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勇者的タランテラ  作者: 一六波 奏
2章 狩刻
13/62

7

 来た道を、息を切らしながら戻ってルインの家へ。

 木の香りがするそこは、どう見たって一人暮らしするような場所ではない。

 玄関から入ってすぐ、右側には扉が4つ並び、その突き当たりに階段。左側にはリビングが見える。リビングの上は吹き抜けになっているようだ。2階があるというよりはロフト扱いか。

「階段の横の扉がトイレ、その手前がシャワー。洗濯機も一応シャワー室にあるよ」

 説明を聞きながらリビングへ通される。玄関に背を向けるように置かれたソファには、クッションと丸まった毛布があった。その前には膝下までの低いテーブル。ソファの向こう側にはキッチンがある。

「どの部屋を使いたい?」

「空き部屋があればそこでいいぞ」

「そっちの2部屋と――」

 こっちから見て左、玄関側の2つの扉を示す。そのまま指は上へ。

「上が空いてるよ。俺はほとんどリビングで過ごしてるから、部屋はまったく使ってないんだ」

 毛布がある時点でそんな気はしていた。

「なら、そっちで」

 指差したのは、一番左の扉。理由はなんとなく。

「わかった。ちょっと片付けてくるね。飲み物は冷蔵庫にあるから好きに漁って」

 何故か魔導書を片手に部屋へ向かうルイン。掃除用の魔法でもあるのだろうか。

 しかし好きに漁れって言われてもなあ。だいぶ親しんではいるが、昨日今日あったばかりの奴の家で、好き勝手するのは気が引ける。だが家主の許可があったわけだし、うーむ、いいか。

 キッチン脇の冷蔵庫を開く。こんな森の中だというのに、どこから電気が通っているのやら。見た目は元の世界と変わりない、腹のあたりまでの小さな冷蔵庫。上下に分かれていて、下は冷凍庫になっているようだ。

 一体何食ってんだ、と思うほど、中はスッカラカンだった。飲み物が入った500mlペットボトルが数本あるくらいで、食べ物はない。

 飲み物もほぼジュースっぽい。炭酸飲料があることにはびっくりした。ただパッケージからどんな味なのかわからないので、無難にオレンジジュースを頂戴する。

 しっかし、この世界って元の世界とテクノロジーの水準は変わらないよな、なんて、ソファに勝手に座りながら思う。ペットボトル一本作るのだって、結構な技術が必要なはずだ。

 剣と魔法のファンタジー世界といえば、中世程度の技術力なのが一般的だろうに。この調子だと、元の世界の知識から大儲けするのは無理そうだ。する気は毛頭ないが。

 少しして、ルインが部屋から出て来た。眉がハの字に垂れている。なんか困りごとか?

「掃除して、荷物も置いたけど……ごめん、ベッドないの忘れてた」

「マジか」

 そりゃ想定外。いや、人がこなさそうな森の中で1人暮らししてんのに、急な来客を泊める場所が無いのは当たり前だろう。

 仕方ない、床で寝るか。思った瞬間、ピンと閃く。

 ないなら作ればいいじゃない。

 オレンジジュース片手に部屋へ。家具なんてない、扉の正面に窓があるだけの、殺風景な内部。あんな短時間でピカピカになった部屋の片隅に、昼間買った服と、元の世界から一緒についてきたスクールバッグが置かれていた。

「今から買いにいっても、店開いてるかな……」

「ちょっと待てよ――」

 想像するのは元の世界で俺が使ってたベッド。入り口のそばだと邪魔だから、窓際の壁寄りにあればいいか。

 魔力の扱いなんて知らない。だが昼頃はできたのだ、できるはず。ただ、出ろ、と命令する。

 瞬間、見覚えのあるベッドができていた。位置もばっちり想定した場所。魔法って便利。

「これでよし、と」

「ねえ、どうやって魔法を使ってるの?」

 きょとんとわけがわかっていない顔で、ルインが聞いてくる。

「どうって……頭で想像したことが現実になればなーって考えてる」

「うーん。昼の、【ギニョール】を凍らせたり、観客席まで飛んできたりしたときも?」

「ああ」

 眉間にシワを寄せ、顎に手を当てて唸り始めた。何をそんなに悩むことがあるのやら。

 俺が魔法に関して知っていることは、一人一人属性があることくらいだ。何をどこまでできるのか知らないから、ルインが悩む理由もわからない。

「不思議な魔法を使うなあ」

 作り出したベッドをつついて、ルインがしみじみと呟く。幻覚じゃない、モノを作る属性? なんて言いながら、ベッドを検分している。

「そんなにおかしいことか? お前らだって本を出したり、内容量無視のポーチ持ってたりすんのに」

「魔導書と魔武器は別として――モノを作り出す、って魔法を使えるのが不思議なんだよ。普通は、例えば火を出すとか、雷を出すとか、そんな現象を起こすだけ」

 他にも作れるか問われ、試しに作ってみることに。

 何がいいだろう。そうだ、クローゼットが欲しい。ベッドの横に、下部に2段の引き出しがついたクローゼットを作り出す。一応形だけじゃないかチェックしておく。ちゃんと中は空洞だし、扉や引き出しも機能している。ちょっと思うだけでできるって手軽過ぎ。

 その他にもサイドテーブルとかテーブルランプとか、いろいろ試してみた。ランプはコンセント式だったから泣く泣く廃棄。

 その中でわかったことが2つ。

 作った物は消せないことと、生き物は作れないこと。

 どうやら俺の属性は想像したものを作るだけらしい。魔法のような現象を起こせるのは、その現象を『作る』ことで起こしているように見えるだけ。そんな結論に至った。消失させる魔法を使えば消せるので、一つ目は問題にならない。

 生き物を作れないのは、俺の気が引けるからというのもあるだろうが、死生観が狂うからだろう。どんな魔法を使っても、死者を生き返らせる、生き物を作り出す、なんてことはできないらしい。そんな魔法では打破できないものは、『世界の(ことわり)』などと名付けられているそうだ。その理は、異世界の人間である俺にも適応されているよう。

「名前をつけるとしたら……創造、とかかな?」

「無駄がなくていいな、それ」

 変に飾ることなく、ただ性質を簡潔に伝える名前。変に気負っていなくていい。

「で、属性ってなんなんだ?」

「それを説明しようとすると長くなるから、明日でもいい? 俺もう眠くて……」

「眠いって、まだ8時にもならないぞ」

 さっき作った中には時計もある。電池式のアナログ時計は7時53分を示していた。時刻はルインの時計と合わせたから間違っちゃいない。

「日が沈んだら寝てもいいと思うんだ」

 ふあ、とあくびを咬み殺す様は本当に眠そうで。今時小学生でもこんな時間に寝ないぞ。

「んじゃ、明日頼む」

「うん、おやすみ。シャワーとかは勝手に使って。バスタオルは出しておく」

「場所さえ言ってくれれば。最悪作ればいいし。眠いんだろ?」

「んー、でも、それくらいはしておくよ」

 目を擦りながらフラフラ出ていったルインに、大丈夫かと疑ってしまう。俺の意思じゃないにしろ、急に押しかけたのは俺の方だし、気を使わんでも。

 閉まった扉を見て肩をすくめた。折角やってくれるならいいかと、思考を切り上げる。

 スクールバッグから一冊の手記を取り出した。城でクラウスから貰ったそれを手に、ベッドへ潜り込む。

 夜更かし万歳な高校生らしい生活をしていたものだから、まだまだ眠くない。ケータイもゲームも使えないし、唯一暇を潰せそうなのはこれだけだ。まだこの世界についてよくわかっていない俺としては、暇なうちに読んでおきたい。

 表紙をめくって、一ページ目。

[王国歴1513年 2月25日

 グナーデ王国の未来へ、この手記を捧げる]

 扉のページにはそれだけが書かれていた。グナーデ王国というと、俺が召喚された国か。その下に名前らしきものが書かれているようだが、判別不能なほど掠れていて読めない。

 一枚めくる。どうやら本文のようだ。

[『イド』という病がある。

 誰しもが抱き、ひた隠しにしている衝動。その(たが)を外してしまう、理性を崩壊させる病が。

 それは魔王が人族を絶やそうとまき散らした病とされている。

 イドの罹患者が街中を跋扈(ばっこ)する様は、さながら悪夢だ。まるで魔物が攻め入ってきたかのような地獄となる。

 そして、それは周期的に訪れるようだ。

 今から197年前、更に204年前、その更に213年前と、おおよそ200年単位でその悪夢は巡ってくる。]

 200年単位、だって? 今が王国歴の何年か知らないから、この手記が何年前のものかわからない。しかし、確かクラウスは500年前に似たようなことがあったと言っていた。いきなり外れているようだが。

[この周期は、魔王が復活するまでに要する時間と考える。]

 おいおい、いきなり魔王は復活するのが前提なのかよ。魔王が原因なんだ、復活させないようにしなければ根本的な解決にはならない。

 しかし前回から今に至るまでで、500年開いたのはなんでだ? もしかしたら、そこに糸口があるかもしれない。

 読み進めて数分。感想を言うなら、この時代に召喚された勇者――アキラ・ツキシノは随分と人がいいようだ、くらいだろうか。

 頼まれもしないのにあっちへ行っては人助け、こっちへ行っては人助け。お前は雨ニモマケズでもモットーにしてんのか、と言いたくなる。筆者もそんなとこはいいからはよ魔王倒せ(意訳)って書く始末。

 魔王との戦争についてというより、勇者の行動記録だ。ヒロイック・ファンタジー小説でも読んでる気分。

 悪徳貴族をねじ伏せ、奴隷の解放をし、技術向上に貢献、更には祭の開催なんてのもしている。硬い文章の中に『コミケ』なんて単語が出てきたときには、思わず笑ってしまった。アキラ・ツキシノはどうやら同類らしい。しかし今の技術力の高さはこいつのせいか。

 そんな、国内の構造改革を推し進め、ようやく国外に向かおうとしているあたりで、眠気が襲ってきた。いくら内容は面白くとも、教科書のような硬い文面を読んでいると眠くなってくる。

 あくびをこぼして時計を見た。10時を少し過ぎている。もう2時間近く経ったのか。ルインの生活に合わせるわけだし、あの様子だとあいつは朝型。そろそろ寝た方がいいかもしれない。

 のそのそとベッドから出てシャワー室へ。真っ暗なリビングからは寝息が聞こえてくる。本当に寝たらしい。それでもタオルはちゃんと用意してあった。洗面台と洗濯機が並ぶすぐ隣のラックに、真新しいタオルがかけられている。

 服を脱ぎ、磨りガラスの引き戸を開けば、シャワーが出迎えた。浴槽はない。シャワー室の名の通り、シャワーがあるだけ。

 コックを捻るとすぐにお湯が出てきた。ルインが入ってから大分時間が経っていそうなのに。さすが魔法世界、便利。

 シャワーのお湯を頭からかぶる。湯船に浸かってのんびりしたいが、ないものは仕方ない。ボディソープとシャンプーは勝手に拝借した。明日にでも借りたことを伝えよう。

 考えるのは、手記の内容と俺に起きた出来事。その中でも、召喚について。

 アキラ・ツキシノの場合、召喚の儀式を行った場所ではなく、まったく別のところに投げ出されたらしい。俺もあり得ないくらい体調不良に陥ったから、召喚の技術はまだ未完成なのだろう。そんなの使うなよ、と言ってやりたい。死んだらどうしてくれるんだ。

 召喚に巻き込まれた――正確にいえば俺が巻き込んだ――はずの葵は、どうなったのか。色々あって頭の片隅に追いやられていたが、無事なんだろうか。召喚について詳しく書かれていなかったから、儀式に立ち会っただろうルインに聞くか、調べるかすべきだな。

 属性についてと、召喚について。明日聞くべきはこんなもんか。

 コックを閉めてお湯を止める。張り付いてくる前髪を掻き上げた。全身を拭って、下だけ履いて、洗面台に向かって半裸のまま歯を磨き出す。

 そういえば、最後に染めたのはいつだっけ。髪を乱暴に拭きながら思う。そこまで明るくはしていないが、見ればすぐわかる程度には赤茶に染めている。通っていた高校は厳しくないからお咎めナシ。

 こっちに染髪剤ってあるんだろうか。今はまだ大丈夫だが、プリン状態はみっともないからどうにか避けたいものだ。

 磨き終わり、上衣を着て、そうっと部屋に戻る。ばふっとベッドにダイブした。

 明日から本格的に異世界生活が始まるわけだが、はてさてどうなることやら。期待と不安をない交ぜに、眠りに落ちた。

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