(10)
「先生、今、どこですかッ?大変ですッ‼」
仕事場に行ってる途中でスマホに着信。
アシスタントの1人からだった。
「どうした、おい?」
「水原さんが……その……」
「お前、まさか、今、水原の家にでも居るのかッ‼」
「何言ってんですか?仕事場ですよ。先生の仕事場。いつも、先生や俺達が仕事してる賃貸事務所ですよ」
「だから、仕事場で何が起きてる?先に仕事場に水原が来てて、何かやったのか?」
「あ……あの……ですから……多分、未遂だと思いますが……その……」
「どうした?」
「首吊りに失敗したみたいで……首に紐巻き付けたまま、床に倒れてます」
「はあッ?」
いや……何で、水原が首吊りなんか……?
あ……。
そうか、そう云う事か……。
「わかった、現場には手を付けずに、すぐに、救急車と警察を呼べ」
クソ……水原のDV彼氏か……。
しまった……。
何で、気付かなかったんだろう。
付き合っている男からDVなんかを受けてるなら……過剰に男を敵視するようになる。
そういう事だったのか……水原が、あんな頭のおかしいプロットを書いてしまったのも……全て……。
その結果が、あの頭のおかしいプロットだ。
どう考えても「ハニトラに引っ掛かった有名人が極悪人に仕立て上げられるが、全てを仕組んだクソ女が報いを受ける」って話の方が面白くなるのが確実なのに「女をレイプした男が酷い目に遭う」って何が面白いか判らないプロットに拘ってしまうようになってたのか。
ああ……あいつが俺みたいな優しい男と付き合ってさえいれば……折角の才能をフェミ堕ちで無駄にする事も無かっただろうに……。
あああああ……。
クソ。
マズい。
とりあえず、助かったのなら……一刻も早く一対一で話し合って、男ってのは、あいつのDV彼氏みたいな屑野郎ばかりじゃない、俺みたいな優しい男も居るんだ、って事を、よ〜くわからせてやって、水原をフェミ堕ちから救って、こっちの世界に引き戻してやる必要が有る。
ところが、更に続いて……。
『あの……先生、大変な事に……いや「大変」って言うより単なる「変」と言った方がいいのかな?』
続いての着信の主は、東京に居る編集者の矢部だった。
「ど……どうしたの?何、訳の判んない事言ってんの?」
「いや……だから……その……あの、ドラマ版の件ですが……?」
「だから、どうしたの?はっきり言ってよッ‼」
「え……えっと、ありきたりですが‥…良いお報せと悪いお報せが……」
「だから、ちょ……ちょっと……その……君が何か言えば言うほど、訳が判んなくなるよ。回りくどい言い方はやめて、単刀直入に言ってよ」
「まず、良いお報せですけど……杉本ゲンさんが……ドラマのスピンオフとして『祟り屋・大阪難波店』の『呪詛返死』のエピソードを、是非とも、映画化したいと……」
「あ……ああ、そう……」
余りに色んな事が起きた、その果てに……。
俺の漫画「祟り屋・大阪難波店」は何度かドラマ化されているが……その中の最高傑作のエピソードという定評が有る「呪詛返死」だけは……映像化された事が無かった。
「で……悪いお報せですが……」
「な……何……」
「先生がYoutubeにUPした原作の方の次回以降の予告映像を取下げろ……って」
「はあ?」
「いや、杉本ゲンさん御本人からの要求みたいでして」
「あ……あの……どう云う事?」
「あのエピソードのモデルって、杉本さんの女性関係のスキャンダルですよね?」
「それが、どうしたの?いや、俺、杉山さんは冤罪だって方向で描くつもりなんだよ。杉山さんに、その点をよく説明してもらえる?」
「いや、そうじゃなくて……」
「何が、そうじゃないの?」
何だよ、これ?編集長に頼んで、担当編集変えてもらおうかな?
マジで、こいつが何を言いたいか判んないよ。
「いいですか、良く聞いて下さい。俺が今から、どんな変な事を言っても、先生の聞き間違いでも、俺の言い間違いでもないですから」
「おい、何、訳の判んねえ事言ってんだ?」
「杉本さん御本人が、御自分のスキャンダルをネタにするのは良いけど、自分をモデルにしたキャラを悪者にして欲しい、って……」
「はあっ?どうなってんの?」
「あ……あの……えっと……」
「何だよ、男なら言いたい事をハキハキ言えよ」
「え……えっと、メディアミックスをやりたいそうでして、次のエピソードで、その宣伝が出来ないかって事だそうです」
「だ……だから……どう云う事?」
「ですので……『呪詛返死』の悪役を自分が演じたい。ついては、次のエピソードを『呪詛返死』映画版の予告篇に出来ないか……って……」
い……いや……待て。
何が……どうなってんだ?