闇に消えゆく声
勝は嫌な胸騒ぎがして目が覚めた。なぜか、嫌に心臓がバクバクし始めた。もしかして、ヨルの身に何かあったんじゃないだろうかと思った勝は、ヨルの様子を見に下の階へ降りることにした。
(……海野のやつが、玄関のドアを開けておけって言っていたの、何だったんだろう? もしかして、それに関係することなのか?)
下に降りて勝は、リビングの明かりをつける。ヨルはリビングのソファで寝ているからだ。しかし……。
「ヨルがいないっ? ……ま、まさか、裏山に行くために?」
どうして裏山へ行ったと考えたのか、勝自身も理由がわからなかったが、裏山へ行けば、ヨルはいるのではないかという気がしてきた。夜中に家を出て行くのは気が進まなかった。が、ヨルの姿が見当たらない以上、探しに行かなければいけないのは、もはや決まっていることだった。勝は、一度部屋に戻って服に着替えようかと思ったが、そんな悠長なことを考えている暇はないと判断し、防寒具を羽織り、懐中電灯を持って出かけることにした。
(お父さん、お母さん、速く戻ってくるから、起きないでよな……)
「おい、どう言うことだよ! ワープできないだって? ちゃんと説明しろよ!」
良平が怒った口調で孝輔に言ったが、孝輔のおびえた声は変わらなかった。
「だ、だから、それが俺にもわからないんだよ! なんだか、周りの様子もおかしいから、た、多分そのせいだっ」
孝輔がわからないというのは本当のようだった。そしてさらに悪いことに、周りの空気が一段と冷えてきた。何か、嫌なものが、近づいてきているような気がする……。
「(貴様ら、全員葬ってやるっ)」
「ありゃりゃ~、よみを怒らせちゃったねぇ、君たちぃ。とんでもないことになるよ~?」
火の玉は自分自身の恐怖心を悟らせまいとしてか、チャラチャラした口調で、私たちの恐怖をあおろうとした。この火の玉も、あの黒い犬のことが怖いんだわ……。良平はなぜか、懐から耳栓のようなものを取り出した。
「おい、飯野。なんで耳栓をするんだよ? そうしたら……」
「佐野には見えてないかもしれないけど、ここには送り犬の他にも、鬼火がいる。そいつの話し方がムカツクからだ」
「はぁ……。そうかよ、勝手に耳栓でも何でもしてればいいさ。けどな、そう言うことしている暇があったら、何か考えてくれよ!」
孝輔の言葉は、耳栓をした良平には届かなかった。けれど良平の行動はもっともだと思った。なぜなら、あの火の玉の言葉を聞いてるだけで、ムカついてくるのは私も同じだから。良平が耳栓をしている間に、恐ろしいことに気が付いてしまった。私たちの周りに、何か気味の悪い腐臭を漂わせる集団が近づいてくるのを感じたからだ。あんなのにつかまってしまったら、ただじゃ済まされないわ! 勝、お願いだから早く、私たちを助けに来てっ!
月明りと街灯と、懐中電灯が照らす光を元に、勝は街中を駆け出した。誰も道路を通るものがいないせいか、勝が走っていることを咎めるものは誰もいない。たまに犬の吠える声が聞こえ、一瞬それがヨルなのではないかと思うが、胸の中の不安は一向に消えてくれたりはしない。走ってるうちに勝の稔に対する不信がよぎる。稔の言うことを真に受けてさえいなければ、こういうことにならなかったかもしれないのだ。勝が公園に通りかかったとき、人影が目に入った。もしかして……。
「う、海野‼ お前、どうしてここにっ。……それに小野も……」
「日野っ。俺、どうしてもお前に謝りたいと思ってたんだ! ヨルに触って見えた光景、過去に黒犬に出会っていたこと、伝えるべきじゃなかったんだっ。ごめんっ」
稔が頭を下げたのを見た勝は面食らってしまったが、慌てて稔の頭をあげさせた。
「な、何言ってんだよ! 俺も、お前のこと少し疑ってしまったんだ。……ごめん」
勝が謝り終えた後、幸也も何か言いたそうにしたので、そちらをむいた。
「実は、僕も……。予知夢で見たこと、伝えるべきだったんだけど、怖くて、い、言えなかったんだっ」
「……え?」
「ヨルが、大きな黒い犬に会って大変な目に遭って、そ、そこに孝輔や良平も巻き込まれてしまって……」
「なんだって! それで、大変な目って?」
勝が勢いよく、幸也にしゃべりこんだので幸也はビクッとなってしまった。
「ひぃっ」
「ご、ごめん……。そんなに驚くなんて思わなかった……」
「まったく、小野の怖がりには困ったもんだよ……」
稔が少しあきれぎみに幸也を慮った。
「だ、だいじょぶ……。だいじょぶだから……。そ、それで大変な目って言うのは……」
私たちは、山の中を走っていた。もちろん、あの生気のない人間から逃げるためだ。孝輔は、死者が動いているとパニック状態になって良平に叱咤をくらっていた。良平はというと、体が弱いせいなのか、あまり長いこと走ることができないので、持参してきた袋の中の独特な匂いをさせた薬草を使って生気のない人間の動きを止めていた。
私は、なぜ生きていないのが動くことができるのか、訳がわからずにいた。けれど、襲われそうになった孝輔を助けるため、その人間モドキの首を咬み切らなければいけないときがあった。咬むとき、その感触があまりにも嫌になったが、孝輔や良平を助けるためには仕方がなかった。それでも、ワラワラとわいて出てくる人間モドキに、対処し続けることは難しかった。
「あぁ! こ、こいつらまだ出てくる! 山から逃げだそうにも、下からも出てきやがるっ!」
「静かにっ。こいつら、音に反応してるから、やみくもに大声を出さないでっ」
しかし、孝輔を叱る良平の手の動きが止まった。袋の中身を見て愕然としている。いったいどうしたのかしら?
「……ま、まずい……。薬草を空気に触れさせすぎたせいで、薬効が薄れてきてる……」
確かに、良平の言う通り、あの独特な匂いが薄れ始めて来ていた。そのせいもあってか、人間モドキの動きが活発になってきているのを感じないわけにはいかなかった。こ、こんなところで死ぬのは嫌! まだ、稔に愛の告白もしてないのにっ!
勝たちは、裏山に向ってがむしゃらに走り続けた。勝は、ヨルたちを助けるため、稔は自分の勝に己の見えたことを安易に伝えた浅はかさを悔いるがため、幸也は見た夢を伝えなかった臆病さを変えるために走った。裏山についた時、とてつもない不穏な空気が裏山を覆っていることに、皆気がつかないわけにはいかなかった。
「……な、なんだかものすごく嫌な感じがする……」
稔は、裏山に落ちている枝を触ってみた。そこで稔が見た光景は、おおよそ信じがたいものだった。
「……これはまずいな……。孝輔たちを速く助けださないと、亡者の餌食になる!」
稔の言ったことが理解できなかったのか、勝は聞き返した。
「も、もうじゃって?」
「言ってみればゾンビみたいなものだよ。……動く死体だ」
「ひぃいっ! そんなのがうろついてるだって! ゆ、夢じゃそんなの、で、出なかったのにぃ!」
幸也は恐ろしさのあまり、膝をついてしまった。勝も、同じような状態だった。そんな奴らが蠢いているところに、乗りこんでいく勇気など、今の勝にはないも同然だったのだ。しかし、そんなことばかり言っていては、ヨルばかりか、孝輔や、良平も助けることができなくなってしまうではないか。
「……怖がってばかりじゃいられない。立ち向かわなくちゃいけないんだ……。立ち向かわなくちゃ、いつまでたっても、いじめられっ子の、弱虫のままだ!」
「ひ、日野!」
勝は、自分を奮い立たせ、裏山に入りこんでいった。これは、勝に対する宣戦布告だったのかもしれない。弱い自分を、変えられるかどうかの。
私は人間モドキを咬みに咬みまくった。顎が疲れてもかまうものか。しかし、そのとき、火の玉の奇襲を受けてしまった。
「キャン!」
「悪いけどねぇ、よみの邪魔をするやつは人間以外でも容赦はしないからね?」
火の玉はそう言うと、もう一度奇襲をかけようとした。が、私は良平に助けられ、事なきを得た。
「ヨル、大丈夫か?」
「おい、お前のほうこそ大丈夫か? 走ったらいけないんだろ?」
「それがなんだっていうんだ! 今は緊急事態なんだ! そんな時に自分が病気がどうこう言ってられるかってんだ!」
良平の荒げた声に孝輔は一瞬イラッとしたが、今は言い争っている場合ではないと気づいた。
「そ、そうだったよな……。悪い……」
そう言うと孝輔は、今まで自分がただひたすら人間モドキから逃げていたのをなかったことにするためか、手に太い枝を持ち、大きく振り上げた。グシャッという嫌な音がすると、人間モドキが頭から血を流し倒れた。
「……あんまり気持ちのいいものじゃないよな……」
孝輔が、倒れた人間モドキを蹴り上げると、そいつはピクリとも動かなくなった。しかし、孝輔が手に枝を持って、人間モドキを倒そうとも、数でおされてしまっていて、いつまでもこういうことはできないだろうことは簡単に予測できた。これじゃ、誰かが助けに来てくれない限り、私たち、ここでやられてしまうことになるっ。……勝、早く来てほしい……。
勝たちは、裏山をずんずんと登っていった。懐中電灯に照らされた前は、とても明るかったが、照らされてない部分は真っ暗闇に等しかったため、歩調は次第に慎重なものに取って変わっていった。幸也は、周りを見たくないのか、勝の背中だけを凝視している。あたかも、恐ろしい化け物が襲いかかってくるのではないかという表情だ。その後ろに陣取っているのが、稔で、後ろの安全を確認していた。ということは、勝は今先頭に立っているということだ。勝は、最近いじめられっぱなしだったため、先頭に立つということを嫌うようになっていたが、今はヨルたちを助けるという目的があるからか、そんなことを気にしている風ではなかった。
頂上についた時、勝は、はたと立ち止まる。ヨルの姿がどこにも見えない。登っていく際にも辺りを見まわしていたのでそこで見落としていたとも考えられない。勝は、自分の顔から血の気が引いて行くのを感じた。まさか、そんなはずはないとでもいうように思わず、走りだしたので、勝のすぐ後ろにいた幸也はますます腰が引けてしまっているようだった。
(……嘘だ。ここにヨルがいるはずなんだ。いないはずがないんだっ)
「お、おいっ。日野っ。落ち着け! 勘違いということも……」
稔が勝を止めようとした時、勝は、息を思いきり吸い込んで叫びだした。
「ヨルー! どこだー! 出てきてくれー!」
「ひ、日野君っ? いきなり、どうし……」
「よーるー! どこにいるんだよぉー!」
勝の悲鳴に近い叫び声は、誰の耳にも届かないかのように見えた。
私はハッとする。胸の締め付けられるような嫌な感じがした。いったい、どうして、なにか、とてつもないことが自分に振りかかっているような気がしてならない。しかし、今自分は現に嫌な目に遭っている。こうして聞いてもらえない声をあげ続けているのだから。
(どうして、こんな目に遭わなきゃいけないの? 誰か、教えてよ……。そして私を助けだしてよっ)
私は重い足取りのまま、玄関に行った。もう、この家に居続けてもしようがない。何をやるとも決まったわけではない。けれど、このまま何もせずにいたら、本当に狂ってしまう。なにかやらなければ。今の現状を打破できる何かを。
外はもうすでに暗く、空気がとても冷たかった。吐く息が白く、手がかじかむ。寒さをこらえて一歩外に歩きだす。そして、また一歩。どこに行けばよいのか分からない。けれど、何かしてなければいけなかった。私自身の正気のために。そして、私はほぼ無意識のまま、裏山へと向かっていった。何をするべきなのか分からず、ただ茫洋とした、冷たい空気の中を、私は進む。
緑の小鳥は、暗い中、裏山の辺りを飛んでいた。周りに薄い金色の光が漂っていて、静かに辺りを照らしている。
(まったく、あいつらにもっときつく注意しておくべきだった……。あいつらが、何をしているか常に把握しておかないと、人間界との協調が破たんしてしまう。それでなくても、あの子犬の居場所がわからないというに……。あの子犬が、自身のことをあまりわかってない……。いや、わかってしまうと尚危うい……。はやく探しださなければっ)
小鳥が焦っていることなど誰も知らず、新月に向う月は、あたかもせせら笑っているようだった。




