憧れたのは
投稿が遅くなって申し訳ありません!
今回から番外編をいくつか投稿します。
初めはヘルム君です。
「あれ、リーザだ」
剣術の稽古の後に母さんの宿の手伝いで今夜の食事の買い物をしていた僕は、丁度戻ろうと思っていた時に銀色の髪の女性を見つけた。
「ヘルム!久しぶりね!」
「えっと……そうかな?」
そう抱きついて来た彼女は、2ヶ月程前まで僕たちの宿で住み込みで手伝ってくれていた人だ。
なんでも、侯爵家のご令嬢だったのだが、色々あって家出をしてきたところを僕の母が手助けして働いてくれていたらしい。あの頃はあまりにも周囲にとけ込みすぎて、貴族だなんて思ってもいなかったのだが、今日の服装をみると貴族らしく綺麗なワンピースを身につけている。
この人は僕が今まで見てきた女性の中で、一人で旅も出来て、剣術も出来て、馬も操れて、文字も綺麗な、単純に憧れる存在だった。それに加え気さくで話を聞いてくれて、母さんが頼んだ仕事も要領よくこなしてくれて、憧れの存在から身近な存在になるのにはそう時間はかからなかったし、それが恋心に変わっていくのも当たり前だと思う。
けれど彼女はずっと僕を弟のような存在だと言っていて僕と同じように意識してはくれなかった。僕も出来るだけリーザの近くで彼女を手伝ったり、いろんな話をしてアプローチをしたりしたけれど、鈍感なのか意図的なのかかわされていく一方で、難航していた。
しかし、2ヶ月前にリーザを訪れた王都の騎士様がいとも簡単に彼女の心をさらっていったのだ。
結局すれ違っていただけのその人と婚約して、今は王都で元の家で暮らしていると聞いていたのだけど。
「どうしたの、急に?」
「うん!またお手伝いに来たの!」
にこり、と笑う彼女は以前のリーザのままだ。俺は苦笑いをしながら、それでも彼女をそのまま宿へと促した。
「なんかねぇ、以前は邸にいても刺繍をやったり勉強したり剣術の鍛錬をしていたのだけど、お母様はドレスの業者や宝石商を呼んで毎日のように選んでもらったり、毎日お父様は帰ってきて晩餐会のようになるし。正直面倒……疲れちゃったのよね。」
「つまり、邸での生活が鬱陶しくなって、抜け出してきたってことかい?」
母さんが笑いながらリーザにそう言うと、彼女は苦笑いをしながら頷いた。
夕食が終わり宿の仕事が落ち着いてきたので俺と母さんが理由を尋ねたところ、リーザはそう答えたのだ。
「それで、どれくらいここにいるつもりだい?」
「うーん。迷惑でなければずっと居たいのよねぇ」
「だけどそれはあの騎士様が許さないんだろう?」
「そうだよリーザ、あの人と……婚約しちゃってるし、心配しているんじゃない?」
「あの人は良いのよ。……多分私があの空気を窮屈に思っていることに気がついている気がするし。」
そう言うリーザは以前よりも微笑みに陰りがなくなったように思うのは、気のせいではない筈だ。母さんもその事に気がついているようで、微笑ましそうに彼女を見ている。
僕は何だか複雑な気分だけれど、リーザが憂いなく居られるのならそれでいいと思う。それが、僕たちの側であれば、もっと良かったと思う気持ちもあるけれど。
「正直ね、周りに気を使われているのがこんなに疲れるのだとは思わなかったの。普通人を気遣うなんて意識してやるものじゃないでしょう?なんか周りの人が無理してくれてるみたいで、逆に申し訳なくなるのよね」
「そうだねぇ。……リーザはそれを求めていたわけではないのにねぇ」
「今までの方が気が楽だったのかも、と思いだしたらきりがないわ。気にしないでって言ってるのに、どこに行くにも使用人は付いてくるようになったし、世話を焼こうとするし。」
それは貴族にとっては普通の事なのだと思うのだけど、リーザには性に合わないらしい。
それに、彼女から聞いて事情は僕も知っているけれど、リーザが出奔してからそれまでの態度を改めるなんて、彼女の父親も母親も使用人達も、浅はかじゃないかと思う。
リーザを構うことでそれまでの罪悪感を消そうとしているのが話を聞いている僕でも解るのだから、彼女はもっとひしひしと感じているのだろう。
「……僕は、リーザは帰らない方が良いと思うな。」
「ヘルム、何言ってるんだい」
「だって母さん、いくらなんでもリーザの邸の人は虫がよすぎるよ。そっちにいるよりも僕たちの所に居た方が気が楽だから、今日来てくれたんだし。」
「それはそうだけどねぇ……」
「ほとぼりが冷めるか、リーザの気が済むまでは居た方がいいと思うよ、僕は全然構わないし。むしろまた一緒に居れて嬉しい」
「ヘルム、ありがとう!」
リーザがまた抱きついてきて、僕は苦笑いをする。無意識にリーザはこういう事をするから、他の男の人も彼女に惹き付けられるのだろう。
……これは、あの騎士様も苦労するだろうな。
そう思っていたところに、宿の入り口が来客を知らせた。そちらを向くと、先ほどまで考えていた騎士様が平素な格好をして立っていた。
僕はリーザから離れて距離をとる。
「夜分にすみません、……やっぱりここに居たか」
騎士様の視線がリーザに向けられると、彼女はばつが悪そうに視線を彷徨わせた。
「ヴィーヌス、」
「何も言わなくても解ってる。……だから俺もここに来たんだ」
そう言って僕と母さんの方を改めて向くと、騎士様は頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ないですが、リーザと私をここに滞在させていただけないでしょうか」
「ど、どうして貴方も?王都での仕事は?」
「俺はリーザがここに来るときは、俺も一緒ならと条件を出した筈だよな。仕事は全部押し付けてきたから、大丈夫だ」
騎士様は笑顔でリーザにそう言う。その表情が有無を言わせないようなものなのは、僕からも解るのだから、リーザはもっと感じているだろう。後退りしているリーザが視界に入ると、思わず苦笑いしてしまった。母さんも同じような気持ちなのか、僕と視線を合わせた後に、彼女達に向かって口を開いた。
「私は構わないよ!騎士様も了承しているなら、何も文句はないさ!」
「感謝します」
「あ、ありがとう!ゾルデさん!」
こうして、今度はリーザだけでなく騎士様も僕たちの宿に滞在する事が決まったのだった。
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騎士様とリーザの滞在は、母さんと僕に大きな助けとなった。最近宿の需要が増えたのか、毎日のように満室になる為、母さんは毎日働き詰めで疲れが出ていたのだが、リーザの手伝いは以前にも増して手際もよくなんでもこなしてくれるので、母さんは漸く一息つく時間を得られるようになった。
それに、騎士様は男仕事をやってくれるのだが、それ以外にも僕の剣術指南をしてくれるようになった。彼は本当に強くて、それでいて教えるのが上手い。僕はみるみる上達していった。
「リーザ、それは俺がやる。あまり無理をしないで休んでいてくれ」
「そんなこと言ったら、私何にもできなくなっちゃうわよ」
騎士様がリーザを気遣って構おうとするのを、リーザが軽くあしらうというここ最近は何度も目の当たりにしていたものが今日も繰り広げられていた。
「ゾルデさーん!私今夜の食材調達にいってきますねー!」
そう言ってリーザが宿を後にすると、騎士様はふうっとどこか肩を落としたように息を吐いた。
「リーザは前にここで手伝ってくれていた時もあんな感じだったんだ」
僕が騎士様にそう声をかけると、彼はこちらをちらと見た後にふっと笑った。
「そうだろうな。器用で多才だし頭もよく回るんだ、昔から」
「それに気さくに接してくれるし、だから僕の憧れだったんです」
「……」
それ以上の感情もあったけれど、それを言葉にする気はない。きっとこの人は解っている筈だし、だからこそリーザが出かける時に付いていけないように、図ったように僕に剣術の稽古をつけていたのだろうから。
「……君が憧れるのも解るよ。俺もそんなリーザに惹かれたから」
苦笑いをしながらそう言った後、騎士様は急に真剣な顔になった。
「それだけじゃ、駄目だったんだけどな」
「……どういう事、ですか」
「俺は、彼女の表面上から読み取れることしか解らなかった。自分の気持ちに手一杯で、本当に何を望んでいたか、なんてことを考えもできなかったから。」
「本当に望んでいること……」
「リーザは君の思う通り、気さくで当たり前のように何でもできて、強い女性だよ。周囲の態度から予測してその場で彼女自身に最善だと思われる振る舞いをする。そうならなくてはならない環境だったし、その為に必要なことを学んで吸収していった姿を俺は見てきたからね」
だけど、と騎士さまは続ける。
「そんな彼女を助けるような者はそういなかった。『リーザは手を貸さなくても自分でできるだろう』って考えてね。皆そんな先入観があったから、彼女のことを考えるようなことはしなくなった。リーザに強くあることを強いてしまっていたんだ。実際リーザは力があったから、障害があったとしても自分で解決してそれに応えていった。
でも、それなら誰がリーザが望んでいることを叶えてやれる?」
「それは、でもリーザは何も言わないから……」
「そうだね。周囲がそれを望んでいたから、リーザが自分のことを何も言わなくなったんだ」
「……!でも貴方は」
「俺が出来たことなんて、話し相手になるか、少しづつ環境を変えていくことくらいだったよ。……本当に微々たることだし、俺は自分のことに手一杯になっていたから、リーザは居なくなった。後は君も知っている通りだよ」
僕たちのところに現れて、一緒に過ごして。彼女は何でも出来ていた。慣れないのは最初だけで、少し経ったら先回りをして何でも手伝ってくれるようになっていた。
「リーザが慣れてないとは解っている。それでも、頼って欲しいとか甘えて欲しいと思うんだ。そう読み取る努力はするし、出来るだけ彼女から聞き出そうともしている。そうしないのはただの甘えで、それで彼女が傷つくのだから」
それは、僕にとって衝撃的な言葉だった。
僕のリーザに向かう感情は、僕に出来ない事が出来る彼女への憧憬だった。僕だって彼女のように母さんの手伝いや馬術もこなせるようになりたくて努力だってしてた。
けれど、どこかで彼女に頼っていた部分も多くあったのではないだろうか。『リーザなら大丈夫』だって、思ってなかっただろうか。
それはきっとこの騎士様が言うリーザに対しての僕たちの甘えだったのではないだろうか。
そしてリーザはそれを無意識に受け入れてしまう。……大抵の事は彼女は出来てしまうから。
僕は最初からリーザの隣にいる資格はなかったのかもしれない。
そして同時に、この目の前の騎士様以上にその場所がふさわしい人物はいなかったのだと思う。
「……貴方はリーザのことを、きっと誰よりも幸せに出来ると思います」
「君にそう言われたら、そうなるように俺は努力し続けなくては」
困ったように、それでもどこか嬉しそうに微笑んだ騎士様の様子を見て、漸く僕の中でのリーザに対する感情が落ち着いた気がした。
きっと、初恋だった。
だけど僕には彼女を受け入れることはできるほど大人ではなかったし、それどころか寄りかかってばかりだったのだろうと思う。
それでも、好きだった。
その気持ちは嘘ではなかったのは、久しぶりにリーザにあって心が踊ったことも、側に居て欲しくてとどまるように促したことからも証明できる。
けれども、それだけでは駄目だったのだ。
だからリーザは家族のような愛情を僕や母さんに向けてくれたがそれ以上のものは彼女の中で生まれなかったのだろう。……この目の前の騎士様に向けるようなものも。
そして僕にはできなかった事を、この騎士様はきっとやってのけるのだろう。
「リーザがここに帰って来ることが少なくなるように、頑張ってくださいね?」
そう言った僕は自分で上手く笑えているかわからなかったけれど、騎士様は僕を驚いたように見た後、確りと頷いて笑った。
それから騎士様は僕の剣術指南をしてくれていたのだが、リーザが買い出しから帰ってきて宿の勝手場に足を踏み入れた時に小さな悲鳴をあげたので、中断して僕たちは慌てて彼女のもとに向かった。
すると、そこには顔色を悪くした母さんが床に横たわっていて、僕は一気に何も考えられなくなった。
「ゾルデさん!大丈夫ですか!?……どうしよう、ヴィーヌス!ゾルデさんが、」
「落ち着けリーザ!大丈夫、俺に任せてくれ。君は彼女が楽な体制になれるようにクッションをいくつか持ってきて」
「わ、わかったわ」
取り乱したリーザが騎士様を見た瞬間にすがりつくような視線を向け、それを受け止めた騎士様が彼女を落ち着かせて指示を出した様をただ呆然と見守る。
「ヘルム!」
リーザがその場を離れてすぐに騎士様が僕を呼んで、それからやっと僕の身体は動き出した。
「は、はい!」
「君は医者に知らせてここに連れて来るんだ。俺の名前を出して構わないから、迅速にな」
それに頷いて僕は宿を飛び出した。
母さんは、最近本当に疲れていた。それでも僕を剣術の鍛錬に行かせてくれていたし、リーザ達が手伝ってくれているから大丈夫だと思っていたのに。
甘かった。
心配して声をかけていたけれど、大丈夫だと言って豪快に笑っていた母さんはきっと無理して隠していたんだ。
僕がまだ子供だから、母さんの頼りにはならなかったのだ。
「母さん……!」
医者を連れてきて診てもらっている最中も、僕は罪悪感で一杯になってすがるように母さんを呼んでしまう。
その絞り出すような声が聞こえていたのか、騎士様は僕の近くに来て僕の頭にその大きな手を乗せた。
「ゾルデさんは、君の自慢の母だろう?彼女が目を覚ました時、君が腑抜けていたらなんて言うかな」
「……きっと、根性叩き直してこいって言って、お尻を蹴飛ばすかも」
「それは、私も想像できるわ……。」
そう言って近くに居たリーザはふふっと控えめに笑った。つられて僕も笑ってしまう。
「大丈夫よ、ヘルム。ゾルデさんは貴方が立派になった姿を見る前に居なくなるような人じゃないわ」
「俺もそう思う。……だから、君は今以上に努力して、立派な姿を彼女に見せてやればいいんだ」
僕が不安に思っていた事が解っていたみたいに、リーザと騎士様は僕を励ましてくれる。
ああ。どんなに努力して立派になったとしても、僕はこの二人にきっと叶わないのだろう。
それでも。
「そうだね。……僕は、母さんが自慢できるような大人になってみせるよ」
貴方達に近づけるように。
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「いやぁ、まさか倒れちまうとは夢にも思わなかったねぇ」
「心配するこっちの身にもなってよね。本当に心配したんだから」
寝室のベットの上で何でもないように笑っている母さんに、僕は呆れたように返した。
「でも、過労でよかったです。これを機にゆっくり休んで下さい、ゾルデさん。宿は私がなんとかやりますから」
そう張り切って言ったリーザに、母さんはニッと笑った後首を横に振った。
「リーザ、それには及ばないよ。言ってなかったけどねぇ、あと少しで店を他の人に任せるところだったんだ。この際だから丁度いい」
「え……!」
僕も初耳なことを言われて、そこに居る全員が目を見開く。
「いやね、実は私の母親が病気になっちまってね。王都の医者でしか治せないらしくて王都の王立病院に入院したんだよ。もう少しで退院できそうなんだけど、長距離の移動は身体に負担がかかるってんで、そのまま王都に住む事になったんだけどね。どうやら介護も必要なんだけど私やヘルムの他に肉親もいないもんだからさ」
「つまり、ゾルデさん達も王都に移住してお母様を看病しようとしてたんですね?お店は誰かに任せて」
リーザが要約して話すと、母さんは頷いた。
「そういうことさ。一応この宿の権利は私のとこに残るから、それなりにお金は入ってくるだろうしね」
「それでは、その他に王都での仕事はまだ見つけてはいらっしゃらないのですか?」
騎士様がそう聞くと、リーザがそちらに訝しげな視線を向けた。
「まぁ……一応今までの貯金もあるし、それでしばらくなんとかしようと思ってはいたんだけどね」
母さんが答えると、騎士様は顎に手を当てて思案顔になった。
「でも母さん、何で僕に教えてくれなかったの?」
「驚かせようと思ったのさ。……お前は王都に行きたがってたから」
そう言われて、僕はドキッとした。どうして。
「わかるよ。ヘルム、お前剣術が面白くて仕方がないんだろう?」
「それは……」
図星をさされて、僕は視線を彷徨わせた。
シャイデンで剣術は習っていたけれど、周囲と実力は拮抗していて、いつしかそれだけでは物足りなくなっていったのは事実だ。
王都の騎士学校に行けば、もっと強くなれるかもしれない。そう思っていたのも事実。
けれどそれは言葉にはだしていなかった筈。それを母さんが読み取っていたなんて。
「だから、丁度良いと思ってたんだ。私はヘルムに宿を継がせたい訳じゃない。自分の好きな事をやらせたいと思ってんだから」
「母さん……!」
僕は何とも言えない気持ちになって、思わず母さんに抱きついてしまう。それを見ていたリーザは微笑ましそうな顔をして、騎士様は彼女を見てふっと表情を崩した。
「それならばゾルデさん。提案が一つあるのですが。」
騎士様が続けた言葉に、僕も母さんも驚き、そしてリーザはもっとびっくりした顔をして騎士様に詰め寄っていたが、最後には不服そうに、それでも了承した。
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「ヘルム、剣帯はちゃんと持ったかい?」
「母さん、心配し過ぎ。さすがにそれは身につけているから忘れようがないよ」
「でもねぇ、お前はたまにど忘れするから」
「それは母さんもだろ」
軽く口喧嘩をしていたところ、リーザがふふ、っと笑って部屋に入ってきた。
「羨ましいわね、親子ってこんな風なのがやっぱり憧れよ」
「リーザ」
「ヘルム、下でヴィーヌスが待っているわ。そろそろ行かないと騎士学校の入寮の時間に遅れるわよ」
母さんが過労で倒れてから二月。僕と母さんは王都で暮らす事になったのだが、騎士様の提案で騎士様とリーザの家に住まわせてもらえることになったのだ。
そのかわり母さんは家の使用人として働く事になった。これは母さんにとっては日常がそう変わるものではなかった。宿に泊まるお客さんのためにやっているような仕事をするだけで、よほどの事がない限り対象はリーザと騎士様だけで、負担もそうかからない。
僕たちが王都に移住する少し前、彼女達が先に王都に帰った時に、リーザはクレメリー侯爵家の本邸から少し離れた別邸に移ったらしい。久しく使われていなかった別邸は、シャイデンに来ていた間に用意してもらったと騎士様は言っていた。ちなみに僕たちもここに住まわせてもらっている。
騎士様はリーザが本邸の人達の態度に疲れていたのを察していたし、彼らと距離を置けるようにともともと考えていたらしい。僕たちが王都に行く事にならなくてもいずれは別邸に本邸の者は入れずに新しい使用人を雇おうとしていたようだ。
それを聞いたリーザは酷く驚いていたけれど、それが彼女の為にやった事だと気がついた時には、騎士様に感謝していた。
「ヘルム?」
しばらく何も答えなかった僕に、リーザは首を傾げている。僕は慌てて取り繕った。
「もうそんな時間?母さん、僕そろそろ行くから!母さんはあんまり無理しないで元気で過ごしてね」
「はいはい!それじゃ、立派に成長して帰っておいで」
そう言って母さんは僕を送り出してくれた。僕は少しの不安と期待と、そして感謝でちょっぴり泣きそうになりながら、騎士様と騎士学校へと向かう。
「きっと君なら大丈夫だ。俺が入学した時よりも君は大人だから」
騎士様は苦笑いをしてそう言う。
「そんな訳ないですよ、貴方は入学した時から周囲に頼られる存在だったって教師の方から聞きました」
「それはそうだが。君は俺よりもきっと人の心に寄りそうことが出来る。リーザが君たちの所に居た時にそうしたように。騎士にとって、それは誰かを守る為に必要なものだ」
「貴方だってリーザの事、よく解っていて、彼女の為に動いてるじゃないですか」
少なくとも僕はそうしてきた騎士様を見てきている。リーザを迎えにきたときも、今回の事だって。
けれど彼は首を横に降った。
「俺は、解っていただけで、リーザが居なくなるまで何も出来なかったんだよ。けれど、君は長く過ごした俺よりも短い時間でリーザの信頼を勝ち取っているんだから。悔しいが、それについては俺は君に叶わなかった」
その言葉を聞いて、僕はどこか舞い上がった気持ちになる。
つまるところ、俺は自分の知らないところで騎士様に認められていたのだ。
そうして同時に気がついた。
それが嬉しいと思える程、僕はこの人を尊敬していたのだと。
僕はくすぐったいような気持ちになりながら、騎士様に向けて口を開いた。
「僕は、いつか貴方よりも強くなって見せます!」
それはいつかリーザに向けて言った言葉だ。今度は本人に向けて、誓うように僕はそれを告げる。
聞いていた彼は驚いたように目を見開いた後、僕には初めて見せる表情をした。まるで、仲の良い友人と悪巧みをしている時のような、そんな笑みだ。
「そのときは受けて立とう」
この時、騎士様は僕の中での目標となり、そして超えるべき頂になった。
その後、リーザの両親が領地に戻ってリーザ達が結婚した後彼女達が本邸に移動するのも、僕は学校を主席で卒業して騎士団長になった騎士様……もといヴィーヌス団長の右腕と呼ばれる様に成長するのも、卒業してクレメリー家に帰った時に出会う事になったリーザの妹のユリアーネ様に恋をしてその後本当にリーザの義弟になるのも、もう少し先の話しだ。
次にいつ投稿できるかわかりませんが、お待ちいただけると幸いです。