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華星に捧ぐ  作者: 潜水艦7号
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決着

アクアマリンは、尚もクラウドの距離をジリジリと詰める。


「さぁ・・・どうした?動いたら・・・撃つんじゃぁなかったのかい?」


「・・・・っ!」

クラウドに動揺の色は隠せない。


二人の距離は更に縮まる。

もう、4~5mほどまで来ただろうか。


しかし。ここに来て突然、クラウドが意外な行動に出た。

何と、自身が持っていた中性子銃を背後に投げ捨てたのだ。


ガラン・・・!

軽い音を立てて、中性子銃がクラウドの背後に伸びる歩廊に落ちる。


「・・・?!」

この思いがけない行動に、アクアマリンは思わず足を止めて顔をしかめた。


『当て』が外れたのだ。

相手が無機物を貫通する中性子銃なら、機械の背後に隠れたりする事は無意味だ。

更に、人間の心理として距離が離れていたり、逃げようとする相手を反射的に撃つことは出来ても、堂々としてる眼前の相手を撃つのは躊躇するものだ。『無抵抗の相手を撃つ』となると、どうしても良心の呵責があるからだ。


そのため、アクアマリンとしてはクラウドに心理的プレッシャーを掛けながら間合いを詰め、直前に来たら何かでビックリさせ、その隙に銃を奪って間髪をいれずにクラウドを射殺するという算段だったのだ。


しかし、クラウドは『それ』を察知したのか、銃を捨ててしまった。それも、背後に。


「・・・意外と・・・冷静なんだな」

アクアマリンは右腕を前に、半身になって打撃の姿勢をとった。


対して、クラウドは低い体勢で、やや半身の体勢だ。

組手(グラップリング)か・・・なるほどね・・・」


差し向かう二人の『勝利条件』は同じではない。


アクアマリンの『勝利条件』は、クラウドを即死させるか完全に沈黙させることだ。そうしないと『作業』に支障をきたしてしまう。それも、そんなに時間を掛けていられない。


対して、クラウドの『勝利条件』は何が何でもアクアマリンを止めて時間を稼ぐことであり、必ずしも彼を『殺す』必要はない。

であれば、クラウドにとって『中性子銃』という手段は絶対条件ではないのだ。逆に、それを奪われるような事があれば自分にとっての『負け』、即ち死が確定する。で、あるとするならば・・・


アクアマリンは打撃の姿勢のまま、先程よりも慎重に間合いを詰めに掛かる。


「クラウド君、君の考えている事は理解出来るよ?いや、この状況下で良くそこまで頭が回るものだと感心する。・・・つまり、こうだ。私は君を殺すために『その銃』が欲しい。

だがその為には、どうにかして君の隙をついて背後に回らなくてはならない。その時、どうしても私は君に背中を見せる格好になる。君のチャンスは『そこ』にあるというワケだ・・・」


「・・・・」

クラウドは何も答えなかった。


「しかし、君は私を見くびってやしないか?これでも私は格闘技(そっち)の経験もあるんでね・・・」


彼に必要なのは僅か数秒だった。

アクアマリンは数秒だけ時間が稼げれば良いのだ。あえてKOを狙う必要はない。それだけあればクラウドに背後から襲われることなく、銃が拾えるのだから。


アクアマリンが選択した『次の一手』は『右ジャブ』だった。

半身の姿勢から、瞬時にして右のジャブでクラウドの左目を突く。如何な人間と云えど、眼を打たれれば激痛で数秒は動けない。そこを背後に回る作戦だ。


人間の『視覚』は意外なほどに高度な画像処理をしている。

両目の視差(ズレ)を1つの画像に合成するだけでなく、色具合や光の度合い、形状や距離感を認識させるし、眼球の中心にある『盲点』すら周囲の光景を拡張する事で、あたかも無いかのようにレタッチしてしまう。

また、時として過去に見た情景やイメージを目の前の光景と合成したり置き換えたりすることも出来る。


これほどの複雑な作業を連続して行うために、人間の視覚は『処理時間』を犠牲にせざるを得ない。人間には予測出来ない素早い動きにはおよそ0.5秒だけ、どうしても『認識不可能な時間』が生じるのだ。


その、認識不可能な時間を最大限に利用するのがノーモーションの『ジャブ』である。


エンジンルームに重力は無い。

靴底が歩廊の床に仕込まれた磁石で吸い付いているだけだ。床を強く蹴って飛び出せば、地上では考えられない速度で間が詰まる。少々の遠間からでも瞬時にしてクラウドの顔面を捉える事が可能になるだろう。


瞬間-


何の前触れもなく、アクアマリンの左足が床を蹴る。

それと同時にアクアマリンの右手が槍の如く伸び、クラウドの左眼を狙う。


『貰った』

アクアマリンは自身の勝利を確信した。


だが。彼の右拳が、その感触を得ることはなかった。

その伸び切った右手の先に、クラウドの顔面は無かったのだ。


「・・・っ!?」

何が起こったのか、考える暇もなかった。


良く見ると空振りした右の手首が、クラウドの左手でガッチリと捉えられている。そのグリップは半端の無い握力と技の確信に満ちてることを感じさせた。


次の瞬間、クラウドの右腕がアクアマリンの伸びた右肘外に添えられた。


・・・しまった!逆関節か!


反撃の(いとま)もなく、クラウドがアクアマリンの右肘を絞り込み、そのまま(しな)らせるようにして、強く弾いた。


「ぐぁっ・・・!!」

咄嗟に右肘を抑え、アクアマリンが激痛に顔を歪める。


そして己の『隙』に意識が戻った時、彼の首には背後からクラウドの腕が蛇のごとく巻きついていた。


「・・・・!!」

クラウドが締めたのは呼吸ではなく、何の躊躇もなく頸動脈だった。


アクアマリンは為す術もなく、その場に崩れ落ちた。






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