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捨て犬ヨルは人間の夢を見る  作者: 火之香
壊れゆく日常2
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助けなきゃ! 

 私は足がへとへとになってきていた。それは孝輔も同じだった。手に持った太い枝も、人間モドキを殴りすぎていて強度が落ちていたし、何より孝輔自身の膝も震えはじめていた。良平は、持ち合わせの薬草が効かなくなっていたときのために、別の薬草をとりだし試していたけど、明らかに効果はいまいちだった。


 私たちは、劣勢に追いやられていた。私は、あの犬を何とかしない限り、この人間モドキがわき続けることに気が付いていたけれど、あの犬に聞く耳がない限り無理な話だと思った。それでも、私が何とかしない限り、皆無事で家に帰れなくなってしまう。稔に告白したいし、そして何より勝と離れたくなかった。私は、意を決してあの犬の前に進み出ることにした。私の意図に気がついたのか、良平は私を押しとどめようとした。


「何をしようとしてるんだ! あいつに何とかしてもらおうなんて、無理だ! ヨルはわからないかもしれないけど、あいつは送り犬という恐ろしい妖怪犬なんだ! ……そして、ここは多分、俺たちの知っている裏山じゃない。あいつの領域に引き込まれたんだっ」


 良平の言っている意味があまりよくわからないんだけれど、他にやることなんて、思いつかなかったの。何が何でもこの事態を乗り越えていかなくちゃ、意味がないのよ! 私は、良平の腕をかいくぐって、あの犬の前へ行った。


「よ、ヨル! 戻って来い!」





(お前さん、一体何を考えておる……。今のお前さんはあまりにも無力だ……)


 緑の小鳥が、裏山のふもとにある、木の枝にとまって下を見降ろしている。そこにいたのは、ある一人の女性だった。その女性は髪を振り乱して、顔は泣き腫らした跡でぐちゃぐちゃになっていた。


「あなたが誰だかわからないけど、これは私に関係あることかもしれないの!」


小鳥がしゃべったことに一瞬たじろいだが、女性は気を取り直して口を開いた。もう、後に戻れない、世間を捨てた者の目が、そこにはあった。しかし、そんな女性の姿を見ても、小鳥は胸を動かされたわけではなかったようだった。


(……確かに、お前さんに関係のあることかもしれん)


「っえ、それじゃ、なおさら、ここで……」


(だからこそ、お前さんはあそこに入ってはならないのだ)


「な、なんでよっ! 何か大切なものが奪われるかもしれないっていうのに、どうして引き下がれって言うの!」


女性は今にも跳びかからんばかりの勢いだ。しかし、小鳥は上の枝にとまっているので、女性がどんなに飛んだとしても、手が届くことはない。小鳥は、落ち着いた調子を崩さず、ぴしゃりと言い放った。


(お前さんが行こうとしているのは、冥界だ。あそこを支配している者に打ち勝てる気力や胆力がお前さんにあるとは思えぬ。下がれ、紫乃和沙の生霊よ)


「! っな……」


小鳥の放った言葉が突き刺さったのか、女性は一瞬ひるんでしまったようだ。それを見た小鳥は、哀れと思ったのか、一言ひとこと言い添えた。


(心配せんでよい。お前さんが守りたいもの、必ず、取り戻すから)






 私は体が震えていた。寒さからではなく、怖さから。以前会ったときには気が付かなかったけれど、目の前にいる犬は、犬というより、別の生き物のように感じた。それが何かわからない。けれど、そいつは確かに()()と言うには、ふさわしくないように思えた。犬のふりをした、別の何か。そいつは、私が目の前に来ても、面白くも何ともないようにそっけない対応をした。


「(……まったく、人間に毒されおって、哀れな奴だな)」


いったい何のことを言っているのか分からない。けど、勝たちのことを言っているのは確か。それにしても、毒されるって、どういうことなのよ? 私の疑念が通じたのか、犬のふりしたそいつは答えた。


「(お前はまだ幼いからわからんだろうが、人間というやつはろくでもない奴だ。生ばかりにしがみつき、死ぬことを考えることもない、己の存在が消えることを極端に恐れる、ちっぽけな生き物だ。そんな奴に拾われて幸せに生きていけるなど、ありえないことだ)」


「おい、ヨル! そんな奴の言うことなんて耳を貸すな! 戻って来い!」


後ろから懸命に良平の叫ぶ声がする。良平があんなふうに言うってことは、良平にもこの犬の声が聞こえてるってことなの……。それじゃ、この犬ってやっぱり犬モドキなの? そうなの?


「ちょっと、飯野! ますますやばいことになってるぞっ。この山がゾンビまみれになってきてるっ。どうやって逃げれば……」


そ、そんな! 黒犬さん、私たちを見逃がして! お願いだから! 私たちをここから出して! 私は、思わずその犬に嘆願する姿勢を見せた。


「(そんなに奴らを行き延びさせたいか。みっともない姿をさらけ出してまで、生きながらえさせたいのか。……いつか、こんなやつらに味方したことを後悔することになるぞ)」


 後悔なんてしないっ。この子たちは良い子たちよ! 私と同じようにまだ子どもだから、一つや二つ変なことはするかもしれない。けれど、この子たちにはまだ生きていてほしいの!

 あいつの牙が、見える。ああ、もう、おしまいだ。






「おい、日野! 落ち着け! やみくもに探しても、出てくるわけじゃないだろう! 冷静になれ!」


 勝は、稔の制止も聞かず、裏山のいたるところを探していた。そんな様子を見た幸也は恐ろしいものを見たかのように、顔を手でふさいでいた。勝の手は、寒さでかじかみ、辺りを探しまくったせいで、土で汚れていた。だけども、今の勝はそんなことを気にしている余裕など、微塵もなかった。


「だって、ここにヨルがいるはずなんだ! だけど、海野の言ってたゾンビだって見当たらないじゃないか! でも、いないはずはないんだ!」


「落ち着けって、日野……」


「ヨルが見つかるまで俺は帰らない! 絶対探しだして見せる! あいつ、今頃どこかで困ってるはずなんだ!」


「落ち着けって言ってるだろ!」


バシンッ!


乾いた音があたりに響いた。勝は一瞬何が起きたかわからなかったが、頬がじんじん痛むことから、平手打ちを食らったのだとわかるのに長くはかからなかった。


「何す……」


「落ち着けといったはずだ。日野! ……確かに、ここにヨルたちはいる。それは間違いない。俺が裏山にある物を触ったときに、ヨルたちが来るのが見えたんだ。だから、ヨルたちはここにいる」


「え? で、でも、だとしたら、い、一体どこにいるの?」


幸也が怖気づきながら、恐る恐る稔に聞いた。しかし、その問いに答えたのは、稔ではなかった。


(ヨルたちは、この裏山で冥界に連れ去られたのだ)


突然聞こえてきた声に、勝たちはビクッとしたが、その声を発したのが、尾の長い小鳥であることに気が付いた時皆拍子抜けしてしまった。


「と、鳥がしゃべった……」


(……話を最後まで聞けっ。私が見た、ヨルがこの裏山に来るという予知を、良平に伝えておったのだが、どうもことはうまく運ばなかったようだ……。良平が連れて行った孝輔というやつのワープ能力が冥界では意味をなさんらしいのだ)


「……やっぱり、ヨルはここにいるんだっ。鳥さん、はやくヨルに会わせて!」





 とあるマンションの一室、そこで翔太は暮らしている。辺りを見まわしても、小ざっぱりとして清潔で、とても生活感があるようには思えない。今翔太は、自室の部屋でスマホをいじっていた。といってもゲームアプリを楽しんでいるのではなかった。というのも、翔太はスマホの画面を見て難しい顔をしていたからだった。


(……くそ、あいつらどこにいるんだ? ラインは読んでる様子全然ねえし、電話を掛けてもうんともすんとも言わねえ。あいつら、何かに巻き込まれたんじゃないだろうな?)


翔太のその疑問にこたえるかのように、ふわふわが翔太の部屋に飛び込んできた。


「あんた、こんなところにいたのね! 勝がいないと思っていろいろ探し回ってたのよ! あんた、勝がどこに行ったのか、教えなさいよ!」


翔太はふわふわした謎の物体がしゃべっているということに驚きもせず、イライラした様子でこう答えた。


「俺が知っているわけねえだろっ。第一、どうして俺が知ってると思うんだよ。それに、今スマホで皆にかたっぱしにかけてるところなんだよ。まあ、勝のスマホは壊れてるから、勝にはかけられねえけどな」


「なんですって! どうしてそれを速く教えないのよ!」


ふわふわは怒り始めると真っ赤になるので、翔太は見ていて面白いと思ったが、今はそれを楽しんでいる時でもないだろう。


「なんで俺がお前に教えなきゃなんねえんだよ。お前に関係あることか?」


そう言われてふわふわは言葉に詰まったが、気を取り直していい返した。


「そりゃ、関係ないかもしれない……。けれど、大事だと思う子を心配するのは、当然でしょ!」


「当然、ねえ……」


「な、何よ? 何か可笑しなことでも言った?」


翔太はしばらく黙っていたが、ポツリとこぼした。


「……自分の子を持つことができなかった奴が、何を言うかねぇ……」


「え? なんて言ったの?」


「いや? 何も? それよりも、いいのか? 俺よりも頼りになるやつがいるってのに、俺んちで時間潰してても?」


「そ、それは……。あ、あんたのほうこそ、勝たちのこと、心配なんでしょ? どこで、何をしているのか」


「……そりゃあ、まあね」


「何なの。その含みのある言い方。何かあるみたいじゃない」


「……いや。な~~んもな~いよ~」


「なっ! 何なのよっ! まったくもうっ。知らないっ」


そう言うなりふわふわは部屋を出ていってしまった。翔太はそれを止めることをせず、ベッドの上で寝転がっているままだった。手から零れ落ちたスマホの画面には、なぜか裏山の風景が広がっていた。雰囲気の変わってしまった、この世とは思えない風景が。


「……う、そだろ……、まじかよっ」





 緑の小鳥は一人で行きたがったが、勝があまりにもしつこかったので小鳥と勝で冥界に行くことになった。残った稔と幸也は小鳥にあるものを手渡され、二人でい残ることになった。


「い、いやだよ! こ、こ、こんなところで、ま、待っていたくない!」


 幸也がおびえきった顔で小鳥に訴えたが、小鳥が言った一言で、口出しできなくなった。


(今から、勝と行く場所はここよりとても危険な場所だ。それにその羽根には、魔除けのまじないがかけられている。それを持っていさえすれば、どんな物の怪も襲い掛かりはしない。それとも、今から行く場所で、さらに怖い目に遭いたいのか?)


「……」


(……お前さんには、仲間がおるではないか。仲間を信じておれば、その恐怖も安らぐのではないのかね?)


「……仲間……」


「そ、そうだよ! 俺達仲間だろ! だから、信じて待っててな! 皆無事で戻ってくるからっ」


勝は自分に言い聞かせるかのように幸也にそう請け合った。実は勝も勢いでああ言ったものの、内心怖くて仕方がないのだ。


「そうだ。俺は日野たちが無事で戻ってくることを信じて待ってる。な? おまえもそうだろ? 小野?」


「……し、信じてる。……信じていないなんて訳、な、ないっ」


あまりにもビビりながら言うものだから、皆が哀れに思うほどだった。


(……誰も、お前さんの臆病さを責めてはおらん。お前さんはもう少し、自分を信じることから始めたほうがよいかもしれんがの)





 私は、生きていた。いますぐそのことを信じるには、あまりにも私は目の前の相手を警戒しすぎていた。なぜ、相手が私をヤらないのか、不思議だったのだけれど、恐る恐る目を開けたとき、そんなことを気にしてる時ではないことに気がついた。良平と孝輔の体力がつきかけていて、今にも人間モドキにヤられそうになっていた! 


 そうだ。あの犬は私ではなく、人間が嫌いなんだ。だから私がヤられるはずはなかったのだ。けれど、私の心は引き裂かれそうになっていた。私が無事でも、あの子たちが無事でなければ意味がないのに! 私は後先考えず人間モドキの中へ飛び込もうとしたが、火の玉に遮られてしまった。ちょっと退いてよ! 私はあの子たちを助けないといけないの! しかし、相手は退こうともせず、こう言い放った。


「いいかげん気づきなよ。自分が誰なのかも知りもしないであいつらを助けようなんて、ものすご~いお笑い草なんですけどwww」


私の中の何かが、切れる音がした。

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