回顧
「しかし・・・恐竜が大移動を始めた時点から、我々はサダやその信徒の動きばかりを注視してましたから。『ガゼル』というのは盲点でしたな」
ドラムは、テーブルにあったワイングラスを引き寄せて、口を付ける。
「・・・うん、旨いですよ。クーロン先生の言うように『安物』だとしても、此処ではアルコール自体が貴重品ですから」
アルタイルも、続いてワインを口をする。
「全くだ、贅沢は言えんよ。・・・ガゼルだが・・・何しろ早い時点で止められて良かったと言わざるを得まい。彼は、あの事態をもう少し引っ張ろうと画策してたようだし。
もっと被害が大きくなってから『群れ全体をコントロールする方法を構築した』・・とか何とか言い出す予定だったみたいだな。彼が残したデータの中に、シテスムのソースコードが残ってたそうだ」
「なるほど・・・で、シェルターで『それ』を引っ張り出して来て、あたかも『今、慌てて作りました』的な演出をする・・・と。もしそれが素で出来たなら、そりゃ『優秀』ですな。・・・しかし、予想外の事が起きたと」
ドラムはチビリ、チビリとワインを口を運んでいる。
「そうだ。偶然にもクラウド君に『通信機』を発見されてしまったワケだ。しかも早々に、だ。監視カメラに映っていたガゼルの顔も、明らかに青ざめていたしな。アレで彼の計画は変更を余儀なくされた・・・と」
ワイン瓶を手に取ると、アルタイルは自分のグラスに注ぎ足した。
「本来であれば『恐竜をコントロールする画期的方法』の発見と実用化という大手柄だったものを、『コントロール方法の特定と停止』というマッチ・ポンプな手柄に留まったわけですから、そりゃ焦るでしょうね」
「うむ。しかも発見したのが『あの』クラウド君だからな。アレの洞察力は侮りがたいものがある。ガゼルもそれを知っているだろうから、早い幕引きを選択せざるを得なかったのだろうな。グズグズしていると『残った手柄』も全部、持っていかれる危険がある」
「結局、それによって被害を極大化させずに済んだ・・・と。やれやれ・・・つくづく『強運』の持ち主ですな、クラウド君は。あ、いや・・・悪運?かな」
ドラムが、空になったグラスをテーブルに置いた。
「・・・ところで、『さっきのボトル』ですが」
アルタイルが再び物陰に隠したボトルのある方向を、ドラムが指差す。
「それは最初から『そういう物』なので?」
「ああそうだ。あれは『自決用』なのさ。進退窮まった時に使うためにね。火星では何があっても不思議ではないし。『最後の晩餐』くらい、旨いモノを心置きなく飲みたいものだろう?・・・だから、もしも首尾よく私が無事に退任することがあれば『これ』はこのまま此処に置いていくよ」
そう言って、アルタイルがニヤリと笑う。
「・・・その時には御守り代わりにお預かりするとしますよ。ま、使わずに済む事を祈りますけどね」
ドラムは肩をすくめた。
「ねえ、アカツキ。聞いてもいい?」
その日の夜、クラウドは遅くなってから自室のベッドに戻った。
クタクタに疲れてはいたが、何だか神経が高ぶっていて上手く寝れそうなかったのだ。
"質問にはお答えできますが、早く寝なくてもいいのですか?"
「・・・すぐ済むよ。簡単なことさ」
クラウドはベッドに身体を横たえていたまま、天井を見ていた。
「前から気になってたんだけど。『アカツキ』ってさ、『夜明け前』の事だろ?どうしてそれが火星のブレインの名前として付けられたの?」
"それは私の歴史が関係します。私は元々金星の前線基地で生まれたシステムなのです。当時、まだ火星にはブレインを運用出来るだけの環境が整っていませんでしたから、宇宙空間で運用された最初のブレインが私でした。
そのため『宇宙開拓時代の夜明け』という意味を込めて『アカツキ』と命名されたのです。その後、火星の環境が整った事から、宇宙空間での運用実績が長い『私』が移動することになりました"
「へぇ・・・そういう事があったんだ」
ブレインには、ある程度の『個性』が付与されている。そのため、運用期間が長いほど仕事に対する精度やフィッティングが良くなる傾向にあるのだ。
「最初から、火星にブレインがあったんじゃ無いんだね」
"はい。火星の基地も、年数を重ねながら少しづつ拡張されています。最初は小さなブースから始まりました。どんな大型プロジェクトでもそうですが、いきなり最終型を完成させるのはリスクが大き過ぎます。ミニチュアや試験を繰り返しながらデータを集め、確信が持てない事には莫大な投資は判断が出来ないのです"
「なるほどね・・・それは、もっともだと思うよ。ところで、話を戻すけどアレかな?AIが使っている『リッカ』とか『ウスイ』という名前も意味が・・・?」
"クラウドはジャパンの出身でしたね?そうです。あれはジャパンの『二十四節気』が元になっています。地球だと1年は12ヶ月ですが、火星は24ヶ月あります。そこから『24が、ひと繋がりに成って』という意味が込められています"
「ふーん・・・なるほどね・・・」
"何か、他にご質問がありますか?何か仰りたいようですが"
ふふっ、とクラウドが笑う。
「参ったな・・・。そんな事まで『察する』事が出来るなんて」
"お陰様で。昔は『朴念仁』と陰口を叩かれたものですが、年数とともに会話データも蓄積されていますから。ある程度は類推が可能になりました"
「そうか・・・いや、ガゼルさんの事が気になってね。司令室に行ったきり、連絡がとれないんだ。ご飯も食べに来て無かったみたいだし・・・アカツキはガゼルさんが今どうしてるか、知っているかい?」
"彼は今、職務外です。職務外の事は個人情報に類するので、私からお答えすることは出来ません。それでよろしいですか?"
「はは・・・そういう『お固い』ところは流石『人工頭脳』だね。じゃぁ、代わりにアカツキに聞いてもいいかな?・・・どうしても『気になる』んだ」
部屋の照明は落としてある。真っ暗な中で、僅かな明かりだけが窓から入ってくる。
"お答え出来る範囲であれば、お答えします"
「ありがとう。分からないのは『何故、機重班のガゼルさんが僕達と一緒に行動してたのか』なんだ。シバさんに言われたのは『施設班と防災対応班で電牧を見張る』事だったと思う。だから機重班は本来、無関係のはずなんだ」
"その質問を、あなたの『職務上の範囲』と見なしてお答えします。彼は『志願』しました。理由は分かりません。とりあえずシバ班長から許可が出ていました"
「まったく・・・『固い』な、アカツキは。で、次の疑問が『そこ』なんだよ。フェニックスは基本的に『情報はすべて公開』と謳ってるけど、それは共有性が高い情報に限ってのことだよね?実際は割と制約があると思うんだ。今の『職務上の範囲』もそのひとつで、他の科や班の仕事内容については『教えてくれない』というスタンスじゃないの?」
"職務上の機密に類することは、原則的にその部署の責任者の許可が出なければ例えアルタイル本部長でも知ることは出来ません"
実際、機重の稼働状況やVF-Xの試験についても、アルタイルはシバに尋ねていた。
「だとすると・・・おかしい、と思うんだ。ガゼルさんは機重班だけど、施設班や環境構築科の事もよく知っていた感じだったんだ。あの人はここに来てまだ数年のばすだし『何でそんなに詳しいんだろう』って。いや・・・ザッカーさんの事があったから『専門外の事に詳しい』って事に、何か引っかかってさ・・・」
"それは、本人に聞くしかありませんね。それと、その話は他所でしない事をお勧めします。憶測で物を語ることはチームワークに乱れを生じますから"
「そうだね。うん、そうするよ。お休み、アカツキ」
アカツキと話をして少し気分が落ち着いたのか。目を閉じると、あっという間にクラウドは眠りへとついた。




