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勇者的タランテラ  作者: 一六波 奏
2章 狩刻
10/62

4

「酷い目に遭った……」

 真新しい服を着込み、フラフラとよろめきながらカタリナの店を出る。またいらっしゃい、なんて声がかかるが、あんなことされるならもう絶対にこない。

 なにが起きたかは……ご想像にお任せする。

「カタリナはいい人だよ。いい人なんだけど……性格がああだから、まあ、ね」

 口を濁す。慣れているはずのルインですらこうなんだ、初見の俺に乗り越えられるはずがなかった。

 とにかく。ひとまず服はなんとかなった。1週間分あれば十分だろう。ふらつきながら、他の店も見て回る。

 靴に歯ブラシに。シャンプーやらボディソープやら、そこらへんは最悪石鹸ひとつあればいいからひとまず置いといて。

 生活の必需品を買い込み、ギルドへと戻る。荷物はルインの四次元ポーチ(仮称)に入れてもらった。

「やあお帰り。……どうしたんだい、そんなに疲れた顔して」

 煙草を片手に出迎えたヴェクティスが、怪訝な顔をする。そんなに酷い顔をしているんだろうか、俺は。

「カタリナの店に行ってきて、ね」

「ああ、なるほど」

 それだけで伝わるカタリナの威力。お疲れさん、なんて労わりの声までかけてくる、あの理不尽そうなヴェクティスが!

 けれどそこはヴェクティスだ。手を一拍叩くと、こう告げた。

「さて、ランク決定の実技試験と洒落込もうじゃないか。準備ができたら外の闘技場に来な。貸切にしてある。ルイン、アンタが相手だ」

 え、と2人揃って声を上げた。あれ、さっきの話だと特殊な人形がどうとか言ってたような。そもそも、最強を相手に戦いらしい戦いになるはずがないのだが。

 紫煙を撒きながらヴェクティスはさっさと行ってしまう。ルインと2人顔を見合わせ、首を傾げた。

「どう、するよ?」

「どうもこうも、行くしかないんじゃない、かなあ?」

 まったく、マスターは勝手なんだから。困り顔で呟きながらも、俺を闘技場まで案内してくれるようだ。こっちに来いと手招きされる。

 しかしこいつ、随分俺に馴染んだな。数時間前のキョドり具合から比べたら、大分表情が変わるようになってきた。

 ルインの案内に従い、闘技場へと向かう。慣れてくれたのは僥倖だ。人見知りされてると気を使ってしまう。

 いままで押しが強い奴としか連んだことがなかったせいか、隣でビクビクされるとこっちもどうしたらいいかわからないんだよなあ。


/*――――――――――――――――*/


 闘技場にてルインと対面なう。いわゆるコロシアムの形をしていて、中央のだだっ広いアリーナを、観客席が囲んでいる。

 観客席にはヴェクティスひとりが陣取っていた。本当に貸し切りらしい。

「ユウトは武器だろうが魔法だろうが、なんでも使ってよし。いっそルインを殺す気でいきな」

 いやいやそんな。というか、魔法って。

「魔法ってどうやって使うんだ?」

「普通は魔道書(グリモア)を使って、魔力を魔法に変換する。勇者の場合、それ、聖剣の鞘が魔導書代わりだ」

 なるほど、魔道書や聖剣の鞘は変換器なのか。しかし鞘まで使うのか、聖剣って。……そういえば、エクスカリバーも鞘になにか効果があったな。

「ルインは魔法も魔武器も、そこから動くのも禁止」

「いや横暴すぎるでしょ」

 真顔のツッコミが入る。片や何しても良くて、片や何もできない。ハンデにしてもありすぎだ。

「なにも応戦するなとは言ってないだろ。その場から動かずに素手で戦え」

 無茶言うなあ。だがいくらなんでもそれだけのハンデがあれば、最強相手とはいえ、さすがに俺でも勝てる気がする。

 文句を言ったって聞きやしないと諦めたらしく、諦観の色が濃い目でこっちを見てくる。いや俺にどうにかしろって言われたって無理な話だからな。

「それじゃあ、始めな」

 ヴェクティスの声と共に、俺は木刀を握りしめた。真剣と同じ重みのそれ。鞘で殴るのはどうかと思い、借りたものだ。

 初手はどう出るか。俺が攻撃しない内はルインも攻撃できないから、考える時間があるのはありがたい。

 遠くから魔法を撃つ。いや、魔法の使い方がいまいちわからないから却下。威力がどの程度出るものか、分からずに使うのは愚策。

 そうなると俺にできることは、この木刀でぶん殴ることだけ。

 不安は多大にある。現状で俺に何ができるのかわかっていない。さっきのことを考えれば、召喚特典で身体能力は強化されてる。しかしそれはどの程度まで向上しているのか。他にどんな能力を持っているのか。わからないことだらけだ。

 だが、今は大丈夫だろう、と高を括る。実戦ではない。死にはしないんだ。

「はああァァッ!」

 叫ぶ。自分に気合を入れながら、ルインに近づく。振りかぶった木刀を、縦に勢いよく降ろした。

 ――浮遊感。

 何が起こったかわからない。いつの間にか俺は宙に浮かんでて。背中が壁に激突した。バキバキと、決して人体が鳴らしていいものではない音がする。痛い。それ以上に、腹が痛い。

 胃が中身を拒否している。えずくが、醜態は晒したくないと理性が働き、こみ上げてきたものを無理やり嚥下した。口の中が、苦い。

「ご、ごめん、ごめんなさい! やり過ぎた!」

 頭を下げながら治癒魔法を唱えるという高等技術をするルインを見上げる。痛みは引いたが、衝撃は抜けない。

「今、何が、起きたん、だ?」

「ええっと、振り下ろされる木刀を、手首を掴んで止めて、そのまま君を投げて、蹴り、飛ばし、ました……ごめんね! まさかここまで耐久性ないとは思わなかったんだ!」

 悪気はないんだろうが、暗に弱いと言われてるようで傷付くぞ。

 それにしても、あんな一瞬でそんなことが起きてたのか。いつの間にか飛ばされてて、認識も理解もできなかった。身体能力は上がっているはず、それでもわからなかったのは、経験がないせい、か?

「やっぱり相手になんないねえ。そんなことだろうと思って助っ人を呼んだよ」

 カラカラと快活に笑うヴェクティスを呪いたい。わかってたんならやらせるな!

「いやあ見事に吹っ飛ばされたな、少年」

 いつの間にかヴェクティスの隣に、40代くらいの男性が座っていた。

 ボサボサの濃紺の髪を後ろで一括りにし、クタクタで薄汚れたエプロンを着けているおっさん。清潔感がどこかへ追いやられている。

 画家かそれに近しい芸術家っぽい装いに反して、ガタイはいい。ちゃんとしてれば強そうだが、如何せん今の姿では。

「ヴェクティスも無理さすなあ」

 無精髭の生えた顔には、失笑が浮かんでいる。どうやら見られていたようだ、恥ずかしい。

「〈人形師〉グラン・パペッタ。こいつが相手する」

「よろしく」

 軽く片手を挙げたグランに、ルインが泣きそうな声で叫び返す。

「グラン! 後は頼んだ、俺だとユウトを殺しそうだ!」

「はいはい、ルインちゃんにも頼まれたし、お兄さんお仕事しますか」

 だから俺は男だって! ルインの悲痛な叫びなんてなんのその、どっこいせ、とジジくさい掛け声と共に、グランが立ち上がる。自分でお兄さんなんていうと、余計におっさんクサイぞ、おっさん。

「パペッタって、カタリナと同じ姓だ」

「あれ、少年、ウチの嫁知ってるの?」

 ルインが観客席へと飛んでいくのを見届けつつ、談笑を交わす。同姓だが、似ているわけでもないから、兄妹ではないだろうと思ってはいた。しかしまさか夫婦だったとは。

「おっさん、まさかロリコンか」

「いきなり失礼だなお前。学生時代から比べて、俺は順調に歳を食い、あいつは外見が変わらなかった、それだけだ」

 なんであいつあんなに若々しいんだろーな、と問われても、グランにわからないなら俺に分かるはずがないのだが。

「さーて、おしゃべりはこの辺にして。始めますかね」

 始めるも何も、グランはいまだ観客席に居るままだ。俺のところまで数100メートルある。

 そんな距離で会話できているのは、ひとえに通信魔具のおかげだ。耳に挟んで掛けるタイプのイヤホンを思い浮かべて欲しい。あの形の魔法具を片耳に付けているから、離れていても会話できる。

 訝しむ俺など構わず、グランが右手を挙げた。

「【ギニョール】」

 唱える。瞬きの間に、俺の前に鉄くずの山が登場した。

 これがなんだというのだろう。グランを見やると、両手を前に出し、何かを繰るように指を動かしている。

 鉄くずの山がカラカラと音を立てた。それは動き、積み上がり、組み立てられて――ブリキの人形へと変貌した。

 ガシャ、とブリキの鎧を鳴らし、オモチャのような大剣を構える。身長は俺の3/2倍くらい。目測で2.5m。

 全身鎧で覆われていて、というよりこれ、鎧しかない。兜から見える中は空洞だ。

「準備OKっと。いくら叩いても壊れはしないし、壊れたとしてもすぐ治せる。だから安心して全力でかかってきなさいな、少年」

「う、おっ!?」

 宣告とともに剣が振るわれた。上から下へ、単純な兜割。慌てて右へ重心移動、そのまま3歩足を運び避ける。一瞬前に居た場所の地面が抉れた。

 背筋が凍る。おい、殺す気か。

 だが、ルインの攻撃と違って見えた。避けられた。これならまだ、もしかしたらもしかして、チャンスがあるかもしれない。

 思っているうちに、今度は横薙ぎ。ゴルフクラブのように斜め下に向けられた剣。肩の少し下、胸のあたりを狙ったそれを、屈んで避ける。頭上を通過していく大剣の風圧が怖い。

 操り人形といえど、剣の重みはリアルにあるらしい。

 振り抜いて崩れた体勢。隙と見ていいだろう。屈んだ状態から前のめりになるように膝を伸ばす。体を支えようと自然に一歩足が出る。その勢いのまま、人形に駆け寄った。

「うらああァァッ!」

 人形の脇腹へ向けて、ただがむしゃらに、木刀を叩き込んだ。硬質な高い音が響く。同時に腕に奔る痺れ。指先に力が入らず、木刀が手から零れた。叩きつけた反動で、後ろへと吹っ飛んでいく。

 マズイ。人形の体勢を立て直した。逆にこっちは勢い余ってよろめき中。防御にも移れない。どうにか、動きを止めてはくれないか。

 魔法が使えれば。脳裏に、凍りつき動かない人形を思い描く。魔法ならこれくらい簡単だろう。

 俺は召喚された勇者なんだ。身体能力があがっているのなら、魔法の威力だって。だったら、できて当然。

 ――ひやり、冷気を感じた。

 一体何が起きたのか。別段俺に変化はなく、あるとすれば身構えを改められたくらい。大きな隙だったろうに、攻撃されなかったのはなぜか。

 すぐさま後ろへ跳び退って距離を置く。さっきの冷気は、何かの予備動作かもしれないと、警戒しての行動だ。

「あらまあ、随分な威力で」

 グランののんきな声が聞こえてきた。なんでそんなことを言うのかは、俺にもすぐにわかったが。

「な、」

 人形が氷の彫像と化している。思い描いたとおりのことが、実現されていた。

 呼吸を整えながら、呆然と彫像を見る。たった1分程度しか経っていないが、情けなくも息が上がってしまった。

「キンッキンに冷やされちまったな。動けなくはねぇが……」

 ギギギ、と鈍い音がする。氷の粒を落としながら、緩慢に人形が動く。重てえ、と独り言が聞こえてきた。

「これ、どうなってんだ……?」

「どうもなにも、少年の仕業でしょうが。魔法の威力だけなら、ルインちゃんと同程度なんじゃないの」

 たった一発の魔法で止められたのはルインちゃんくらいだった、とはグランの言。

 最強並みの威力、か。召喚特典と考えれば、なんらおかしいことはない。しかし、思ったよりも簡単に魔法が使えてしまった。

 これならさっきのノースとかいう奴にもぶちかませば早かったな。

「んじゃ、丁度いいし終わろうか」

 ヴェクティスにこっちに来るようジェスチャーで言われた。アリーナから出、ようとして、ふと思いつく。

 これ、飛んで登れば楽じゃないか?

 思い描くのは、さっきのルインの姿。風をまとって飛んでいたから、それを真似してみれば。

 ふわり、体が浮く感覚。思うだけでできるって、これかなり便利な。チート性能、さすが召喚特典。

「よ、っと」

 ルインのそばに着地する。すごいね、との呟きに首を傾げた。

「普通なら、魔法を使うには魔法陣が必要なんだよ」

「魔導書、じゃなくてか?」

「魔法陣さえあれば、なにも必要ないんだ。魔導書には魔法陣が詰まってる」

 ほら、とルインが白い魔導書を差し出してくる。陣といわれたから円かと思ったが、それだけでもないらしい。四角や三角、五角など、いろんな形が描かれていた。

「魔法陣って必ず要るのか?」

「特殊属性持ちだと魔法陣なしでも魔法を使えるよ。例えば、グランの操糸属性。指先から魔力の糸を出して、それを操る属性なんだ。【ギニョール】はその糸に繋がってるから動ける。今もやってるけど、グランは魔法陣を使ってないでしょ?」

 いまだ氷と格闘するグランの手元を見る。なるほど、確かに魔法陣らしきものは見当たらない。

「ってことは、俺って特殊属性持ち?」

「さて、ねえ。アーティートの人間じゃあないからなんとも言い難い」

 ヴェクティスが口を挟んできた。それより講評だ、と話を変えられる。

「魔法の発動の速さと威力は申し分ない、どころか世界的に見ても上位だろう。

 しっかし、アンタ、本当に戦ったことがないんだね。身のこなしがダメダメだ。そこらのガキより弱いんじゃない」

 そ、そんなに酷いか、俺。……よくよく考えれば醜態しか晒してなかった。武器をぶっ飛ばせばそりゃあそう言われるな。

「今後について、適当に決めるから、アンタらは昼食でも摂ってきな。酒場を使うといい」

 しっしと追い払われて闘技場から出た。だんだんと扱いが雑になってきた気が。……最初からかもしれない。

「……なんか、ゴメンね」

「お、おう……」

 なぜかルインが謝る。眉を下げて本気で申し訳なさそうにする彼に、そんなことより、と酒場へ促した。同じ被害者に謝られて平気なほど、俺の神経は図太くない。

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