう一方はよく知らない。大学でたまに見かけたな、ぐらいの印象しかない軽薄そうな見た目の男だった。
俺は、他の人に比べて感情の起伏が少ない人間だった。人を好きになるということもよくわからずに、告白してきた彼女と付き合い始めた。
でも、どうやらそんな俺でも一丁前に彼女のことを好きになっていたらしい。いや、好きになっていたのかは判別としないが、何かしら思うところがあったのは確かだった。
俺はその光景を見た時になんとも言えないショックを受けた。自分の彼女が知らない奴と裸で抱き合っているのが衝撃的だったのだろう。俺のものだという独占欲が崩されたという思いもあった。
でも、一番強いのは裏切られたという思いだった。
思考が一瞬で怒りに染まった。心臓が強い鼓動を刻んで、頭の奥まで響いていた。それを煩わしく思いながら一歩を踏み込んだところで、行為の最中の彼女と目があった。俺が一歩踏み出すまで俺が部屋の中にいることに気付いていなかったのだ。
驚愕から焦りへ。そして絶望へ。一瞬で顔色を悪くした彼女を見て、俺の中のさっきまであった激しい怒りは途端に霧散してしまった。
どうしてこんな奴に対して俺の希薄で貴重な感情を向けなければならないのか。思考を割かねばならないのか。そう思うと、目の前にいる彼女だった他人のことなどどうでもよくなってしまった。
彼女が浮気相手を必死で止める。その彼女の様子に何事かとこちらを振り返った浮気相手と一瞬だけ目を合わせて、俺は彼女だった他人の部屋から出て行った。
季節は秋の始まりだった。これからどんどん寒くなっていくのだろう。俺の心は季節より一足先に冬を迎えてしまった。
後ろでなにやらバタバタと慌ただしい音が聞こえてくるが、もう関係ないことだと全てを無視して帰路に着いた。さっきから携帯がうるさいから電話もメールも着信拒否した上で電源を切った。
一瞬で冷めたとはいえ、やっぱり彼女のことが好きだったのだろう。感情が希薄だったから初めて受けた精神的なダメージは結構俺に負担を与えているみたいだった。
だから、ぼうっとしてしまっていたのかもしれない。普段なら絶対にしない信号無視を、無意識にしてしまった。車の通りの少ない道だから油断もあったのかもしれない。
最後に見た光景は黄色がかった白いライトの色で、最後に感じたのは強い揺れだった。
そして俺は、彼女に浮気された日に、死んだ。




