告悔
クーロン先生はクラウドに『自分の名前はサダだ』と告白した。
宗教名に、開祖の名前を冠する例は少なくない。であれば『サダ教』というのは・・・
頭の中が真っ白になる感覚を、クラウドは覚えた。
ズズ・・・とクーロン先生がコップに注がれたワインを啜るように飲む。
「昔な・・・ワシが『宇宙飛行士としての心得』をまとめた冊子を作った事があっての・・・。もう600年も前のことじゃ。それが何時の間にか『教典』として扱われるようになってな・・・それが『サダ教』の、そもそもの始まりなんじゃ」
信じられない、という思いでクラウドは心の中が一杯だった。
もしも、それが本当ならば、あの事件は・・・
「ワシを含めオリジン12は全員、生きておる。今でもな。当時の『自己修復DNA操作』はまだまだ未熟な技術で・・・何しろ高い放射線の中で逞しく生き残って行く必要があったから、ついは『行き過ぎた処置』が行われたんじゃて。結局、ワシらは誰ひとり欠ける事無く、今日まで生き延びたわい」
コトン・・・と、音がして空になったコップをクーロン先生がテーブルに置いた。
「色々あったが・・・ワシは火星が好きじゃったから、此処に残ったがの。だが、他の連中は結局、皆んな地球に戻って・・・君も宇宙開発計画全般を仕切る『サステナビリティ委員会』を知っておるじゃろ?それを立ち上げたんじゃ」
「・・・。」
あまりに大きな話過ぎて、クラウドは声を出す事も出来ない。
「ま・・・こんな話もアカツキが『聞いていない』から出来る事ではあるの・・・」
フッ・・・とクーロン先生は寂しそうな顔を見せた。
「だが、時代の流れとともにワシら『オリジン12』の功績は薄れつつある。何しろ、その後の発展が著しいからの・・・そりゃ、当然と言えば当然じゃて。しかし『彼ら』には、それが許せなかったようじゃ。どうしても『かつての栄光と威厳』を取り戻す必要があると思ったようでな・・・」
心なしか、クーロン先生の顔が険しくなっているようにも見える。
「彼らは再び『栄光』を取り戻すために『新世界』への進出を決めたのじゃよ。『トラピスト-f』とか言う地球型惑星じゃ。ただ、そこは地球から40光年も離れた先での。容易に届くものでは無かった。
・・・だが、何をどうしたかしらんが『ヘルツ』というメンバーが『ゲートを2つ直列させるとレンズのように空間を短縮出来る』事を発見したんじゃ・・・」
「それが・・・『b号機』なんですか?」
やっと、クラウドの頭がクーロンの話に追いついて来た。
「そうじゃ。彼らはb号機を使って、そのトラピスト-fに進出するつもりなんじゃ。ま・・・『それ自体』は放っておいて良かったのかも知れんが・・・問題は、その『最後っ屁』として火星そのものを『崩壊』させる算段をしておったんじゃよ!ワシは・・・それが許せんかった・・・」
「まっ・・・待ってください!そのトラピストとかに進出するのと、火星を崩壊?させるのとはどう繋がるんですか?」
「『値打ち』じゃよ」
ギロッとクーロン先生の眼が光る。
「火星が健在なら、トラピスト-fに進出したところで『値打ち』が目減りするんじゃ。そこまでのリスクを侵して新世界を切り開くだけの、意義とコスト効果が薄いからの・・・。自分たちの『偉業』に注目させるには、火星を『潰す』必要があると・・・考えたようじゃて」
クラウドは血の気が引く思いがした。
「くっ・・・狂ってるとしか・・・・」
「そう。『狂ってる』とワシも思う。決して許されん行為じゃて。自分達の自己満足のために、数百年も掛けて構築した火星を・・・数多のクルーの命を犠牲にしようというのだからの・・・ワシは何としても『それ』を阻止しようしてな・・・」
ザッカーの事だ。クラウドの脳裏に、彼との攻防が蘇る。
「確かに、ゲートを失えば火星は孤立することになる・・・だが、ワシにはそれでも今の火星は『それ』を耐えぬけるだろうという目論見があった。何、『昔』を思えば何程のものではないでの。そうしてでも・・・ワシは・・・ワシは『火星』を守りたかった・・・」
ぐったりと、クーロン先生が頭を下げる。
そう。その『代償』として、当時のキャプテンはザッカーに殺されたのだし、ザッカー自身を含めてクラウドもまた、『死んでもおかしくない』状況に追い込まれたのは事実なのだ。
或いはまた、それもクーロン先生の火星に対する強い想いから来る『狂気』ゆえの産物だったのか。
「・・・オーシャン君には・・・キャプテンには申し訳ない事だったと思うておる。それに、ドーベル君にも大怪我をさせたし、クラウド君の命すら、ワシは奪うところであった。ワシの罪は決して軽ぅない。その事は重々承知しておるわ。
じゃから『その償い』はせんといかん。その覚悟はとっくに出来ておるでの。それに、前にも言ったがワシの心臓はもはや宇宙航海には耐えられん。ま・・・ここで最期を向かえるのが『運命』というものじゃろうて」
フッ・・・とクーロン先生の顔に笑みがこぼれる。
「ワシは自身の編纂した冊子の冒頭で『運命に身を知れ』と書いたが・・・君が・・・クラウド君がザッカーを止めたのも、何かの運命を感じずにはおれん。大きな・・・『運命』の流れをな」
時として、人は時代の持つ『大きなうねり』に翻弄される事がある。それは、自分も、そしてオリジン12として宇宙開発を牛耳ってきたメンバーでさえ・・・
「ワシらの時代は終わった。いや、トウの昔に終わっておったのじゃ。だから、何かを企んだところで何も思うようには進まんのじゃ・・・現にワシの差し向けたアクアマリンは君に止められたし、彼奴らが差し向けたグリーンもシバ君達に止められた。
じゃから今回、ワシはあえて何もせず『見守る』事にした・・・そしてここからは君達のような次世代のクルー達が自分の運命を、これからの人類が待つ未来を、切り開いて行きなされ」
そして、ニッコリと屈託の無い笑顔を見せる。
「さ・・・行きなさい。ワシは結局、ヤツらの計画を阻止出来なんだ・・・如何にボケどもとは言え、それでも元は苦労を共にしたクルーじゃでの。その後始末はワシの責務じゃと思ぅておる。・・・God bless you・・・達者でな」
自然と、クラウドはクーロン先生に最敬礼をしていた。
「・・・失礼します」
そして、サンダー達が待つSB12へと向かった。
その後姿が見えなくなるまで、クーロン先生は見送った。
「・・・行ったか・・・やれやれ、手が掛かる事じゃて。せっかく、彼がサテライトに行くタイミングを調整してあったというのに・・・まぁエエじゃろ。シバも・・・地球に帰れはワシの『薬』が切れて、麻痺も治るじゃろうしな・・・」
そして、物陰から艶やかなシルエットをしたワインボトルを出してきた。それはかつて、アルタイルが所持していた『極上物のワイン』だった。
「さて・・・管制が終わったら、これを頂くとしようかの。いや、楽しみじゃて。まさに『命と引き換えにしても良いほどの逸品』じゃでな・・・」




