始末
グリーンを倒したことで。
戦いの趨勢は完全に決まったと言える。
基地は大歓声に包まれていたし、外にいる防災対応班の士気も一気に上がった。
逆に、ファミリーの5頭は完全に劣勢へと立たされ、嗚呼も憂うもなく脱兎の如くその場を逃げ出す以外に残された道はなかった。
「逃がすな!ここで叩くぞっ!」
シバからの指令が飛ぶ。
「・・・アカツキ、AIヘリを出せ。今度こそヤツらにミサイルを喰らわてやる。心置きなく、な」
ドラムからの指示を受けて、アカツキがAIヘリを出撃させる。
"爆破の影響を最小限化させるために200mほど逃走させますが、よろしいですか?"
「構わんよ。思い切りやってくれ」
"ミサイル発射用意。・・・発射します"
バシュ!
短い音を立ててAIヘリからミサイルが解き放たれる。
シュゥゥゥ・・・・
ズバァァァァン!
やや間があってから、ミサイルの直撃音がする。
司令室の画面には爆散したティラノサウルス種の姿が写っていた。
"10m級を2頭、撃破しました"
来る時こそグリーンを先頭に固まって走っていたが、遁走となれば話は別だ。他のファミリーを気にかけている余裕なぞ無い。どうしても身体が大きく足の早い者が先を走ることになる。
「野郎が・・・!逃げられると思うなぁぁ!」
ババババ・・・・
ド・・・ン・・・ド・・・ン!
更に防災対応班の機重一斉掃射が追い打ちを掛ける。何しろ相手は背中を見せて一直線に逃げる単調な『的』だ。もはや外しようが無いと言える。
ギャァァァ!
ドドン、と大きな音がして、2頭の巨体がその場に転倒する。
"8m級、2頭を撃破確認。残るは2m級の1頭です"
アカツキの報告を聞いたドラムが、ふと思いついたように指示を出す。
「アカツキ、残った1頭を捕獲出来るか?それでもグリーンのDNAを持ったヤツだ。あの高度な知能を研究する価値があるかも知れん」
"了解です。捕獲ネットを積んだイプシロンを出します"
アカツキの出すコマンドによって、別のAIヘリが出る。最後に残った2m級は、機重に囲まれて身動き出来なくなったところを、捕獲ネットによって捕縛された。
その瞬間、長きに渡ったグリーンファミリーとの戦いに、最後の終止符が打たれた。
「あーあ・・・班長ぁ、基地、ヒデぇことになってますよ?ほら、アレ」
施設班のトラックが、やっと基地の構内に戻ってくる。戦闘を避けるために遠方で待機していたのだ。
「どれ・・・?ありゃぁ・・・何だあれは。整備庫?の壁に大穴が開いてるじゃねーか。ハハッ!随分ハデにやりぁがったなっ!」
ゴリラ班長が、馬鹿でかい穴の開いた基地の壁面を見て大笑いをする。
「笑いごっちゃねーすよ・・・。ありゃぁ躯体の鉄骨までイッてやすぜ?」
部下はまだ不満そうだ。
「ガハハハ!細かけぇ事を気にすんな。建物ぁ、直せば直るんだ。人間みたいに『死んだら終わり』じゃねーんだからよ。まぁ、何とかなるだろ!」
「よーし、だいたい終わったぞ?怪我人、さっさと集中治療室へ放り込めや」
医師のクーロンが頭を上げる。
「まぁ・・・多分、大丈夫じゃろ。死にゃぁせんわ」
「いそげ!集中治療室だっ!」
ストレッチャーの乗せられたチャイムが、バタバタと運ばれていく。
「あー・・・くそ、左腕が・・・まだ、感覚がヘンだぜ・・・」
ブヅブツ言いながら、シーガルが整備庫に帰還してくる。
「うー・・・ん、これは思ったより被害が大きい・・・これだけ大掛かりだと火星では再生出来ないし・・・。暫くは片手で運用するしか無いかなぁ」
カゼルは左手をもがれたVF-Xを見上げながら思案していた。
シバは130tの操縦席に乗ったまま、その場に留まっていた。
「・・・・火星によぉ、天国なんつーモンが有るかどうか知らねぇけどさ。見てるかぁ、ジャッカル。とりあえず、テメーと『同等』くらいにゃぁカタしたつもりだぜ?これで『お相子』って事でいいよな・・・?」
シバは、眼下に肉塊と化したグリーンを見下ろしていた。
そこへ、シバの感傷を割るように無線が入ってきた。
「おぅっ!シバぁ、生きてやがったか?ガハハハ!」
「くそ・・・土建屋か・・・ふん・・・整備庫、悪い事したな」
「おう?なんだ、喧嘩屋。今日は妙にシオらしいじゃねーか!」
相変わらず、ゴリラにはデリカシーという言葉は無縁のようだ。
「うるせーな。ウチの弟子がヘマしてな・・・シャッターだけを破るつもりが壁になっちまったんだよ」
「あん?そんなの、どーってこたぁねーよ。何しろ『敵』が取れたからな。礼を言うぜ」
「礼?テメーらしくもねぇ・・・シオらしいのはテメーの方がじゃねーのか?」
「ガハハハ!何しろチャイムはともかく、ジャッカルにしてもそうだが施設班のクルーは昔からグリーンには随分と『世話』になってたからな。
出来りゃぁワシ自身が自らカタキを取りに行きてぇってのが本音のところよ。何しろ弟子ってのはワシにとって子供みたいなモンだからな!自分の子供ってなぁ、どんだけ出来が悪くたってカワイイもんじゃろ」
農場襲撃事件で怪我をしたジャッカルは、その後、施設班でゴリラ班長の下に居たのだ。
「けど、『そいつ』ぁワシらの仕事じゃぁねぇ。防災対応班の仕事だからよ。どんだけテメーらが無能でも、分を弁えるのが『筋』ってモンさね。
ただ、そんでもテメーらがドタバタするばっかりでちっとも成果を出さねぇもんだからよ、ついはこっちもイライラが溜まるのさ。ま、勘弁しといてくれや。
最後にヤツの土手っ腹にワシの『杭』が打ち込めたからな。それでワシは気が済んだぜ。じゃぁな!」
ブチっと音がして、無線は一方的に遮断された。
「呆れたヤツだ・・・んな事なら、堂々と言えってんだぜ・・・」
シバがため息をついていると、今度はクラウドから無線が入る。
「シバさん!動ける?アカツキから『アラームが出てる』って連絡来たけど?!」
ふと見ると、確かにアラーム表示が赤く点灯している。
「ああ・・・ダメだな。やっぱり、油圧ポンプだ。サーマルプロテクタが作動してやがるぜ。グリーンを踏みつけた時に圧力を掛けすぎたかな」
「OK、シバさん!僕が今からそっちに行くよ!」
「・・・ああ、頼むわ」
シバはそう言ってキャノピーを開け、外に出た。
「寒いな・・・」
外の風は、火星に冬の到来を告げていた。