赤と黒の華奢な装飾。きらびやかな調度品。床と壁を作るのは、一級品の大理石。
豪奢なもので飾り付けられたそこは、しかし、おどろおどろしい空気を孕んでいた。
血をまいたような石を踏みしめ、影は進む。城の中で一番飾り立てられた扉を叩いた。
「入れ」
口調は軽々しくも、重圧を伴う声がする。促されるがまま影は中へ進んだ。
玉座に座るは城の主だ。そして魔族の頂点におわす方。並々ならぬ魔力が対面しているだけで圧迫感を催す。
膝をつき、こうべを垂れる。だが、構わん、楽にしろ、との寛大な言葉に顔を上げた。
青白い肌は美しく、2本の捻れた角は猛々しい。そして赤く艶やかな虹彩。黒の中で色づくそれが、かのお方の魔力の強大さを物語る。
「陛下、ついにヒト族が勇者召喚を行いました」
ほう、と一言、低く唸るように放ち、王はうつむく。カタカタと震える肩。絞り出されるのは、喉奥で押し殺した笑い声。
「そうか、ようやく来たか、この時が!」
喜色がにじんだ笑声が、この広間に響く。ここまで感情の高ぶりを見せるとは珍しい。
しかし勇者の召喚は、王が幾年も待ち望み続けた福音だ。開幕を告げる、鐘の音。ただ待ち続けるしかない苦しさを思えば、開放的になるのも仕方あるまい。
「いかがいたしましょう」
「俺が行く」
玉座から立ち上がり、王が一歩踏み出す。それに懸念を抱いた影が、口を濁した。
「しかし……陛下直々にお見えになるのは危険かと」
「なに、心配は無用だ」
くつくつと、喉の奥で笑い声を立てる。影の脇を通り抜け、悠々と歩を進める。
扉を開く、重々しく引きつった音。影が慌てて立ち上がり、後を追った。
「――あいつに俺は殺せまい」
ささやきだけを残し、広間の扉が閉ざされた。