補修
火星の地上基地は、建物自体としては決して『広大』というほどのものではない。
だが『基地全体の面積』は、とてつもなく広大と言ってよかった。
その理由は、火星に居住するクルー達の食料を確保するための農場や屠畜用の小型恐竜の飼育をする牧場、金属類を採取するための鉱山やら精錬所、或いはそれらに電力を供給する発電所までを『その範囲』としているからである。
範囲内は全て電牧、すなわち高圧電流が流れる柵によって周囲を囲われている。これは柵の外で行動している恐竜達を敷地内へ侵入させないためだ。
「・・・凄い柵ですね、ガセルさん・・・しかも1・・2・・・3重ですか」
機重運搬用トラックの助手席から身を乗り出し、クラウトが何処までも延々と続く電牧を眺めている。
クラウド達は後続の車両に乗る施設班のクルーともに、壊れた電牧の修理に向かっていた。
「うん。昔は2重だったんだけどね。5年前の農場襲撃事件以降、内側に『もう1重』柵を増やしたんだ」
ガゼルは運転席でハンドルを握っている。
「これが火星の大地かぁ・・・何か、信じられないなぁ・・・」
クラウドは眼前に広がる光景に、感慨深げに見つめていた。
「今日は、シバさんは来ないの?」
ガゼルの問いに、クラウドが困ったような半笑いをする。
「ええ・・・今日は施設班長のゴリラさんが同行してるじゃないですか。シバさんが『だったら俺は行かねぇ』って。はは・・子供みたいでしょ?」
「なるほど。あの二人は『ソリ』が合わないからなぁ・・・シバさんは神経質だし、ゴリラ班長は大雑把だからねぇ。ゴリラ班長はシーガルさんとはウマが合うみたいなんだけど」
シーガルも大雑把と言えばその通りだから、通じるものがあるのかも知れない。・・・いや?もしかすると『喧嘩の真因』は或いは・・・クラウドの頭に何かがよぎったが、それ以上考える事は止めた。
「やっと、基地の敷地外任務だよ。チョット緊張するけど、楽しみだな」
クラウドが独り言を呟く。
機重を操縦するために必要なライセンスには2種類がある。
1つめは『機種』だ。
5t未満の小型用ライセンスと5t~50t未満の中型ライセンスは機種を限定しないが、50t超の大型は機種ごとにライセンスが必要になる。これは機種によって操縦が全く異なり、万が一の事故によって発生する影響が大きいからだ。
2つめは『範囲』だ。これには3段階がある。
即ち『基地の建物内活動のみ』、『基地の敷地内活動』、そして『基地の構外』・・つまり電牧の『外』を活動するためのライセンスだ。
基地の構外に出る、という事はイコール恐竜との遭遇を覚悟しないといけない。その対処は、容易ではない。時として命がけなのだ。
火星のほぼ全域には先人たちによって整備された各種センサー等があって、危険度の大きい大型恐竜の移動はある程度『把握出来る』とされていたが、ティラノサウルス種・グリーンの一件もあり、それも完璧では無い事が判明している。
構外の危険度は想定していた以上に高いのだ。
火星に来てから、クラウドはシーガルによるマン・ツー・マンの特訓によって5t未満の機種ライセンスと、敷地内活動のライセンスを手に入れる事が出来た。これによって防災対応班としての『最低限』の活動が可能であった。
「クラウド君、目的地まではもう少しあるから、ゆっくりしてて良いよ。まぁ・・今は時期も時期だし、何しろ電牧の中は余程大丈夫だからね」
「時期?」
クラウドが聞き返す。
「うん。基地がある北半球は冬に向かっているから。地球時間でこれから約1年、北半球は『冬』になる。当然、植物も生育が悪くなるから草食恐竜たちも南下を始めるシーズンなんだ。すると、その群れを追って肉食恐竜達も南下していくんだよ」
なるほど、とクラウドは納得した。基地の建物外に出て以来、ほとんど恐竜らしき影を見た事が無いのは、そういう理由だったのか。
ついでに、クラウドは気になっていた事をガゼルに聞いてみることにした。
「ねぇ、ガゼルさん。『グリーン』というティラノサウルス種は、そんなにヤバいんですか?」
「うーん、そうだねぇ・・・色々厄介なんだよ、ヤツは」
ガゼルが困った顔をする。
「まず、体温を自在に操れるらしくて、じっとしていると赤外線センサーに映らない。動きを止められるとホントに分からないんだ。活動が激しくなると流石に分かるんだけど
・・・それから『体色』だね。緑色をしているものだから、周りの木々に紛れるんで、視界認識センサーも分が悪いんだ」
「それが不思議なんですが・・・」
クラウドが途中で遮る。
「どうして『緑色』なんです?古代ティラノサウルスの体色が緑色だったという話は聞いたことがありませんが・・・」
「ああ、それね」
ふふ、とガゼルが軽く笑う。
「最初に敷地外へ放たれたティラノサウルス種は全部で7頭だったんだ。この時、DNAを操作して彼ら7頭の体色を『虹の7色』になぞらえて赤・青・水色・黄・紫・オレンジ・緑の7色になるように調整したんだよ。
これは個体の識別を容易にする目的もあったんだ。この最初の7頭は『レインボー・カラーズ』と呼ばれていていて・・・グリーンはその、レインボー・カラーズ最後の生き残りなんだよ」
「なるほど、7色の最後の生き残りだったんですか・・・じゃあ、残りの6頭は全て?」
「うん。5年前に『ブルー』が駆除されて、残りはグリーンだけになったよ」
5年前、というのが例の農場襲撃事件だ。グリーンに殺されたジャッカルが大怪我をした時でもある。
「・・・ティラノサウルスって・・長生きなんですか?」
素朴な疑問を、クラウドが口にする。
「どうだろう?グリーンは確か、200歳近かったハズだけど・・・正直なところ、彼らの寿命が何歳くらいなのか正確なところは誰にも分からないんだよ」
ガゼルの答えはクラウドにとって意外であった。DNAをデザインしているハズの生物で『寿命が分からない』とは?クラウドは怪訝な顔をした。
「誰にもって・・・そういうのはデザインの段階で設定するんじゃないんですか?」
「それが・・・『DNAデザイン』とは言っても、何から何まで完璧に設計出来るワケじゃないんだ。実際にはトライ&エラーの繰り返しでね。体の大まかな形状とかはワリと簡単なんだけど、寿命のような生物の根幹に関わる部分は今でも良く分かっていない部分が多いのが実態なんだ」
ガゼルの顔が曇る。そう言えば、カゼルの元々の専門は生物学だと聞いた事があった。
「火星の恐竜もね、実は地球最大のワニであるイリエワニのDNAをベースにして構築されているんだ。彼らもまた『寿命』がどれくらいなのか、良く分かっていないからね」
「・・・そうですか・・・」
クラウドは再び、車窓に眼を転じた。
窓の外は延々と農場が続いている。実際に食料として栽培しているものもあるし、実験段階の植物も多い。
「ん?ガゼルさん、アレは何です?」
クラウドが小高い丘の上にある、場違いで無骨なコンクリート製?で半球状の建物を指差した。
「ああ・・・アレは霊廟だよ」
ガゼルはクラウドの指し示す方向をチラッと見て、再び前方に眼を向けた。
「その昔、誤って地球から厄介な細菌が持ち込まれた事があってね・・・それが火星の環境で突然変異したんだ。
その菌に感染したせいで、多くのクルーたちが死んだんだって。彼らの遺体にはその時の菌が残っている可能性があるから・・・ああして祭りながら隔離しているんだよ」
クラウドが火星に来る時も厳重なくらいに殺菌処理が行われたが、それもそういう教訓があっての事だと、クラウドは理解した。
「よし、着いたよ!」
ガゼルが車を止めると、後方から追走してきた車両から施設班の人間が数人降りてきた。
「あーあ・・・コレかぁ・・・」
ガゼルが到着した先には、真っ黒に焦げた小型恐竜?らしき残骸が電牧に絡まっていた。
「コレのせいでB32ブロックで地絡警報が出てやがったんだな?どうしても、タマにこうして電牧に引っかかる恐竜が出るんだよな・・・」
溜息をつくゴリラ班長を他所に、ガゼルはトラックのキャリアから機重を降ろす準備を始めた。
「・・・シーガルさん!起きてください、着きましたよ。VF-Xの主電源を入れてください。」
「んー?着いたぁ・・・眠てぇー!」
ガゼルが、VF-Xの中で寝ているシーガルを起こしに掛かる。
「さて・・・施設班の人達が電牧を修理する間、クラウド君とシーガルさんの防災対応班には周囲警戒をお願いするよ。まぁ・・・よほど何も無いとは思うけどね。ボクはシーガルさんが操縦するVF-Xのデータ取りだよ」
手際よくガゼルが準備を進める。
その様子を。
電牧から僅か50mほど先にある、鬱蒼としたジャングルの中から『ふたつの眼』がヒッソリと見つめていた。




