(6)
「はい、ボツ」
俺はそう言って若い男のアシスタントが書いてきたプロットをゴミ箱に投げ捨てた。
「あ……あの……どこが悪かったか言ってもらえれば……その……」
「はあっ?」
「ですから、その、悪いなら、悪いなりに、悪い点を指摘してもらえれば……ありがた……」
「阿呆か、てめえ。俺は評論家か?」
「えっ?」
「だから、こっちが訊いてんだよ。俺は評論家か?」
「あ……あの……いえ、違います」
「じゃあ、俺は何だ?」
「ま……漫画家です」
「そう云う事だよ。どこが悪いか訊きたいなら、評論家に見せた方が良かったのに、お前は、お前の意志で、そうしなかった。判ったか?」
「あ……でも……先生が見せろと……」
「はあ?俺、お前に『俺に見せる前に誰にも見せちゃいけない』とか言ったけ?」
「えっ?」
「だから、何で、何度も『えっ?』って訊き返すんだよ?まずは、俺の質問に答えろ。俺、お前に『俺に見せる前に誰にも見せちゃいけない』とか言ったけ?」
「い……いえ……」
「なら、何で、見せなかった……」
「そ……それは……その……」
「あのさ、お前、自分が会社員とか居酒屋やコンビニのバイトとか肉体労働とかに向いてないから、漫画家になろうとしてない?」
「え……えっと……その……」
「俺の質問に答えろッ‼」
「はいッ‼」
「ほら、やっぱりそうだ。ああ、そうだよ。工事現場も、普通の会社も、それどころか、居酒屋やコンビニのバイトだって、ここよりキツいよ。先輩なんかには、俺が言ってる事より遥かにキツい事言われるよ。ここで遭ってるのより遥かにキツい目に遭うよ。それが現実の世の中ってもんだ。つまり、ここでも失敗ばっかりやって、メンヘラになりかけてるお前は……一般社会では使えねえクズだ。しかも、漫画家としての才能もない。まぁ、絵は俺が教えてやったお蔭で、最初よりは少しはマシになったけどさ、でも、面白いストーリーを考える才能は無い。お前は、会社員も、居酒屋やコンビニのバイトも、漫画家も、なぁぁぁぁ〜ッんも出来ねえ屑人間だよッ‼判ったかッ⁉」
「は……はい……」
やれやれ……。
「まあ、俺も、お前の為とは言え、ちょっと言い過ぎた……。今日は休んでいいぞ。ゆっくり、頭、冷やせ」
「……わかりました……ありがとうございます……」
若い男のアシスタントは、そう言って仕事部屋を出て行った。
「おい、水原」
「は……はい……」
何故か、悪い男と縁を切って新しく輝かしい人生を歩み始めた筈の水原の目は……賞味期限を大幅に過ぎた魚の目みたいな感じだった。
まあ、いいか。
「これ、スキャンして、ファイルサーバーに入れといて」
そう言って、俺は、さっきゴミ箱に放り込んだ、あの若い男が持って来たプロットを取り出した。
「え……えっ?」
「何してんの?さっさとやって。あ、一番高い解像度でスキャンして。念の為、各ページ複数回スキャンして、一番、鮮明にスキャン出来たヤツを保存して。ファイルサーバーの俺とお前しかアクセス出来ないフォルダにな」
「は……はい……」