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「ああ、ったく、キッツ……」
あの後、無事にシィラから出て、ギルドに戻って、サイに心臓を渡して。今は酒場でアイスティーを貰い、椅子の背もたれにぐったりと身体を預けている。
たった1時間程度の出来事なのに疲れた。精神的に疲れた。まだ昼にもなってないってのに。
「お疲れさま、いきなりハードだったもんねえ」
メロンソーダにアップルパイと、甘い組み合わせに舌鼓を打つルイン。甘党なのがよくわかる。見ているだけで胸焼けがしてきた。
「報酬は半分ずつでいいよね」
「いや、俺は何もしてないのにもらっちゃ悪いだろ」
サイから受け取った報酬は300万リム。15枚の10万リム平貨を当然のように渡してくるルインの手を止める。ただついていっただけの奴が受け取るべきじゃない。
「うーん、でも、俺がこれ以上お金持ってても。それに、ほら、自分のお金って持ってた方がいいでしょ? 毎回俺からお金もらうのも手間だろうし」
うぐっ、それは確かに。現在はルインにたかっている状態だ。なんとも格好悪い。
「ありがたくイタダキマス」
ニコニコと満面の笑みで渡してきた金をおずおずと受け取る。働きもしてないのに金をもらうことに罪悪感を覚える。それを言ったら小遣いとかお年玉はどうなんだって話ではあるが。
「ああ、そうだ。昨日の買い物の分」
10万リム平貨を1枚ルインに渡そうとする。そんなにかかっていないが、今現在それ以下の貨幣を持っていないから仕方ない。
「いいよ、気にしなくて。マスターから『溜め込んでないで使え』って言われてるんだ。欲しいものもとくにないし、こういうときじゃないと使わないから」
「……ちなみに、いくらあるんだ?」
「んー、1000兆入る金庫が4つ分くらい?」
おかしい。それおかしい。どう考えても個人で持ってる金じゃない。上場企業の資本金でもそこまでいかないぞ。
いったいどうやったらそこまで溜まるんだ。確かにあの生活だと金を使うことなんてなさそうだけど。それにしたって。
そりゃあ使えと言われるわけだ。経済が回らなくなる。ついでに金銭感覚麻痺するのも納得。竜に育てられて金とは無縁の生活を送っていたからかと思っていたが、それだけじゃないことがわかった。
同い年でこれって。最強主人公、恐るべし。
あまりの異端さに恐れおののいていると、俺の名前を呼ぶ声に気づいた。さっきの受付嬢が、名前を連呼して探し回っている。ひらひらと手を振って存在を強調、気づいた彼女が近寄ってきた。
「ああ、こちらでしたか。ギルドマスターよりユウト様へ伝言です。『グランに戦闘指南してもらいな』だそうです」
まあ確かにルインでは実力差がありすぎて稽古にもならないからな。手加減も上手くないし。グランなら大丈夫かどうかはわからないけれど。
ただひとついいだろうか。
「今すぐじゃなきゃダメか?」
「なるべくなら」
マジかよ。ぐてっとテーブルに突っ伏した。
「疲れてるんだ」
目を伏せる。軽く開いた口から溜息を吐いた。少しでも休息を長引かせたいので堕とそうと画策中。ちなみに夜の街でおねいさん方には絶賛された。なんでも庇護欲をそそられるらしい。
これはこっちでも効くようで。とはいえ受付嬢は頬を赤らめたものの、首を縦には振ってくれない。お仕事熱心なのはなにより。たかがこんなのでやるべきこと忘れないことに好感を覚える。
仕方ない、行くか。
ぐっと伸びをして疲れた体に鞭を入れる。そしてルインに問いかけた。
「グランはどこに居るか知ってるか?」
「うーん、プライベートまでは知らないなあ」
「ああ、グラン様なら、おそらく孤児院の方にいらっしゃるかと」
孤児院? なんでまたそんなところに、と首を傾げた俺に対し、ルインはああ、と納得したように声を上げた。
「グランは子供好きだから」
「なんだ、やっぱりロリコンなんじゃないか」
「ロリ……ッ」
ぶふぁ、と受付嬢が噴き出した。え、俺そんなに面白いこと言った?
「〈人形師〉様を……ロリコン扱い……ッ」
ああなるほど、こいつSランク持ちに身も蓋もないことを、と言いたいのか。というかロリコンなんて言葉がこっちにもあったことに驚きだ。
「確かにカタリナ様のことを考えると……よく孤児院で子供と戯れていますし……」
「おーい」
ブツブツと考え出した受付嬢に声を掛けるが反応は無し。完全に意識が自分の中に入っている。
ごめんグラン、ロリコン疑惑作っちゃって。なんとなく明日、いや今日の午後にはギルド中に広まってそう。だけどあれだ、火のないところに煙は立たない、つまりそれなりな行動はとっているってことだろう。そうやって自分を正当化してみる。
「キャスはこうなったら長いからねえ。行っちゃおうか」
キャスっていうのかこの子。ブツブツまだ呟いている受付嬢――改め、キャスを置いて、ルインに案内を任せた。
ギルドの隣にある孤児院。魔物が住まうこの世界で、孤児はあまり珍しくないらしい。特に親がギルドメンバーだと、その可能性は高くなる。
そんな遺された子どもを引き取り、教育しているのがここ、ギルドが運営する孤児院《ゆりかご》。
呼び鈴を鳴らす。少し経って出てきたのは、白髪の老婆。足が悪いのか、杖を突いている。それでも背はしゃんと伸びていて、芯が強そうな印象だ。
「いらっしゃい。どちらさま?」
「俺は悠斗、こっちはルインです。こっちにグランが来ていると伺ったのですが」
「ああ、2人のことはあの子から聞いているよ。特にルインちゃんのことはねえ」
あの子? と首を傾げたが、続く言葉でルインは理解したらしい。だから俺は男だって、と遠い目で呟いていた。俺もそれでわかったけど。多分グランのことだ。
にしても、あのおっさんを『あの子』って。
「お入り。グランの用事はまだ終わらない。中で待っていなさいな」
シワだらけの顔を破顔する。青い瞳には柔らかい光が宿っていて、優しい人柄なのが見て取れた。
お言葉に甘えて中で待つことに。木造の廊下に、杖でつく音と体重でぎしりと鳴く音が響く。
「そういえば、まだ名乗っていなかった。私はミリヤム。ここの院長さ」
老婆――ミリヤムが進む先から、グランの声が聞こえてくる。なにか物語を読み聞かせているようだ。
「グランはここで育ってね。〈人形師〉なんて大層な二つ名を戴いたあとも、たまにここへ来て、子供たちの遊び相手をしてくれる」
開きっぱなしの扉の中へ。広間には幼稚園入りたてくらいの小さい奴から、中学生くらいまでの子どもたちが30人ほど集まり、グランの人形劇に聞き入っていた。登場人物は3頭身の操り人形。舞台は結構リアルなジオラマが使われている。あれ持ち歩くとしたら大変そうだな。
5人の色とりどりな髪色の人形が、黒髪の人形を取り囲んでいるシーン。いったいどんな話なんだか。まさか子どもに聞かせる話で暴力的なことはないだろうが、リンチしてるように見えるのは俺の気のせいか?
そんなことを思いながら、広間の片隅にあるテーブルにつく。少し遠いが、人形劇は見れそうだ。グランの低く安心できる声に耳を傾ける。
「――聖なる剣を手に、勇者さまと5人の賢者たちは魔王をたおす旅に出ました」
勇者が魔王を倒す王道話。元の世界ならよくある空想物語と一蹴していたところだが。
「なあ、この話って」
「この国の建国者――初代勇者の物語さ」
ミリヤムが差し出してきたティーカップを手に取った。琥珀色の紅茶が湯気を立てている。
「もしかして、初代勇者の血筋が王族だったりとか」
「そのとおりだよ」
紅茶を一口飲み、苦い、とルインが舌を出す。ミリヤムがそっと差し出してきた角砂糖をひとつ、ふたつ、みっつよっつ567……おい待て入れ過ぎだろ。スプーンで掻き回す音がザリザリしている。
「襲いかかってくる魔王の手下をこらしめ、ついに勇者さまは魔王に挑みます。聖なる剣は魔王の悪い魔法をかき消し、勇者さまは魔王に勝ちました」
そして話の展開が早くないか? 旅に出てから2文しか経ってないのにもう魔王に勝っているぞ。
銀色の綺麗な鎧を着た黒髪黒目の人形が、黒髪赤目で青白い肌に角と羽と尻尾が生えた人形を、白銀の剣でなぎ倒す。
「勇者さまに敗れた魔王は逃げ出しました」
ずる、と体を引きずって、どこかへと逃げ出す魔王の人形。なるほど、今までが起承転結でいうところの承の部分で、ここからが転と。
「そして――巨大な怪物を喚び出したのです」
往生際の悪い魔王だな。いやラスボスが第二形態を持っているのは当然か?
子どもの身長ほどの巨大な怪物を模した人形が、ドン、と音を立てて降り立った。話に集中していた子どもたちがびくりと肩を震わせる。
「怪物は大陸の真ん中へと逃げた魔王を、大地の一部ごと空へ持ち上げました」
怪物の人形が、地面を模したジオラマごと魔王を持ち上げた。勇者の人形の、はるか上。手を伸ばしても届かないほど、高く高く。
「賢者たちは力を合わせて、勇者さまを空へ送る魔法を使いました」
5人の人形が杖をかざしあったかと思うと、重なった杖が光り出した。その光に呼応して、勇者の人形が空に浮かぶ。
魔王のそばに降りた勇者、うろたえる魔王。魔王は手をかざし、毒々しい色の魔法を紡ぐ。対して勇者は剣を構え。
「勇者さまは聖なる剣を使い、大陸の中央に、怪物ごと魔王を封印しました」
魔王の魔法が放たれた。それはまっすぐに勇者へと向かう。しかし剣に魔法が触れると、瞬く間に崩壊した。
勇者は止まらない。高く飛び上がり、剣を振りかぶった。切っ先を真下に向けて重力に従う。魔王は避けない、避けられない。剣は魔王を貫き、怪物をも貫く。きらきらと光のカケラになって、魔王も怪物も消えた。
勇者の無事を祈っていた賢者たちのもとへ、勇者は光のカケラをまとって降り立った。喜びを全身で表して受け入れる賢者たち。
「無事に帰ってきた勇者さまは、聖なる剣と勇者の力を失っていました。しかし誰もがその行いを認め、この国の最初の王になったのです」
街に戻った勇者に待っていたのは凱旋パレード。街の人々に歓待されながら、勇者たちを乗せた馬車は進む。塔の前で待ち受けている少女は姫だろうか。彼女から勇者は戴冠されていた。
世界を救い、お姫様と結婚して王になった勇者。王道的なハッピーエンド。
けれど俺は、えぐれた大地の底に突き刺さった剣を、ただ眺めていた。