限界
なおも、シバを取り巻く状況は悪化の一途を辿っている。
足元は中・小型の恐竜達で埋め尽くされており、掻き分けて前進することは不可能に近かった。
「くそが・・・参ったな・・・あと、少しだってぇのによ・・・・!」
ゴリラ班長は『このまま押し分けても、仲間を危険に晒すだけだ』と言った。
それは多分、間違いではない。このまま強引に進んだとすれば間違いなく大量の恐竜を引き連れて霊廟に到着することになる。
そうすれば、ほぼ間違いなく霊廟の入り口は恐竜の大群相手に為す術もなく突破されるだろう。
シバの130tにはもうひとつ、大きなネックがあった。
それは130tはガタイが大きすぎて、そのままでは霊廟の入り口をくぐれないという事だ。シバが助かるためには、何処かでキャノピーを開けて外に出る必要がある。
だがそれは牙をむく恐竜達が外に溢れている事を考えるに、あまりに無謀であった。この状態で外に出れば、それは確実な死に飲み込まれることになるだろう。
だが・・・それでもなお・・・
そこに、シーガルから無線が飛ぶ。
「シバぁ!こらテメぇ!遅せーんだよっ!さっさとこっちに来やがれっ!」
悲鳴にも似た叫びだった。
この期に及んで、それが非常な困難を伴う事をシーガルも充分に理解しているのだ。
「早くしろぉ!アタシがぁ・・・アタシが・・・援護してやるからっ!」
その声を聞いて。
シバの心は固まった。
そして、無線のマイクに向かって怒鳴り付ける。
「うるっせぇっ!・・・オレに意見してんじゃねーぞ、コラァ!」
シバはコクピットのパネルに眼をやる。幸い、機能はまだ生きている。表示類も全て正常を示していた。
「ベルっ!聞いてるか?!今から、お前たちの真ん前に居やがる恐竜どもを一掃してやるからよ・・・。大した時間稼ぎにもならねぇが、それでも隙は出来るハズだ!その間に皆んなを引き連れて霊廟に閉じ篭もれっ!分かったな?!」
「・・・了解しました、班長」
ベルは少々後悔していた。
シバを待ちすぎたのだ。
クラウドと同じく『何処で見切るのか』を悩んだ挙句、一気に増えた恐竜に対応が間に合わない状況に陥っていた。
このままでは撤収するのも、容易ではないところまで来ていたと言っていい。
冷静に判断するのであれば、全滅を避けるためにシバを捨てる他、手段はなかった。だが、流石に『それ』を自分から言い出す勇気はなかった。
シバは操作パネルを使ってシリンダーへの加圧を設定する。130tの腹下には、グリーン退治用にと開発が続けられていたハイパーキャノンが取り付けられている。「これを使う時が来た」と、シバは考えたのだ。
しかしそれにはリスクもあった。『油圧ポンプ』である。
1年前に比べて改良されているとは言え、尚もポンプの耐久性は充分とは言えない状況である。強烈な負荷が掛かるハイパーキャノンの『加圧』にポンプが耐えられる保証はない。万が一、となれば『それまで』という事だ。
シーガルが、群がる恐竜を払い除けながら悲痛な叫びを上げる。
「シバぁ!馬鹿な事すんじゃねぇっ!アタシが行くっ!そっちに行くから・・・」
だが、シバはシーガルの懇願を一顧だにせず、怒鳴り返した。
「うるっせぇぞ、サクラぁっ!テメーは黙ってオレに守られてりゃぁいいんだよっ!」
『サクラ』はシーガルの本名だ。
恐竜の群れを掻き分けて、無理矢理進もうとするVF-Xの足が止まる。
シーガルには、それが何なのか理解できた。
それはシーガルに向けた言葉ではない。何よりもシバ自身を強く鼓舞するための叫びだ。それだけの覚悟なのだ。
「・・・トウゴ・・お前・・・」
130tの操作パネルに、圧力上昇を示すランプが灯る。
「・・・加圧上昇確認・・・よし、ここまではOKだ・・・頼むぞ・・・持ってくれよ、ポンプ・・・」
照準器で、霊廟前に狙いを定める。
「・・・角度調整完了。・・・いくぞぉっ!全員、衝撃に備えろっ!」
そして、シバは無線機の電源を切った。これ以上、何も語ることはない。
シバがトリガーを引く。
次の瞬間、猛烈な閃光が辺り一面を覆い尽くした。
耳をつんざく轟音が、機重をも激しく揺らす。
一瞬、間があって。
クラウドが目を開けると、前方に居たハズの『群れ』の大半は跡形もなく焼き尽くされていた。
「これが・・・ハイパーキャノン・・・」
「今だっ!総員、霊廟に撤収っ!急げぇぇ!」
ベルが大声で叫ぶ。
各機とも、轟音と閃光の力で動きが鈍くなっている恐竜達を打ち捨てて、霊廟の中へと急いだ。シバが作った『命がけの時間』を、決してムダには出来ない。
「シバぁ!返事しろぉ!」
シーガルが無線でシバに呼びかけるも、返答は無かった。
「姉さんっ!急いでっ!姉さんが入らないと入り口を封鎖出来ないんだっ・・・早く!」
「・・・・っ!」
後ろ髪引かれる思いを絶ちきり、シーガルも霊廟に入った。
ガゼルはそれを確認してから入り口を固く閉ざした。
130tの操作パネルは、警告を示す赤いランプで埋め尽くされていた。
『油圧 圧力低下』
『発電機停止』
『ポンプ起動異常』
『主電源回路停止』
『作動油漏洩検知』
『タンク内油量異常低下』
『バッテリー電圧低下』
それは、この130t機がもはや再起動不可能な状態であることを示唆している。
「やっぱり・・・か」
シバが大きくため息をつく。
ハイパーキャノン発射の負荷に耐えられず、ポンプが破裂したのだ。
霊廟までは、ここからはまだ距離がある。生身で到達することは出来ないだろう。
霊廟の入り口は閉じられている。防災対応班のクルー達は全員、霊廟内に退避したようだ。
耳に取り付けてあるヘッドセットを、シバは外した。そして電源を切る。誰にも邪魔されたく無かったのだ。
「煙草は・・・あったかな・・?」
シバは胸のポケットを探った。
「サクラのヤツがうるせぇからな・・・見てねぇところで吸わねぇとよ・・・」
ふーっと、紫煙を吐く。
少し遅れてから、シバの手が小刻みに震えだした。
いくら止めようとしても、勝手に震えるのだ。130tは上体が重い。今はまだコクピットの位置が高いので良いとしても、油圧がなくなれば体を支えきれない。
現に、足に掛かる油圧が無くなったせいで徐々にコクピットの高さが低く成っているのが実感できる。何れは恐竜達の牙が届く高さまで下がるだろう。そうなれば恐竜達の軍勢の前に丸腰で晒されることになる。もはやシバに身を守る術は残されていなかった。
「・・・クソ野郎が・・・」
シバの頬に大粒の涙がつたう。
「・・・怖ぇぇよ・・・死ぬのは‥‥怖ぇぇんだよ・・・」
不意に、130tの体勢が大きく右に崩れる。
大型恐竜が体当たりを仕掛けてきたのだ。
動力を失った130tは為す術もなく、その場に崩れ落ちた。