えんもゆかりも
啓助と舞はホテルのラウンジで眼鏡と達磨を待っていた。
やはり約束の10分程前に姿を現した二人は、舞の顔を見るなり満面の笑みを浮かべて再会を喜んでいる。
そして舞は眼鏡と達磨に丁寧に先日のお礼を言い、心配を掛けたことを頭を下げて詫びた。
「いやいや、御無事で何より」
せわしく扇子を扇ぎながら達磨はニッコリ微笑んでいる。
「よかったですわ、本当に」
眼鏡はメガネを直しながら笑っていた。
それから舞は結界の中での出来事を簡潔に二人に伝えていた。
眼鏡と達磨は、舞の話に聞き入って、達磨に関してはコーヒーのお代わりを頼むのも忘れている。
「結界に迷い込んだ際の記憶があればね……」
眼鏡はしみじみと呟いた。
「舞さんが見た、その中の風景から察するにかなり古い時代だと思いますな」
達磨は扇子を扇ぎながらソファにもたれている。
「弥生時代かなって……イメージですけど」
「私も見てみたいものです」
眼鏡はニヤリと笑っている。
「二人の女の子の導きで、大岩の前でお祈りをしたら、現実に戻っていたと言う訳ですな」
達磨の問いに、舞はこくりと頷いている。
「先生方には、お話しさせて頂きましたが、今のお話は他言無用にお願いできればと思います」
舞は深々と頭を下げた。
「そりゃあ、わかってますよ」
達磨はコーヒーのお代わりを注文している。
眼鏡は指でメガネのブリッジを押さえている。
「はい、分かっております。ということは、その女の子は例の石像のお地蔵さんだったって事なんですかね?」
「そうかもしれません。石像には二体のお地蔵さんが彫られているようですから、迷える子羊を救済して下さったんだと思います」
舞の話に大きく眼鏡は頷いている。
啓助はバッグから眼鏡から借りた本を取り出しテーブルに置いた。
「畑さん、ありがとうございました」
「いえいえ」
啓助は気になっていたことを眼鏡に聞いてみる事にした。
「一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「何でしょう」
「なぜ、畑さんの本に地図が挟んであったのでしょうか?」
「といいますと?」
「舞が図書館で借りた本には、地図のような紙片はありませんでしたから」
「ああ、なるほど。確かに……」
眼鏡はソファに寄りかかり、腕組みをし考え出した。
そんな眼鏡に舞が問い掛ける。
「ちなみに、畑さんはどこで本を手に入れられたのですか?」
「それをね、今思い出そうと思ってます」
眼鏡が苦笑していると、
「あ、ごめんなさい」
舞は口に手を当て舌をペロッと出した。
「いえいえ」
眼鏡は体の前で手を小さく振って笑っている。
啓助はテーブルの『結界の島』の冊子を手に取り、パラパラとページをめくった。
「この作者の和倉総一郎って方はお知り合いだったりしますか?」
「和倉ねえ……」
心当たりがないのか眼鏡は首を捻った。
そこにコーヒを飲んでいた達磨が口を挟んだ。
「あれじゃないか、蚤の市?」
「蚤の市?」
「今でいうフリーマーケットですよ」
達磨は啓助の疑問に答えるとコーヒーのお代わりを頼んでいる。
「ああ、そうやそうや、それやね、あれは自分が大学の頃だから40年以上前になりますか。当時、東京のまあ二流大学に行ってまして。代々木公園の蚤の市で買うたんですわ」
「東京にいらしたんですか?」
「ええ、大学の時だけですけどね。自分には都会は向いてませんでしたわ」
眼鏡はしみじみと呟いて頭を掻いている。
「でも、その時に紙片に気が付かなかったんですか?」
舞がもっともな疑問を投げかけた。
「ということになりますな。お恥ずかしい限りです」
眼鏡はただでさえ小さな体を縮めて頭を垂れた。
啓助は一瞬、頭に湧いた疑問を投げかけた。
「もしかして、誰かに貸したりしましたか?」
「え?」
「いや、ふと思っただけなんですけど」
「貸した……」
眼鏡はまた腕組みをすると宙を見つめている。
「ところで、この紙片の数字の3ってなんなんだろうか?」
達磨は扇子で紙片を指して言った。
「何でしょうね……」
相槌を打ちながら、啓助は隣を見ると、舞は黙ってストローに口を付けていた。
「あっ、一人おりました。当時下宿をしていたんですがね、その下宿先の先生に……」
「先生?」
「はい、歴史の教師をされていまして、うちら下宿人からは先生呼ばれていました」
「名前は覚えてらんのか?」
達磨はコーヒーのお代わりを注文した。
「ちょっと待ってくれ……下宿先は沢田さんいう家やったんだが。先生の苗字は違ってね……えーと……かに……蟹江先生や。カニに江戸の江で、蟹江先生ですわ」
「失礼を承知でお伺いしますけど。蟹江さんはご存命でしょうか?」
「それはどうでしょう。私が当時20歳くらいで先生にはお子さんもいらして、10才位でしたかね。ただ……」
「ただなんや?」
達磨はそう言って、コーヒーをすすっている。
「ああ、先生は女性でしてね、年齢を聞くのは憚れまして、ご存命でもかなりお年を召されているかと思いますな」
「ということは確認は難しいですかね?」
「そうですな……当時の同級生に聞いてみましょうか?」
「ありがとうございます。お願いします」
啓助は頭を下げた。
「あれ?」
舞は小声で呟いていたが、啓助は続けて聞いた。
「蟹江先生はその本に興味があったのは何故でしょうか?」
「確か……故郷に興味があるのは当然でしょう言うてましたな……ああ、それで先生は夕凪島の出身ですかと聞いたんですわ……思い出した。いいえ私は違うんですけどねって言うて笑ってはりました」
「ほう」
「この『考察オホノデヒメ』の作者、蟹江空見子って」
舞はその冊子を広げてテーブルの上に置いた。
「え?」
啓助と達磨は一斉に舞を見た。
そして、その冊子の開かれたページを見ると確かに蟹江空見子となっている。
「あぁ、でも下の名前が違いますわ」
眼鏡がメガネのブリッジを押さえながら説明すると、
「そんなん、ペンネームかもしれんやろ」
達磨が突っ込みを入れた。
「なるほど。確かにそれはありますね、ちなみに先生の下のお名前は何というのですか?」
「空見子ではなかったのは間違いないんですが……め……み……みいちゃんって家族からは呼ばれてました……えーとね」
眼鏡が指先でおでこをつついている。
「みかこ……」
舞が椅子に凭れたまま呟いた。
「みかこ?……そうです! みかこさん、実る日の子で実日子さんです。ようわかりましたな」
眼鏡は身を乗り出して、テーブルのアイスコーヒーの入ったグラスを倒しそうになった。
「勘です」
舞は小さく肩をすくめている。
「えー? じゃあこれを書いたのは先生なんですか……不思議なもんですなぁ」
眼鏡は冊子を手に取りメガネを直しながら、まじまじと見つめている。
「ちなみに、こちらの本はどちらで手にされたのですか?」
「これは送られてきたんです、ていうても私にではなく正確には夕凪島にというか図書館宛にですがね。差出人の名がない封筒に消印は高松市だったと思います」
「夕凪島の歴史に寄与する島を愛する者より、という達筆で書かれた紙切れ一枚と冊子が二冊入っていました。当時の館長は私の知り合いでして、私も現役で高校の教師をしていましたので相談を受けました」
「読み物としてなかなか面白い内容だったので、一冊を図書館にもう一冊を私が頂戴したということです。同じ苗字やと確かに当時は思ったんですわ。けど名前が違ったからね。ペンネームですか……」
饒舌に喋った眼鏡はアイスコーヒーで喉を潤していた。
「なるほど、そうでしたか」
「で、結局地図の3は何なんだ?」
達磨は何杯目だかのコーヒーを頼んだ。
「それは、わからん」
眼鏡は首を大きく振った。
「普通に考えたらナンバリングかなとは思うのですが」
素朴に思ったことを口にした、
「そこに記してある、三っつのポイントのことじゃないかな」
舞が突然、話に割って入った。
「純粋にここに記されている三か所という意味ですか?」
眼鏡は地図を食い入るように見ている。
「はい、シンパクと富丘八幡様が二つで一つということを記したのかなって思いました」
「なるほど」
その説明に達磨も頷いている。
舞はチラッとこっちを見て目を瞑り、小さく首を横に振ると話し始めた。
「何より畑さんの頑張りでお地蔵様を戻してくれたのが大きいように思います。それで、お地蔵様がこっちに私を戻してくれたんだと思います」
眼鏡はまんざらでもなそうに頭を掻いている、
「そうですかね、そう言って貰えると、嬉しいです」
そう言って眩しそうに舞を見ていた。
「須佐さんも、兄を導いて下さりありがとうございました」
「いやいや、私は話をしただけですよ」
達磨は扇子を横に振って遠慮しているが、表情は綻んでいる。
その後お開きとなり、ロビーの入口まで眼鏡と達磨を見送り別れると、啓助は舞とロビーから続く大きな屋根のあるテラスに出た。
鈍色の空からはパラパラと雨が落ちている。
啓助はテラスの手すりに寄りかかって、素朴な質問をした。
「なんでさっき、話の骨を折ったの?」
「ああ、ナンバリングは正解だから……」
舞は手すりにつかまり空を見上げている。
「正解?」
啓助の問いに苦笑いしながら、舞は手すりに近づくと踵を挙げて伸びをしながらこちら向いた。
「たぶんだけどね、あの先生方は純粋な歴史の興味がそうさせているだけだろうけど。知らないほうが良いこともあるんだ」
「それって?」
「これも推測だけどね、結界は少なくとも三つはあるの、発見するだけでは意味をなさないけど、発見されることが問題になりえるってこと」
舞はくるっと身を翻し、手すりにもたれて宙を見つめている。
「やっぱり、舞は分かっているんだな? 結界がどこにあって……もしかして解き方も?」
「えへへ、秘密」
こちらを向くと、人差し指を口に当てるとウインクをした。
「そうだな、知らないほうがいいってやつだよな」
「ありがとう」
言葉と共に微笑みはしたものの、すぐに少し浮かない顔をした。
「それと、お兄ちゃん気が付いた?」
「何が?」
「蟹江空見子さんのこと?」
視線を落としたまま話している舞が何故か寂しそうに見えた。
「蟹江さん? 眼鏡の下宿先の人で先生をしていて、あの本を書いた人だろ? それが、どういうこと?」
「アナグラムって知ってる?」
「えーと……何か文字を並べ替えると、もう一つ別の意味があるってやつだろ?」
「かにえくみこ、入れ替えると……国江実日子」
「え? 婆ちゃん?」
「そう」
啓助はポケットからスマホを取り出して、メモ帳に名前を打ち込んだ。
かにえくみこ。
くにえみかこ。
確かに祖母の名前だ。
「まさか?」
「覚えてる? お兄ちゃん。畑さんが下宿していた家の名前」
「え?」
啓助は全く覚えていなかった。
舞は小さくため息をつくと、
「沢田ってお婆ちゃんの旧姓だよ」
「えー」
啓助は鳥肌が立った。
何の因果か、とてつもない縁を感じた。
雨足が強くなり、風も少し出てきた。
麻霧山にも雲がかかりそうだった。
啓助は初めて見る雨の景色に夕凪島と自然への畏敬の念が湧いてきた。
お読み頂きありがとうございます。
感想など、お気軽にコメントしてください。
また、どこかいいなと感じて頂けたらスキをポチッと押して頂けると、
とてもうれしく、喜び、励みになり幸いです。




