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勇者的タランテラ  作者: 一六波 奏
3章 資質
16/62

2

「どうだい、一日過ごしてみて」

 昨日と同じく部屋に飛んだと思ったら、開口一番、ヴェクティスが聞いてきた。ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているところから見るに、どうなるかは予測していたのだろう。

「無茶苦茶。これに尽きる」

 ヴェクティスはそうだろうと言いたげに大仰に頷いた。え、と隣で傷ついたような声が聞こえてくる。

「体力作りにゃ手っ取り早いかと思ってね」

「いきなりキツすぎ」

「あんまりゆっくりしてる暇はない」

 それもそうだな。イドで苦しむ人々のために、なんて白々しいことは言わない。こんな面倒なことはさっさと終わらせたい、それだけだ。

 そんなに無茶だったかな、と難しい顔をして考え込んだルインの背を叩く。半分は戯れだから気にするな。

「そんで、用事は?」

「ルインにはご指名の依頼。ユウトには修行の言い渡し」

 お、と眉を上げる。昨日の言い方だと、俺とルインが別行動することはなさそうだったが。

「依頼主はサイ。内容はデュラハンの心臓の採取。詳しいことは本人へ。ユウトはそれに着いていけ。観戦してろ」

 告げられた言葉に口の端を引きつらせたのはルインだ。

「それこそ無茶だと思うんだけど」

「アンタならデュラハンくらいどうってことはないだろ」

 そうだけど、とルインは言い淀む。

 デュラハンといえば、首のない騎士の姿の、死を告げる亡霊だったような。馬に乗って、片手に槍を、片手に自分の首を抱えた死の使い。池袋ではバイクで爆走してるらしいけど。

 そんなのに心臓なんてあるのか、とどこかズレた思考に、ヴェクティスの手を叩く音が割り込んできた。

「ほらさっさと行きな。時は金なり」

 ポイッと襟首を掴まれ部屋の外に出された。犬猫の類じゃあるまいし。というか昨日も似たようなことがあったような。

 ルインと顔を合わせて苦笑いする。

「マスター、昨日から慌ててる気がするなあ」

「俺を早く使えるようにしなきゃいけないからだろ」

「そうかもしれないけど、うーん」

 なんか違うんだよなあ、と首を傾げた。そんなこと考えたってわからないから、俺は早々に放棄する。違和感を感じるほど、付き合いが長いわけでもない。

「んで、サイって奴の居場所は知ってんのか?」

「うん、多分『実験室』に篭ってる」

 なんだ引きこもりか。そういえば竜の歯を欲しがったり、今回はデュラハンの心臓の採取を依頼してきたり。

「……なんなんだ、そいつ」

「〈調合師〉なんて呼ばれる、新薬の発明で有名な人。よく実験に夢中で数日飲まず食わずだったりする。依頼があったってことは、今朝は出てきたみたいだね」

 その説明で思い浮かんだのは、ガリガリな体にかろうじて一部だけに髪が残った禿頭の、白衣をまとったマッドサイエンティスト。

 ……大丈夫、なんだろうか。そういうタイプの人間って、あんまりよくないフラグとしか思えない。

 立ち話もなんだしと廊下を歩き出す。実験室はギルドの中にあるらしい。

 ちなみに今いた部屋は『マスター室』。酒場から中に入って真っ直ぐの突き当たりに位置する。

 その隣が『刻の部屋』。中にはギルド証と対になる時計が壁いっぱいに掛けられている、らしい。中に入ったことがないため知らない。

 各個人のギルド証と時計は同期をとっていて、ある程度の動向は把握できるのだそうだ。そして招集などの指令もそこから出すのだそう。簡単に言えば、ギルド証と時計は一本の糸で繋がった糸電話。対になるものにしか対応していない。なんだか面倒な作りである。

 あとは応接間があったり、治療室があったり、ギルド職員の事務室があったり、色々。二階には仮眠室が設けられていたりする。宿なしへの配慮だそう。

 ここの建物は地下一階と地上二階の合計三階で出来ている。そして実験室は例によって地下にあるらしい。

 階段を降りていく。地下には実験室と『拘留場』があるそうだ。手配犯など、捕まえた者を軍に引き渡すまで、一時的に入れておくための檻が。

 今回は直接実験室へと繋がる階段を降りたため、拘留場は見られなかった。見ないほうがいい、とルインに泣きそうな顔で言われたので、無理に我を通す気にもなれなかったし。

 銀色の重そうな扉を、ルインが強めに叩く。返事もなにもない。少しだけ待って、何のためらいもなく開いた。途端、独特なにおいが立ち込める。

 どろりとした甘いにおいに、硫黄のにおい。他にも古本のにおいだったり土のにおいだったり、色んなにおいが混ざっているが、主だっているのはその二つだ。思わず顔をしかめる。ルインに至っては鼻を摘まんでいる。

 本棚と、ビーカーや試験管が入った棚、材料がケースに入って並んでいる棚。天井に届くほど高い、いろんな棚が、所狭しと並んでいる。棚に光源が遮られ、照明がついていても部屋の中は薄暗い。そんな部屋の深奥に、そいつは居た。

 乱雑に積み上げられた本に埋もれるように、白い頭のそいつが机に突っ伏し、猛然と何かを書き記している。ちらりと横から覗いたはいいものの、わけのわからない式が並んでいたので解読を諦めた。さすがの翻訳機能も専門知識にはお手上げのようだ。

「サイ」

 ルインの呼びかけに答えないほど集中している。それにルインは苦笑した。いつものこと、だそうだ。まあこんな近くに寄ったのに気づかないのだから、なんとなく予想はしていた。

 肩を叩くとさすがに気づいた。あげられた顔は意外にも若い。というか多分、同い年。ルインも白髪だが、あいつは柔らかく暖かい白だ。対してこいつは硬質で冷たい白をしている。

 目元を覆い隠すほど長く伸ばされた前髪。その隙間から覗き見える目は赤い。アルビノなんて初めて見た。

 感情の薄い目にじっと見られ、身じろぎする。

「サイ、依頼受けにきたよ」

 ルインに視線が移って、安心している自分がいた。なんだろう、吸い込まれそうに深い色をしているからか、それとも感情が今ひとつ読めないからか。あの目に見据えられると落ち着かない。

「デュラハンの心臓をひとつ。傷はつけずに」

 呟くような声量。しかし声はしっかりと脳に染み込んでくる。

 ルインへ一枚の紙を渡して、視線が俺に戻ってくる。何が言いたいか、さっぱりわからない。

「ああ、紹介するね。5日前に召喚された勇者のユウト・キリハラだよ。ユウト、彼はサイ・レンティーゼ。さっき言ったとおり、〈調合師〉って呼ばれてる」

「おう、よろしく」

 適当に片手を上げる。サイは軽く頷いた。よろしく、って意味と取ればいいのだろうか。挨拶を返してくれる奴に悪い奴は大体居ない、というのが俺の考え方。それに則って、彼も悪い奴ではないと判断を下す。

 思い出したようにルインがフィノトから強奪した歯をサイに渡す。彼はそれをじっくり検分している。

 にしても、目を隠すことに何か意味があるのだろうか。薄く、よく見ないとわからないくらい薄く青みがかった赤い瞳は――男に言うものではないが――とても綺麗だ。それを隠しているなんて、「もったいない」。

 2人の視線が一斉に俺に向いた。ルインに何がと問われてようやく気づく。俺、声に出てたのか。考え事が口に出るなんて珍しい。こっちに来てからそこまで『嫌な奴』と関わっていないから、気が抜けているのかもしれない。

「サイの目。綺麗なのに隠してんのもったいないと思って」

「ユウト」

 ルインの咎めるような声音に、失敗したと内心舌打ちをした。隠しているのだから相応の理由がある。そしてどうやら今回の場合、触れてはいけないことだったらしい。

「……血色の瞳は魔族の証。忌み子の象徴」

 答えはサイ本人の口から出された。

 『忌み子』とはまたテンプレな。しかもアルビノを対象になんて王道的すぎる。なんで気付かなかったんだ。

「こっちじゃアルビノ――お前みたいな奴のことを神聖視してたりするからなあ。気を悪くさせたようならゴメン」

 どっかの国では『不老不死の薬になる』なんて理由でアルビノ狩りがあったりするけど。そこは言わぬが花。

 ひたと見据えてくる赤い目に、内心冷や汗が流れる。感情が読めない視線は苦手だ。何を求められているかわからないのが辛い。

「変」

 身も蓋もないことを言われた。予想だにしなかった言葉に一瞬時が止まる。息を詰めて見守っていたルインが笑い出した。視線だけで非難すると、笑いはそのままで謝罪が返ってくる。

「ごめんごめん、そうだね、ユウトなら大丈夫だよね。心配して損したあ」

 何が大丈夫なんだか。ルインの中で俺への評価がどうなっているのか気になる。

 サイはというと、興味なさげにまた何か書き始めている。それを見て、邪魔しないよう部屋から出ることにした。

「早速行くのか?」

「その前に、受付に依頼受注の手続きをしないと」

 へえ、と生返事をする。ギルドマスターは知っているのだから別にいい気がするが。

 酒場まで戻り、受付窓口へ。青い髪の女性がにこやかに出迎える。

「これ、今から2人で受けに行ってくるね」

「承知しました。それではギルド証をご提示願います」

 依頼書を受け取った受付嬢は、それにデカい判子を捺す。それから俺らのギルド証を機械に翳して――眉を寄せた。

「申し訳ありません。こちらは第一種禁忌区域内のため、Sランク以上のみ参加可能とさせていただきます。ユウト様には資格がございませんが……」

「マスターの意向なんだ」

 また無茶を、とルインと受付嬢が顔を見合わせ溜息を吐く。『また』ってことは以前にも何度かあったのか。

「事情はわかりました。特別対応させていただきます」

 ここでOKが出るのは、マスターの指示だからというより、ルインへの――〈白色〉への信頼が高いからだろう、なんて予想を立てる。

 その後は滞りなく手続きが進み、いざデュラハン狩りへ。

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