脱出
「はぁ・・・はぁ・・・おい、待てって・・・クラウド・・・」
シャトルから降り立ったサンダーは、息も絶え絶えだった。
「何をしているんだっ!せっかく、此処まで来たんだろ?!さぁ、地上基地に急ぐよ!」
クラウドが強引にサンダーの手を引く。
「くっ・・・そ・・・この下手くそパイロットが・・・二度とお前の操縦するシャトルにゃぁ乗らねぇ・・・」
フラフラしながらも、サンダーが必死に着いていく。
すると。
「おーいっ!おーいっ!こっちだっ!」
向こうで手を振っている男達が居る。
「急ごう、サンダー!皆んな、異変に気づいているんだ!」
よろめくサンダーの手を引いて、クラウドが駆け出した。
「まったく・・・クソ丈夫だな・・・お前はよ・・・」
サンダーは小声で悪態をつくのが精一杯だった。
「何てことだ・・・!」
シャトルの発着場にはドラム部隊長以下、主だったクルーが出揃っていた。
「で、『プシケ』がこの火星に迫っている、というのは本当なんだな?」
「はいっ!僕とサンダーが肉眼で確認しています。間違いありません。な・・・?」
同意を求めるクラウドに、サンダーが大きく頷く。
「ああ・・・間違いねぇ・・・オレもこの眼で見たからよ・・・ぶっちゃけ、アカツキが『黙んまり』だから正確な衝突時刻までは分からねぇ。だが、余裕が無いのは確かだ!」
その言葉に、クルー達が一斉に色めきだつ。
「な・・何てこった!くそっ、誰だそんな真似しやがったヤツは!」
「待て、今は、そんな議論をしている場合ではない・・・それよりも、今は此処から脱出する事を考えよう」
ドラムが皆んなを宥める。
「いや・・・けどよ、どうやって『逃げる』んだよ?あんなチャチなシャトルじゃぁ、何人も乗らないぞ?」
サンダーの呈した疑問に、クラウドが発着場にある船を指差した。
「君が言った言葉だろ?僕は『勝算がないのに動く男じゃない』って。『アレ』だよ、無重力搬送船を使うんだ。アレの荷室は広いから、此処のクルー全員を一度に乗せる事が出来るハズなんだ」
「いや・・・だが・・・」
サンダーは納得がいって無かった。
「アレだって操艦はAIなんだろ?そのAIが『耳を貸さない』のに、どうやって動かすんだよ?」
「・・・さっきと同じ。『手動操縦』さ。AIは決して『止まっている』ワケじゃないから、機能自体に問題は無いハズなんだ。だから、手動操縦なら動かせると思うんだ」
「け、けどよ」
尚もサンダーが食い下がる。
「実際に手動操縦となりゃぁ、航空機機関士とパイロットがそれぞれ1名は居るぞ?航空機関士の免許は『さほどでもない』って聞くから此処に居ても不思議は無いが、パイロットライセンスは『激ムズ』って聞くぞ?そんなのが都合よく居るってぇのかよ?此処に」
「ああ・・・心当たりがあるんだ」
クラウドには心積りがあったのだ。
「サンダーが言った通り、機関士は問題ない。ザッカー事件の時に、ライセンスを持った技術科のクルーが助けてくれたからね。それにパイロットは・・・」
そこまで言いかけた時だった。
「おいおい・・・そこで『オレ』の出番かよ・・・」
出てきたのは、ベル班長だった。
「・・・お願いします。無重力搬送船を・・・SB12を手動操艦出来るとしたら、ベル班長しか居ないんです。シバさんが言ってました。SB12は『船歴150年』だって。だとすれば、それは丁度ベル班長がパイロットをしていた頃のハズなんです!」
クラウドが頭を90度に傾ける。
「やれやれ・・・覚えてっかな・・・あんな骨董品の操作をよ・・・しかも手動操艦と来たもんだ。ま・・・やるしか無ぇんだろ?どの道よ」
苦笑いしながら、ベルが腕まくりをする。
「よしっ!総員退避だっ!」
ドラムが大声で叫ぶ。
「ヘッドセットは使えんっ!全員、走って伝言するんだ!急げっ!一人も残すなっ!」
緊急退避の号令が下るなか、クラウドは基地の医務室を目指していた。そう、クーロン先生のところである。
「はぁ・・・はぁ・・・先生っ!先生居ますか?!大変ですっ!」
大声で叫びながら、クラウドが医務室に駆け込む。
「先生・・・っ!」
クーロン先生は、ゆったりと椅子に座り、コップを口につけていた。
「おや・・・?妙じゃの。君はサテライトに居たんじゃ無かったのか?」
クラウドをチラリと見やったものの、まったく動じる気配は無い。
「はいっ・・・シャトルを手動操作して来ました・・・何しろ通信が出来ないので・・・?」
ふと、クラウドの眼にコップの中身が垣間見えた。
「え・・・それは・・・」
以前にも使っていたコップだが、中身までは見えなかった。『コーヒーか何かだろう』と勝手に推察していたが、その中身は赤紫色の液体だった。
「ほほほ・・・。バレちまったか!いかんのぉ」
楽しそうにクーロン先生が笑いながら、中身を指差す。
「そう。これ、実はワインなんじゃよ。と言っても、合成の安物だから『香りがしない』という欠点があるがの。だが、それもこうして仕事中に飲む分には、周りに気づかれないっちゅう利点にはなるでな。以前にアルタイルが同じ物を持っておったが・・・人間、考えることは皆、同じじゃて」
「なるほ・・・いえ!今はそれどころじゃないんです!実は・・」
言いかけたところで、クーロン先生がそれを手で制する。
「知っとるよ?プシケじゃろ。大丈夫、助手にな・・・あら方の薬やら医療器具を持たせて船着き場に行かせたでな・・・心配はいらん。最後はワシに任せればエエ」
「えっ・・・?『任せる』とは?」
「AIが『黙って』るんじゃろ?パイロットと機関士だけで船が出せると思ったら、それは大間違いだて。AIが利かない以上、地上管制も『手動』でやらんと発進シークエンスが進まんぞ?・・・忘れたかの?」
そうだった・・・とクラウドが息を飲む。
確か、パイロットの勉強をしている時に、ドーベルからそんな話を聞いた記憶がある。
「で、でもしかし・・・!先生に出来るんですか?管制作業が・・・」
「ふふ・・・『昔取った杵柄』でな。今と違って昔は人手が無かったから、ひとりが何でもせにゃアカンかったで。だから、ワシらのアクセス権限は『ほぼ無制限』なんじゃよ。ほれ・・・」
クーロン先生が机の表面をポンと叩いた。すると表面が突然、全面モニター表示に変わったのだ。
「これは・・・!」
「此処からならな、火星で動いておる全ての機器がコントロール可能なんじゃよ。よく出来ておるじゃろ?何しろ火星における最高権限者は、アルタイルでも無ければフェニックス本部でもない。このワシ、『オリジン12』のクーロンなんじゃからのぉっ!ほほほっ!」
「・・・・・。」
クラウドは何も言えずに立ち尽くしていた。
『もしかして』という予感はあったのだ。火星で150年を過ごすベル班長にして『クーロン先生ほどではない』と言わしめるほどの長寿・・・だが、それがもし本当なら齢は650年にもなる。とても、自身の口から聞かなければ信じられるものではなかった。
「おっと、ワシはな?他のヤツらと違って自分が『オリジン12』のメンバーだという事を隠すつもりは無いんじゃ。積極的に宣伝をせんだけでの。だから、ワシが『オリジン12では無いのか?』と薄々感づいてる連中は少なくない。
・・・だが『最期』じゃ。ワザワザ此処まで来てくれた礼に、もうひとつだけクラウド君に秘密を教えておいてやろう」
そう言って、クーロン先生は自分の口の前に『内緒だぞ』とばかりに指を立てた。
「実はな、ワシの本名は『沙田』と言うんじゃ」
「えっ・・・?」
クラウドがその言葉を意味を理解するには、数秒の時間を必要とした。




